桜がちる夜に

HOME | 赤い髪のリリス 戦いの風拍手お礼3

更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

いつもご愛読ありがとうございます。
戦いの風は自分でも最長不倒記録になりそうです。
長らくお付き合いいただいてる読者の方へ、拍手お礼に短編を(できるだけ)月一で変えて掲載しています。
この短編には、リリスの小さい頃や周りの人々との関わり、そしてサブキャラの違う顔を知っていただくために楽しんで書いています。
一月で消えるので、読んでいなかったという方々へ、どうぞ楽しんでいただければと思います。
また、あれがもう一度読みたいという方は、拍手コメントからどうぞ。
データーが残っている物は、載せていきたいと思います。

9、放蕩息子の気まぐれ
10、リリスとザレルの初めての旅
11、魔物ッ子と靴屋の娘
12、リリスとひな鳥NEW!

**題名をクリックすると、話の初めに飛びます。

お礼集1、2はこちらをクリックして下さい。

>>拍手お礼集1
>>拍手お礼集2


9、放蕩息子の気まぐれ

レナントの城下では、こんな歌が子供達に歌われた。

「城主の息子、ガルシア様は、王族なのに変わり者。
果物かじって町を歩き、お供はお馬でついて行く。」


いつもの出店で、その13歳の少年はリンゴを3つ買って一つ美味そうにかじりだした。
軽装の姿はしかし町人には見えず、地味な中に装飾が凝っている。
それは身分の高い者しか身につけない物が多く、確かに彼はこの国の王の血族の一人だった。
しかし今日は、供も連れず一人。
いつも連れている側近が席を外している間にこっそり出てきてしまった。
気がついたら、慌てて探しに出てくるだろう。

「おや?」
店主の妻が、おおらかに笑って指を指す。

「ルシー、帯の結び目が変だよ。」

言われてもわかってると言った顔で、町の人々にルシーと愛称で呼ばれるその少年ガルシアが、ため息混じりにひょいと肩を上げた。

「知ってるよ、女結びだろ?」

「ああ、色っぽい逆の女結びだねえ。」

「仕方ないんだ、そば付きが不器用でね。父の人選は時に八百屋を魚屋にしてしまう。」

周りがプッと吹き出して、次に大声で笑い出す。
彼のそば付き、側近は騎士の末子だ。
騎士とは言え穏やかな性格から、側近に良かろうと父が部下の薦めを丸呑みしてガルシアに仕えさせた。

確かに頭も良く明るい少年だ。
ところが、思った以上の不器用者で正装の着付けや帯の結び方がとんでもなく下手で困っていた。
侍女に手伝わせても構わないが、それは返せば側近への当てつけになる。
仕える者の家にも恥をかかせてしまうだろう。
だが、正装が乱れていても、彼に恥をかかせてしまう。
だからそのたびにガルシアは、彼の見えないところで別の者に直して貰っていた。
一人の側近が身の回りのすべてをまかなうこの国の慣習も、男性には少々厳しいものだ。

「本心を言えば……あれの手はいらぬ、頭だけで十分なんだ……」

つぶやいてガルシアは手を挙げ店を離れると、2個目のリンゴをかじりながら町をぷらぷらいつものように歩き出した。

なんか面白いの無いかな

空を見上げると青い空が広がっている。
「ああ、なんていい天気だろう。こんな日に、城にじっとしていられるか。」

歩いていると、突然横のパン屋からボロを着た汚い子供が走り出てきた。

「泥棒!どろぼー!」

パン屋の親父が大きなお腹を揺らして追いかける、が、相手は命がけ。
あっという間に子供の姿は見えなくなった。
子供はよほど腹を空かせていたのか、目つきが鋭く切れそうな気配をしている。

「親父さん、諦めなよ。あれは追いかけると危ない。」

ガルシアが声をかけると、パン屋の親父が気がついて手を挙げた。

「やあ、ルシーじゃないか、またお忍びかい?
いやいや、あの子にはもう何度もやられたんで。
孤児の泥棒猫がその先の石屋のあとに住み着いちまってねえ。参ったよ。」

「へえ、でも孤児は確か養護院が世話してるはずだけど。」

「どうも山向こうの村の奴隷が逃げてきたらしいんで。
役人が保護しようとしたけど、隠れて捕まらないんでさ。
よほどひどい目にあったんでしょうよ、全然人を信用しやしねえ。」

「へえ……」
なんとなく、子供の消えた方に目が行く。

「ルシー、行っちゃいけないよ。さっき危ないって言ったじゃないか。」
「そうだな、親父さんはね。」

パン屋の親父に手を挙げて、ガルシアの足はその廃屋へと向いた。
家というより小屋と言った方が早いその家は、町の外れのやぶの中にあってすでに家の半分は崩れ落ちている。
元は石屋と聞いたが、切り出した石や砂利がそのまま放置してあり、余計に寂しさを募らせていた。

作業場のあとにある井戸をのぞく。
滑車の壊れたつるべは使えないらしく、戸板の裏に古い縄でくくった桶が隠すように置いてあった。
ぼろぼろの縄は、これではあと何回くめるか分からないだろう。
辛うじて建っている家の中をそっとうかがうと、人がいる気配はない。
壊れた方へ足を踏み出そうとして、ふと足下に気がついた。

不自然に石が、家の板張りにまでまいてある。
うっかり踏むと、ガリガリ大きな足音を出してしまうだろう。

これは……
中の奴らも馬鹿じゃ無さそうだな

クスッと笑って少々考え、ガルシアは庭に積んである石の影にすわりじっと待つことにした。


やがて数十分ののち、パンを盗んだ子供が周りを伺うように出てきた。
盗んだパンを食べてホッとしたのか、いくらか顔が落ち着いている。
ずいぶん警戒している様子でキョロキョロしながら、手にはへこんで形の変わった水差しを持ち、井戸にたどり着くと水をくみ始めた。
桶を真っ直ぐに落とし、そして縄を切らないように慎重にそっと上げる。
水差しに水をうつし、大事に抱えて崩れた方の中に戻って行った。

わざわざ崩れた方にいるとは……
今にも崩れ落ちそうなのに。

ガルシアが、そっと後をつける。
中からかすかに、人の話し声が聞こえた。

「……もう、盗むのは駄目だ。」

「じゃあ、何を食えばいいっていうんだよ、飢えて死ぬのはいやだ。
この姿じゃ誰も雇ってくれないし、もう何度も盗みに行ったからきっと捕まったら殺されちゃうよ。」

「明日になったら森に行こう。山で食べ物を探して暮らせばいいじゃないか。」

「でも……小屋なんて作れないよ。家はどうするの?」

「それは……」

「それに兄ちゃんはまだ歩けないよ。足の腫れがひどいじゃない。
せめて足が治るまで、ここでがんばろう。
ね、向こうに畑を見つけたんだ。明日は畑から少しだけ取ってくるよ。
飢えないくらいなら、神様もきっと許してくれるよ。」

「盗みを許す神なんていないよ……」

中を見ると、自分と同じ年頃の少年の横に先ほどの子供が、落ちた天井の隙間に小さく身を潜めている。
少年はケガをしているのか、暗い中で子供が布を水に浸して彼の足に巻いていた。
切羽詰まった二人の間に、重い空気が流れる。
ガルシアは、二人がどうするのか興味があって、その場に膝をつきじっと耳を立てた。

少年は足をくじいていて動けない。
子供は小さくて腹を空かせている。
しかもこれまで盗みを働いて、町に救いを求めることもできない。

さて、どうする?
いっそ袋だたきにあっても、町に出て助けをこうか?

