桜がちる夜に

HOME | 赤い髪のリリス 戦いの風拍手お礼1

更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

いつもご愛読ありがとうございます。
戦いの風は自分でも最長不倒記録になりそうです。
長らくお付き合いいただいてる読者の方へ、拍手お礼に短編を(できるだけ)月一で変えて掲載しています。
この短編には、リリスの小さい頃や周りの人々との関わり、そしてサブキャラの違う顔を知っていただくために楽しんで書いています。
一月で消えるので、読んでいなかったという方々へ、どうぞ楽しんでいただければと思います。
また、あれがもう一度読みたいという方は、拍手コメントからどうぞ。
データーが残っている物は、載せていきたいと思います。

1、ヴァシュラムの巫子
2、ゼブラの苦悩
3、ザレルの口説き方
4、ベスレムで休息

**題名をクリックすると、話の初めに飛びます。




5以降は、お礼集2へどうぞ

>>拍手お礼集2
>>拍手お礼集3

ヴァシュラムの巫子

それはリリスがやっと10才になった頃の話。
ある日、セフィーリアが初めてリリスを連れ、異世界のヴァシュラムの所へ遊びに行った。
初めての異世界、リリスは手を引かれながら、ワクワクして赴いていった。

異世界に出たところ、それは夕暮れ郊外の大きな建物の裏だった。
裏門には、中学校の名が小さく書いてある。
どこまでも続く長い塀に、校舎自体は古さを感じない洒落たデザインをしている。

「ここじゃ、この中学校。ここの使用人としてこっそり入り込んでいるらしいぞ。」
「使用人ですか?!ヴァシュラム様が?」
「うむ、この学校の一番偉い奴がな、先代のアトラーナ王と旅をしたのじゃ。覚えているが、なかなか芯が強くて良い男であった。」
「異世界の方がアトラーナへお見えになったのですか?初めてお聞きします。」
「ま、タマに迷い込むのじゃ。お互いにな。」
「ふうん……」

中はシンとして、放課後の遅い時間のせいかうろつく生徒もいないようだ。
やがて小さな精霊が1人迎えに来て、セフィーリアはリリスの手を引き用務員室へと向かった。

「おお、ここじゃ。ヴァシュよ、入るぞ。」

戸を開けると土間があり、そこには学校用品が色々と置いてある。

「おお、来たか。リリスもよう来たな、さあ上がるがよい。」

作業服のヴァシュラムが、老人の姿で座敷に座り手招きする。
アトラーナではほとんど見ない大地の精霊王が、こんな場所に地味な姿で何故か落ち着いていた。

「なるほど、これは面白そうじゃ。リーリよ、お靴を脱いで上がるのだぞ。」
「あ、はい。変わったお家でございますね。ワラの絨毯が敷き詰めてあります。」

ヴァシュラムが、それを聞いて笑った。

「面白いことを言う。これはな、タタミという物だ。異世界にはいろんな物がある、少し遊んでゆくがよい。」
「私がいても怒られないでしょうか?」

「大丈夫じゃ、こちらでは派手な容姿だと思われるくらいじゃよ。それにもうすぐ、誰もいなくなる。安心せよ。
今夜は寿司という物を取り寄せてやろう。わしはこの和食というのがマイブームなのだ。」

「おお、お寿司は美味いのだぞ、良かったなリーリよ。」
「はい、楽しみでございます。ではお茶を入れましょう。」

リリスが狭いキッチンの流しに立ち、見たこともない台所用品に目が行く。

「わあ、なんだかいっぱい初めて見る物があります。これは何に使うのでしょう。」

置いてある長い菜ばしを、両方で握って首をかしげる。そして、パッと思いついた。

「そっか、お肉を刺して焼くんでしょうか?
……うーん、でも鋼じゃないし……あっ、これはお鍋ですね。リリスにもわかります。
わあ、大きいナイフ。見てくださいお師様、同じ様な形ですよ!ふうん、やっぱりこういうのって、使いやすい形になるんだなあ。
あれ?この黒い水はなんでしょうか?くんくん」

醤油を握って匂いをかぎ、ほんの少し流しにこぼれたものを舐めてみた。

「きゃ、しょっぱいです。こちらのお塩ですね。するとこれは……あれ?どうやって開けるんだろう。」

フタの開け方を聞き、何でもかんでも指を突っ込み舐めだしたリリスに、クックと笑いながら2人が見つめる。
アトラーナで押さえつけられて暮らしている彼が、ここではたががはずれたように子供らしさを発散していた。


