桜がちる夜に

HOME | 赤い髪のリリス 戦いの風拍手お礼2

更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

いつもご愛読ありがとうございます。
戦いの風は自分でも最長不倒記録になりそうです。
長らくお付き合いいただいてる読者の方へ、拍手お礼に短編を(できるだけ)月一で変えて掲載しています。
この短編には、リリスの小さい頃や周りの人々との関わり、そしてサブキャラの違う顔を知っていただくために楽しんで書いています。
一月で消えるので、読んでいなかったという方々へ、どうぞ楽しんでいただければと思います。
また、あれがもう一度読みたいという方は、拍手コメントからどうぞ。
データーが残っている物は、載せていきたいと思います。

5、精霊からの贈り物
6、イネスとお買い物
7、ルビーとサファイア
8、リリスと破魔の剣

**題名をクリックすると、話の初めに飛びます。

お礼集1はこちらをクリックして下さい。

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5、精霊からの贈り物

冬のある日、弟子の中でも古参のレナードが、セフィーリアとお茶をしている時にふと漏らした。

「お師様、先日お見えになったヴァシュラム様にお聞きしたのですが、向こうの世界ではクリス……何とかという行事があるそうですね。
何でも町はきらびやかに装飾されて、たいそう美しいとか。
あと一週間は綺麗なので、ぜひ見に来るが良いと仰っていましたが。」

「おお、そうじゃ。
あれはな、サンタという精霊の誕生日を、甘い菓子を食べて祝う儀式だそうな。」

「サンタという精霊?それは一体どちらに属される精霊でしょうか?
あちらにも精霊が身近にいるとは驚きました。」

「私もサンタ様と言う方の名をお聞きするのは初めてでございます。
お誕生日とは、一週間後なのでしょうか。」

給仕でお茶菓子を持ってきたリリスが、横にひざまずき初めて聞くことに耳を傾ける。
セフィーリアも実はあまり詳しくないのだが、リリスの様子に身を乗り出した。

「わしもサンタ殿にお会いしたことはないが、力の強い精霊のようじゃ。
だが年に一度、自分の誕生日にだけどうも派手に飾った木にしか姿を現さぬ変人らしい。
相当子供好きのようでな、よい子だけにプレゼントを送るとか。
誕生日は、確か年明け前だったと思うんだがのう。」

言いながら、お茶菓子のクッキーを一つ、そうっと隠れてリリスの口に入れる。
ニッコリもぐもぐしながら、贈り物、その言葉にリリスがレナードと顔を合わせた。

「へえ、それはまた……」
チラリとレナードが奥を見る。

使用人頭でもある、リリスの養育係のベレナは姿が見えないようだ。
レナードもクッキーを一つ取って、リリスの口に放り込んだ。

もぐもぐ、サクサク、ほんのり甘くてホッペが落ちそうだ。
「えへ、おいしいです。」

レナードがしーっと指を立てる。
普段食べられないお菓子は、リリスにはごちそう。でも時々こうして隠れてもらう。

「お師様、よい子にプレゼントって、一体何が送られるのでしょう。」
「さあ、わしも知らぬが、世界中に送るとなると恐ろしい数じゃからな。大した物では無かろう。」
「どうしたら頂けるのでしょう?よい子とは、何をすればよいのでしょう?」

リリスの目が輝いてくる。

精霊からの贈り物、それも年に一度しか姿を現さない精霊の。
きっとステキな物に違いない。

「うむ、リーリは今でも十分よい子じゃ。
きっと贈り物は届くに違いないぞ。」

「本当ですか?でも、今まで一度もお見えになったことがないのです。
向こうへはちょっとしか行きませんし、やっぱり駄目です。」

リリスの顔が曇った。
向こうの世界は先日行ったばかりなので、早々またというわけにはいかない。

「いやいや、一晩で向こうの世界をすべて回る精霊じゃ、たまに顔を出すリーリを忘れているに違いない。
そうか、プレゼントを貰うには確かまじないがいると聞いたぞ。」

「えっ!それは知りませんでした。
どうすればいいのでしょう。」

セフィーリアが頭をひねる。
「……うーむ、そうじゃ。
サンタ殿はな、夜中枕元に置いた靴にプレゼントを入れるらしい。」

「靴ですか?
靴を置いたら、こちらの世界にもお見えになるでしょうか?」

「うむ、大丈夫じゃ。わしからヴァシュラムに言づてを頼もう。
今年はリーリの靴にもプレゼントを頼むとな。」

「良いのでしょうか?ご迷惑にならないでしょうか?」
「あれでも大地の精霊王じゃ、ドーンと任せよ。」

「本当ですか?いいのかな?」

戸惑うリリスに、レナードがクスリと笑う。
「くれるって言うなら貰えば良いんだよ、リリスは他に何も持ってないんだから、誰もせめたりしないよ。」

その言葉に、リリスがホッとして満面に笑みをたたえる。
頬をリンゴ色にして、初めて子供らしく無邪気に笑った。

「じゃあ、じゃあ、リリスは今夜から毎日枕元に靴を置いて休みます!
うれしい!うれしい、サンタ様!」

ウキウキして飛び上がり、思わずその場で一回転して転んだ。

「リリス!なんてはしたない!」
ベレナが運悪く、見ていて飛んできた。
人間ではない師の代わりにリリスをしつけるための人間だけあって、めざとく厳しい老婦人だ。

「主人の前で不作法な!
水くみはどうしました?階段の掃除は?」

ぺろりと舌を出し、シャンと姿勢を正してお辞儀する。
「あっ、はい!すぐにいたします!」
慌てて水汲みに急いだ。

でも、心は楽しみでいっぱいだ。
心も軽く、冷たい季節に一番辛い水汲みも苦にならない。


精霊の贈り物って、一体何だろう。




夜仕事が終わるのを待ちわびて自室に戻り、さっそくベッドと回りをピカピカに磨いた。

「サンタ様はどこから来られるんだろう。寒いけど今夜からは少し、窓を開けておこうかな。
あ、そうだ、肝心の靴を置いておかなきゃ。」

ロウソクで照らし、足下の靴を見る。

今履いているのは粗末な普段履きで、ずいぶんくたびれてシミだらけで汚れている。
「駄目かなあ……」

持っている靴はあと一足。
長旅ばかりしたせいで、その靴も穴が開いてボロボロだ。
そう言えば、旅の途中もやたら水が漏れて困ったのだ。

「どうしよう……サンタ様はこれにプレゼントを入れて下さるかな……汚いけど、許して下さるかな……」

新しい靴なんて到底無理だし、支給してもらえるのはベレナがもう履けないと認めた時だ。
仕方ないので、汚れがいくらかマシな外出用の靴をつくろうことにした。





それから数日たち、裏の山で勉強のあと、館に戻りながらレナードがリリスに話しかけた。

「どうだい?あれからもう一週間だけど、プレゼントは来た?」
「いいえ、毎朝靴を覗きますが何も。
やっぱり世界が違うので無理なのです。」

それに、向こうの綺麗な世界から見ると、あの汚い靴では駄目なんだろうと思う。
だって、穴も開いてるし。

「どうして靴なんだろう……」

リリスの頭を撫で、レナードがため息をついた。
師もサンタ殿が無理そうなら、早く入れて置いてあげればいいのに。
気の利かない精霊殿だ。

「リリスは新しい靴が欲しいのかい?」
「いいえ、靴はちゃんと履けなくなったら頂けますし、今は持っている物で十分です。」

「じゃあ、プレゼントって何が欲しいの?」

パッと明るい顔で、リリスが手を合わせる。
目をクルクルさせて、ニッコリ微笑んだ。

「向こうの精霊様が年に一度、よい子だけに下さるという、そのプレゼントが欲しいのです!
きっとステキな物に違いありません。
お師様は、どんな物か思いも付かぬと仰います。」