少年は痛む足を押さえ、うつむいて目を閉じる。
子供は疲れたのか横になり、彼に寄り添った。

もう、何も浮かばないか……

ガルシアが身を起こしかけたとき、ふと、少年が顔を上げた。


「お前は養護院に保護して貰うんだ。私は役人に捕まるから。」

「えっ?なんでお兄ちゃんが捕まるの?盗んだのは……」

「私がお前に盗ませたんだ。
ほら、井戸の桶につないだ縄があるだろう?
お前は明日、私をあの縄でくくって町に出て、そして私に脅されて盗みを働いたと町の人に言うんだ。
町の人は、まだ小さいお前を同情を持って迎えてくれる。
大丈夫、お前は演技が上手い。
良く嘘泣きして女中頭に謝っていただろう?あれでいいんだよ。」

「でも、それじゃあお兄ちゃんが……」

「私は大丈夫、おまえよりは上手くやり過ごせるよ。
まだギリギリ子供だし、裁判までは時間がある。
その間、役人はきっと足をきちんと手当てしてくれるよ。
痛みが軽くなったら隙を見て逃げて、そして山を越えて隣の国に行くから。
私の器用さは知ってるだろ?」

少年は、町の人々から暴力を受ける覚悟がある。
しかし、この子供だけでも救うにはこの方法しかないだろう。
せめて町の人々に、落ち着いた理性があることを願うだけだ。

子供は指をかんで迷いつつ、顔を上げた。
「お兄ちゃんについて行きたい。駄目?」

少年は首を振り、子供の頭をやさしく撫でた。

「養護院にいれば飢えることもないらしいよ。
上手く行けば、いい人の養子になれるさ。
たとえ使用人代わりにされても、またこれまで通りに言うことを聞いていればお前は家の名を引き継げるんだ。
孤児ではなくなるんだよ。」

「お父さんとお母さんが……できるのかなあ。」

「できるよ、お前はとてもいい子だから。
私は隣の国で働いて普通に暮らすよ。」

「うん、お兄ちゃんはなんでもできるから、苦労しないね。」

「大丈夫だよ。ありがとう。」



「へえ、お前はそんなに器用なのか。」



ガルシアが、とうとう姿を現した。

「あ!こいつ!」
子供が驚いてとっさに飛びかかるが、ガルシアは軽くやり過ごして腕を掴み、少年へと放る。

「わっ!この……お兄ちゃん!」
「こっちへ!」

少年は奥に逃げ道を作っているのか、子供を奥へと押し込み自分も這って逃げようとした。

「待て待て、面白い奴らだ。お前達は頭がいいな。」

ガルシアが、追いかけて崩れた天井の下に入っていった。
足の悪い少年は逃げられないと観念したか、出口をふさぐように座ってこちらを向く。
子供はいったん先に逃げて、すぐに戻ってきてしまった。

「何故逃げないんだ!」
「だって、兄ちゃんが!」

少年ががっくりと子供の頭を撫でた。
一人で逃げて、この小さな子供一人何ができる。

計画が台無しになって、少年がガルシアをねめつけた。
ガルシアはホコリに咳をして、やれやれと肩を上げる。
ひどいところにいるな、と周りを見回した。

「捕まって、簡単に逃げられると思うか?その足じゃあ無理だな。
お前達は山向こうの隣村から来たんじゃないかと、町の者が言っていたが……
まあそんな事どうでもいいか。
お前、器用だと言ったな。」

「だからなんだという、あなたは役人には見え無いな。」

「ああ、役人じゃない、ただの放蕩息子だよ。
帯を締めるのが上手な男を捜してるんだ。」

「帯?貴族か?」

「ま、そんなものだ。役人とは関係無い。いや、あるかな。
お前は人でも殺したか?ずいぶん逃げ回ってるようじゃないか。」

少年は迷って、視線が泳いでいる。
しかしガルシアのおおらかな様子に顔を上げた。

「ご主人様と旅の途中盗賊に襲われたんだ。生き残ったのは私たちだけ。
ご主人様の盾にもならなかった使用人が、村に戻れるわけもない。」

唇をかむ少年に、ガルシアがアゴに手を置いた。
そう言えば、先週隣村の名主貴族が父へ挨拶に来る予定だったのに、事故で死んだと言っていたな。
あれか……

「なるほど、お前の家はその村か?」

「そうだ。両親もお屋敷の下働きで、親類は皆ご主人様の下で細々と農家をしている。貧しい家だ。
だからこそ、家に迷惑をかけぬよう身を隠さねばならない。
私も死んだことになるだろう。」

「ふうん……なるほど。その若さで名捨ての死人という訳か。」

いさぎよい奴。

「お、お兄ちゃんは帯を締めるのうまいよ!ずっとご主人様のお世話をしてきたんだ!」

子供が懸命に声を上げた。
少年はしっと指を立て、子供を後ろに回す。

「へえ、そうか、それはいいな。じゃあ俺の帯を締め直してみろ。」

あぐらをかいて、ガルシアが腰の帯を指さす。
少年は周りを警戒して身を堅くした。

「私はお前が信用できない。」

「なんで?ここには俺しかいない。俺は男を襲う趣味はないぞ。」

「……私の手は汚れている。その帯はここから見てもたいそう上等の物。
汚しては、あなたのために丹精込めて作った方に悪い。」

「はあ?お前、面白いこと言うな。」

俺に悪いんじゃなくて、作った者に悪いとは。

「ぷっ、くっくっく、そりゃあいい、お前気に入ったぞ!
来い!俺の近くで世話をしろ!俺がお前を雇ってやる。」

「えっ!」

面食らう少年に手を伸ばし、ガルシアがにやりと笑った。
その背後から光が差し込み、まぶしく少年が眼を細める。

これは神のお慈悲なんだろうか。
同じ捕まって罰を受けるとしても、私は……


このちっぽけな人生、一つの賭けにかけてみても損はないかもしれないな。


少年は、彼の伸ばした手に恐る恐る手を伸ばし、そしてグッと彼の力強い手を感じた。

「死人よ、名を授けよう!
お前の名は今からレイトだ!」

「レイト……ですか?」

「ああ、今何となく口から出てきた。」

「そんな……名前に、なんておおざっぱな……ふふっ、クックック、なんてひどい方だろう。」

「ああ、俺はおおざっぱで、わがままで、たいそうお前を振り回すぞ。
覚悟しろ!おまえ年は?」

「15です。子供に見えると思いますが、一番背が低くて……」

「俺は13だ。一番背が高かったから、2つ下でも頼りがいあるぞ。」

ガルシアが、少年を明るい場所に引っ張り出し、手を貸して立たせる。
レイトの足はひどい腫れで、とても歩けそうにない。

「こりゃあ折れてるかもな。どうやって盗賊から逃げたんだ?」

子供が横から、杖代わりにレイトの手を自分の肩にやった。

「あたしが連れて行かれそうになったのを、抱いて走ってくれたの。
追いつかれそうになって、山の中で高いところから飛び降りたんだよ。
怖かったよ、お兄ちゃんがいなければ、あたしきっとあいつらにひどい目にあってる。
あたしお兄ちゃんのためならなんでもできるよ!」