ゴトン、ゴトゴト


「あれ?なんでしょう。」

どこか下から音がして、リリスがキョロキョロ。

「もう!この扉の開けにくいったら!」

突然流しの下が開き、中から白い巫子服の15,6の白髪の美しい少年が這い出してきた。

「あっ、びっくりしました!」

リリスが飛び上がって尻餅をつく。

「あれ?お客様で?赤い髪?
あ、ああセフィーリア様、お久しゅうございます。」

「まあ、イネス久しいのう……しかしなんと言うところから現れるのじゃ。」

イネスはアトラーナの大地の神殿の巫子。
アルピノで髪も肌も色素が薄く真っ白い。
瞳はブラウンに近い赤で、リリスは何となく近親感を持って見つめた。

「あ、いい香り。」

流しの下のドアからは、ほんのりと香の香りが流れてくる。
つまり、ヴァシュラムは自分の神殿と台所の流しの下の空間をつないでいるのだ。

「聞いてくださいませ、風の女王様。」

イネスがため息をつき、台所で正座する。
そして切々と語った。

「これは大地の精霊王様の、きっと嫌がらせでございましょう。
いくら連絡が付くようになさいませとうるさく申しましても、まさかこんな場所に……ひどうございます。ううっ
最初はこの中の腐ったような、いまだかつてかいだことのない臭いで私、失神いたしました。」

イネスが口惜しそうに目に涙を浮かべ、ソデでそっと目頭を押さえた。
流しの下は最初非常に不潔で、カビと下水の臭いが神殿まで漏れだし、大騒ぎになったのだ。

「それどころか、先日はこちらへ出たとたん頭からおみそ汁というスープを浴びまして、
その前はお醤油のかかった冷や奴、翌日は納豆に生卵。
おかげで巫子服はお醤油やおみそやお茶やコーヒー、ワインなどでシミだらけでございます。うう〜」

「ほう、こちらの料理の名を良く覚えたではないか。さすがイネスよ。」

「おかげさまでっ!」

キッとイネスがヴァシュラムを睨み付ける。
ヴァシュラムは、プイと目を逸らした。

「お前がいきなり出てくるからじゃ、ほっとけと申すに。」

「何をおっしゃいます!ちゃんとお食事をなさっておられるのか、掃除は行き届いておるのかとイネスは心配で心配で。」

「何を言うか、好奇心満々で出てくるクセに。」

うっ、確かにそれは当たっている。

「もうお帰り下さいませ。こちらへは時折遊びにおいでになれば十分でございましょう。」

「するとイネスは、もうテレビを見ないでよいのだな。
例のサムライドラマはこれから佳境だぞ。
来週からは、新しく黄門様も始まると楽しみにしておったではないか?え?」

「うっ、くくっ」

イネスがグッと詰まり、唇をかむ。
ほとんど神殿から出ることの出来ない彼は、こうしてヴァシュラムが異世界に行くようになって、目新しく飽きないテレビが一番に気に入った。
中でも時代劇が大のお気に入りだ。
現代劇はわからない言葉など多すぎてさっぱりだが、時代劇は意外と生活状況など似ていてわかりやすい。
しかも、恋とチャンバラとワクワクする。

