桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

サスキアでの日常  二人で買い物

サスキアでのオフ、グランドとレディアスが2人で買い物に出ます。
ラフな短編。


 キョロキョロ、レディアスが物珍しそうに周りを見回す。

しかしここは、カイン一の首都サスキアでも珍しくもない一般的なスーパーだ。

「なあなあ」

レディアスの声にこれで何回目かと、カートを押すグランドが溜息をつく。
いや、しかしこれも勉強だ。
いつもは買い物なんか全くしない彼を、ようやく連れ出したまではいいが、延々質問責めだとこれは拷問だと思える。

何事も、忍耐なのだ。

「何だよ。」

「なあ、これは何だ?食えるのか?」

彼が手に持っているのは、黒粒胡椒の袋だ。
ここはこの店の自慢の香辛料コーナー。
星間貿易で手に入るだけ、多種多様の物を集めてあるのでカイン各地から業者もやってくる。だから業務用サイズまで揃っている。
グランドは今夜の夕食に、魚を焼くときに使う胡椒を選んでいるのだが、彼にはこんな木の実や葉っぱを何にするのか不思議なことだろう。

「それは胡椒だよ。胡椒ってのはそんな粒を引いて粉にして使うんだ。」
「へえ、胡椒はあれだろ?辛いんだよな。
俺、あんまり使わない。」

そりゃあ、食うときには滅多に使わない。

「これはな、ピリッとさせたい時や臭いを消すのに使うんだ。
料理するときの下ごしらえにこれ使うと、臭みが消えて美味しくなるんだぜ。」

「ふうん、じゃあれか?セピアがトイレに置いてるのと一緒だ。」

トイレ?・・の臭い消しと一緒にするな!

「違うぞ、もの凄く違う。これはな、ピリッとした、いい香りが臭いを消すんだ。」
呆れながら、商品を選ぶ。しかし、じいーっと彼は相変わらず横で考えて、まだ納得していないらしい。

「トイレは、花の匂いで臭いを消すとか言ってたけど・・・どこが違うんだ?」
「うっ、・・」

えーっと、どう違うんだっけ?

「こ、こいつは食えて、向こうは食えないんだ。全然違うだろ!」
「へえ、違うんだ。」

ええい!この野郎!

「よしっ!決めたから、向こうに行くぞ!」
言葉につまったグランドが、ちょっと焦って逃げてゆく。

「グランド、あれは何?」

向かいの生活雑貨を指さすそれは・・

「それはあー、生理用品だ。」

「整理?って、何を?」
「お前は知らなくていいの!早く来い!」

レディアスは、ふうんと首を傾げながら付いていった。

 グランドは、今日は魚だと言いつつ魚売り場を通り過ぎる。
キョロキョロ眺めて、レディアスが後ろからそうっと声をかけた。

「なあなあ、魚は買わないの?ここは不味いのか?」
「いいの、今日はお前も一緒だから、帰りに小店で買うから。
セピアがいる時は、色々考えんだよ。」
「ふうん、じゃあ俺がいなかったらここで買うんだ。変なの。」

成る程変だが、さすがにセピアが一人いるだけで食料はそれなりに買わなくてはならない。
二人でいる時は街の魚屋に行くと、レディアスを気に入っている店主のおじさんが、「美人にはおまけしないとな!」と、気前よくおまけしてくれる。
このスーパーでさえ、レディアスがいると横から店員がポンポンと値引きシールを貼ってくれるし、やたら愛想いい。
美人は得だと言うことだが、レディアス本人は知らない。
まあ、それを上手く利用して、セピア対策に走っているわけだ。

あの大食漢がいるだけで、ストックはすぐに尽きてしまう。
おかげで、カートの中は大家族並みだ。
金はいくらあっても足りないが、このお金はそれぞれが生活費で、月に決まった金額を特定の生活費用口座に入れるように決めているので、買い物係がその口座のキャッシュカードを握って買い物に出る。

しかし、そこだ。
そこに一つ恐ろしい問題が浮かぶ。

セピアだ。

このカードをセピアに握らせないようにするのが、彼女の相棒、ブルーの一仕事なのだ。
彼女にこのカードを持たせると、恐ろしいことにあっという間に、残高はゼロになる。
これまでに四回やられた。
全く、あれ程恐ろしい病気はないだろう。
怒られて反省しても、次の日はケロッと忘れて買い物だと言う。
兄弟それぞれ悩みはあるが、みんなブルーには同情している。

「えーっと、小麦粉、チーズ、コンビーフ、缶詰とオイルに・・果物も良し。
後は、お前の間食か。ジュースと・・お菓子でいいかな?お前何食いたい?」

「俺、いらない。」

即答。全く、溜息が出る。
食べなくていい奴は食うし、食べて欲しい奴は食わないときたもんだ。

「いらなくても、食べてもらうの!
お前は、サスキアにいる間だけでも五食食えってドクターに言われてんだから。」

菓子売り場で手近な物からポンポン、カートに放り込む。
「一つでいいよ。」
「いいの!どうせセピアにほとんど取られるんだから。」

栄養状態があまり良くない状態を引きずっているレディアスは、少しでも体重を増やすように三食の他に間食を取るように医者から言い渡されている。
この飽食のサスキアで、今時”低体重”だ。
何にでも”低”が付くのが普通。
低空飛行で力強く飛んでいると言ったところか、どうにも頼りない。
だから仕事中でも、なるべく食べるように勧めるのだが、それでも医者と決めた目標体重に行くのは、新年と誕生日パーティーの時ぐらいだ。
気軽に食べられる菓子も、サスキアを出るととたんに入手が難しくなる。
派遣される所は、ほとんど僻地で物資が十分になく開発途上。
子供にも足りない菓子を、大人が口にするのは気が引ける。
だから派遣されると体重はがたっと落ちるから、サスキアに帰った時は懸命に体重を増やして体調をベストに持ってゆくのだ。
しかしこうしても通常、カロリーの高い食事で太るのは、付き合っているグランドの方だった。