「あたしって、お前女の子か!妹なのか?」

「まあ失礼しちゃう!こんなに可愛い女の子なのに。
あたしは家無しの奴隷だったんだよ、物持ちについて行ったの。」

少女がぷうっとむくれて、汚れて真っ黒の顔を上げた。


「ガルシア様—!」


この国の馬である巨大なネコ、ミュー馬に乗った側近が、ようやく探してやってきた。
真っ黒に汚れたガルシアの姿と、浮浪者のような少年と子供にがっくり肩を下げる。

「なんてお姿で……また汚い拾い者を。どこにお連れするつもりです?!」
「城だ。」
「はあ?ふざけたことを、怒りますよ!」

「いいから。で、お前朝食と昼食は食べたか?」
「え?ええ、もちろん戴きましたが。」
「よし、お前は歩け。ろくに食ってない、この者達を馬に乗せろ。」

「ばっ!馬鹿なことを!ミュー馬は貴族の乗り物で……ああっ!汚い、ガルシア様!」

「さ、乗るがいい、疲れただろう。家まで結構あるからな。」

「でも……」
「わあ!すごーい!かわいい!」

「風呂に入って、美味い物食って元気になれ、仕事はたくさんある。
そして落ち着いたら、ちゃんと店に謝りに行くんだぞ。」

「はい!分かりました、ご主人様!」

「ご主人様か〜、へそがかゆくなるな。」


ガルシアはさっさと馬を寄せ、子供を乗せるとレイトにも乗るよう勧める。
そして後ろから側近がわめくのを無視し、馬を引いて歩き出した。

「ガルシア様!」

「うるさいなー、黙って歩け。」

「こんな浮浪の輩をミュー馬に乗せて、町を歩くおつもりか!
お家の恥ですぞ!ガルシア様!」

「クリス」

地団駄踏む側近に、ぴしっと指さした。

「馬は元来、人を助けるための物。
元気の有り余っているお前に、馬の助けは必要か?」

「え?い、いえ、でもしかしですね。」

ガルシアが、ニッコリ頷いた。
「よろしい、では後ろを預けた、付いて参れ。」

「ガルシア様!また屁理屈を〜」

「なあ、クリス。お前最近馬ばかり乗ってるから太ってないか?」

「えっ!」
慌ててクリスが身体を探る。

「それに、お前がまた女結びなんかするから、俺はたいそう恥をかいた。
よってこれから身の回りの世話はこのレイトにして貰う。
お前は変わらず俺の側近で他のことを手伝ってくれ。」

「そんなどこの輩かもしれぬ者に、御館様はお許しになりません!」

「よい、俺の部下は俺が決める。配置もな。」

この主は言ったことは貫くだろう。
がっくり、クリスが肩を落とした。

「……そうですか……」

シュンと声が小さくなった側近に、ガルシアが驚いて振り向いた。

「お前嬉しくないのか?
不得意な着付けから解放されるんだぞ。」

「でも、私は無能でございますから。」

「ほう、お前は無能であったか。知らなかった。」

「そう、今おおせでございました。」

「俺は不得意は他の得意な者に譲り、得意なことで俺を助けよと言ったのだ。
そうだな、言うなればお前は料理人なのに馬の世話をしていたのだ。
馬が機嫌を悪くして暴れぬうちに、本職に戻ったが良かろうと言うことよ。」

「はあ、そう言うものでしょうか。でも私は寂しゅうございます。」

「俺は嬉しいぞ、おまえの思い悩む顔を見ないで済む。
明日から得意なことでバリバリ働け!期待しているぞ!」

側近の顔がパアッと輝いた。

「はいっ!ガルシア様!」

馬上から、レイトが二人の様子を見て息をのむ。

この方は、器が計り知れないほどに大きい。
私は、本当にこの方が満足できるお仕えができるのだろうか。

思い悩むレイトをよそに、馬は時折ミュウミュウと鳴き声を上げて引かれていく。
やがて目の前に現れた屋敷は彼の予想を大幅に超える、まさに城だった。

ガルシアは怒り狂う父親を言いくるめ、結局レイトをそば付き小姓にしてしまった。
レイトも傷を癒しつつ彼の期待に応え、物覚えも良く器用にすべてをこなして行く。
ガルシアはおおらかな性格で時に驚くような洞察力を見せ、レイトもそれに引かれるように自分を磨いて行った。

懸命に日々を送るレイトがしかし、ガルシアが王族でレナント公の息子であることを知ったのは、ずっと後のことであった。

10、リリスとザレルの初めての旅

ザレルが、先を行く小さな子供にため息をついて後を追う。
子供は、拾い子と聞いたがまだ10才は満たないだろう。
それでも山越えの厳しい道のりを音を上げることもなく、小さな足でただひたすらに歩いて行く。

「ほら、あの山の谷間に水の女王様がいらっしゃるのです。」

高台の見通しの良い景色の広がる場所で、もう一つ先のまだ小さく見える山を指さす。
そこは川の始まり、水の精霊王シールーンが住んでいる。
シールーンは人嫌いで有名で、川下に神殿を持っているがほとんどをその、人も簡単に近寄れない谷間にいるのだ。

「崖を降りるか、川を遡っていくんです。
リリスはいつも崖を降りていきます。
風の精霊たちが手伝ってくれるので、ちょっと上手に降りられるようになりました。」

振り向いた子供は、赤とグレーの瞳を輝かせ、赤い緩やかな巻き毛を風に揺らしながら笑った。
並んで立ち止まり、思わずいつものクセで腰の剣を下げていた場所に手が行く。

「あはは、ザレル様、まだお手が剣の場所に行くのですね。」

笑われてザレルは、ムスッとしてプイと目をそらし子供を追い越して先を行く。
普段、寡黙でじっと獲物を待つような男も、さすがに普段下げている剣も無しでは心細く落ち着かない。
腹の中では色んな感情がぐるぐる回って、いつになくざわついていた。


寒い、腹が減った、酒が飲みたい。いいや、そんなことよりとにかく剣が欲しい。


そう言う強烈な欲求も、一言も泣き言を言わない子供の手前グッとこらえて飲み込む。
彼は今、歩きながらそう言ったストレスと闘い、堪え忍んで、ついに限界を越えそうだった。


どうして俺はこんな身分の低い子供と一緒に旅をしているんだ。
セフィーリア殿の使用人とは言え、無礼にもほどがあるじゃないか。
俺はこれでも騎士だぞ。
肉を切り、骨を断つことの何が悪い。
狂獣と呼ばれることは、俺の誇りでもあるんだ。
殺して恨まれて、それで騎士として一人前だ。
そんな俺から剣を取り上げて、何がまだ間に合うだ。


ブツブツ心でつぶやきながら、ひどく不機嫌で腹が立つ。
装備も食糧も不足した厳しい旅に、疲れが溜まってイライラしていた。

「俺はふもとに降りたら宿を取る、お前の野宿に付き合っていられるか。
剣もない丸腰で、襲われても手も出ない。
もうグリンガに襲われるのもこりごりだ。
お前は勝手にしろ。」

言い捨てて歩いていると、後ろからとっととっと小走りで追いかけてくる足音がする。
そして、そうっとザレルの顔をのぞき込んできた。

「お疲れなのですか?どこか具合がお悪いのでしょうか?」

ザレルは無視して言葉を返さない。
しかしリリスは臆することなく、並んで歩く。
驚いたことに、歩幅の大きなザレルに遅れることなく、リリスの足は疲れを知らないようだった。

「それは困りました。それでは修行になりません。」
「俺は修行に来た覚えはない。」
「あれ?じゃあリリスの勘違いだったのでしょうか?」
「お前が勝手に俺の手を引いたのだ。ふざけるな。」