「テ、テレビは〜神殿に持っていきますから!」

「アトラーナでは映らぬぞ。」

その前に、電気もない。
グッと詰まるイネスが気が付くと、横でリリスが呆気にとられた様子で見ている。
思わず我に返って、セフィーリアに頭を下げた。

「申し訳ありませぬ。つい下らぬ話しをしてしまいました。こちらのお子様は?」

「ああ、それは我が子のリリスじゃ。」

「えっ?」

慌ててリリスが飛び上がり、ブンブン首を振った。

「ち、違います!リリスはお師様の弟子で使用人でございます。
えっと、イネス様お気に障り申し訳ありません。向こうに行きますので、どうぞごゆっくり。」

巫子はアトラーナでも王族と並ぶ高い身分にある。
リリスは急いで立ち上がり、一段下がる土間の方へと急いだ。
そしてふと顔を赤らめ、セフィーリアに寄っていく。

「あの、あの、お師様。ご不浄はどこでございましょう?」

ン?とヴァシュラムが顔を向ける。

「ああ、トイレか。おお、外はすでに真っ暗だな。イネスよ、お前案内せよ。」

「えっ!私がですか?」

「ここのトイレは先日壊れてな。お前も知ってるだろう。そのドアが校舎へと繋がっておる。」

「そ、そ、それは存じておりますが。行けばわかるかと。」

冷や汗たらたらで目を逸らすイネスに、ヴァシュラムがリリスに問うた。

「イネスは確か今年14だったな。で、リリスよ、お前は今年いくつか?」

「え?あ、はい。えーと、きっと今年は10になります。拾い子ですので、いつなるのかは存じませんが。」

「リーリ!お前のお誕生日はちゃんと王子の生誕祭翌日に決めておろう!拾い子などと、言ってはならぬ!」

「は、はい。」
ビックリして、緊張しておしっこが漏れそうだ。
もじもじしながら、リリスはどうして良いのかわからない。

「どうして私が、こんな下級の使用人のために〜〜」
イネスが意を決して立ち上がり、ドスドス不満そうに歩いてリリスの手を引き歩き出した。

校舎へ出ると、すでに無人で真っ暗だ。
イネスが3歩歩いてビクッと振り返る。

「ま、迷子になるから、私から、は、離れぬように。」
「はい」

リリスの手を、痛いほど握りしめてまた歩き出す。
と、廊下に放置されたモップが、何かの弾みで倒れた。



バターーーンッ!


「ひいっ!」


飛び上がったイネスが、恐怖に駆られいきなり走り出す。

ダダダダッ!

「ここじゃ!早う入れ!」
「はいっ!」


ガチャッ!バタン!


やがてトイレに駆け込むと、急いで電気を付けてホッと息をついた。
この学校は、男子トイレも全部個室で洋便器しかない。
リリスにトイレの使い方を教え、何故かイネスも一緒に個室にはいってきた。

「あの……イネス様もご一緒にはいるのですか?」

「じゃあ、お前は私に外で待てと言うのか?!こ、こ、こんなに恐いのに!」

「い、いえ、申し訳ありません……」

涙をいっぱいためて訴えるイネスに、リリスが仕方なくズボンを下ろし、便座に座った。

「早く!早くせよ!」
「お待ち下さい、お待ち下さい。」

何か、恥ずかしさもあってひどく緊張する。

「何をしておる!はようはよう!」
「だって、そんなに申されても、おしっこが出ません〜」

「ジャーッと出さぬか!早う!」
「だって、だって、」

あんなにおしっこしたかったのに、いや、確かにおしっこしたいのに、こう至近距離でさっき初めて会った人が目の前にいては出る物も出ない。


カチャ



突然、トイレの出入り口のドアノブが音を立てた。

「はっ」


急にイネスがぴたりと動きを止める。


キイイイイイィィ……


「ひっ」


ドアが開いた音が鳴り、
そして、


トン、トン


足音もなく、いきなりイネスの背中でノックが鳴った。

「ひ、ひ、ひいいいっ!」

イネスの身体がすくみ、ガクンと膝折れてとうとう座り込む。

「イネス様?」

リリスが覗き込むと、どうやら気を失っているらしい。
それを確認したとたん、おしっこが勢いよくジャーッと出た。

「はあ、よかった。」

無事におしっこを済ませ、リリスもホッとする。
水を流してドアを開けると、精霊が1人キョトンと覗き込んだ。

「なあんだ、様子を見に来てくれたんだ。
イネス様はどうなさったんだろうね。」

小さな頃から一人旅になれているリリスには、暗闇が恐いイネスの気持ちはわからない。
トイレに座り込み気を失ったイネスは、しばらくして気が付くと腰が抜けて立てず、ヴァシュラムが来るまで結局ワンワン泣いていた。
しかしこの失態はさすがのイネスにもこたえたらしく、その後の彼を大きく変えることとなった。

ゼブラの苦悩


キアナルーサが旅から帰って数ヶ月が過ぎた頃、ようやく祝いの行事も終わり、頻繁に来る挨拶なども落ち着き始めた。
隣国の王女との婚礼の話も出て、城も沸き立ち王女とも先日顔を合わせいい雰囲気だった。
もう、大満足で何も言うこと無い。
あとは毎日王位継承者として、勉強をしっかりするだけだ。
それが一番難関だが……