レナードが、ヒョイと肩を上げた。

「そりゃあ……思いもつかないね。
でも、あんまり期待しているとガッカリするよ。」

「はい!でもリリスは、とってもとっても楽しみなのです!
楽しみがあると、毎日が楽しくてたまりません。」

キラキラの目は、期待過剰でプレッシャーがもの凄い。どうにも苦笑いしか浮かばない。

「そうか、まあ……好きにするんだね。」
「はい!」

通りで師が最近、目を逸らしてばかりで、その上めっきりやつれているはずだ。
魔導師のヒヨコでもあるリリスに、子供だましは通じないだろう。
つくづく余計なことを言ってしまったと、レナードはひどく後悔した。




その夜、弟子が住む離れのレナードの部屋を、ひっそりとセフィーリアが尋ねてきた。

「お師様、このような時間にいかがされました?」
「しっ!」

コソコソ部屋に入り、サッとセフィーリアが袋を差し出す。

「この赤と白の服を着て白いヒゲを付け、リーリの枕元にこの箱を置いてくるのじゃ。
良いな、しゃべるでないぞ、お前とわかってしまうからな。」

どうも向こうの世界の物らしいその袋の中を見ると、ずいぶん派手な衣装が入っている。

「これはなんです?」

「サンタという精霊は、こんな格好の変態ジジイのようなのじゃ。
来る気配もないでのう、言い出しっぺのお前がやるがスジであろう。」

そう言う師の顔は、悩んで悩んで眼の下にクマができている。
思わずプッと吹き出して、仕方なく引き受けた。

「で、プレゼントはどうされたのです?」
「うむ、精霊らしくこれにした。」

パカッと開けた箱には、小さな森の精霊が一匹。

「こ、これはストレートですね。」

レナードが顔を引きつらせて笑う。

「早うフタを閉め……ああっ!」
しかし蓋を閉めようとした時、パッと精霊は飛び立ち逃げてしまった。

「あ」
「ああ〜」

セフィーリアがガックリ座り込む。

「風の精霊など見飽きておるだろうに、どうしよう。
わしは無力じゃ。」

しかし、こうしていても仕方がない。
見回しても、レナードの部屋には子供が喜びそうな物はない。

「おのれ、これは最後の手じゃ。」

セフィーリアがキラリと目を光らせ、レナードの机にある紙とペンを取る。
レナードが覗き込んで、プッと笑った。


「一緒に遊ぶ券」「ホッペにキスの券」「抱っこの券」「何でも言うこと聞く券」


「これはなんです?」

「見ての通りじゃ、わらわのご奉仕セットじゃ。」

「それじゃ正体が誰かわかりすぎて、私がこの格好をする意味がないでしょう。」
「しかし、何もないではないか〜」

ガッカリする師の指の、銀の指輪を指さした。
「それはどうです?いずれサイズは合うでしょうし。少し術でデザインは変えて。」

アッと指輪を見て、セフィーリアが満面に笑みをたたえた。

「おお!おお!それはよい。
これは昔、地の精霊に贈られた呪い返しの指輪じゃ。
きっとリーリを護ってくれるであろう。」

セフィーリアが指からはずすと、意志を持っているように指輪は自然と形を変える。
レナードがそれを取っておいた布の切れ端に包み、精霊の逃げた箱に入れた。

「何じゃ、最初からこれにすれば良かったのじゃ。」

師がホウッと微笑み箱を振ってコトンコトンと鳴らす。
レナードはさっそく……そして仕方なく派手な衣装に着替える羽目となった。




そうっと、サンタ姿のレナードが館を忍んで進む。
恥ずかしい格好は、クリスマスの風習のないこの世界では異様だ。

「何で俺がこんな格好……」

騎士上がりの彼には、ひどい侮辱だが仕方ない。
これも赤子の時からリリスを世話しただけに、彼もリリスの喜ぶ顔は見たい。
そっと部屋に忍び、月明かりにスヤスヤ眠るリリスの顔に微笑んだ。
そうっと師に預かった箱をヨレヨレの小さな靴の横に置く。

と、

その伸ばした手に並んでニュッと手が現れた。

え?

箱の横に赤い小さな箱を置くその手の主と、レナードが思わず目を合わせる。



「……あっ、サンタ様だ」



ボンヤリした声で、リリスが寝ぼけて声を上げた。

「メリークリスマス、良い夢を。」

老人の柔らかな声で、そのサンタはリリスの頬を撫で、そして壁にポッカリ空いた空間に消える。
呆然としたレナードが見ると、リリスはすでにまた微笑みながら寝入っていた。


一体あれは……???



レナードは、すでに閉じてしまったその壁を見て、そして彼が置いていった箱を覗き込む。

ヴァシュラム様……じゃなかったようだが……

ウーム……



ま、いいか



「お休み、良い夢を」

部屋を出ようとするレナードに、北風の精霊が冷たい手で、開いている窓を指さす。

「ああ……ふふ、やっぱり子供だな。」
窓を閉め、そしてそっと部屋をあとにした。




翌日早朝、館にはリリスの歓喜の声が響き渡り、セフィーリアの部屋に箱を2つ大切に握ったリリスが飛び込んできた。
一つには、銀の指輪。


そしてもう一つには……

箱には白く美しい、見たこともない花が数輪。


そしてそれは、夜になると美しく輝き、見た人をひどく幸せな気分にさせて毎夜一輪ずつ散っていった。



銀の指輪は何故かリリスの指にピッタリと合い、
そしてその後のキアナルーサとの旅の途中、
グレタガーラの呪いをはじき返してリリスを護り、弾けるように散って消えた。



*注 
ご存じの通りクリスマスは、イエス・キリストの生誕を祝うキリスト教の記念日です。
サンタさんの誕生日じゃありません、あしからず。w
それと、靴ではなく靴下ですよね。
メリークリスマス。

