桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

ダーク・ホーリーシリーズ

すべて短編です。
ホーリーは、北の黒い森の魔女の息子。
はたして彼は、魔物か人間か?
>>ダーク・ホーリー
>>ダーク・ホーリー 2
>>ダーク・ホーリー 雪夜の晩餐
>>ダーク・ホーリー 黄金色の星空
>>ダーク・ホーリー 黒い森の館
>>NEW! ダークホーリー 誓いの指輪
初期作品(初期設定)
>>呪いという名の想い(イラスト付き)
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お礼に掌編掲載しています。
掌編は、現在連載中の赤い髪のリリス関係となっています。

ダーク・ホーリー 雪夜の晩餐

日も暮れ始めた森の中、1人の少女が弟の薬を手に道を急ぐ。
しかし彼女は、飢えた群れの狼に囲まれてしまった。
絶体絶命で気を失ってしまう彼女の元に、ホーリーが舞い降りる。

すでに日も暮れかかった森で、積もった雪の中を村へ向かい、その少女は大切にカバンを抱えて歩いている。
カバンは小振りの物だが、よほど大切な物なのだろう。
しかし明かりも持たない彼女は、闇に追い立てられるように歩きにくい雪を踏みしめ、懸命に先を急いでいた。
「どうしよう、真っ暗になったらどうしよう。」
凍りそうな涙を浮かべ、革のブーツからしみ出す雪の冷たさに足の感覚も失い、心がどんどん弱気になって行く。
バサバサバサッ!
「きゃっ!」
突然鳥が飛び立つ音に驚き、少女は足を取られて思わず前につんのめった。
「あ、あ、あ」
濡らしてはいけないバックを慌てて拾い上げ、中を確認する。
それは病に倒れたたった一人の弟のための、貴重な薬。
隣村の市場で死んだ母親の服を売り、ようやく手に入れた物だ。大切な思い出も弟の命を思えば、売ることにも諦めがついた。
確認すると袋の中まではぬれていないようだ。
ホッとして立ち上がったとき、突然目の前に大きなオオカミが現れた。
フッフッフッフ…………
息使いの荒いその大きなオオカミに息を飲み、身体が凍り付く。しかし彼女が逃げ場を探したとき、すでに数匹のオオカミが周りを取り囲んでいることに気が付いた。
オオカミは群れをなしている。すでにずっと付けられていたのだろう。
心の中が真っ白になって、そしてガタガタとふるえが走る。
言葉も忘れて袋を握りしめたとき、家で待つ弟と父親の顔がふと浮かんだ。
(そうだ。死ぬわけにはいかない。
自分は今、弟の命も預かっているんだ)
キッとひときわ大きなオオカミを睨み付ける。
何も武器を持たぬ彼女には、それだけしかできない。
しかしその燃えるような眼光を浴びて、リーダーのオオカミが動きを止める。
凍り付くような寒さの中で、彼女の額から汗が流れた。
バサバサと羽音が近づき、バサッと雪を落として近くの枝に大きな黒い鳥が留まる。鳥はジッとその様子を眺めながら、ブルッと身体を震わせた。
その一時を、小さな少女と大きなオオカミの睨み合いが続く。
しかしまだ成人してもいない彼女がその状態を続けられるわけもなく、次第に極度の緊張から気が遠くなっていった。
(ああ、ああ、どうしよう。神様、どうか……)
フッと緊張の糸が途切れ、その瞬間を逃さずオオカミが動き出した。
ドサリと倒れた少女の胸に、見ていた黒鳥が舞い降りる。
するとその鳥は次第に姿形を変え、黒衣を着た一人の黒髪に漆黒の瞳を持つ美しい少年に変わった。
「我が名はホーリー。娘よ、お前の意志の強さ、見届けたぞ。」
ホーリーの姿に、オオカミはビクンと数歩退いてゆく。
「グルルルル……」
今にも襲いかからんとするオオカミに美しくほくそ笑むと、ホーリーはスッと指で大きく逆十字を切り、その漆黒の瞳をほの青く輝かせた。
「大いなる公爵バルバトスよ、汝の機知たるその力を持って、獣の吐息を理解せしめよ。
我が名はホーリー、黒い魔女の息子なり。」
呪文を唱えた瞬間、サッとその場が静粛に包まれ、木の葉のざわめきや風の音が消えた。
オオカミたちが闇に閉ざされた周りを見回し、声を上げる。