「ああ、なんか今更疲れが出てきた。」
だらりとカウチに寝そべり、横のテーブルにある菓子皿に手を伸ばす。

「あれ?」

菓子が空になっている。
気の利くゼブラがカラにするのは珍しい。

「ゼブラ〜菓子を持て〜」

ボリボリボリと腹をかく。
旅から帰って腹周辺は少し締まったものの、最近続いた祝い行事でごちそうが続きまた太ったのか、ベルトの上下から肉がはみ出してきた。

「ウーン、なんか腹がかゆいなー。」
ベルトを緩め、上着を上げると腹が真っ赤になっている。

「クソ、ベルト絞めすぎたか。なんだかズボンもキツイし着替えようかな、もっとゆっくりした服にしよう。」
ちょうどゼブラが神妙な顔つきで入ってきた。

「王子、お呼びでしょうか?」

「ゼブラ、菓子がないぞ。のども渇いた、お前特製のハチミツジュースを持て。
それと、もっとゆっくりした服に着替える。」

しかし、いつもは即答のゼブラが、返事に窮している。
「王子、お話しが……」

「なんだ、とにかく菓子とジュースと着替えを持ってこい。それから聞こう。」

「その前に、お話しがございます。」
手を合わせ、とても言い出しにくそうにゼブラが目を潤ませる。

「な、なんだ。いったいどうしたのだ。」

驚いて起きあがると、座るキアンの足下にゼブラが膝を付き、そして頭を下げる。
2つ下だが子供の頃からずっと一緒にいた彼だけに、ここまで頭を下げるときはとても悪いことだ。
今まで似たようなことは2回。

父お気に入りのツボを割ったのがバレたときと、好きになった貴族の女の子に自分を好きかどうか聞きにやったとき。
もちろん返事は大嫌いだった。

ため息一つ付いて、覚悟して姿勢を正しゼブラを向いた。
「良し、覚悟を決めた。申せ。」

「はっ、実は……先日偶然に聞いたのでございます。」
「何を?」
「あの……」
「よい、覚悟を決めておる。申せ。」
「トランの王女がお付きの方に……あの……王子の体型が……あの……」

「たいけい??」

ゼブラも汗を拭き拭き、必死に言葉を選んでいる。

「え……と、あの、お腹が出ているのがイヤだと仰っておられて……その……
婚礼はイヤだと泣いておられたのです。」


ガアアアアアアァァァァァァンン


キアンの頭の中でドラが鳴った。
思わず自分の腹に手が行く。
ぷにっとお肉が二段になって、かゆい所をかくとぶるんぶるんと揺れる。

「こ、この腹がイヤだと申すか。」
「は、隣にレスラカーン様がいらっしゃったのも災いしたかと思います。」

王女はレスラカーンの方がいいと侍従に言われていたのだが、そこまで言ったら波風立つだろう。

「そ、そうか、あいつは痩せてるからな。」
さすがにキアンもなんだかもの凄くガッカリ。
確かに自分はレスラの3倍は食うし、何より食うのが早い。
レスラは目が見えないだけにゆっくりと丁寧に食事をとるので、仕草もスマートに見える。

「まだトランからは何も連絡を頂いておりませんが……このままだと……」

このままもし、婚約を断られることでも起きたら、とんでもない恥をかいてしまう。
フェルリーンをベナレスの従兄弟ラクリスに取られたのに、また振られるなんて冗談じゃない。

「これは、一大事だな。」
「はい、王子。これは大変なことと存じます。そこでずっと考えておりました。」
「うむ、わかった。僕は痩せなければならぬのだ。そうであろう?」
「はい。ゼブラも誠心誠意、王子のためにお仕えいたします。」

「よしっ!」

パンと膝を叩き、キアンが立ち上がる。
そしてグッと手を握りしめ、ごうごうと瞳を燃やして誓いを立てた。

「痩せるぞ!ゼブラ!僕は痩せて、王女が一目惚れする格好いい男になる!」
「はいっ!ゼブラもがんばってお仕えします!」

2人しっかと手を握り合う。
あのだらけきった旅に出る前の姿を思えば、キリキリとした顔は、さすがドラゴンから認められただけの成長が見られる。
ゼブラが感涙の涙を流した。

ああ、王子、ゼブラはいつまでも王子について参ります。

「良し、では明日からがんばるから、ジュースと菓子と着替えを持ってまいれ。」
「ダメです。」

引きつった顔で、ゼブラが即答した。

「じゃあ、ジュースだけでも。」
「お茶をお持ちします。おいしいお茶を。」
「イヤ、あのハチミツジュースが飲みたいんだ。最後の一杯にさせてくれ。」
「お茶になさいませ。」

うぬぬぬ、ゼブラとキアンが手を握りあったまま、ギリギリと睨み合う。

「じゃあ、お茶と焼き菓子を持て。」
「焼き菓子は、本日より2枚になさいませ。」
「なにっ!たった2枚と申すか!」
「はい、それでよいと申されるまでゼブラは引きません。」