6、イネスとお買い物

雪の中、リリスが手に息を吹きかける。
白い息が、あたりに舞って風の精霊がクスッと笑った。

この季節、フードの付いたコートもリリスには髪や顔も隠しやすいので好都合だ。
久しぶりに城下の町に降りて、新年でにぎわう町へ買い物に出てきた。
通いの使用人がほとんど新年は休みを取ってしまったし、他の弟子達も年の暮れから里へ帰ってしまっている。
セフィーリアはザレルや密かに遊びに来たヴァシュラムと酔いつぶれてしまったし、まあ、買い物に出られるのも自分しかいなかったと言うわけだ。
用もあるし、城下まで出てくると置き手紙をしてきた。

大きなバッグをタスキにかけて、テクテク歩いて城下町を目指す。
歩いて3、40分の距離は、散歩には丁度いい。
しかしフードを深く被ると前が見通せないので、時々紅い目の方を閉じてグレーの片眼で前を見て歩いていた。

「向こうの世界のような、サングラスという物がこっちにもあればなあ。」

まったく……物があふれる、向こうの世界がうらやましい。
とはいうものの、用を済ませ、買う物をさっさと買って早くすませよう。
人も多いし、お店も客で多いからうつむいていれば大丈夫。
と、街の入り口へ足を踏み出した所で肩をポンと叩かれた。

びくん。
ドキドキ、まさかもうバレた?

「リリ!俺も行くぞ。」

息を弾ませる声に振り向くと、やっぱりすっぽりフードを被ったイネスが、追いかけてきたのか激しく白い息をリリスの顔に吹きかける。

「貴様、俺をあんなしょぼい家に残してどういうつもりだ。どっか行くときは俺も行きたいから声をかけろと言っただろうが!え!」

「あああ、悪うございました。だから、酒の匂いを吹き付けないでくださいまし。」

イネスも相当酒を飲んだくせに、ここまで走ってくるなんて、巫子のくせになんて酒に強いんだろう。
彼は地の神殿の巫子。
地の精霊王ヴァシュラムと共に、供の者も連れずこっそり2人だけで遊びに来ている。
新年の神事が済むとあとはヒマだそうで、こうして時折ヴァシュラムが連れ出して外の世界を見せるのだというのが名目らしい。
数人いる巫子の中で、一番子供のイネスはヴァシュラムのお気に入りだ。
リリスはフードで鼻を押さえ、大きなため息をついた。

「イネス様、リリスは髪と目を見られたら、騒ぎになる前に町から急いで出なければなりません。
だから、他の方にご迷惑をおかけしたくないのです。」

「ああ、なら俺も同じだ。ま、気にするな。」

バンッと背を叩かれて、今更気が付いた。
「あ、そうか。」

「ほら、俺だって白い髪に白の肌に赤っぽい目だ。
一般人とはもの凄く外見が違う珍種だ。お前と変わらん。
まあ、俺の場合は神殿にいたから、変な姿でも精霊王の使いだ。みんな黙って頭を下げる。
お前も巫子になれば良かったのにな。」

「はあ、……そう言えば、そう言う話しもあったとか聞いております。」
2人並んで歩き出す。

「へえ、セフィーリアが神殿持っていたら、お前は風の巫子か?
そしたら、王族の次に偉かったのにな。」

「さあ、どうでしょうか。想像も付きませんが。」

言われて、ハッと並んで歩くのが気になり、突然歩みを止めた。
「イネス様、私などが並んで歩くのは失礼になりませんでしょうか?」

「ハア?貴様が先に行かず俺が何を知るというのだ。俺はお前の買い物なんか知らん。」
腹立たしそうにパンと背を叩き、リリスの手を引き歩き出す。

「お前は俺の前で、身分を言ったら殴るぞ。
いいな!だいたい身分身分と、貴様はうるさい!」

「は……はい、承知いたしました。」
リリスが困った顔で頭を下げる。

アトラーナで最高の身分と最低の身分が手をつないで歩く。
いまだ時々城から監視で来る指導者が見たら、3時間は説教だろう。
なんだか不思議な光景で、つなぐ手を見て苦笑した。

「で?何を買うのだ?」

立ち止まり、また酒臭い顔を突き出してくる。
しかしその顔は、なんだかワクワクして目が輝いていた。

「え、えーとですね。パンと、果物にお野菜少々かな?」

「なんだ、服やなにか面白い物は買わぬのか。
面白う無い。
俺は町で買い物とか、滅多に出来ないのだ。」

「すいません、このお金は母上の物で私の物ではありませんので。」

「え〜小遣いも持ってこなかったのか?
神殿だって、侍女や下男にも金をやってるのに。
俺自身は金など持ち歩かぬが、人を使って買いにやるぞ。」

ぷいぷい怒って、なんだかガッカリしている。
新年でにぎわう城下の町で、お買い物をやってみたかったんだろう。

「えっと……それはもちろん、リリスもお小遣いは頂きますよ。まあ、少々ですが持って参りましたが。」

「なんに使うんだ?え?
俺は先日、剣を注文させたんだ。神事以外のな、出来上がったら見せてやる。
で、お前は?」

すごく興味があるようで、身を乗り出してくる。
「剣ですか、まあ……私のは大した物ではないですから。その買い物もありますし。」

「へえ、そりゃあ楽しみだ。
俺も付き合ってやる。」

「それは構いませんが、いろいろ勝手に触らないで下さいね。どうぞ目立たぬように。
それとここでは、私のことは絶対に名を呼ばれませんように。
知っている者がいたら騒ぎになりますので。」

「お前そんなに嫌われ者か?
リリでいいだろう、リリで。」

うーーん、リリ……
だいたいなんでみんな私のことをリリとか、リーリとか、スを言わないんだろう。
僕としては、リリサレーンから少しでも離れたいから、リリを変えたいのになあ。

「よし、わかった。」
「え?」
「お前をミカエルと呼ぶ。いいな。」

突然、まるで心を読んだように、イネスが言い出した。

「どうしてでございますか?」
「だってお前リリが嫌そうだったからな。
ミカエルだ。ほら、向こうの世界の偉い神様。」

ニヤリと笑うと、白い歯が見えた。

「神様?私が?酔狂な神のお使いですね、怒られますよ。」
「構わんさ、俺たちドラゴン2人がゴロゴロしてる家から降りてきたんだ。」

なるほど、リリスもニッと笑ってうなずく。

「わかりました、じゃあ私もイネス様をやめて今は……ラファエル様とでも?」
「いいな、それ。どうせこっちの人間には関係のない神様だ。
俺がラファエル、お前がミカエル。様は無し。」
「承知しました、ではラファエルで。」