「お前も、セピア並みに食ってくれればなあ。」

少量で高カロリー食なんて、付き合う方は堪らない。人に食えと言う一方、自分は少量で押さえなければならない。
別に作るのは面倒だし、彼と暮らすのは忍耐が必要だ。

「食べてるよ。十分に。」
「事務の女の子より食ってねえよ。骨皮の身体してさあ、その内アークが撃てなくなるぞ。」

極度な飢餓状態から、こうして何でも食べられるようになると普通はガツガツしそうなもんだと思うのだが、何故か彼はあまり食が進まない。
本人にもわからないと言う。
とにかく、それまでがあまりにも食べ物や飲み物に枯渇していたので、豊富な食べ物を口にすると猛烈な罪悪感に襲われる気がするらしい。
これは一つの精神的な物らしいが、彼がどういう風にして生きていたのか、それと関係するのだろう。
カウンセラーからも、急ぐなと言われている。
兄弟それぞれ悩みも多い。
出来るだけ美味しい物で、食事の楽しさを知って欲しいと願うグランドだから、彼の料理の腕は料理人並みに長けていった。

 「あ、セピアだ。」

ビクッとグランドの手が止まった。
「どこ?!気付かれた?」

キョロキョロしても、沢山の人の波でグランドにはどこにいるかわからない。

「えっと、ほら、ケーキ見てる。」

成る程、物欲しそうにケーキのウインドウにへばりついて、店員が困っている。

「あの野郎、金もないクセにケーキなんて見やがって・・おい、逃げるぞ!
あいつに取り憑かれたら、人の金だと思ってこのカート、山盛りに食い物積まれちまう!」

フンとグランドが顔を背けて、こそこそ気付かれない内に清算を済ませようとカートをレジに押す。
全く、恥さらしな女だ。
あいつは食欲と物欲で身体が出来ているに違いない。

「あいつ、金持ってるよ。」
レディアスが後を歩きながら、ポソッと漏らした。

「どうせブルーのカードだろ?」
あいつがかすめ取るのは、せいぜいブルーの物までだ。だから兄弟内でも、それ程大きな問題になってないと言える。
ところがレディアスは、キョトンとした顔でプルプルと顔を横に振った。

「違うよ、今朝マンションの駐車場で、お前とブルー待ってるときに・・」
「あっ!まさか・・?」
「金がないから、カード貸せって。今日の夜には返すって言うから・・」

ガーーーンッ!!

「貸したのか?!あいつに貸したのか?!」

カートはそっちのけ、グランドが真っ青な顔でレディアスに詰め寄る。
レディアスはキョトンとした顔で、うんと頷いた。

ひいいいいいっ!!!

グランドが命綱無しのバンジージャンプでもするような顔で、顔色を失って硬直する。
そして次の瞬間、彼は火がついたごとく短距離障害物競争の様に人の波をかき分け、瞬時に彼女の前に姿を現した。

 「ねえおばちゃん!これとこれ、3個ずつと、こっちのボックスケーキ1本、それとこのタルト一つ。ああ、違うの。切り分けた一つじゃなくって、これ全部ね。それと・・」

「セピア!!」

セピアがドキッと飛び上がり、そうっとグランドを見てにっこり微笑む。
そして急いで、店員に「それだけ!」と叫び、それにグランドが慌てて手を振った。

「おばさん!ごめんよ、みんなキャンセル。」

店員も、量の多さに戸惑ってまだショーケースから取りだしていない。ホッとしてにっこり頷いた。

「え、ええ、かまいませんよ。」
「ごめんよ!セピア、来い!向こうで話そう。」

間髪入れずに怒って叫ぶグランドの声には、有無を言わせぬ物がある。
セピアはそうっと後に下がり、手に持っているピンク色の紙袋を後ろに隠した。

「ちょっと来いよ!」

「キャンキャン!嫌よう!だって!私ちゃんとレディに言ってカード借りたんだって!
後できっちり返すわよう!」

強引に腕を掴むグランドの手を軽く振り切って、セピアが下がる。
彼女が本気で手を振り切れば、悪くすれば骨折する。突き飛ばされれば、見事に空を飛んでいく。
実際、小さい頃数人、そう言う目にあったのだ。彼女相手には慎重になる。
だからグランドは、逃げる彼女をそれ以上追わなかった。
しかし、これは譲れない。カードだけは・・

「セピア!カード置いて行け!」
「もう帰るもん!」
「使わないな!約束しろよ!」
「帰るよう、もう帰るから!帰って渡す!」

くるりと踵を返し、彼女はバタバタ逃げてゆく。その手にはしっかり紙袋がある。
あれは確か・・可愛い系の洋服屋だ。
あそこは、宝飾品も最近置いているんだ。

ああ・・・一体いくら使ったんだろう。

全く気が重い。
グランドは携帯電話を取りだし、ブルーに連絡を入れた。先に帰ったブルーは、今頃食事の下ごしらえをしている。
電話に出たブルーの落胆ぶりに、グランドはかける声さえ浮かばなかった。