ひくひく引きつるキアンに、ニッコリさわやかにゼブラが微笑む。

「おのれ〜無礼な。」
「はい、たとえ手打ちとなっても、ゼブラは王子のお腹が引っ込むまでがんばります。」

うっ、

あまりのゼブラの決意に負けて、キアンがガッカリ、カウチに倒れ込んでしまった。

「よい、じゃあ今日はガマンする。」
「いえ、今日から、でございますのでよしなに。」

「なに〜〜〜!!」

「剣術指南のグレンシア公にも、しっかり身体を動かすようお伝えしておきますので。
あと、シェフのアレク様にも、王子のお食事は軽くとお伝えします。
では、お着替えとお茶と、焼き菓子2枚をお持ちします。」

そそくさとゼブラが部屋をあとにする。

そしてキアンのダイエット作戦は実行にうつされた。
めざとく鋭く目を光らせるゼブラと、隠れてコソコソなんとか物を食おうとするキアン。
その日から、2人の非情の戦いが始まったのだ。

ザレルの口説き方

リリスがベスレムから帰り、そろそろ半年も過ぎた頃。
3人で夕食を食べながら、セフィーリアが黙々と食事をとるザレルをチラリと向いた。

「ザレルよ、わしは常々思うのだ。」
「うむ」
「やはり、リーリもこの世界で生きるなら、魔導師として身を立てる準備をした方が良いであろうとな。」
「うむ」

「えっ!」

思わぬ事を言われ、なんだか呆然とリリスが手を止める。

「そうさな、うちでできる事は知れているが、お前ならば弟子をとっても構わぬぞ。」
「そんな……とんでもございません。まだまだ私も勉学の途中、滅相もない。」

そんなことを師は考えていたのかと、ホウッと力が抜けて微笑んだ。

魔導師の指輪もない自分が、たとえ大人になっても弟子など取れるはずもないのに。
村では、ニセ者魔道師と言われて可笑しかったっけ。

ふふっ……

「……ま、それは追々語ろうぞ。しかしお前はそれだけの力を持っている。もっと自信を持つがよい。
のう、ザレルよ。」
「うむ」

ザレルは黙々と食事をとっている。
何を言っても動じない彼に、セフィーリアも身を乗り出して彼にささやくように言った。

「城からな、私も風の精霊として、神殿を建てて欲しいと話しが来ておるのじゃ。
完全バックアップで、ドーーンとデカイのをな。」
「うむ」
「色々忙しくもなろう。
居を移さねばならぬかもしれんな。」
「うむ」

もぐもぐもぐ

だからどうしたと、無言でザレルが語りかける。
少しは驚いて見せろと、セフィーリアが腕を組み憮然とした顔でザレルを見た。

「ふむう……で、お主はいつ、ばば様のいる家に帰るのじゃ?え?ザレルよ。」
「うむ」

もぐもぐと、ザレルはひたすら食べるばかりで返事がない。
旅から帰ったリリスのケガの世話をすると言って共に暮らし始めた物の、あれからさっぱり実家に帰る気配がない。
まあ、ザレルも昼間は城に出勤するので、今夜は帰ってこないだろうと思えば、また我が家のように帰ってくる。

「わしは精霊なのじゃ、人間ではない。いいか?風のドラゴンなのじゃ。
弟子もまだまだ育てねばならぬ。神殿も建てれば巫子も迎えねばならん。
忙しいぞ、のうリーリよ。」
「は、はあ……」

「わかっているのか?のう、ザレルよ。」
「うむ、そうか、それは忙しいな。」

ザレルはなるほどとうなずき、グラスをリリスに差し出す。

「あ、ああ、すいません。」
リリスがワインを注ぐと、美味そうに一口飲んだ。

「うぬう〜」

セフィーリアが眉をひそめ、同じくグッとワインを飲み干す。
グラスが空になり、2人を見ていたリリスが慌ててワインを注ぎに行った。
今は使用人は昼間しかいないので、朝と夜はリリスが一緒に食事を取りながら給仕までこなしている。

以前は小さい頃からの習わしで、給仕を済ませて、それから自分も暗いキッチンで食事をとっていたのだが、親子宣言後は昼間だけ使用人に通いで来て貰い、朝夕は3人だけでこうして一緒に食事をするようになった。
器用なリリスだが、慣れるまではグラスを空にしてしまうことがあって気をつけている。

「申し訳ありません、母上様。」
「おおリーリよ、このワインは美味いのでつい飲み過ぎるぞ。すまぬのう。」
「ええ、これは城からの頂き物です。
南ベスレムのガラーニャと言う銘柄の、とても良い物だそうですね。」
「なに?ガラーニャか、それは美味いはずぞ。」