2人、顔を合わせてクックックッと笑い合う。

「お兄ちゃん、どうだい?耳飾り安くしとくよ!」
さっそく売り子が声をかけてきた。

「へえ、耳飾り?」

フラフラ寄っていくイネスのラファエルに、リリスのミカエルがグイと手を引く。
「耳飾りはいりません!ほら、行きますよ!」

キョロキョロするイネスに時々邪魔をされながら、まずは一軒の紙とペンの店に。

「へえ、こういう所に紙が売ってあるのか〜。ペンって色々あるのか?ふうん、で、何買うんだ?」
「ここは裏から入ります。」
「え?なんで?」

店に入ろうとする彼の手を引き、横の路地を入っていくと裏手に回って裏口を叩いた。

「こちらは唯一、私を知っていて理解して下さる方です。
ありがたいことに、お仕事を頂いてます。」

「お前に仕事?」


キイイ……「どなた?」


ドアを少し開けて、婦人が顔を出す。

「代筆を受けた者でございます。御主人様はご在宅でしょうか?」
リリスがぺこりと頭を下げた。

「ああ!はいはい、どうぞ中へ。あら、今日はお友達と一緒?珍しいこと。」
「はい、それではお邪魔させて頂きます。」

リリスがそうっと入ると、キッチンの横にある小さな部屋のテーブルへと案内された。
どうやらそこが、代筆依頼を受ける場所らしい。
婦人は気さくな人で、白湯を2人に出して部屋を出て行った。

イネスがテーブルの角に置かれたカップを、じっと見る。
「お湯だそうだ。なんで離れたとこに置くんだろう。」

「ええ、ありがたいことです。」
感謝しながら、しかしリリスは自分の方に引き寄せなかった。

やがて主人がやってきて、リリスの書いた代筆の紙を受け取り、チェックして次の依頼用の紙と報酬の紙の束をくれる。

「じゃ、これが報酬分の紙10枚だ。またよろしく頼むよ。」
「ありがとうございます。いつも助かります。」

イネスが見る前で、リリスが紙を数える。
代筆用の紙は上質の物で、書き直しが効かないきっちりの数。
そして報酬の紙は、見るからに足元を見られているようで、ゴワゴワしていたり厚さが均一でなかったり、折り目が付いていたりと良い紙じゃないことが一目でわかった。

「なんだ、貰うのはずいぶんボロい紙なんだな。」
イネスがつぶやいた。

ギクッ!

リリスの手が止まり、そうっとフードの中から主人の顔をのぞき見る。
主人は真っ赤な顔で、次の依頼の紙をサッと取り上げ立ち上がった。

「文句があるなら今回で終わりだ!
別にあんたじゃなくても代筆屋は沢山いるんだよ。
我慢して懇意にしてやったのに。
じゃ、今度から紙は店で買うんだな。
さあさあ出て行け!もう用は済んだ!」

怒って追い出されてしまった。

「ああ……」
リリスがションボリため息をつく。

「あれ?なんで怒ったんだ?
あの主人はお前の良い理解者ではなかったのか?」
イネスはキョトンとして、リリスの顔を覗き込んだ。

「いえ、もう用は済みましたので参りましょう。お待たせしてすいません。」

2人が歩き出すと、裏口からはガンガン金物を叩く音がする。

「なんだ?あれは?」
「あれは二度と来るなのおまじないです。
まあ、紙を売っている所はあと2軒知っていますから、次からそちらに参りましょう。」


ガンガンガンガン


音のする方から出てきた2人に、皆の目が集中する。
リリスは逃げるようにその場を離れ、とりあえずパン屋のある方角を目指した。

「俺は悪いことを言ったのか?お前に迷惑かけたのか?」

急にしぼんだ声で、手を引かれていたイネスがガックリ座り込んだ。
「イネ……ラファエル、そこは通る方に邪魔ですよ。」

しかし、リリスより一回り大きなイネスは引っ張ってもびくともしない。
見ると、肩を震わせ膝を抱え込んでいる。

「まだ酔ってらっしゃるんですか?」
リリスがため息をつき、人混みを避けて並んで座り込んだ。

「くすん、くすん、ひっくひっく……」

なんと、巫子とは言え17才の少年がいきなり泣き出した。
色々と経験の少ないイネスは、本当に純粋なのだとリリスは微笑む。
なんだか、うらやましくもあった。

「泣かないで下さい。大したことじゃないんですから。」

「でも、でも、リリは困るんだろう?助かりますって言ってたじゃないか。ひっく」

それは……確かに助かっていたのだ。
このバイトはキアンと旅に出る前から、独り立ちした兄弟子にゆずって貰ったバイトだった。
それまでは、微々たるお小遣いでは文具が買えず、兄弟子やセフィーリアから書き損じの紙やインクなどを少しずつ貰っていたから。
バイトは不安だったが、字が美しく客に評判が良かったからと、今までずっと頼んでくれた。
とても嬉しかったのに、子供だからか負い目があるからなのか、どんどん条件が悪くなって悲しかった。

2人こつんとフードをくっつける。
イネスの優しさが嬉しい。

「……ええ、そうですね。私の頂ける小遣いでは、紙が買えなくて困っておりましたから。
でも……
頂く紙はそのたび悪くなっておりましたし、3度目からは、書き損じを許して下さらなくなったのです。
インクが落ちないように、書くのを間違わないように細心の注意を払って、短い文も長い文も報酬は同じ、この紙を2枚。
一度一枚だけ書き損じたんですが、その時は紙代にと他の分も報酬を下さらなかったので、すごくガッカリしました。
母上からも、辞めてはどうかと言われておりましたし、最近は書くのがひどく辛かったので、いつお断りしようかと思っていたのです。
きっかけを作って頂き助かりました。」

イネスが泣きやみ、顔を上げた。
紅い目が更に真っ赤でリリスが笑う。

「ホントに?」

「ええ。今は紙やペンなどは十分に母上様に頂いてますし、困ることはありません。
それにほら、お茶を出して下さったでしょう?あれ、内側にキズがあって、私が飲むとわかるようにしてあるんです。」

「キズ?なんで?」

「最初うっかり飲んだら、私が家を出てすぐ、カップを割る音が聞こえましたので。
きっと私のことは、本当はお嫌いなのです。だから私が辞めたくなるように、報酬の紙の質も落とされたのではないかと思います。あちらもきっと、ホッとされているでしょう。」

「どっちもイヤで、きっかけがなかったのか?」

「ええ、ですからラファエルは、どうかお気にされずに。
さ、パンを買いに参りましょう。
焼きたてがあるといいですね。」

立ち上がり、歩き始めて人混みの中、リリスがフードを押さえ前を行く。
イネスは自分も、手を引かれフードを押さえて追いかけた。
涙を拭いて、周りの人々も見てはうつむく。


紙1枚にも困るなんて、自分には経験がない。
金物鳴らして追い立てられるなんて、ひどい奴らだと俺は思うけど、リリはただ寂しそうに見える。
リリの回りは理解者が少ない。
俺の回りはみんな俺を敬っているように見えるけど、本当にそうなんだろうか。
それでも俺は恵まれている。
リリは、この私をうらやましいと思うのだろうか。
同じ奇異な姿でありながら、なんて厳しい中をたくましく生きてるんだろう。
私はきっと、巫子でなかったらリリと同じ境遇になっただろうか。
その時、もしリリが巫子なら、憎いほどうらやましいと思うだろう。
人間とはそう言う物だ。