 菓子売り場に戻ると、レディアスがしゃがみ込んで、おまけ付きの菓子を興味深そうに眺めている。
セピアが買い物魔だと言うことは知っているはずなのに、どうして貸してしまったのか、グランドには彼の気持ちが分からない。
それはセピアのためにもならないと、みんな知っているのにだ。

「あ、グランド!これ、凄いな。ね?お菓子なのに、小さな動物の人形が入ってるんだって!可愛いなー。」

チョコレートのおまけに、目を輝かせて嬉しそうにしている。
小さな子供のようにはしゃぐ姿からは、仕事でクローンと対峙するときの冷徹な姿は全く思いつかない。
グランドは今の彼の方が素直で好きだ。
しかし今は・・
どうして!と口に出したい気持ちを抑えて、彼の横に並んでしゃがみ込むと、一つ手に取りそれを覗き込んだ。

「ああ、可愛いな。いくつか買って棚に並べようか。どれがいい?」

しかし、そう言うと決まって彼は首を振る。
良いねとは言うが、欲しいとは口が裂けても言わない。

「いらない、いらない、もったいないよ。
俺のばかり買ったじゃないか。もう、いらないよ。
グランドは?何も買わないの?欲しいの買えばいいのに。俺だけ買って、悪いよ。」

パッと手を離して菓子を置くと、サッと立ち上がってカートの所へと行く。
見るとカートの中に先程グランドが放り込んだ菓子は、一つ残らず棚に戻されていた。

「あー!お前全部戻しちゃったの?」
「これ、このジュースでいいよ。そんなに食べきれないし、もったいないよ。」

ハアー、グランドは大きく溜息をついて、また近くの棚から適当に菓子をカートに放り込む。
取っては戻され、買わなければならないのに買おうとしない。
レディアスとセピアを足して割れば、丁度いいのにと溜息が出る。

「お前はさあ、自分でちゃんと稼いでんだから必要な物は買っていいんだよ。
必要だから買ってるんだって、どうしてわからないんだ?」

本当に、彼と買い物ほど疲れる物はない。
それも食べ物となると、ひときわ際だって彼は戸惑いと貧乏性に襲われて先に進まない。
これで、一つだけ金使いが荒かったと言えるのは煙草だけだったのに、あまりのヘビーぶりにとうとう医者にストップをかけられるし、どうにも金の使い方が上手にかみ合わないのだ。

「俺はだって、煙草とか買ってるし・・
グランドは煙草吸わないだろ?
大体さ、グランドは我慢しすぎだよ。俺の物ばっかり買って、自分の全然買わないもん。」

「そんなこと・・・」

彼の物しか買わないなんて嘘だ。
グランドは模型が好きで、部屋にはたくさん飾っているし、服だって良く買うので部屋のクロゼットは彼の服よりグランドの服が多い。
それなのに、彼はいつもこう言う。
じっとグランドはおまけ付きの菓子を見つめて、ニヤッと苦笑いすると手にいっぱいその菓子を持てるだけ持ち、立ち上がってバラバラカートに放り込んだ。

「あっ!俺は欲しくないんだぜ!」

レディアスが慌てて一つ手に取る。グランドはそれをパシッと奪い取り、またカートに放り込んだ。

「良いの!俺が欲しいんだから。俺が買うんだよ!」
「だって・・」
「さ、帰ろうぜ。セピアからカードを取り戻さなきゃ。
お前、どうしてあいつにカード、貸したりしたんだ?」

カラカラ、カートをレジに転がしながら、後ろを付いてくるレディアスに何気ない風に問いかける。
しかし返事がない。
振り返ってみると、今度は缶詰売り場でまた眺めていた。

「もう帰るぞ!」

仕方なく引き返すと、手に持っているのは牛缶だ。
のんびり草をはむ牛の絵が、ほのぼの描いてある。

「ほらほら!グランド!見ろよ。
”モーモー牛の缶詰”だって。
こんなに小さいのに牛が入ってるのかな?
開けると牛が寝てるのかな?」

「んなわけないだろ?牛の肉が入ってんだよ。
これは分かり易いように、絵が描いてあるの。」

「そっかあ、そうだよなあ。びっくりした。
でもさこの牛、食われるのに、こんなにのんびりした絵なんてちょっと変だよな。」

そう言うこと、考える奴はこいつくらいだ。

「仕方ないさ、スプラッタな絵を描いたって売れやしないだろ?」
「あはは!人間に、ギューッて首を絞められてる絵とか?」

「牛が、ギャアーッて叫んでる絵とかね。」

「あはははは!ほんとだ!普通なら食べる気しないよな。
でも俺にはほら、こっちの牛がにっこり笑いながら”おいしいよ”って言ってる方が気味悪いや。自分の肉を美味しいから食えって、凄いよ。
俺はこっちの方が食う気しない。」

「そうだなあ、そう考えればギャアって叫んでる方が自然だよなあ。
でもそんなこと考えてたら、ベジタリアンになるしかないよ。肉が食えなくなっちまう。」
「ほんと、そうだな。」

クスクス笑いながら、レディアスがコロンと缶を戻す。
そしてレジに歩き出すグランドの後を追った。
 レジはカートで、ただセンサーの前を通れば、機械が瞬時に計算して合計額がパネルに出る。
そしてカードをレジのおばさんに渡して清算するだけだ。
しかし、袋に入れるのだけは自分でやらなくてはいけない。
横でボウッと見ているレディアスに、そのコツを説明しながら入れるけど、全く彼の耳は素通りしている気がする。
その内おまけ付きのお菓子を一つ握って、箱に記載してあるおまけの種類を見ながらはしゃぎ始めた。

