南有馬の民家で見つかる…『阿弥陀如来来迎図』自然石板碑、浄土宗関係の貴重な資料

 世界遺産登録を目指す「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を構成する国指定史跡「原城跡」などがある南島原市の原城文化センターで15日、登録推進特別企画展「『有馬の城とキリシタン』~ゆずれないものを持った人々」が始まった。地元にまつわる貴重な関係資料が多数展示されており、キリスト教を受け入れる土壌がすでに醸成されていたことを示す浄土宗系関係資料としてこのほど発見された、有馬の「阿弥陀如来来迎図」自然石板碑の拓本も公開・展示されている。

 同板碑は「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」が世界遺産暫定リストに登録されたことに伴う構成遺産の原城跡の周辺調査で確認された。大正時代に発行された原城跡パンフレットに「日之丸観音」と紹介され、近年はその所在等が分からなくなっていたものだが、今回の調査で同市南有馬町の民家にあることが分かり、県文化・スポーツ振興部文化振興課大石一久氏の協力のもと拓本を取り、それが観音菩薩像ではなく「阿弥陀如来来迎図」であることが判明した。

 板碑は高さ約1メートル、幅約80センチの安山岩で、造立年は1533年(天文2年)。雲にのった阿弥陀如来単尊の来迎図で、その右側には「奉彫造八万四千本願主永秀」と書かれており、当時、同様の板碑造立が盛んだったことがうかがえる。

 これによりキリシタン流入直前の16世紀前半から半ばにかけ浄土信仰が盛んで、しかもその対象者は上級者(禅宗)ではなく一般庶民の間で相当広まっていたと理解される。

 また、浄土信仰を受け皿に、同じ「地獄」(インヘルノ)・「天国」(パライソ)の思想をもつキリシタンが一般庶民層に浸透していったものとみられ、それは布教長トルレスが1565年に口之津から発した「貴人は禅宗に帰依しているが、一般庶民は地獄・天国観をもつ教えを信じているからキリスト教を受け入れやすい」という書簡にも通じ、その結果として「有馬領域にキリスト教が広まった背景が分かってきた」もの。

 文献上はキリシタン流入前後に浄土宗の寺院が有馬地方にあったことは示唆されていたが、同市教委では「キリシタン伝道期、また直前の当地の宗教事情を知るうえで貴重な文化財」としている。

 特別企画展は26日まで開催。同板碑の拓本をはじめセミナリヨや天正遣欧使節、キリシタン墓碑など関係資料約100点を展示している。開館時間は午前9時~午後5時。22日午後1時からありえコレジヨホールで地域振興フォーラムin南島原「『有馬の城とキリシタン』~天正遣欧使節から殉教まで~」も開かれる。

[2008/11/16:島原新聞]

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「原城土搗唄」で田辺さん…民謡全国大会で準優勝


本年度民謡民舞全国大会が18 - 21日に東京の両国国技館であり、本県代表として出場した南島原市南有馬町の田辺徳子さんが高年部で準優勝に輝いた。民謡を習い始めて5年ほどの田辺さんにとって初の全国の舞台で初の栄冠に。「ただ驚くばかり」とほほ笑む。

長崎市の(財)日本民謡協会長崎中央支部(丸木覚誠支部長)に所属し、「民謡太鼓踊り」を指導する南島原市南有馬町の宮川浪枝さんと丸木支部長の2人の師匠のもとで月1、2回のけい古に励む。全国大会では宮川さんの囃子と丸木支部長の尺八伴奏で「原城土搗唄」を歌い上げ、見事に準優勝を手に。

昨年11月の(財)日本民謡民舞長崎県連合大会の高年部で優勝して今年の全国大会への出場権を獲得。若い頃からラジオを聴いて民謡に親しみ、「独特の張った声と節回し」のとりこに。「いつかチャンスがあれば習いたい」と機会をうかがっていたところ、60歳代後半にして「やっと良い先生に出会えました」。

全国大会には「生涯のなかで良い経験になればいいかな」と、賞を狙わず無心で挑んだことが功を奏したようで、緊張せずに「リラックスしてふだんどおり歌えた」うえ、「やっぱり一緒に舞台に立っていただいたお2人の力添えがあったからこそ」と感謝の言葉は尽きない。

財団法人日本民謡協会

[2007/10/28:島原新聞]

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新切少年が九州大会へ…少年ソフトボール大会

 28日から宮崎県で開催される「全九州少年ソフトボール大会」の切符を手にした南島原市・新切少年ソフトボールクラブの選手たちが19日、市役所を訪ね、松島市長に大会出場を報告し激励を受ける。

 新切少年は先月9・10日、有家町総合運動公園で行われた県大会の1回戦でグローング奈留(五島市)に6-3、2回戦は大村少年ソフトボールクラブ(大村市)に12-1と圧勝。準決勝では大会優勝チームの神昴ボーイズ(佐世保市)に0-7で敗れたものの、九州大会出場決定戦で為石ライオンズ(長崎市)を3-1で下し、日向市お倉ヶ浜総合運動公園で28-31日開催される九州大会の出場権を獲得した。

 新切少年の金子祐弥主将ら選手25人と林田憲明監督、コーチ2人が市役所を訪ねる予定。

[2007/07/15:島原新聞]

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青い目の人形を迎え - 有馬小で「平和の集会」を開く -

 青い目の友情人形「リトル・メリー」ちゃんが2日、南島原市の有馬小学校(吉田英則校長、児童数255人)に出かけ、同小の子どもたちに自身の体験を語り、平和への思いを伝えた。

 有馬小は4年前、旧町内4つの小学校が1つに統合されてできた、真新しい学校。旧校舎が取り壊される際、古い資料の中から「昭和2年」、同校で催された「亜米利加人形歓迎会」の写真2枚が見つかった。1枚には「昭2・6、人形メリー」と鉛筆書きがあり、その名が「メリー」であることも分かったが、実物はなかった。他の多くの青い目の人形同様、戦時中「敵国人形」として処分されたものとみられている。

 この日、島原親善人形の会の中島一雄会長、北田貴子さんとともに同小を訪れた島原第一小学校(大村好喜校長)の青い目の友情人形リトル・メリーは、「日本のお母さんの仕事着(である)もんぺの布で作った服に着せ替えられ、雛人形と一緒に木箱に中に姿を隠し、戦禍を免れた」。中島氏は、「何故この人形が生き残ることができたのか」、実際に木箱に入れてその様子を再現して見せ、昭和59年に再発見されるまで「43年間、箱に中に眠っていた」ことをあわせて紹介した。

 子どもたちは、そんな話を聞いて「戦争がおきて、悲しかったです。これから平和について考えていきたい」と、雨の中、遠路同校を訪ねてくれた人形に感謝の気持ちを添えて感想。「また会おうね」、「元気でね」と声を掛けていた。

 同小では先月、4年生児童が長崎市に出かけ、長崎歴史文化博物館で開催中の「青い目の人形展」を見て学習した内容を、全校集会で発表。今後、学年ごとにビデオや紙芝居等を使って学習を進め、5、6年生は中学生と合同の学習会にも参加する。8月9日には戦争体験者を学校に招き、平和集会を開く予定。

 平和学習(教育)担当の池田富美子教諭は、「青い目の友情人形を通しての平和学習は今回はじめてでしたが、すでに80年も前に日本のアメリカが仲良くなるようにと(願って)人形を交換したことを知り、嬉しくなりました。これからの取り組みを通して子どもたちの平和への思いを広げていきたい」と話した。

[2007/07/05:島原新聞]

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