「だって、あなた様には修行が一番いいと思ったのです。
でも、山ごもりというわけには参りませんでしょう?
あなた様はとってもお強いから、山にこもっても全然怖くないし暇があると動物を殺して食べてしまうかもしれません。
それじゃ、なんのための修行かわかんないのです。
だから、旅が一番いいと思ったのです。」

ザレルがカッとして立ち止まり、足を踏みしめる。
腰に剣はない。
そのことが余計に腹立たしい。
もう、彼の心はキリキリと悲鳴を上げているようで、すでに限界だった。

「何が修行だ!食うのは木の実や草ばかりで食う物もろくにない。
それにだいたい、武器は旅の必需品じゃないか。
それ、そこを行く商人だって剣の一本くらい持ってるのが普通だ。
剣もなければ狩りもできん、丸腰じゃ身を守ることもできない。
お前は馬鹿か?
やってられない、俺はもうやめる。お前は勝手にしろ!」

リリスはキョトンと人差し指を桜色の唇に当て、青い空を仰ぐ。

「はあ……そうですね。
リリスは学校に行ってないから、馬鹿かもしれません。
さて、…………私はどうしましょう。」

つぶやいて、しばし無言で空に見入った。


ザレルがふと、悪いことを言ってしまったかと眉間にしわ寄せ、苦々しい顔で顔をそらす。
セフィーリアとは知り合いだけに、リリスの事はチラリと見たこともあるし事情も知っている。
彼女が可愛がっていることは知っていたが、それでも親無しの使用人だ。
しかも、容姿は良くてもこの色。
この国では忌み嫌われて、誰も寄りつかない。
身分が低い上にそれでは、学校も敬遠するのは頷ける。
自分も最初は、まるで血をかぶったようなガキだと思って気味が悪かった。
だが先日、騎士の鍛錬場を見に来たセフィーリアが供に連れてきた。
彼女が何を考えて、こんな子供をあんな血生臭いところに連れてきたのかは知らない。
皆、なんて奴を連れてくるんだと思いつつも、礼儀を重んじるだけに何も言えなかった。
だが、ちょうどいさかいを起こして相手を倒し、血だらけになっていた俺を見るなり、このガキは厳しい顔でこう言った。

「あなたの戦いには心が見えませんでした。
私と人としての道を探しに参りましょう、今ならまだ間に合います。」

俺は、馬鹿みたいにポカンと立ち尽くした。
それが、教養もないこの小さな子供が言ったこととは思えなかったからだ。
今思い出しても情けない。


血の付いた剣を向けても動じなかった丸腰の小さな痩せた子供に、臆したのは猛獣のような自分だった。
ザレルが後悔も入り交じったため息をつく。
狂獣と恐れられ、剣を持つ隆とした大男が小さな子供を前に呆気にとられ立ち尽くす姿。
さぞ、みっともない姿だったろう。
周りを驚かせたその姿はしかし、他の思いとは別にザレル本人はたいそうな衝撃を受けていた。
ザレルは結局子供が急かすままに、あれよという間に剣を奪われこうして共に旅に出ることとなってしまったのだ。
旅は厳しい上に厳しく、普通ではない。
食べるものは自然の草木の物。
ひたすら日暮れまで歩き、狩りをする間もなく夜は薪を集めて火をおこし、食える物を探すだけで精一杯だ。
酒や肉を主として鍛えていた身体も、すっかり痩せて落ちたように思える。

「だいたい……お前も自分の仕事はどうした。
勝手に出てきて勝手気まま、とんだ使用人だ。
子供だからと言って、甘すぎる。」

「それはどうぞご心配なく。
使用人の方々には、許しを得て参りました。
怒られるのも慣れております。
もちろん皆様すべてに気持ちの良い返事は頂けませんが、帰りましたらもっともっと沢山、沢山働いてお返しします。
朝はもっと早く起きて、夜はずっと遅くまで働けば良いだけです。
魔導師としての修行も怠りませんが、しばらくは使用人としてのお仕事を大切にします。
リリスがこうして旅に出られるのは皆様のおかげ、感謝しております。」
祈るように合わせる手は、荒れ果てて手の甲にはムチのあとも新しい物古い物が残って痛々しい。
わかっているのだ。
この子に自由など無い。
だが、それを辛うじて許しているのはセフィーリアの口添えがあるからこそ。
養育係は相当きつい老女だと聞く。

「そこまでして、どうしてこんなきつい旅をする。」
「さあ、それは……リリスにもわかりません。
でも……旅に出て良かったと思えることがあるのです。必ず。
いつか、死んでしまうこともあるかもしれません。でも、私には何もないから……
もしかしたら……その、何かを探しているのかもしれません。」

ザレルがハッと顔を見る。
何が、この小さな子供にそんな言葉を言わせるのか。
でも、この子は絶望していない。
遠く何かを見つめる目が、その何かに希望を持っているのだと感じた。

「お前はちっとも子供らしくないな。
一体いくつだ?」

「はい、リリスは拾い子ですのではっきりしたことはわかりませんが、きっと九つくらいだと思います。
子供らしくないとよく言われますが、子供っぽいってどう話していいのかわかりません。
それに……養育係の方にとっても叱られてしまうので、仕方ないのです。
申し訳ありません。」

頭を下げ、ニッコリ笑うリリスに、ふと同情してしまう自分にハッとする。
ザレルは苦々しく唇をかみ、また先を歩き出す。
リリスはその後ろを、ピッタリと付いて歩いた。

「とにかく、俺は食い物が足りないんだ。
お前が肉を食うなと言うなら、それでいい。せめてパンを買わせろ。
山を下りたらとにかく村に行ってパンを買うぞ、いいな。」

「ええ。じゃあ、果物も買ってきましょう。
お師様からお金をいただいておりますので、それをほんの少し使わせていただきます。」

その言葉に、ザレルが愕然とする。

「お前!買ってもいいんじゃないか?
もう何日だ、こんな目に合わせおって手打ちにするぞ!」

「あはは、こんな事もたまにはよろしいでございましょう。
生活で鈍った身体を、引き締めるのは良いことだとシールーン様もおっしゃっておりました。
お師様はとんでもないと反対なのですが。」

「そりゃそうだろう。お前は子供だと言うことを忘れそうなほど大人びたことを言うが、人間としてはまだヒヨコだ。
悪くすると、人売りに売られてしまうぞ、人間悪い奴も大勢いる。」

「ええ、これまで3回ばかり。どうもリリスの色違いの目や赤い髪は、見せ物小屋と言う物にはとても向いているのだそうです。
でも、風の精霊がお師様を呼んできて下さるので、無事に済んでおりますが、あとで凄く凄く怒られます。
とっても怖いのです。だから、この姿を知って優しくして下さる方には、ちょっぴり警戒してしまいます。」

「お前は十分警戒した方が丁度いい。
まったく、見てるとはらはらする。」

「はあ、そうでしょうか?
だいたい初めてお会いする方は、悲鳴を上げて逃げて行かれるんですが。」

確かに、山で出会う人々は驚いた様子でジロジロと見ては急ぎ足で立ち去って行く。
山を下り始め、ふもとの町が近づいてくるとリリスは、夜に使う薄い毛布を取りだして頭からすっぽりかぶってショールのように巻き付けた。