「ほら、パンのいい香り。私はここと、あちらのお菓子のお店の前が大好きです。
香りだけで食べた気になります。」

「変な奴、普通は匂いで腹が空くというのだ。」

「ほんとですね!うふふ。こちらのお菓子の店で、以前一度だけ小遣いをためて小さな焼き菓子を買ったことがあるのです。
夢のように美味しゅうございました。」

「大げさだなあ、ミカエルは。」

「そうでしょうか?うふふ。さ、お店の方には目を見せぬようお気を付け下さいね。」

一緒にパン屋に入り、パンを買って近くのベンチへ座る。
そして一つ焼きたてのフワフワしたパンを取り、半分ずつ食べた。

「ちょっと黒いパンって初めてだ。歯ごたえがあって香ばしくて美味しいな。いい匂い。」
上質の真っ白なパンしか食べたことのないイネスには、小麦以外のパンは初めてだ。

「今日は新年のお祝いですから、いつもより甘くて美味しいパンが並びます。
焼きたては香ばしくて大好きです。」

「ウン、本当に美味しい。やっぱり来て良かった。
で、次は何を買うんだ?」

「お野菜と果物ですね、広場の向こうに店が並んでいます。」

「なあなあ、お前自分の物って何を買うんだ?気になるではないか。」
「ああ、それはですね……」

言いかけたとき、2人の前にヌッと2人の男が立ちふさがった。

「おい、そこのガキ。」
イネスがキョトンとリリスを見る。

「ミカエル、知り合いか?友人は選んだ方が良いぞ。」
「いえ、この町に友人や親しい方などおりません。お間違いかと。」

のんびり話しをするリリス達に、男達が拳を差し出す。

「お前ら、少し小遣いを分けてくれネエか?
え?痛い目に遭いたくなかったらよ。」

「む!」
イネスが身構え、コートの下の剣に手を添えた。

「ラファエル、お任せ下さい。これ、持ってて下さいね。」
リリスが微笑み、彼にパンを持たせる。

両手を合わせ、そして印を結んだ。

「おいコラ、聞いているのか?このガキ!」



「風よ、いざなえ」



風が、ビョウと男達の前に一瞬吹き上げた。

「うお!」

よろめく男達の回りを雪の中、ゆるゆると暖かな風の精が飛び交う。

「さ、お野菜を買いに参りましょう。」
「あ、うん。」

リリス達が立ち上がったベンチに、男2人がドスンと座り込む。
そしてイビキを上げて眠ってしまった。

「あれ?眠ったぞ、大丈夫か?」
「ええ、暖かな風の精が去ったら、寒さに目を覚まされるでしょう。」

涼しい顔で、さっさと歩き出すリリスにククッとイネスが笑う。

「お前って、ほんと強いんだな。酒は飲めないくせに。」

「飲めないんじゃなくて、飲まないんですよ。
私は18まで飲まないって決めているんです。ラファエルは飲み過ぎですよ。」

「俺だって17だぞ。
だいたい神事で出る酒は上等で美味いのに、ほんのちょっぴりしか飲まれないんだ。
ほんのちょっぴりで普段我慢してるんだから、ここに来たときくらい飲まないでどうする。」

「うふふ、ほんとに困った方ですね。」


2人、途中屋台でハーブのお茶を飲んで、並ぶ店で野菜を買い、リンゴに似た果物をかじりながらぐるりと広場でターンして戻って行く。
リリスは買い物をパン以外すべて持ってきた麻の袋に入れて背負うと、パンを手に町の出口に向かった。

「パンくらい俺が持つのに。」
「とんでもありません、私が怒られます。」

「誰が怒るというのだ。俺はちゃんと腕が2本付いてるぞ、使わずになんとする。
だいたいお前の方が身体が小さいんだから……」


「まあお兄ちゃん、弟さんに荷物全部持たせて悪い子だねえ。」


売り子のおばあさんが、横でイネスに聞こえるように声を上げた。
イネスが立ち止まり、回りをキョロキョロ。
ちょうど人が切れて自分たちしかいない。
慌ててリリスからパンを取り上げた。

「見ろ!俺のことだ!お前のせいで怒られた!どうしてくれる!」
リリスに叫び、涙を潤ませて地団駄踏んだ。

「あああ、すいませんすいません。だから泣かないで下さい。」

「泣いてない!俺は男だ!」

「わかってますよ、だから早く行きましょう。」

ワンワン叫ぶイネスに、また人々の視線が集まる。
リリスがうつむいて、彼の手を引き小走りで逃げた。

「ああ、目立たぬようにと言うのは、イネス様には無理でした。」

ため息混じりにつぶやいて、町を出ると家に向かう。
道中思い出し、イネスがはたと立ち止まった。

「あれ?お前の買い物は?」
「もう済ませました。」
「なにを?」
「ご一緒にお買い物が出来て、リリスは楽しゅうございました。」
「だから何を買ったんだ?」

しつこく聞いてくるイネスに、リリスはただニッコリ微笑んでいる。
黙って返答を待つイネスに負けて、リリスが空を見上げた。

「ほら、美味しかったじゃありませんか、焼きたてのパンや果物に温かいお茶。
リリスは一度で良いから、どなたかとご一緒にお買い物を楽しんでみたかったのです。」

「えっ!俺が食ったの、お前の金か?」

「そうですね、そうなります。家の物とは別に買いましたから。
でも、私がそうしたかったのです。」

イネスがガッカリ黙り込んだ。
自分はお金に困ったことはないけど、お金は持ってない。

「俺はリリに何もして上げられない。
迷惑をかけてるばかりだ。」

「とんでもございません、リリスは本当に、本当に本当に楽しかったのです。
私はイネス様に、楽しい思い出を頂きました。
それで十分でございます。」

風が吹いて、2人のフードが後ろに倒れた。
赤い髪のリリスと、白い髪のイネスが顔を見合わせ笑い合う。
前から歩いてくる人が見えて慌ててフードを直していると、リリスが気が付き手を挙げた。