「これ、この鳥が入ってるといいのになー。」
「おまけはいいから、お前も袋に入れろよ。」
「グランドはどれが欲しい?」
「俺は何でもいいよ。はあー・・」

 溜息混じりに袋に詰め終わると、駐車場へと向かう。
と、いきなりグランドのカートを、レディアスが横からグイッと引いた。

「何?何か欲しいのある?」

ちょっと怪訝な顔で見ると、彼は遠慮がちにコクンと頷く。
ええ!こいつがおねだり?!
グランドは驚いて彼の視線の先を見ると、それは先程セピアと争ってしまったケーキ屋のショーケースだった。

「あれ、セピア欲しそうだったから。」
「あいつが食い物を欲しくない時なんてねえよ。お前の金で買おうとしてたんだぞ。
冗談じゃない、人が良すぎるよ。あんな奴に同情なんか必要ないさ。」
「でも・・選んでるとき凄く楽しそうだっただろ?」
「駄目!」

全く、昔からこいつはセピアにだけは甘い。
カートを押してグランドは、行こうとレディアスを促した。

「・・・グランド、怒ってるんだろう?あいつにカード貸したから。」
「そうだな、お前が考える十倍は怒ってるよ。」
「やっぱり?ふふ・・」

怒ってるのに、クスクス笑う。
どうもこいつの考えることはわからねえと、グランドはますます怪訝な顔になった。

 立ち止まっていると、やたら人々がレディアスの顔をじっと見つめてこそこそ噂しているのがわかる。
駐車場への通路だけに、ここは人の出入りが激しい。
視線の鬱陶しさに、二人は壁際に避けてグランドがレディアスを庇うように立った。

「ここ、落ちつかねえな。何か飲んでくか?」

ケーキショップの後ろには、コーヒー豆売り場の横に小さなカフェがある。
しかしレディアスは、やはり小さく首を振った。

「お前、貧乏性も程々にしないと凄いケチだぞ。」
「あのさ、俺ってずるいんだ。」
「はあ?」
「俺のカードって、本当はみんなの貯金なんだろう?みんな凄く大切にしてる。
アーク買ったときも、みんないい顔しなかったし。あん時は本当に悪かったよ。」

凄い勘違いだが、確かに出来るだけレディアスの口座には、彼が知らないところで決めて手を触れないようにしている。
彼がいつでも、好きなことに使って良いように、後々彼だけは困らないように。

「だからね。」

ちょっと首を傾げて悪戯っぽく笑う。
そのしぐさがやたら可愛い。グランドの顔が熱くなってきた。

「だからそこまで手をつけるセピアって、きっとすげえみんなに怒られるだろ?
仕事帰りじゃ、大した額は使えない。
それより大目玉食う方があいつには良い薬だ。」

成る程、セピアは彼の口座に手をつけた時点ですでに兄弟では裏切り者。
シャドウやグレイだって黙ってはいない。
しかし、彼が自分の金をそんな風に考えていたのは心外だ。

「あれは・・全部お前の、レディアス様のお金だぞ。俺等は関係ねえ。
お前の自由に使っていいんだ。
アークを買ったときは、みんな何でそんな使いにくい銃買ったんだって、もっといいの買えば良かったのにって言いたかったんだ。
別にお前の金をどうこう言ったんじゃねえよ。」

こう言ってもしかし、彼の受け取り方はひねている。満面に笑顔を浮かべ、グランドの肩をポンと叩いて俯いた。

「フフ、大丈夫だって。俺ももうカードは絶対使わないから。今度はきちんと責任持って隠しておくよ、みんなの金だからな。
セピアが使っちゃった分は、俺も責任あるからがんばって返すよ。」
「だからあれは・・・」

がっくり、全身の力が抜けてグランドはとうとうその場に座り込んでしまった。
子供の頃の経験は、どうしても彼の心に影を落とす。全て身の回りの物が自分の物という意識が彼には希薄で、貰った給料には手をつけず、どうしても何か欲しいときは言いにくそうにグランドに言ってくる。
服だってそうだ。
だからこそ、自分で金を払うようにカードを持たせたのに、全然意識が変わってくれない。
それどころか、金の匂いをかぎつけたハイエナ野郎に狙われてしまった。

「まあ、いいさ。珍しいおねだりだから、俺等の分も買っていこうか。いつもので良いか?」
「ンー、グランドが好きなので良いよ。」
「よし、じゃあいつものな。」

いつもの、すなわちレディアスお気に入りのシフォンケーキだ。
素朴で、彼らしい好みだ。
まーたぁ?などと、セピアは文句も言えまい。

 魚を買って、マンションに車を走らせていると、助手席でレディアスが横の窓に息を吐いて落書きをしている。

キューッキュッキュ!

運転するグランドには、その音だけが聞こえて、何を書いているのか見当も付かない。
サスキアに帰ると、特に二人っきりの時はとたんにレディアスは気が抜けたように子供っぽくなる。
明日から休暇だが、どこか行きたいところがあるのだろうか?
彼は口に出さずに、控えめに広告の裏とか書いて訴えるから可笑しい。
夕日がビルの向こうに沈んで、次第に日が落ちると気温が急激に下がり出す。
サスキアは、一日の寒暖の差が大きいから、昼は30度越えても夜は10度近い。
冬になれば夜は零下まで下がる。
グランドは上着を持ってこなかったと舌打ちし、スピードを上げて先を急いだ。

「全く、郊外のマンションが安いからって、管理局もケチだよな。
管理局が借り上げてるから俺等はタダじゃあるけどさ、その内自分らで中心部に借りようって、シャドウも言ってたんだぜ。
その代わり、高いわりに狭いらしいけどな。」
「ふうん・・」

キュッキュッキュ!