「私は山の入り口で隠れて待っております。
もし呼んでいなかったら、先に行って下さい。一本道ですから私が探して近くに参ります。」

「どうして付いてこない?」

「私は化け物ですから、きっとご迷惑をおかけしますので。
いない時は追われたかどうかなので、ご心配いりません。」

笑って、村人の姿を見ては急いで顔を隠す。
ザレルはその姿に眉をひそめ、彼の手を取った。

「来い、お前は俺の導き人だろう。
俺は監視役がいないと逃げ帰ってしまうぞ。」

「でも……」


腕を引いて村へ入ると、リリスはひどく緊張している様子で、押し黙ってしまった。
不安げに毛布を押さえ、ひどく気にしている。
小さな村だが店も並んで人通りも多く、ザレルは握る手をリリスの腕から手の平に移してしっかりと手を繋いだ。

「あ……」
リリスがびくりとして、そっと見上げる。

「はぐれぬようにだ、お前は小さいからな。勘違いするな。」
「はい」

リリスは早く買い物を済ませ村を出たいのだろう、キョロキョロ忙しく店を探し出し、ザレルの手をくいくい引っ張る。
果物を山と積んだ店に行き、果物を指さした。

「これとこれ、4つずつ下さい。
それと、あれも。」

顔を隠しながらも警戒し、赤い方の目を閉じて見回す。
しかし背が低いのでよく見えない。
顔は上げると見えてしまう。
どうしようもなくいると、挙動不審で売り子のおばさんが怪訝な目でジロジロとのぞき込んでくる。

「お前さん達旅人かい?」

「え、ええ、巡礼の途中なのです。」

「ああ、そうかい。見たところまだ小さいのに……
しかし、お父さん大きいねえ。最近この辺は日が沈むと盗賊が出るから、気をつけて行きな。」

「えっ?あ、はい!」

お金を渡すと、果物を入れたかごをザレルに渡してくれる。
背の袋にその果物を入れて、カゴを返しながらザレルがムスッとおばさんを睨んだ。

「おお怖い。親父さん目つきが悪いねえ、それじゃ損するよ。
ほら坊やにはおまけ。」

一番大きなリンゴを一つリリスに渡し、毛布越しに頭を撫でてくれた。
「ありがとうございます」
リリスがぺこりとお辞儀して、ザレルと店を離れる。
リリスは大事に大きなリンゴをにぎり、クスクスと笑った。

「こんな事、初めてです。びっくりしました。」

「俺も親に間違えられたのは初めてだ。無礼者め。」

「うふふ、お父さんってこんな感じなのかな。
どうぞお許し下さい。うふふ……」

嬉しそうな声のリリスに、ザレルはまあいいかと彼のリンゴを背の袋に入れてまた手を差し出す。
リリスが嬉しそうに手を繋ぎ、その手をギュッと握った。

「人が怖いか?」

「いいえ。人は怖くないけど、追われるのは怖いです。
この姿のせいだとわかっていますが、何を言っても聞いては頂けないし、私には逃げるので精一杯なのです。」

「お前も大変だな。」
「いいえ、もう慣れました。でも新しい所ではどんな反応されるか怖いので緊張します。」

パンを買い、豆や木の実を買って袋が一杯になる。
ザレルがこれならとうなづき、ようやく村を出ようとしたときだった。

「ねえ、お母さん、お母さん!」
「まあ、甘えっ子だねえ。」

声に振り向き、母親に甘える同年代の子をぼんやり見つめて歩いていると、頭の毛布が人に当たってズレ落ちる。

「あっ!しまった。」慌ててももう遅い。

「わあっ!なんだ?」
「化け物!」

「あ、あ、あ、どうしよう。」
赤い髪があらわになって聞き慣れたひどい言葉が飛び交い、慌てるリリスがつい閉じていた赤い方の目を開いた。
見たこともない色違いの目に悲鳴が上がって、ますます騒ぎが大きくなり、騒然と当たりに緊張感が走る。

「だめ、だめです。ザレル様、お先に参ります。」

リリスは急いで毛布を手に、山の方へと一目散に逃げ出す。

「魔物だ、追え!」
「石を投げろ!」

人々は石を投げ、刃物を持って追い始める者もあってザレルは慌てて声を上げた。。

「やめよ!その子はただの子供だ!魔物などではない!」

ザレルの声に、村人は立ち止まって振り向く。
しかし一人の男は、そのままリリスの後を追って駆け出した。

「待て!あの子は俺の連れだ!」

「何をそら言を!
山道で魔物が横行していると旅人から情報を得ているのだ!
あれに違いない!
何かあっては遅い、俺が切ってくれよう。」

言葉を返す男は旅の途中の騎士だろう、身なりが良く立派な剣を抜き、旅の杞憂を払うつもりだ。

ええい、わからず屋め!話を聞け!

舌打ち、ザレルが走り出す。
しかし男は足が速く、なかなかザレルも追いつけない。
「くそっ!だからちゃんとメシを食わんと力が出んのだ!」

歯を食いしばり、走っていると分かれ道で男が迷っている。
ザレルは追いつくと男の前に立ち、両手を広げた。

「話を聞かぬか!あれは俺の連れだ!
魔導師の卵で修行中の身、魔物などととんでもない間違いだ。」

「魔導師だと?一体どこの……」

男がようやく剣をおろし、ザレルの顔に目を移す。
そしてハッとして剣を納めた。

「これは……貴方、もしや本城においでの方では?」
「いかにも、城の騎士を務めている者だ。」

男がパッと明るい顔をして頭を下げる。
急に穏やかな顔になり、頭をかいた。

「これは、どうも失礼した。
私は以前、御前試合で一度貴方にお手合わせ願いましたレナントの騎士クロウ・ガレと申します。
いや、覚えておいでではないでしょう。
私もあの時兄に止められねば、あなたに討たれて今ここにはいなかったでしょうから。」

「……ああ、私も覚えている。確かに………あの時の。
私はザレル、ザレル・ランディールだ。」

あの御前試合は今思えば最悪だった。
ザレルは王の前で2人を瀕死の状態まで追いやり、この、家族に止められつつも望んできたクロウを前に試合を止められた。
王からは不興をかって、騎士長からは頭を冷やせと言われ、ケガをした騎士の夫人からののしられながら場をあとにしたのだ。
なぜ、あの時頭を下げなかったのか、相手にも家族という者があると言うことが、甘えに思えて自分の心さえ切り捨てた。

「あなたはお強い。
私はずっとあれからあなたの強さが心に残っております。
いや、恥ずかしながら、私もあれからあなたを目指して剣の鍛錬に励んでおります。
どうか、いずれお手合わせをお願いしたい。
では、共が待っておりますので、本日はこれで。
お連れの方には本当に失礼しました。
村人には私から話しておきましょう。では。」

「いや、そうして頂ければ助かる。
ではまた……お会いすることもあろう。」

クロウは、一礼して村の方向へ帰って行く。

ガサリ

音に顔を向けると、リリスが小さくなって木陰から覗いている。

「もう出ても良いぞ。まったくひどい騒ぎだ。くだらん」

吐き捨てると、リリスが飛び出てきてザレルの手にギュッとしがみついた。

「怖かったか?」

「はい」

震える声に目を向けると、ポロポロ涙を流している。

「俺も、お前の気持ちを考えず悪かった。」

だから村には入らないと言ったのだろうに、無理強いしてひどい目に合わせてしまった。
どんなに傷ついただろう。


……ふと、自分の口から出た素直な言葉に、そう言った感情に思わず愕然とした。
そんなこと、思っても口から出たことはなかった気がする。
父や母には何度も愛想を尽かされそうになり、人を傷つけてはひっそりと涙する母の姿が鬱陶しいとさえ思えていた。