「俺が頂いてきたのだ。」

ボソッとつぶやくザレルに、ムッとセフィーリアがにらんだ。

「ふ、ふん、通りでちょっと酸っぱいと思った。きっと持ってきた奴が悪かったのじゃ。」

「えっ!いいえ、いいえ、酸っぱいのでしたら私の保存が悪かったのです。
高価なワインを申し訳ありません。
ああ、どうしよう……あんなに気をつけていたのに。」
リリスがショックを受けて、頭を下げる。

「ち、ち、違うぞ!リーリは一つも悪う無い!今のは言葉のあやじゃ。」

あわあわ、泡食ってニッコリ笑う。
しかしリリスは何度も何度も頭を下げて、どうしようと暗い顔になる。
ワインは貴重な物があるので、取り扱いには細心の注意を払うように小さい頃から教え込まれてきたのに。

「でも、酸っぱいのでしょう?お取り替えします。すぐにもう一本お持ちします。」
「いいや、リーリの仕事はパーフェクトじゃ。酸っぱくなど無い。」
「母上様、本当のことをおっしゃって下さい。お城から頂いた物を、どうしよう。」
「だから、美味しいと言うておるではないか!疑うなら飲んでみよ!」

「えっ?でも駄目です、まだリリスにはお酒は早うございます。
ベスレムで、せめて18になるまでは飲んではならぬときつく言われましたので、お館様に勧められてもお断りしてきたのです。」

「なに?ラグンベルクはお前に酒を勧めたのか?
けが人のまだ子供じゃぞ、おのれ〜あの変態め!だから心配だったのじゃ。」

「それはともかく、すぐに新しい物をお持ちしますから。」
「だから違うと言うに……ああもう!じゃあどうすればよいのじゃ!」


「くっくっく……」


ザレルが横で、とうとう笑い出した。

「ザレル様、いかがされましたか?」
「フフ、よく見よ、もう残り少ないではないか。
お前の杞憂だ、美味いから飲んでいる。心配不要だ。」

リリスがビンを見ると、確かに中はあと少しになっている。

「あ、ほんとだ。」

その手からザレルがビンを取り上げて、残りを自分のグラスに注いでしまった。

「あああ!もう少し飲みたかったのに!」
セフィーリアが慌ててビンを取り上げ、空の中身にザレルをにらむ。

「ん?そうか。」
彼は、なみなみとワインの入った自分のグラスを持ち、半分を彼女のグラスに注ぎ足した。

「ああ!なんと言うことをするのだ、汚いではないか!」

「ふむ、それは悪かったな。それでは俺が飲んでやろう。」
そう言って伸ばしてくる彼の手から、慌ててグラスを奪い取る。

「何をするのじゃ無礼者め!これは大事なわしのワインじゃ。
おお、もったいない、まことこんなに美味いもの人間にはもったいない。」
ちびちび、大事に飲み始める。

リリスがそれを見て、ニッコリ微笑んだ。
「良かった、ザレル様の仰るとおりですね。安心しました。」

ウフフと笑い、自分の席に戻る。
手落ちがなかったことにホッとして、食事を続けた。
ザレルがニヤリとセフィーリアを横目で見る。

「そうさな、嘘つきドラゴン殿には困った物よ。
心を騒がせた詫びを入れて貰おうか。」
「お詫びですか?クフフ、それは良いですね。
ねえ、母上様。」

ウッとセフィーリアが、2人の言葉に声を詰まらせる。
仕方ない、これでも風のドラゴン。

「フン、では、一つ願いを聞いてやろう。リーリの願いはなんじゃ?」

うーんとリリスが考えて、そして手を合わせて微笑んだ。
「リリスは、家族が増えるのは嬉しいことだと思います。私は……」



父上が欲しいです。



心でつぶやいた。

ザレルは小さい頃から頻繁に一緒に旅をして、そして呼び捨てを許してくれて……
それが自然にそう呼べた唯一の人だ。
皆から恐れられた男でも、リリスには一緒に精神修行をする仲間だった。

しかし、ここで一緒に暮らし始めてからは「ザレル様」と呼んでいる。

彼は眉をひそめたけれど、セフィーリアの養子になれなかった時に、そして旅を無事に終わらせても魔導師の指輪をもらえず、やっぱり正式にはセフィーリアの召使いの身分から抜け出せなかった事が、彼の心を少し狭くしたからかもしれない。