「何書いてンの?」

キュッキュッキューッ!

「どこか、誰かにね、お願い。」

彼の中に、神はいない。
ずっと、裏切られ続けたから・・・

「へえ、誰だろう。何かな?」
「秘密。どうせ、すぐ消えちゃうから。」

ぽつんと、寂しいことを言う。
信号が、赤になって止まった。
誰も渡らないのに、ボタン信号だけが忘れた頃に思い出したように変わっている。
グランドが彼の方を向くと、手の平でシュッと撫で消してしまった。

「お願いなんて、言わなきゃわかんないよ。」
「いいんだよ、お願いはずーっとお願いなんだから。それでいいんだ。」
「言ってみろよ。俺が叶えるから、死にものぐるいでさ。」
「うふふ・・そうだねえ・・・」

信号が変わって、車を発進させる。
彼の願いなんて、いつだってささやかな物だ。
それなのに耳を傾けても、なかなかうち明けてくれない。
するとグランドのギアを握る手に、上からそうっと手を重ねてきた。

「わ!びっくりした!何だよ、何かエッチだなあ。」
「えへへへ・・そうかな?だってさ、俺はグランドの手が一番なんだ。
何かのときはさ、ずっと触っていたいんだ。」
「よく言うよ。外地に出たら、とたんに冷たいくせに。誰だ?起こすとき踏みつけやがるのは。」
「あれはね、お前に気合い入れてんの。」

クスクス笑いながら、手を気持ちよさそうに撫でている。
気恥ずかしそうに、ツンツンと指でつついてツウッと撫でたり、何故かグランドの手がお気に入りだ。
苦手な夜は特に、それで倒れそうな自分を懸命に支えているように見える時がある。

「仕事だもん、甘えてちゃ駄目なんだ。
甘えてたら、殺せないよ・・」

微かに声が震える。
戦争での生きるための殺意のない殺人行為。
それに気付いたとき襲われた呵責と苦しみを乗り越え、また生きるためにこの現代でクローン殺しを受け入れている。

人々はただクローンを恐怖の対象として恐れ、理解する人は少ない。

安らかな顔で眠るクローンに、何の罪があるだろう。
眠る本人のあずかり知らぬ所で処遇は決まり、夢の中でその生を終えなければならない彼らを、レディアスは悲しく見つめながら手を下す。

眠る彼らに選択肢はない、それしかないのだ。

彼らペアでほとんど手を下すのはレディアスだ。グランドはほとんどサポートで終わる。
命の大切さを知るレディアスだからこそ、彼はグランドにまでその苦しみを負うことはないと言う。
グランドの苦しむ姿は臨まない。
だからこそ、グランドは彼の姿を見つめながら彼を理解して、そして彼を支えることに徹している。
二人はそれでバランスを保ち、特別管理官でも最も信頼されているのだ。

 車の先に、マンションの駐車場が見えてきた。すっかり日が落ちた中を見上げると、マンションの各部屋に明かりが灯っている。
彼らの最上階の部屋も、カーテンの向こうが明るく輝いていた。

「ね、グランド。」
「ん?」
「セピアね、叱らないで。」
「叱られるように貸したんだろ?」
「だから。グランドだけでも叱らないで。」

全く、彼はセピアには甘い。

「さあな、あいつにこそ甘さは毒にしかならねえよ。」
「でも・・貸した俺も悪いんだよ。」
「貸せって言ったあいつが一番悪い。」
「ブルーは怒ると一番怖いだろ?
シャドウはもっと怖い。」
「いい薬だよ。ざまあみろってんだ。
あいつにどれだけ無駄遣いされたか、後でブルーに聞くといいや。あいつら破産寸前だぞ。」
「そうだね、ブルーはいつ見ても疲れた顔してる。でも、好きなんだ。あいつのこと。」
「だから始末に悪いんだよ。困った病気だ。」

 すっかり暗くなった中を、ぽつんぽつんと灯が寂しい駐車場に車を入れて、荷物を手に降りる。

「荷物持ったか?先にホールに入ってろよ、寒いから。」
「うん。あ・・」

車の鍵をかけていると、ホールの方からそうっと人影が現れた。
見るまでもない、セピアだ。
きっと部屋を追い出されたのか、泣きべそかいて目も顔も真っ赤で靴も履いてない。
掃除が楽なように、彼らは玄関先の絨毯で靴を脱ぐようにしているから、勢いで履いて出なかったのだろう。

「レディー、怒られちゃったよう。うう・・」

グランドは、しかしそこで不思議な物を見た。
レディアスは、ツンと彼女を見もしないでホールへ向かったのだ。
てっきり彼女の味方をすると思っていたグランドは、口をあんぐり開けてその後ろ姿を呆然と見送った。

「グランドぉ、レディも怒ってるよ、どうしよう。 」

ドオッと涙を滝のように流して、ぐちゃぐちゃの顔でセピアが立ちすくむ。
どうした物か、後に残るはグランドだけだ。

”グランドだけでも叱らないで”