何かが、心の中で変わっている。
そして、変えたのはこの子だ。

ザレルが、一つ息を吐き、そしてポンとリリスの頭を撫でた。
リリスが涙に濡れる顔を上げ、そしてごしごしと涙を拭いてザレルにニッコリと笑う。

「さあ、行こうか。」
ザレルは彼の小さな手を握り、また先へと歩き始めた。

「初めてじゃないんですが、いつも悲しくなって泣いてしまいます。
でも、今回はわかって戴けて良かった。
ザレル様のおかげです。」

「いや、だが確かに驚いたな。」

「でしょう?おかげでリリスは走るのが速くなりました。
ザレル様がいて下さって良かった。ほんとうに。」

森は静かで穏やかで、先ほどの騒ぎがウソのようだ。
リリスの手は小さくて、木漏れ日に輝く赤い髪は慣れると美しいと思う。
だが、リリサレーンの言い伝えが印象的なだけに、世の人々の理解はない。

「ね、先ほどの騎士様、ザレル様を目標にとおっしゃいましたね。
やっぱりザレル様凄いです。」

「さあ、変わった奴だ。」

「うふふ……だって、ザレル様の剣は力強くて、とっても凄いんだもの。」

ザレルはふと、リリスとこうしてまともに向き合って話をしたのは初めてのような気がした。
思い返せば……
旅に出て数日は後悔で無言を押し通し、無視し続けた。
そして次の数日はイライラして乱暴になり、やがてこうして旅から脱落することばかり考えていた。
しかし、その間もリリスの態度は変わらない。
怒鳴られてもニッコリやり過ごし、無視されても怒りもしない。


負けた。


ザレルは心からそう思った。
剣も持たない非力なこの子は、自分を受け入れ、ただ共に同じ道を歩いている。
自分は人を傷つけながら、自分も傷つけていたのかもしれない。
自分の剣に大義名分など無かった。
ただ剣を振り回すことで、自分の存在を誇示したかっただけなのだ。
自分は、ただの狂獣だ。
人の道をとうに外れて歩いていた。

しかし、それを、この小さな子供が易々と見破ったのだ。

そして、導いている。
人の道を。
この生まれついて険しい道を歩く、小さな子供が。

「お前は、俺をどうしたいのだ。」

リリスは、笑いながらザレルの手を小さな両の手で包み頬に当てた。

「大きな手……
この大きな手で、あなたに、守って欲しいのです。
リリスは、とても弱いから。」

「ふふ、お前は主の盾にもならなければならない使用人だろう。
騎士の俺が、使用人のお前を守るのか?」

「はい。だって、ザレル様はとってもお強いんですもの。
あなた様の前に立つ人は、みんなそう思います。守って欲しいって。
だからあなた様の剣には、心がなければならないとリリスは思うのです。
言葉で上手に言えないけれど、そう思うのです。」

「お前は、本当に普通の子供じゃないな。」

「ええ!昔、精霊のいたずらっ子って言われたんです。
うふふ、リリスはそっちの方がステキです。」


これが、子供の言うことだろうか。
少しも自覚のないこの子が、空恐ろしくもある。
一体、この子を捨てた産みの親はどんな人間なのだろう。

空を見上げ、リリスが日の光に手をかざす。
風が二人の回りを吹き抜け、ザレルは風の精霊たちの笑い声が聞こえた気がした。

11、魔物ッ子と靴屋の娘

それは町外れの小高い丘に、風の館がある町の靴屋の娘の話。

娘は小さい頃から大人たちに、風の館には魔物ッ子が住んでいるから決して近づかないようにと言われて育っていた。
彼女はしかし、小さな頃からその子供の姿を町で何度か見たことはある。
館の使用人のおばさんに連れられ、布をすっぽり頭にかぶり、荷物持ちに小さな身体で大きな袋を背負ってトコトコあとをついていく姿。
それがあの魔物ッ子だと知ったのは、人がコソコソ話をして嫌な顔で見ていたからだ。
住み込みの下働きらしいが、どうも赤ちゃんの時から風様の所にいるらしい。
学校にも行ってないから、きっと字も読めないだろうし、頭も悪いわよと大人が話しているのも聞いたことがある。
真っ黒でひどい臭いをして、一人遠くからフラフラ歩いていたのも、友達が見たことがあると言っていた。
なんだか、もの凄く変わり者で気味が悪い。
本当に、魔物の子供かも知れない。
それでなんとなく、自分も避けるようになっていた。



13歳になった頃、娘はある日またあの魔物ッ子の姿を見かけた。
興味本位でそっと近くにより、そうだ顔を見てみようと思い立つ。
そして市場で買い物をする彼らを追って、なんとかフードの下をのぞき見ようと企んだ。
よほど恐い顔なのか、変な顔なのか、もしかしたら獣のような顔かも。
あんなにしっかり隠すほどなんだから一度見てみたい。

しかし追いつつまじまじ見ると、魔物ッ子はさほど粗末な服を着た様子ではないが、一番くたびれているのは靴だ。
驚くほどに酷使された様子で、繕ってはあるが破れたすき間から親指が見え隠れしている。
自分の家が靴屋なので、余計に気になった。

子供の時の靴が、一番大事なのに。

お父さんがいつも呟く言葉が思い出される。
しかも一緒に歩くおばさんは、野菜を買うと子供の背の袋に重い芋などを放り込み、自分の袋に葉物野菜を入れていく。
見るからに重そうな袋を背負いながらも子供は文句一つ言わずに黙ってあとを歩き、傍で見ていてひどくそれがずるいと思えてだんだん腹が立ってきた。

そうしていると、突然後ろから近所の悪ガキたちが走ってきて、追い越しざまに魔物ッ子の頭の布をバッとはぎ取っていく。
すると目も鮮やかな赤い髪があらわになり、驚いて振り向く赤とグレーの色違いの目をした、女の子のように可愛い男の子の顔がこちらを向いた。

「魔物ッ子だぁ!きゃはははは!」

「きゃあ!」「わあっ!」

姿を見て驚いたのか、あちらこちらで悲鳴が響き、魔物ッ子は髪を隠すように慌てて布を拾って頭を覆う。
一緒にいたおばさんは、迷惑そうな顔でいたずらした子供ではなく魔物ッ子をひどくしかり始めた。

「何をしているのです、なんと見苦しい!さっさと隠れて直してきなさい!」

「申し訳ありません、ごめんなさい。すぐに、すぐに……あっ!」

魔物ッ子が慌てて頭を押さえ物陰へと駆け出した時、石畳に靴を引っかけて転んでしまった。
起き上がって転がる芋を拾い集めながら見ると、派手に破れた靴は見事に靴底が半分取れてぶら下がっている。

「あっ、どうしよう。」

靴の先からは足が飛び出し、これでは靴の役目を果たさない。
泣きそうな顔の少年は、仕方なく靴を脱いで立ち上がった。

「こっちへおいで」

優しい声をかけ、見ていられずに娘が駆け寄って手を引き物陰へと連れて行く。

「靴、見せてごらん。」
「でも……汚いのです。」
「いいんだよ、靴屋の娘だから、慣れてるよ。」

靴を持ってみると、つくろいも子供がした物らしく縫い目も汚くて弱かったようだ。
破れは大きいが、まだ直せば使えないこともない。
娘は通りに顔を出し、少年と一緒にいたおばさんに声を上げた。