もう、今の身分を抜け出すのは無理だと諦めている。

でも、声に出すことはできないけれど、ザレルを心の中で父と呼びたい想いが、仲むつまじい2人の様子からずっと心にくすぶっていた。


「え?ええーっ??」


リリスまでザレルの味方かと、絶句してセフィーリアがあんぐりと口を開ける。
ザレルがフッとワインをあおった。

「俺の願いは……そうだな。」

「誰もお主の願いは聞いておらぬわ。」
「そうだな……俺の願いは……」

がっかり

「お主の悪いクセだ、人の話しを聞いてない。
なんじゃ、まだ実家に帰りとうないとでも申すか?」
彼女が諦め、頬杖を付いてため息をつく。


「俺の願いは、リリスの父親になりたいこと……かな。」


ハッとリリスが顔を上げる。
「そ、そんなこと……無理です。
またきっと、ザレル様にもご迷惑をおかけします。」

「心配無用だ。今日、母にも許しを得てきた。
お前を私の養子にする。
お前は嫌か?我が家、ランディールの名を受けるのは。」

「そんな、いやなんて滅相もない。でも……」
「ただ、俺は騎士長の職にあるだけに、城に許しを得ねばならぬ。
手を尽くすが、もしやと言うこともある。それでも良いか?」

思ってもなかった言葉に、リリスの目からポロポロと涙が流れる。
声を出すことができず、何度も何度もうなずいてセフィーリアを見た。

「なんという事じゃ、なんという……」

セフィーリアが立ち上がり、そしてリリスの元へ行き彼の肩を抱く。
そして潤んだ目でザレルを向いた。

「お主は、精霊のわしにはできなかった事をしてくれるのか?
わしにはこの子を、孤児の立場から救うことが出来なんだ。
それをお主は救ってくれるのか?」

ザレルが大きくうなずき、そして彼女の前に立つ。
その顔は、優しく真剣に2人を見つめていた。


「セフィーリアよ。俺の願い、聞き届けてくれるか?
俺はリリスの幸せを願っている。そしてそれはお前も同じであろう。
お前の願いは俺の願い、私も家族があるのは嬉しい。
人間と精霊の婚儀は例がない。しかし、心で繋がることは如何様にもできよう。
私の家族になってくれ。」


セフィーリアが手を震わせ、フッと気が遠くなりそうな気がしてよろめいた。

「なんという夜じゃ、こんな事があろうとは……
わしが人間を家族に持つのか?このわらわが。」

「なんだ、嫌なのか?」
ザレルが、キョトンと彼女を覗き込む。

「わしは精霊、お前と時間の流れが違う。」
「そうか」

「わしは死ぬことも無かろうが、お前は老いて死ぬ。」
「ふむ、まあ、仕方ないな。
まあ一時、花でも生ける気分で付き合ってくれればよい。」


「なんという……男か……お主は。」


呆れて彼女がクスリと笑った。



泣きながら、プッとリリスが吹き出して笑う。
長い時を生きる精霊にとって、自分たちは一時を咲く花なのか。
ならば、どう咲くかは自分次第。
たとえ指輪が無くとも、たとえ親に捨てられようとも、風雨に打たれても、ひっそりと咲く花となろう。

リリスの前で、セフィーリアがザレルの胸に包まれて泣いている。
自分はもう、独りぼっちではないのだ。
たとえそれが、仮初めの家族でも……


リリスはその後、結局城に認められずザレルの養子となることは叶わなかったが、
この夜の出来事は彼の大きな支えとなった。

ベスレムで休息

先の旅のあと、背中の傷の治りの悪いリリスは、ラグンベルク公の手配でベスレムの城に行き養生していた。
だが良い部屋を与えられ、召使い付きの生活はどうにも落ち着かない。
身体は怠く、常に熱っぽく、ゆっくり寝たいが気持ちがゆっくり寝ていられないのだ。
しかも公が同年代の子をと召使いの少年を配してくれたが、残念ながらリリスを怖がってあまり近づいてくれない。
何より、その少年がリリスは気になって仕方なかった。


急ぐように掃除して、部屋を出た少年を確認するとリリスが起きあがる。

「ああ、やっぱり綺麗になってない。この、角のホコリが気になって気になって……」

少年は普段とても気が付く子らしいのだが、どうにもリリスがいると掃除が丸くなってしまうのだ。
どんなにニッコリ微笑んでも、色違いの目が気味が悪いらしく、ビクビクして目を逸らしてしまう。
リリスは掃除も角までしっかり行き届いてないと、召使いを束ねるルビーナという老女に少年がひどく叱られやしないかと、不安になってドキドキしてしまう。
右肩は痛くて動かせないのだが、リリスはトイレに行ったときに濡らしておいた古いタオルを取り、床の角を拭き始めた。