後の頼みは彼だけで、それさえ逃すとセピアに味方はいない。確かにレディアスは不器用な奴だ。後は任せたと言うところか?
なるほどね、とクスッと笑う。

「で?お前何買ったわけ?」
「ううっ!ううっ!ううー、あのねえ、指輪。
ブルーとペアの。注文してたのが来たって電話有ったから。でもお、お金都合付かなくて。
すぐ返すって言ったのにい。」

すぐ返すはいつもの口実だ。
すぐ返せるはずもなく、金策に走るのはブルーなのだ。

「どうやってすぐ返すんだ?」
「えっと、お給料で・・」
「給料貰ったばっかだろ?他は?」

他は何もない。一発当てようにも、カジノに行く金もない。

「うう・・いいもん、チーズ街に立つから。
あたしみたいな美人はすぐ売れっ子よう。」

”チーズ街に立つ”は、つまり街娼のことだ。
くだらない。
グランドは何も答えず、冷たい目で小さくなったセピアを見下ろした。

「う、う、ううっ・・」

冗談で言う事じゃないのはわかっている。
それで一番傷つくのが誰かも。

「ご、ごめん、嘘。そんな事しないよう。」
くすんくすん・・

「二度と言うなよ。」
「うん、言わない。」

小さな子供のように泣いて俯く彼女を、グランドは手を引いてマンションのホールに向かった。レディアスの姿はないから、もう先に上がったのだろう。
エレベーターに乗り、部屋が近づく毎にセピアはますます元気がしぼんでゆく。

「グランドお、もういい。あたい今日は野宿する。きっとブルーは部屋に入れてくんないもん。
グランド、ねえ寝袋持ってきてよ。」

「セピア、いい加減にしろよ。
お前を一番心配してるのはブルーだし、一番の理解者はブルーだろ?俺じゃないよ。
俺はお前の寝袋なんか、どこにあるのかも知らない。」

「だって、怖いもん。ブルーもレディも。」
「怒られる事したの自分だろ?観念しろよ。
レディアスも、良くお前に貸したよな。」

ドキッ!

セピアが、グランドの手をパッと離した。
ピンッと音を立て、エレベーターが最上階で止まりドアが開く。
セピアが待ちきれずにパッと飛び出した。
その様子に、グランドは何だか嫌な印象を感じる。どうも彼女が怪しい。
本当に、貸してと言って、借りたのだろうか?
彼女を追ってドアの前に立ち、キーカードを取り出しながらちらっと顔を覗き込む。
彼女は慌てて顔を逸らした。

「お前、本当にあいつに借りたのか?」
「借りたよ。貸してって言ったら、うんって。」
「へえ、うんねえ。」

強欲セピアにうんって言うか?

「本当に?兄弟に嘘はいわねえよな。」
「う・・うう・・嘘・・かも。」
「セーピーアー!!」

しょぼんと肩を落とし、ゴソゴソポケットを探る。彼女が取りだしたのは、レディアスに持たせた薄い財布、その物だ。
彼女から取り上げると、サスキアに帰ってから渡したお金がそっくりそのままとキャッシュカードが入っている。

「これ!どうした?」
「・・・・リビングにあった上着から・・・抜いちゃった・・・へへ・・・へへ・・・」

バッタリ倒れそう。
もう、こいつはマジで救いがたい。

「でもねえ、朝からちゃんと言ったのよ、借りるねって。
そしたらあいつも黙ってるからさあ、そのままポケットに入れちゃったわけ。ちゃんと了解取ってるのよ。」

どこが了解じゃあああ!!

「てめえ!ちょっと来い!」
「キャン!了解取ったって!言ってるのにい!」

ピッと玄関の鍵を開け、セピアの襟首をつまんで家に入る。
「ただいま!セピアも帰ったぞ!」

ポンポンと靴を脱ぎ捨て、冷たい視線のブルーの前を通って部屋を通り過ぎた。

「こいつ、どうするわけ?」
「こうするの!」

ガラッと居間の窓を開けてベランダのふきっさらしにポンと彼女を放り出すと、ガチャッと鍵を閉めてしまった。

「ギャアア!!だずげでー!!寒いよー!死んじゃうよおー!お腹空いたよー!」

怪力で窓を叩くわけも行かず、セピアが力の限り窓の外で騒ぐ。

「ああ、こりゃいいや。」

ちょっと近所迷惑だろうが、それを眺めつつ居間の低いテーブルに、ブルーがすでに作っていた食事を、何だか清々した感じでこれ見よがしに並べた。
しかも皿は三人分しか用意しない。
部屋でナイフを研いでいるレディアスも呼んで、三人はカーペットに座って食卓についた。

「さあ!いただきます!」
「あー美味そうだなあ!レディ、食えよ!
これがほら、昨日グランドが夜作ってたお前の好きな海草のゼリー寄せ。このソースかけてみろ、カロリーも上がるし美味いぞ。」
「うん。」
「あ!そう言えばワインもあるんだよ。
よく冷えて美味いぞう!ケーキも出そうぜ。」
「俺もレディにいいかと思ってさ、甘ーいクレープ作ってたんだ。ジャムとフルーツ挟んで、きっと美味いぞ。」

テーブルには、いつもより豪華にセピアが好きそうな物ばかりが冷蔵庫から運び出される。
外にはセピアが窓にへばりついて、そこから微かに獣じみた唸り声が聞こえた。

「レディも食えよ、あんな奴気にするなって。」
「ん・・」
ワインを開けて一息に飲み干し、セピアに見せつけながら食べていると、彼女が窓に爪を立てている。
「ざまーみろ!ヒヒヒヒ!」
「どうした?レディ、お前顔色悪い・・あ、やばっ!」