「この子、少し預かるよおばさん!靴を直したら家に返すから!」

おばさんは眉をひそめ、きつい顔で魔物ッ子を睨み付ける。
そしてプイと顔を背けて先に行ってしまった。

「あはは!キツイおばさん。あんたも大変だね。」

「いえ、私が先日まで旅に出ていた物で、まだご機嫌がお悪いのです。
帰ったら謝りますので大丈夫です。」

「ふうん」

恐いと聞いていたのに、なんだか可愛い声だし普通の子だ。
顔も色を気にしなければ、知ってる男の子の中でも見た事ないほど可愛い。

「あんた、なんか魔物付き?」
「いいえ、別に何も。色が違うだけです。」
「そう。じゃ、うちにおいで。靴を直さなきゃ。」
「でも、きっとご迷惑をおかけします。」
「靴屋は足しか見ないから大丈夫さ。あんたもフードを直しなよ。」
「あ、はい。」

魔物ッ子はフードを綺麗にまき直し、顔を上げて娘にニッコリ笑う。

「やだ、普通に可愛いじゃない、あんた。」
「そう言っていただけたの、この町では初めてです。」

娘も笑って魔物ッ子の手を引き家へ向かう。
家で作業していた親父さんは見るなり飛び上がり、どうした物かと一瞬パニックになったが、靴を見て顎をさすった。

「お父さん、直る?」

「ああ、こりゃあうちで作った奴だ。さほど古くねえが随分歩いたな?」

「はい、先日水の精霊女王様の所までご挨拶に参りましたので。
崖を下りる時にうっかり破いてしまいました。」

「水のって……聖域まであんた歩いて行ったのか?2つか3つ山越えた山奥なんだろ?」

「はい、これも修行でございます。心がとっても綺麗になるのです。」

ニコニコ笑う魔物ッ子に、親父さんが方眉上げて怪訝な顔をする。

「一人で?」

「はい、だいたいいつも一人でございます。」

「…まあ、風様の育て方にどうこう言う気はしねえが、感心しねえな。
魔物ッ子でもこんなちいせえガキ一人旅なんて、冗談じゃねえ。」

「お師様は行ったら駄目って仰いますけど、私が行きたいので仕方ないのです。」

「ふうん、変わったガキだ。
まあ、ちょっと待ってな、このくらいならすぐ直してやらあ。
どれ、サイズは合ってるか見てやろう。」

魔物ッ子の足を見ると別段爪が長いわけでもなく、小さな子供の普通の足だ。
なんだか妙に怖がっていたのがバカバカしくなって、思わず鼻で笑った。

「やっぱり随分でかいな。人に買ってきて貰ってたんだろう?
靴は入りゃいいってもんじゃねえ。これで遠くまでよく歩けたもんだ。」

靴のサイズを直し、布を合わせて綺麗に縫い直す。
出来上がった靴を履いて、魔物ッ子は飛び上がるほど喜んだ。

「凄い!凄いです!ピッタリします!とっても歩きやすいです!こんな靴初めて履きました。」

「ね?お父さんは凄い職人でしょ?」

「本当に凄い、魔法の手のようですね!
良かった!しばらく買って頂けないので、本当に困っていたのです。」

喜ぶ子供に悪い気はしない。
親父さんも傍から隠れるようにして見ていたおかみさんも、クスリと笑って娘の肩に手を置いた。

「今度から、買って貰う時はちゃんと自分でおいで。
合う靴を、ちゃんと買わなきゃね。」

「ありがとうございます。本当にありがとうございます。
あ……あの、お代は今度持ってきますから。」

「これからも買ってくれるならいいさ。お前さんはいいお得意になりそうだ。
はっはっは!」

そして魔物ッ子の少年は、何度も頭を下げて家に帰っていった。
律儀な子供はよほど嬉しかったのか、その数日後に主から御礼を届けるよう言われたと高価そうなワインと珍しい菓子を届けてきた。
しかし、店に出入りする魔物ッ子を近所の人は、あまり良い顔をしない。
子供を知らないことで、嫌う人が多いことは残念だ。

「あの子の笑顔を見れば、みんなきっと好きになるのに」

色が違うだけです……そう言った子供の寂しそうな言葉が忘れられず、あの子がフード無しで歩ける日が来ることを心の中でひっそりと願った。



そして……




あれから5年がたった。

娘は店に弟子入りしてきた青年と結婚し、もうすぐ子供も生まれる。
親父さんも相変わらず店で、靴作りに忙しそうだ。

「こんにちは」

聞き覚えのある、涼やかな少年の声が店先からひっそりとかけられた。

「おう、来たな魔物ッ子。」

親父さんが立ち上がり、作業場から顔を出して手招きする。
相変わらず遠慮がちな仕草で頭からケープをすっぽりとかぶった14,5歳の少年が、そうっと入ってくる。
そしてその後ろから、大きな体格の騎士があとをついて入ってきた。

「おや!今日は騎士様もご一緒で?」

慌てて椅子を勧めるが、騎士は無言で断る仕草をする。
少年はいつもより嬉しそうで、ケープを取ってその美しい顔を輝かせて笑った。

「私の主のザレル様です、今日は私のお供に付いて来られてしまいました。」

その紹介に騎士はムスッとして、腕を組む。
今ひとつ納得いかない様子で呟いた。

「父親なら子が世話になっている者に挨拶に来るのは当然だ。
貴方らにはいつも息子が世話になっている。
おかげでこの子も靴にだけは困らん、感謝する。」

「い、いえ、とんでもねえ。いいお得意様で。」

「あら、いらっしゃいリリス。」

娘が気がつき、奥から大きなお腹で手を上げた。
リリスもニッコリ微笑んで、ぺこりと頭を下げる。
そしてカバンから袋を取り出した。

「あ、先日話していました薬草、持ってきましたよ。
これを煮出して桶のお湯に色が変わるくらい入れて、足をつけて下さい。
とっても暖まりますよ。香りもいいですから、夜もよく眠れると思います。
また欲しい時は、遠慮無くおっしゃって下さい。」

「わあ、助かるわ。足が冷えて困っていたの。ありがとう!」

娘が喜んで、袋を受け取り大事そうにお腹をさする。
町の人々に魔物ッ子と呼ばれていた子供は、すでにただ逃げるのみの弱い子供ではなくなっている。
風の精霊の教えを受けて、薬草の知識に富み、時には町の人々に頼られる、若くして立派な魔導師となった。


新しい靴の注文を終えて父だという騎士と帰って行くリリスを見送って、親父さんが手を振る娘にニヤリと笑った。

「お前があいつの嫁になると言ったら、どうしようかと思ってたんだがなあ。」

「馬鹿ねえ、見てよあの綺麗な顔。あたしなんか横に並んだら年中自己嫌悪だわ。
ねえお父さん、あの子はきっと、高貴なお方のお子だと思うのよ。
ねえ、きっと私はそうだと思うの。リンゴを一個、賭けてもいいわ。」

どこか確信を持って娘が腕を組み、何度もうなずきながら父親にニヤリと笑う。
親父さんはひょいと肩を上げ、バカバカしいと大きなあくびをして作業場に戻っていった。

12、リリスとひな鳥

暖かな風の吹くその日、リリスはセフィーリアの弟子の一人と山に薬草取りに入った。
必要な物は、頭に入っている。
ヤブをかき分け薬草を見つけカゴに放り込んで行くのだが、薬草によって必要なのは葉だったり茎だったり、根だったり球根だったり。
取りすぎないよう、また来た時に次が取れるように最低限残して採取する。
需要が多い物は畑で育てているが、それも限度がある。
だがそれにもまして重要なのは、「やっぱり薬草は、こうして自然に生えている物が良い」と師の教えの一つなのだ。