「やっぱり拭いた方がきれいになる。ああ、良かった。
あれ?こっちの家具の足の彫刻のミゾにも汚れが。
あっ、なんてことだろう、このツボの口にクモの巣が。」

見れば見るだけどんどん汚れが目にはいる。
しかもその汚れを拭くと、胸がスウッと軽くなる。
ついついこうして、痛みを我慢して毎日ピンポイントで気が付いたところを拭くのが日課になってしまった。



コソコソ床に這って、汚れを拭くのに熱中していると、ドアがキイッと鳴った。

「あー、リリスー、寝てないとお、いけないんだあ。」

小さな少年シビルが、ドアから半分顔を覗かせ、舌足らずの言葉でまったり話す。
リリスがドキッと振り向くと、シビルの背後に鬼のような顔をしたルビーナが立っていた。

「一体何をしておいでです?」

「あっ」

静かで強い口調のその問いに、リリスがニッコリ焦って作り笑い。

「えと、あの、落とし物を捜しに。」
「タオルが真っ黒です。落とし物は見つかりましたか?」

やっぱり、お見通しだ。

「え、ええ……あの、すいません。」

どうにもごまかしきれず、ルビーナが差し出す手にタオルを渡してすごすごベッドへ戻った。

「シビルを見張りに付けて正解でした。
医師からは、あなた様の傷の治りが悪い大きな原因を言付かっております。」

「え?私の傷の?」

「胸に手を当て、ベッドの中でごゆっくりお考え下さいまし。
これよりお付きの者をこちらのゾラに交替させます。」


「失礼しますよ」


ドスン、「きゃあ」

シビルを腹で押して、身長も高くやや太った中年の女が湯の入ったオケを持ち、ムスッとした顔で入ってきた。

「ゾラは仕事が丁寧で、子供も5人育てたうちの召使い頭です。
仕事はゾラに任せ、リリス殿はゆっくり養生なさいますように。
でないとお館様に我らが叱られますので、良いですね!」

「は、はい。ゾラ様、どうぞよろしくお願いいたします。」
ベッド上に座り、頭を下げるリリスにヌウッとゾラが大きな手を伸ばす。

「ひ」

ガシッと額を掴まれ、ググッとベッドに押しつけられた。

「いいから寝るんだよ。まったくコソコソしたガキは嫌いだよ!」

「は、はい、すいませ……うぷっ!」
突然顔をタオルでゴシゴシ拭かれた。

「まったく、熱があるのに動くから!汗をかいてるじゃないか!さあ身体を拭くから服を脱ぎな!」

「あの……はい、お手間をおかけして……」
言うが早いか、ゾラの手が伸びてポイポイ彼の服を脱がせてしまう。

「自分で拭きますから、自分で出来ることは自分でせよと……キャア!」
ゾラはさっさと彼の身体を拭いて、パンツまで脱がそうとする。たまらず押さえて飛び上がった。

「何がキャアだよ、男の子だろ!まったく、お風呂に入られないんだから、下も良く拭かないと一番不潔になるんだよ。
ほら、おちんちんのところもようく拭かないと!」

「自分でやります!自分でやりますから!」

「うるさいねえ、自分で出来ないからしてやるんだよ、シャンとして寝っ転がってな!」


「あ、あ、あ、あああ〜〜」


リリスが恥ずかしさに、たまらず両手で顔を覆う。
「じゃ、頼みましたよゾラ。」

横で面白そうにピョイピョイ飛び跳ねるシビルを残して、ルビーナが部屋を出る。
そして書斎で書き物をするラグンベルク公の元へ行き、頭を下げた。

「お言いつけのように、子供の世話に長けたゾラをおつけしました。」
公が書き物をしながら、チラとルビーナに目をやる。

「あれは子供であって子供ではない。
大人の中で育ち、幼少の時から大人に大人並みに仕えるよう育てられた子だ。
だから子供では無理だと申しただろう?」

してやったりと、公がニヤリと嬉しそうだ。
誰を付けるか、2人は年長者と同年代で意見が分かれたのだ。

「本当に、お館様の仰る通りですわ。
まさか1人の時、家具や床の掃除をしておられるとは気付きませんでした。」

公がペンを置き、目を丸くしてルビーナを見る。そして声を上げて笑い出した。

「なんと!掃除をしておったのか?あの子らしいことよ!ハッハッハ!」

滅多に聞かない公の大きな笑い声に、家臣たちが目を剥く。
受難のリリスはしかしその後ゾラの言うことを良く聞いて、傷はようやく治癒のきざしを見せ始め元気を取り戻していった。