『何だ?』
口から出た言葉にハッと息を飲み、ホーリーを見上げた。
『お前は、何者か?』
ホホッとホーリーが笑い、少女の胸の上でくるりと回る。そしてポンと降りると、お辞儀をするように片足を引いて少女の顔を覗き込んだ。
「愛らしい寝顔よ、人間はなんと豊かな物か。
感情、表情、そして意志の移り変わり。
ホーリーは見ていて飽きないぞ。」
『我らに何用だ、人間よ。獲物を奪うつもりなら、容赦せぬ。』
「ふふ……ホーリーには、獣の命の営みの邪魔をする権利などどこにもない。どうぞ、今宵の食卓をこの少女で飾るが良い。」
『ならば退け、人間よ。』
ズイッとオオカミが一歩踏みだし、ホーリーが前に出る。そしてその口元を覗き込んで、楽しそうに身震いした。
「おお、恐ろしい。汝の牙は、娘の腹を引き裂き、そして食い荒らしてしまうのか?この美しき身体を。」
『生きるために食うのだ。お前と同じに。』
その言葉に、キュッとホーリーが笑う。
「アハハハ!ならば我は言おうぞ、この娘の代弁者として。」
スッとホーリーが、優雅にオオカミのリーダーに一礼する。そしてその身体にポンと触れた。
「人間も、生きる為なれば抗うのだ。お前と同じに。」
『なっ!』
ホーリーに触れられたリーダーの身体が、大きくうごめきそして変貌してゆく。
『おお!おおおお!!』
苦悶の叫びを残し、そして彼の身体は人間の身体へと変わっていった。
『なにっ?馬鹿な!』
パッと開く手は鋭い爪も消え、閉じる口からは大きな牙も消え失せている。
4本足で歩けるはずもなく、立ち上がると身体中の体重がたった2本の足にかかり、早く走れる自信も消え失せる。
突然、ざわめく木々の葉音と風の音が耳に戻り、嵐のように吹き荒れた。
豊かで立派な毛皮も失せた丸裸の身体には冷たい風も厳しく、ブルブルと震えが走る。
『うおおおおおお!!』
叫びはむなしく、仲間だった者達に通じる気配もない。
ただ「人間」、それだけの存在のなんともろい物か。
迫る仲間の恐ろしい姿に恐怖が募り、オオカミのリーダーだった男は思わず叫びを上げた。
『助けてくれ!人間よ!助けて!』
ホーリーが冷たく笑い、少女の身体を抱いて闇に消える。
「人間は、もろくはかない。しかし、いずれは恐ろしい獣となろう。
彼らの知恵と器用な手は、神のつかわした最大の罪。
獣よ、人間を敵にしてはならぬ。あれは悪魔より恐ろしい。」
『待ってくれ!人間よ!人間よ!』
「グルルルル……」
ハッと気が付けば、腹を空かせた仲間であった者達がじりじりと迫ってくる。
雄々しいリーダーだった男は、冷たい雪の上にガクリと尻餅をつくと、食われることの恐怖に失神した。
暖かな胸の心地よさに少女が気が付くと、そこはすでに村の入り口だった。
姿が見えないのか、父親や近所の人々が心配して出迎えに来ている。
目の前にいるのに気が付かないその様子を不思議に思いながら、少女は抱きかかえるその少年の顔を見上げた。
「あ……なたは?誰?オオカミは?」
「気が付いたか?我が名はホーリー。娘よ、冬の厳しさはお前も獣も同じ。蓄えを知らぬ獣たちも、日々を生きてゆかねばならぬ。」
「……ごめん……なさい。」
何故か彼の言葉の意味がスッと心に染み込んで、少女の目から涙がこぼれる。
峠を越すのが日暮れになることを知りながら、物のあふれた市場で遅くなってしまったことがひどく悔やまれた。
ホーリーが彼女を降ろし、優しく微笑みかける。そしてその握りしめるカバンに、そして少女の手にそっとキスをした。
「御身と分かたれし者に祝福を。汚れが消え、幸多からんことを。」
ぽっと少女の頬が赤らんで、闇に消える美しい少年に手を伸ばす。
「ホーリー……あの……」
「おお!帰ってきた!良く無事で!」
父親が、駆け寄り少女を抱きしめる。
見回すとすでにホーリーの姿はない。
「お父さん、ごめんね。」
少女は大きなその胸にしがみついて泣きながら、また降り始めた雪の中後ろを振り返った。
「ホーリー、ありがとう。」
暗闇を鳥の飛び立つ音がする。
しんしんとした雪夜の少女の家には、暖かな暖炉の明かりが灯っていた。