ピヨピヨピヨ
ピヨピヨ


“ たすけて たすけて ”


微かに小さな声を聞いて、身体を起こし辺りをうかがう。
高い木に、薄緑色の鳥が飛んできてエサを与えているのが見えた。
しかし、ひなの声はそれとは違う方向から聞こえる。

「うーん、落ちたかな?」

カゴを置き、弱々しいひなの声の方に歩いて行く。
すると、巣のある木から少し離れたところに小さな灰色の綿毛の固まりが見えた。

「ああー、やっぱり落ちてる。」

しゃがみ込んで様子をうかがう。
ひなはブルブル震え、ぐったりとして頭さえ上げる気配もない。

「これは落ちて時間がだいぶたってるんだね。」

親鳥は、すでに見限ったのかこちらを一別しただけでまた飛んで行ってしまった。
口減らしに、多い卵を捨てることさえある厳しい鳥だ。
だが、自分で育てるのは覚悟が必要、弱ったひな鳥はすぐに死んでしまう。
リリスは覚悟を決めて、急いで日なたで暖まった枯れ草を集め、丸く簡単に編み上げて中に近くで見つけた花の綿帽子を千切って集め、中をふわふわにしてひなをそっと入れた。
お日様の暖かな光りに、半日陰で低い枝の上にしばらく置いておく。
身体が温まったら動きが良くなるだろう、時々様子を見ながら、エサになりそうな虫を捕まえて口元に枝でそっと差し出してみる。
しかし、なかなか食べてくれなかった。

親鳥は、気にする様子もなく巣のひな鳥たちにエサを与え続けている。
リリスは近辺で薬草を取り終えると、ひなを大事に抱いてもう一人と合流して帰途についた。

「また拾ったんですか?またきっと死んじゃいますよ。」

セフィーリアの弟子ボーダーは、呆れたように言う。
彼は2年ほど前に来た弟子だが、リリスが王子との旅から帰ったあとは一目置いてくれるようになった。
彼だけではない。
兄弟弟子たちは、すでにみんなリリスを魔導師見習いとしては見ていない。
ボーダーは少し見分けに自信がなかった草を取りだし、間違いないかリリスに聞いて確かめる。

「大丈夫、間違いありませんよ。ほら、葉の裏の葉脈に特徴があるでしょう?
わからない時は揉むと独特の香りがする。
ボーダー様は覚えるのが早いですね、私はよく間違えましたよ。」

「あなたの教え方が上手なんですよ。
特徴を良く掴んでて覚えやすい。
私はここに薬学を習いに来たのですから、おかげで助かります。
魔導師の才はありませんが、師はそう言うことに構わず良くして下さるので助かります。」

リリスの間違いないとはっきりした答えに、彼はホッとしてカゴに戻す。
書物よりも何よりも、年下だがリリスの事を信頼して、頼れる兄弟子として尊敬していた。

「でもリリスさんは優し過ぎですよ。
ほら、その鳥ぐったりして、さっきからちっとも鳴いてない。
きっと明日の朝には死んでますよ。また悲しむだけじゃないですか。
可哀想だと思っても、それが自然でしょう?」

ひょいと肩を上げ、ため息混じりに言うボーダーはやっぱりリリスも子供だなと思いながら苦笑する。
自分も子供の頃に良く野良猫を拾って怒られたっけ。

「ええ、自然は厳しい物です。
この子はあのまま死んでしまうか、もしかしたら何か他の動物の糧となったでしょう。
でも、うっかり私はこの子の存在に気がついてしまいました。
そして目を反らせませんでした。
うふふ、私も拾い子、仲間みたいな物です。」

「そんな……あなたとその子は違いますよ。
私はあなたが悲しむのを見るのが……と思って……。」

そう言う彼もやさしい。
昔と違って家は、とても居心地のいい所になった。
弟子にも最近は貧しい家の者ばかりが来ているので、気遣いが昔のようにいらなくなった。
セフィーリアとザレルもいて、父母のように優しくしてくれる。
心が満たされて落ちついた日々だが、それでもやっぱり思い立つと長旅に出ている。
それは、自分に課した精神修行だ。

「悲しむのを恐れていては、何も出来ませんから。
これは私の自己満足かもしれませんが、この子を見つけた事もまた運命だと思うのです。
死ぬならば看取ることが、生きる道があるならば育てる事が。」

「運命とは……こんな小さな鳥に大層なことですね。
まあ寒い中を震えて死ぬより、暖かいところで死ぬ方が多少マシでしょうが。」

「まだ死ぬと決まっておりませんよ?ご覧下さい、この子はほら生きてます。
こんなに一生懸命生きたいと叫んでいるのを見てしまっては、あの場に置いていくことなど出来ないではありませんか。」

リリスが笑って足場の悪い場所を器用に降りてゆく。
ボーダーはそれに手を貸すより、自分が彼に手を借りるのが常だ。
本当に、なんにしても器用で精霊に祝福されたような人だと思う。

「あなたはまるで、巫子のような方ですね。」

「えっ??何をおっしゃいます、恐れ多い。」

「つまり慈悲深いと言う事ですよ。
命を等しく見ている事など、私も見習わなくてはと思います。
私はさっきから、その子が死ぬことしか考えてなかった。
でもあなたは生きることを真っ直ぐ見ている。私など、まだ修行不足です。」

「そんなことはありません、死を見て考えることは、苦しい旅をしていれば頻繁にあります。
私たちだって明日生きているのかわからないのです。
この鼓動が止まらぬうちは、なんとしても生きる道を探そうではありませんか。
死という物は、たった一度しか来ないものです。
そんなに急いでその先どうなるのか、見に行かなくてもいいと思いますよ。」

笑ってそう言うリリスは、ボーダー自身、自分よりうんと下だとは、とてもじゃないが思えない。
魔導師の弟子に入った時もリリスは館の掃除や水汲みをしていて、食事の時は給仕までこなして、紹介されるまですっかりただの使用人だと思い込んでいた。
1度、以前いた女中頭からムチで打たれるところもつい見てしまったが、いつまでもクヨクヨ落ち込んでない、タフだ。
時々一人で旅に出るが、ゲッソリ痩せて帰ってくるのを見ると、相当自分に厳しい旅を課しているのだろうと思う。




「本当に、凄い人なんですよ。リリス殿は。」


ボーダーが、感嘆の吐息を吐いてつぶやく。
しかし、目の前にいる高貴な人物は、怒りを必死で押さえるように腕を組んだ。

「そんなことはわかってる!リリは凄い奴だ!
だから、それとこれとなんの関係があるっていうんだ!」

赤茶の目をつり上げて、お忍びで遊びに来ていたイネスが真っ白い髪を逆立てながら火を吐いた。
ボーダーは申し訳なさそうに深々と頭を下げながら、チラリと彼の頭を見てプッと吹き出す。
その頭には、小さな身体から排出されたと思えないほどの鳥のフンが、こってり乗っていた。

「だから、その鳥がですね、……」

ピールルルル、ピピピピピ

一羽の薄緑色のようやく巣立ちしたばかりの若い鳥が、笑うように鳴きながら館の前を旋回して庭の木に留まる。

「あれ?イネス様どうなさったのですか?」

桶を持って、リリスが馬屋から出てきてのんびり話す。
その鳥はリリスの姿を見つけると、嬉しそうに飛び立ち彼の肩に留まった。