「あっ、ザレル様!」

2人駆け寄ると、ザレルがヒョイとリリスの荷物を取り引き返しはじめる。

「あれ?お出かけではないのですか?」
「迎えに来たのだ、……楽しかったか?」
「ええ!とっても!ね、イネス様。」

「あ、うん。なんだザレルには持って貰うんだな、荷物。」
「え?うふふ、そうですね。」

いつも町へ行ったときは気疲れして帰ってくるのに、今日はリリスが楽しそうに笑っている。
イネスからパンを受け取るリリスの頭をポンと叩き、ザレルがニヤリと笑った。

「重い物で、これ以上背が縮むと困るからな。」

「えっ!ひどい、リリスは気にしてるのに!」
「アハハ!なるほど、リリスは重い物でどんどん縮んだんだ。」

「イネス様まで!リリスは傷つきました!」

プウッとむくれて、リリスが背伸びして歩き始める。
イネスが笑ってリリスの手を取り、ギュッと両手で握った。

「よし、また町へ一緒に行こう。今度は俺がごちそうする!」
「はい!楽しみにお待ちしております!」

リリスの明るい顔に、イネスの心も明るく晴れる。
2人ははしゃぎながら家まで帰り着くと、町でのことをセフィーリア達に話して聞かせながら、新年の時を楽しく過ごした。

7、ルビーとサファイア

アトラーナでも、へんぴな場所にある地の神殿。
そこは町には遠く、山深い場所にあり、参拝する人々も多少の苦労を要する。
そのために馬車の定期便が一日4往復あり、ふもとの村の観光に一役買っている。
神殿には巫子が数人住まい、毎日の神事と修行を行っているのだが、下級神官が神殿の受け付けで供物や奉納金の受け付けと神札の販売をやっているところがまた、神殿でまつられているヴァシュラムらしい。
神殿は清廉の地で身を清める場所とされ、朝から行われる神事に参加するために宿泊施設もあるので、一般に開放される表の一部はいつも賑わっていた。

イネスが10歳の誕生日を迎えた時、兄巫子のセレスと共にヴァシュラムに呼ばれた。
ヴァシュラムは滅多に神殿に姿を現さないので、聖域の奥の間もどこかいそいそとして落ち着かない。
頭を下げ、ひっそりとセレスについてヴァシュラムの居室を訪ねると、そこには先に見覚えのある二人の兄弟が待っていた。

「あっ、レニンだ。」

イネスが小さな方の少年ににっこり微笑む。
ヴァシュラムが二人を呼び、イネス達に紹介した。

「お前達も知っているな、レニンとグラハムの兄弟だ。
イスカの村より時々顔を出しておったであろう。」

「はい、幼少より良く一緒に遊んでおりました。」

セレスが二人に微笑む。
しかし二人は表情も硬く、レニンは暗い顔でうつむいている。

「このたび、二人はルビーとサファイアの名を継いだ。
ルビーはレニン、そしてサファイアはグラハムだ。」

「えっ、すると……」

「うむ、それぞれお前達の守護者となる。
共に育ち、共に勉学し、共にあれ。
ルビーはセレスに、サファイアはイネスに。」

二人が頭を下げ、それぞれ巫子の足下にひざまずく。
巫子にはそれぞれ守護者が付く。
それは巫子を引退するまで、または巫子を引退したあとも始終を共に暮らす。
守護者であり、そして家族以上のつながりを持つ者だ。
守護者はイスカの村という村からのみ選別され、その村は特殊な状況下にあると聞く。
あまり知られていない村だ。
守護者に選ばれると、家族から離れ決まった名前を継いでずっと地の神殿で暮らすことになる。

「よろしく頼むよ、ルビー。」
「は、はい。まだ未熟者でございますが、よろしゅうお願いします。」

セレスが横で挨拶を交わすのを見て、イネスもサファイアを見下ろす。


俺もなんか言わなきゃ


もごもごしながら、腰に手を当て偉そうに言った。

「よろしく頼む、サファイア。」
「は、私も誠心誠意勤めさせていただきます。」

何か難しい言葉に、何を返されたかよくわからない。

「え??せえしんせえい??」

イネスが首をかしげると、サファイアがクスリと笑う。
恥ずかしさにカッと頭に血が上り、ぷいと後ろを向いた。

「俺はルビーがいい!」

駄々をこねて、サファイアに背を向ける。

「おや、振られたかサファイア。」
「はい、そのようです。」

ヴァシュラムが笑い、立ち上がる。
そしてイネスの頭をくるくるとなでた。

「何事も試練。そしてそれも運命。ではな」

言い残し、すうっとヴァシュラムの姿が消える。

「でもでも、ああっ!ヴァシュラム様!いじわる!」

イネスが地団駄踏んで半べそになる。
穏やかで話しやすい同年代のルビーが守護者になると思ったのに、まさか4つも上でしかも嫌みたっぷりのサファイアなんて。

「さあ、私の部屋に行こう。互いのことを、菓子でも食べながら話そうか。」
セレスは早速ルビーを連れて部屋を出て行く。

部屋にはむくれたイネスとひざまずいたままのサファイアが残り、なんとも言えない気まずさが漂っていた。

「ではイネス様、私は神殿内を見て回りますので。」

立ち上がり、頭を下げて部屋を出るサファイアに、イネスがぷいと横を向く。
しかしその足音が遠ざかると、慌てて後を追い始めた。



カツカツカツ

コツコツコツ

付いてくる足音は、止まると止まり歩き出すと歩き出す。
サファイアは苦笑して気がつかない振りで、あちらこちらと見て回り
顔見知りの巫子のそば付きに話を聞いて、食事の時間やイネスに関する決まり事を記憶にとどめて行く。

「じゃあ、夜はろうそくを一本立てて眠るのですか。」

「ええ、新しいろうそくに変えてお願いします。
たいそう暗闇をお嫌いなので、夜お泣きになる時はたいてい怖い夢か火が消えて真っ暗になった時です。
7歳頃まではおねしょをされていましたが、最近は夜に一度ご不浄へお連れして用を済ませております。」

「わかりました、今夜からは私がお連れするよういたします。」

「ではお願いします、サファイア殿の寝所はイネス様の続きの隣室に用意しましたので。
何か不足があればおっしゃって下さい。守護者の服は、そちらに準備してあります。」

「わかりました、ありがとう。」

時々訪ねて来てはいたけれど、住むとなると話は変わる。
しかし身の回りの荷物はほとんど持ってこなかったが、神殿から支給される物で事足りるようだ。
部屋に戻り支給された物をチェックしていると、イネスがそうっと部屋をのぞきに来る。

「イネス様、何かありましたらお気兼ねなく声をおかけになって下さいませ。」
「お前に用など無い!」

目が合うと慌てて姿を消すが、人に聞くとイネスはたいそう守護者が来るのを楽しみにしていたらしい。


可愛いじゃないか……


苦笑して、この突っ張りもイネスの性格かとほほえましくもある。
弟のルビーのことを気にかけながらも、こうして間に距離を置くイネスとの暮らしが始まり、サファイアはイネスの世話全体に合わせ、勉強や武道にと毎日を忙しく過ごしていった。



ある日……
イネスが一人、隠れるようにして嬉しそうに庭園の土を掘ってミミズを探していた。
明日、サファイアと敷地内の川で川釣りをしようと思ったのだ。
神殿の敷地はたいそう広いので、森や川など山一つそっくり修行の場だ。
これでサファイアと、仲直りできたらとても嬉しい。

きっと仲直りできる。
一緒に釣りをして、お魚が取れたら焼いて食べてもいいな。
きっと二人でにっこり笑いあって、もう一度ちゃんと言うんだ。
これからよろしくねって。


土にミミズがにょろんと隠れた。
パッと指で押さえ、つまみ出して箱に入れる。
箱にはけっこうの量が取れた。

このくらいでいいかな?