いきなりブルーが、どうにも食が進まないレディアスの額に手を当てた。

「眠れ、眠るんだ。」
「どうした?!」
「しっ!」

レディアスが、無言でゆっくり崩れるように横に倒れる。慌ててそれをグランドが支え、そっと優しく横たえた。

「どうした?」

ブルーがレディアスの額に手を当てたままで目を閉じる。
そして空いてる手で口に指を立てると、一時集中した様子でようやく目を開けて手を離した。

「フラッシュバックだ。ほら、あの馬鹿が物欲しそうな顔して、へばりついてやがるだろ?
それで昔を思い出したのかな。
こいつの心に、わっと真っ黒な影が広がってさ。あれは、やっぱまずいかな?」

クイッとブルーが顎で差す”あれ”も、訳が分からず心配そうに覗き込んでいる。

「ちょっと、調子に乗りすぎたかな?
馬鹿を懲らしめるのには丁度良かったけど、こいつにはまだ荷が重いか。」
「そうだな、俺も久しぶりでびっくりした。」

テレパスだからこその、助け手だろう。
それに彼が力を貸してくれると、目覚めも早いし悪い余韻が残らない。
「助かったよ、時々そのフラッシュバックって奴、来るらしいけど、こいつの精神力は半端じゃないからな。
仕事中はやり過ごして、俺と二人っきりになった時とかに、まとめてくるんだ。
カウンセラーの先生が、そのやり過ごせるってのが凄いってびっくりしてた。
でもなあ、それがかえってこいつの心に負担をかけてるんだろうなあ。そう言う時って、ぜんぜんメシが食えなくなるんだ。
もっと楽な仕事させてやりたいけど、一番こいつに負担かけてる俺が言う事じゃないなあ。」
「まあ、それだけ今が幸せだって事さ。
俺達はその為に生きているんだから、仕方ないよ。」
その為に・・辛い言葉だ。しかし、今は確かに自分らしく生きられるいい時代だ。
 二人が先に食事を終えて片付けていると、やがて目覚めた彼が怠そうに頭を抱えて台所へやってきた。
「起きたか?飯食うだろ?」
「うん・・食いたくないけど、食う。」
「良し、いい子だ。」
テーブルに付いた彼に、グランドが嬉しそうに改めて食事を出す。
冷めてしまった物は暖めなおし、少しでも美味しくと手を尽くして、ぼちぼち食べ始めた彼の姿を眺めながら、向かいに腰掛けた。
ブルーは後ろでカチャカチャ洗い物や、何やら明日の朝の下ごしらえをしている。
ブルーやグランド、グレイと言った”おさんどん”チームは、一人の時はあまり手をかけたことをしないが、二人以上になると気が楽になって食事にも手をかける。
お互い、料理の腕を磨いて楽しんでいるとも言える。やはり一番手は今のところグランドだ。
 グランドが、ちらっとセピアのいる窓を見た。
やはりセピアはそのままに、居間はカーテンを引いてある。
気配で分かるだろうが、レディアスも無視を決め込んだ。そうしなければ、食事がまずくて作ってくれたブルーに悪い。
しかし、やはり何故か食器洗いに燃えるブルーの姿に、少しボウッとして首を傾げながら、前に座るグランドに耳打ちした。
「あれは?出さないのか?」
「あれを出すのはね、俺じゃないから。ブルー次第だな。
ほら、もう少しこれも食え。」
「ふうん。・・いや、もういらない。」
「そうか、食えただけマシかな?じゃあコーヒー出すよ。」
 食事を終えて、並んでグランドもコーヒーを一杯飲んでいると、ブルーがキュッと水道を止めた。
手を拭きながら窓をちらっと横目で見て、レディアスの食べ終わった食器を下げる。
やっぱり、彼女を一番心配する役は彼なのだ。
「グランド、コーヒー飲んだらレディと風呂先に入れよ。俺が片づけするから。
レディの髪洗ってやるんだろ?
お前もさっきの今だから、一人で入るなよ。」
座ったまま、じいっとグランドと二人、ブルーを見上げてクスッと笑う。
「な、何だよ。さっさと入れよな。」
ブルーが顔を赤くして、ガチャンガチャンと音を立てながらシンクに食器を放り込んだ。
「じゃ、行こうか。先に行ってろよ、着替え持ってくる。」
「うん。」
 先に風呂へ向かうレディアスを追って、グランドが着替えを持ってバスルームに向かう。
バスルーム手前のパウダールームでは、レディアスもやっぱりドアで耳を澄ませていた。
「許すと思う?」
「今のところはね。このままって訳にいかんでしょ。」
二人してそうっとドアの隙間から、見えないが息をひそめてLDKの様子を窺った。
 暫くすると、セピアの泣き声が響きわたり、ブルーがそれをなだめる声がする。
「グランドなんかー!グランドなんかー!」
「お前、自分が悪いって思えよ!バカッ!」
「馬鹿じゃないもーん!うああああん!」
全く、ここまで全然成長しない女も珍しい。
「ほら、手を出せ。」
「あっ!きゃーん!」
何だ何だ?たまらずグランド達がそうっと見に行く。
「ほら、お揃い。お揃いがしたかったんだな。」
「うんっ!」
覗き込むと、セピアとブルーの手にピカピカの指輪がある。
「ブルー!好きっ!大好きっ!」
ピョンと飛びついてくるセピアに苦笑いして、ブルーも彼女の髪を撫でながら彼女の耳元で囁く。
何と言っているかは分からないが、神妙な面もちから説教だと言うことは分かる。
セピアは彼の頬にキスして、涙を拭きながらようやく素直に”ごめんなさい”と言えたようだ。
フフッと、横でレディアスがやたら嬉しそうで何だかグランドも嬉しい。
ようやく食事にありつけたセピアと、いそいそと食事を出すブルーを後にして、二人はバスルームへ向かった。
 パウダールームで服を脱ぎながら、セピアの変わり身にずっと二人してクスクス笑っている。さっきまで泣いて怒って、今はもうキャアキャア喜んで。
よく言えばさっぱりしているが、悪く言えばあっさりしすぎる。反省なんてどこ吹く風、きっと明日はまた、買い物に行こうなんて言うはずだ。
そうだ、明日から休暇だった。
それも久しぶりの。
「なあ、明日から4日休みだろ?どこか行く?」
グランドの問いかけに、服をすっかり脱いで真っ白な肌を露わにしたレディアスが、バスルームのドアを開けながら、ン?と振り向く。
後ろ姿ももちろん前も、全く彼には余計な肉は付いていない。
ガリガリで骨張っている。
これであの、アークを難なく使いこなす筋肉は、文字通り鋼のようだ。体重も軽いだけあってジャンプ力も兄弟一で、木登りが得意種目。暇だとサルのように木に登り、昼寝に興じる。
「行きたい所って言われても、いつも行ってばかりだから家にいたいな。
何にもしないで、寝ていたい。」
何とも不健康な意見。
 バスタブにお湯を溜めながら横でシャワーを浴びると、サッと鏡が真っ白に曇る。
確かに、このカインで最も近代的な生活が出来るのは、このサスキアだけだ。
こんな風に、湯をふんだんに使って風呂に入れるのは、ここと後は温泉地くらいで、外地で条件の悪いところでは10日も風呂に入らなかった覚えがある。
清潔なベッドに落ち着く家、一歩出れば食べ物で手に入らない物はない。中心部にはビルが乱立し、この星の経済が全て集中している。
よって若者は適齢期になると、皆このサスキアに憧れて地方はすでに高齢者ばかり。おかげで経済も発展しない。
一極集中の経済社会を危惧する政治家が、最近ようやく騒ぎ出したようだが、これからまたこのカインを、どんな荒波が襲うのかこの兄弟達にはあまり興味もない。