なんて言おうか、誘う言葉を考えると今更気恥ずかしい。
が、立ち上がろうとした時、近くですすり泣く声が聞こえる。
心臓がドキッとして、イネスが身動きできずしゃがんでいると、サファイアの声が近づいてきた。

「ルビー、なんだお前セレス様は?」

「兄ちゃん……」

「兄ちゃんじゃない、サファイアだ。」
「だって、兄ちゃんは兄ちゃんだ。僕、もうルビーじゃなくていい。」

「またそんなこと……
お前は守護者に選ばれたんだ、これはとても名誉なことなんだぞ。」

「名誉なんていらない!僕村に帰る!お母さんの顔が見たい、お父さんもきっと許してくれる!
兄ちゃんは村に帰りたくないの?」


ぺちんっ!

サファイアが、ルビーの頬を叩く音が響く。
そして、兄はギュッと弟の身体を抱きしめた。

「帰りたいさ。でも、これは試練、そして運命だ。ヴァシュラム様はそう仰った。
ルビー、がんばれ。俺もがんばる。みんなそうやってがんばってきたんだ。」

「……うん、ごめん。」


二人の足音が遠ざかり消える。
イネスは呆然と立ち上がり、手を握りしめた。



お父さん、お母さん……
そんな物知らない。



何かしら、言いようのない感情がわき上がった。
足下の、ミミズの入った箱を蹴る。
箱がひっくり返ると、ミミズは急いで逃げて行く。
泥だらけの手で上着を握りしめ、イネスはその日何かを振り切るように日が暮れるまでただただ森を走り続けた。



「お帰りが遅かったのですね。お探ししましたが森へお出かけとは存じませんでした。」

サファイアが汚れた服にため息をつき、イネスの着替えを手伝う。
一緒にいなければならないのに、目を離したのはまだまだ修行不足だと自分を戒めていた。

「サファイア、お前は……」

イネスがつぶやくように言葉を漏らす。

「はい、なんでしょうか?」

「なんでもない、お前は俺のそばにいるのが仕事だろう。
何故今日はちっともそばにいなかった。」

「申し訳ありません、お声をかけていただければ助かりますが。」

「お前は声をいちいちかけなければ仕事もろくに出来ないのか?」

「申し訳ありません。」

着替えが終わると、ぷいとイネスは長いすに座って本を読み始める。
サファイアが怪訝な顔でイネスを見るが、機嫌が悪いのかと深く考えなかった。


その2日後、剣の修行の時にイネスは突然相手にルビーを指名した。
ルビーは同年代だが、物覚えが付いた時から守護者候補でずっと激しい修行を行っている。
まともに本気を出すとイネスにケガをさせると思い、少々手を抜いて相手をしたのが悪かった。
手の抜き方も未熟で、隙を突いて剣をたたき落とされ肩を嫌と言うほどイネスに叩かれて、思わず泣いてしまったのだ。
めそめそと守護者らしからぬ弱気に、イネスは激高してルビーを蹴り倒した。

「やめよ、イネス!」

「でも兄様!俺はこんな意気地無しは嫌いだ!
サファイアはちっとも役に立たないし、この兄弟はサファイアとルビーの名にふさわしいとは思えません!
ヴァシュラム様にご進言願います!」

「イネス!」

いさめられるイネスは、しかし意固地になってなかなか引かない。
ルビーの気弱さが目立って人々に印象づけられ、二人のことは後にもう一度神官審議会で審査することになった。
ルビーもサファイアも心中複雑で、これで名を取り上げられると村へ返されることになる。
それは念願だった、家へ帰れると言うことだ。
しかし、村では恥ずかしい思いを家族にさせることになるだろう。
どうした物か、庭を眺め物思いにふけるサファイアに、ルビーがセレスに持って行く数冊の本を手に駆け寄ってきた。

「兄さん、どうしたの?」
「まだサファイアだ、兄さんは早い。」

「でも、もうすぐ帰れるかもしれないんだよ。そしたら……」

「お前は帰れることが嬉しいのか?俺たちは村のみんなの顔に泥を塗ることになるんだ。
かつて今まで、健康を理由とした以外に村へ返された話など聞いたことがない。」

「でも!」


「おお、ここにおられたか、サファイア殿。これはイネス様のであろう。」

剪定ばさみを片手に、庭師の老人が小さな箱をサファイアに差し出した。

「これは?」

「いつもこれにミミズを捕って、仲直りの釣りに出かけられるのでな。
またミミズ捕りに見えられたんだろうが、庭に置きっぱなしじゃ。」

「仲直りの釣り?ですか。」

「あのご気性じゃ、カッと来てよく周りの方といさかいがある。
するとな、これにミミズを捕って相手の方を誘い、釣りへ行かれるのじゃよ。
自ら手や服を真っ黒にしてミミズ捕りされてな、お優しい方じゃ。」

真っ黒に……
……ああ…………それで………………

それはどう考えてもルビーと帰りたいと話した日。
あの真っ黒の手と服。
イネス様は庭で聞いていらしたのか……

「誰と仲直りされるおつもりじゃったのやら。ではお返し下され、たのみます。」

「はい、確かに。」

箱を見て、サファイアがクスリと笑った。

「気が短いよね、確かに。僕も蹴られてガッカリしたよ。まったくさ。」
ため息混じりのルビーに、サファイアが顔を上げた。

「ルビー、私はここに残る。なにがあってもな。」
「えっ?」

「私の主人は、イネス様以外にない。お前はお前自身で決めろ。
セレス様はお前を大切にされている。それでも帰りたいと願うお前の心の弱さは、どこにいても変わらないだろう。
お前はルビーという名の重さに負けるんだ。」

「な………」

守護者になるための修行を積んで、同年代では技で負け知らずの自分が……
この、たかだかルビーという名前に負けるのか……??

ルビーが、グッと声につまり本を抱きしめた。
サファイアは箱を手に、イネスの部屋へとかけて行く。

その数日後、審議会でルビーとサファイアの事が話し合われたが、その場で二人は心を入れ替え巫子に尽くすことを誓い、問題は様子見のため先送りにされた。

謝るサファイアにイネスは泣いて泣き通しで言葉が話せず、イネスは泣きながら庭に箱を持ち、サファイアと共にミミズを捕り始めた。
そして翌日、ルビーとセレスも誘い、共に釣りへ行って仲直りしたという。
その後、ルビーやサファイアが帰りたいと漏らすことは、一切無かった。

8、リリスと破魔の剣

地の神殿から書き移してきたノートと、イネスに習ったことを参考に、リリスが破魔の剣を作ろうと勉強していた。
通常破魔の剣というのは巫子しか扱えないだけに、魔物払いのためには来てもらうか、剣をもらいにいくしかない。
魔導師は呪をもって魔物を払うが、破魔の剣を腕の立つ騎士が携えることができればどんなに心強いだろうと考えたのだ。
しかし、これがなかなか完成には遠い。
破魔の剣の完成は、精霊たちには判断が付くらしい。
だが、なかなか精霊もうなずいてくれない。

「うーん、やっぱりこの刀じゃ無理がありますか。
お魚さばいたりしちゃったこともあるし、清なる・・って言葉には無理があるかなあ。
クンクン、よく洗ったから臭いとかないんだけど。」

臭いをかいでも別に無い。
ちゃんと研いできたし、きらきらしてる。
とはいえ、旅の生活必需品。
でも自分が持っている刀と言えば、この小さなナイフだけ。
しかもかなり使い古しているので、無理があるのかとため息をついた。
と、ろうそくの火が急に揺らいだ。
ハッと気がつくと、すでに短く溶けてしまっている。

「ああ、もう限界かな。
もう少し調べたいこともあるし・・」

仕方ない、台所にろうそくを取りに行くことにした。
ろうそく立てを持ち、そうっと部屋を出る。
朝が早い自分が夜遅くまで起きていることは珍しいのだが、たまに集中するときにろうそくを消費することになる。

「ろうそくもったいないかな。明日にしようかな。」

ぶつぶつつぶやきながら廊下にでると、ザレルとセフィーリアのいびきがかすかに聞こえてくる。
二人して遅くまでまた飲んでいたのかとため息ついて階段を下り、居間をのぞくと酒瓶とグラスがごろごろ転がっている。

「あっ、このお酒は来客用なのに・・もう!」

隠していても、勘のいいザレルはすぐに探し出して飲んでしまう。
それで何度来客時に困ったか。
ザレルが一緒に暮らすようになって、来客が増えたので酒代もバカにならない。

「もう、今度からお酒は一番安い物しか買いません。」

テーブルを片づけて、ろうそくを引き出しから取り出していると外でゴソゴソ物音がする。

「精霊の女王と、城の親衛騎士長の家に泥棒ですか?
怖いよりあきれますね。」

ろうそくを置いて、そうっとドアを開け外を見る。
すずやかな風が吹き込み、玄関でうろうろする人影が見えた。

「まさか、こんな遅くに来客?でも、ノックはないしやっぱり泥棒?」

そっとドアを閉め、じっと考えてフライパンを片手に袖をまくり上げる。
そしてろうそく立てを持ち、玄関へと足を忍ばせた。
ドアの外では、足音と衣擦れの音だけがシンとした闇の中響いている。
心臓が、ドキドキ。
ここは山中と違って、走って逃げる逃げ場が限られている。
しかも、2階には子供と一応両親が酔いつぶれて寝ているのだ。

よし、もし武器を持っていたら、フライパンで叩いて2階へ声を上げつつ逃げる。……と。

イメージトレーニングを繰り返し、ギュッとフライパンを握りしめ上に構える。

「どちら様ですか?うわっ!」

いきなり後ろからフライパンを掴まれ、リリスが飛び上がった。

「呆れた奴だ、声をかけろと言っただろう。」

振り返ると、酒臭い息のザレルが剣を片手に大きくあくびをしている。
さすが騎士、人の気配に起きてきたのかと、ホッとした。

「いきなり後ろに立たないで下さい!ビックリするじゃないですか。」

焦るリリスに、ザレルが目を大きく見開きニヤリと笑う。
そして小さくクックと笑った。

「お前でも焦るのか。いや、面白い物を見た。くっくっく。」

「もう!笑い事じゃ……」

コンコンコン
『あの、夜分に申し訳ございません、下の町の薬草店のベントでございます。
子供の咳が止まらないと先ほど母親が来たのですが、ちょうどシシリスの根を切らしておりまして。
こちらにございましたらお分け願いたいと。』

「ああ、ベント様ですね。お待ち下さい。」

慌ててカギを開けドアを開けると、中年の男がドアの前に立っている。
フライパンを慌てて後ろに隠すリリスと剣を片手のザレルに苦笑いし、そっと目を背けた。

「シシリスの根でしたら、ちょうど粉にした物がございますよ。
あと、ミナモモの実をすりつぶして胸に湿布するとようございますから、庭から取って参ります。」

「おお、それは助かる。たいそう苦しい様子らしいので。」

「それは大変、急いで参りますからそちらでお待ち下さいませ。」

リリスが慌てて駆け回り、薬草を用意して男に渡す。
そして帰って行く男を二人で見送ると、リリスがザレルの手にある剣をじっと見た。

「あれ?この剣は……」

「ああ、先日家から持ってきたのだ。
このくらいならお前にも扱えようと思ってな。」

「この剣、人を傷つけたことがありませんね?ザレルの剣にしては、何も感じません。」

「ほう、よくわかるな。これは俺が騎士となったときに、叔父が祝いにくれた物だ。
良い鍛冶師に頼んだらしいが俺には軽すぎてな。
儀礼式の時に一度下げたきりすっかり忘れていたのだ。」

ザレルから受け取り、少し抜いて月夜の空に掲げた。
刃は凛と輝き、細身の姿は清楚な気配を漂わせている。
新品の剣という物を、リリスは初めて見て感動した。

「なんと美しい。これこそ土より生まれ火より成され、人の息吹で仕上げられた本物の剣。
これなら……きっと。

ザレル、これ……頂けませんか?」

最近、様付きでしか呼ばないリリスが、それも忘れてねだるのは珍しい。
こう言う時、また何かに集中し始める気配がする。
ザレルが牽制するように、父らしく腕を組んだ。

「もともとお前にと持ってきた物だ、好きに使うがいい。
だが、剣はおもちゃではない。
お前もそろそろ剣の腕をだな……」

「ザレル様!私はこれから川の始まりに行って参ります!これならきっと出来ます!
これに川の始まりの聖なる水、そして……さあ、あと必要な物は……」

「これから?!
見ろ!夜中だ、明日にしろ。」

「あ、ああ、そうですね、気がつきませんでした。
じゃあ、世が明けましてからにします。数日留守にしますので……」

「わかった、それは明日話そう。もう夜中だ、とにかく寝ろ。」

「はい!」

剣を抱え、うれしそうに自室に戻るリリスに、ザレルが大きなため息をつく。
まさかまさかと思いつつ夜は過ぎ、嫌な予感は的中して。
翌朝起きたときは食事の準備がすませてあり、すでににリリスの姿は家になかった。
泣きわめく娘をなだめるのに一苦労する羽目になったが、それから1週間後帰ってきたリリスの手には、破魔の剣へと変貌したあの剣が握られていた。
それこそ魔導師の塔での事件を納めたあの破魔の剣であったが、なぜそれを普通の魔導師であるリリスが作ることが出来たのか、それは城の魔導師達でも大きなショックであり、たいそう不思議なことと話題を呼んだ。