指示された仕事を消化するので精一杯さ。

そう言い捨てる。
彼らは、傍観者なのだ。
「そうだな・・それもたまにはいいな。」
バスルームは、二人入っても結構広い。
小さい頃から数人で一緒に入るのが彼らの慣習なので、十分満足できる。
セピアも、別に女だからどうとか関係なく、一緒に入る。それは重要な兄弟間のスキンシップだ。
「めんどくさいなー、髪洗うのやだなー。」
シャアアアア・・
レディアスの色を失った銀髪が湯に濡れて、キラキラと銀糸のように輝きを増す。
「何かさー外地出ると髪痛むなー。パサパサ。」
「じゃあ、もっと食って栄養与えねえとな。」
「ちぇ、また食え食えって、うるせえの。」
「まあ、俺が洗わないと、お前はただ湯を流して終わりだもんな。
良く洗わないと、その内ハゲるぞ。」
「ふうん、ハゲたら洗わなくて良いから楽だな。」
「そう思うのはお前だけ!お客さん、シャンプーしますよー!」
ブクブクガシガシ、痒いところにも手が届く。
が、目にしみる。
「郊外に遊園地が出来たってさ、それもいいんじゃねえ?」
遊園地?グランドの提案はいつも子供っぽい。
「何で、んな所?ガキが行く所じゃん。」
「ガキじゃねえか。精神年齢。」
なにい?と思わず目を開けて、シャンプーが思いっ切り目にしみる。
「ひー!目にしみたー!」
「ほら、ガキだ。」
くそー、どうもサスキアではグランドが上に立つ。仕事になるとこれが、てんで立場が逆転するから彼らペアは端から見て面白いらしい。
「どっちがガキだよ!」
「じゃ、明日は遊園地な。
弁当作るか、どうしよう?ブルー達も行くって言ってたから、食べに行くのもいいけどセピアがいるからな。」
「食う心配ばっかりじゃん。」
気が重いレディアスは、ハアッと、ちょっと溜息が出る。
「生きてる内に、腹一杯食わないでどうするよ!さあ!きっと面白いぞお!」
シャアアアア・・
シャンプーを洗い流し、コンディショナーで仕上げてタオルで拭きあげ、ようやく顔を上げて目を開ける。
「ギャハハハ!お前目が真っ赤だー!」
しみる目をごしごし擦ってグランドを見ると、ぼやっと彼の顔が笑っている。
「目が痛いよう。クソー、このシャンプーって奴あ毒じゃねえのか?」
「何言ってンの!ほんじゃ俺も髪洗って男を磨こうっと。僕ちゃんは遊園地で、可愛い姉ちゃん捕まえて、ほにゃほにゃするぞ!
いてっ!」
今度は自分の髪を洗い始めた彼が、本音を歌ってレディアスに尻を蹴られた。


 休暇を終わるとまた、凄惨な仕事が待っている。
心の切り替えを上手くできないと、ストレスに容赦なく押し潰される日々だ。
兄弟でお互いを支えあえるからこそ、若い彼らも耐えられる。
サスキアでの休息は、彼らが本当の自分に帰れる貴重な時間であり、一人の若者に戻れる大切な時なのだ。