桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

カインの贖罪  夢の慟哭

>>登場人物
>>その1
>>その2
>>その3
>>その4
>>その5
>>その6
>>その7
>>その8
>>その9
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掌編掲載しています。

「その8」

公園は、日中高いサスキアの気温を下げるためと自然確保のために、毎年どこかに植林が行われてきたため結構広い。
派手なテロリストの襲来でパニックになった会場は、たいへんな騒ぎとなってピリピリと軍も後始末に追われている。
空にはヘリが飛び交い、マスコミも進入禁止エリアに平気で侵入してきている。
落ち合うポイントへ急ぐデリートとソルトも、その警備の人間を避けながら先を急いでいた。
気配を感じたかソルトが振り返り、デリートのそばに寄る。
「局長、1人追ってきます。」
「少佐か?」
「いえ、部下の方です。」
息を切らせながら、デリートが密かにソルトに指示する。
小さくうなずいて、ソルトがサッとデリートと二手に分かれた。
「く、くそっ!」
レックスが、思わず躊躇して手負いのクローンを抱えるソルトに向きを変える。
デリートは単独行動しやすいが、クローンは手負いを抱えている以上、レディアスのいるであろう仲間のいる場所に向かう確率が高い。
突然テレポートして消えることもないだろう。
クローンのテレポート能力が低いのは、手負いのクローンをこうして運んでいることからも明白だ。
事実、ソルトは連続2度の近距離テレポート、それ以上を行ったことがない。
能力の限界を試すのは危険だと、研究所の博士達に止められている。
それは寿命を縮めることに繋がるからだ。
「追ってきた!」
ソルトがつぶやき、ハッと足を止める。
「向こうからも・・どうしよう。」
戸惑っていると、その時ちょうど警備の人間が数人こちらへやってきた。
キュッと唇をかみ、足を潜ませそっと離れる。
そこへ、間の悪いことに走ってきたレックスが見つかった。
「誰だ!何をしている!所属はどこだ!」
「ちっ」レックスが立ち止まり、数歩後退した。警備の人間3人は、彼に銃を向け駆け寄ってくる。

しまった、極秘に動かねば少佐や大佐に・・

レックスの顔が苦渋にゆがむ。
1人が通信機に手を伸ばすのを見て、思わず手が動いた。
パシュッ!バシュ!
「ぐあっ!」
ドサリと通信機を手にした仲間が倒れ、絶命した姿にアッと2人が声を上げる。
「貴様・・うおっ!」
銃の引き金をかける間もなく、レックスが更に引き金を引いて2人を次々と倒した。
「なんてことを・・」
ソルトが口を押さえ、遠くからその様子に息を飲む。

どうしよう、このまま車に走ると少佐の部下に車の場所を知られてしまう。

89を置いてここで戦うべきか考えあぐねて動揺した。

『ソルト、そのまま走れ!』

頭の中に、サンドの声が響く。
「サンド」
『お前は戦うな、そのまま来るんだ。無事に帰ることを優先しろ』
「・・わかったよ。」
ホッと息をつき、かすかにうめき声を上げた89を肩から下ろして腕に抱きかかえる。
「44・・もう・・僕を・・」
苦しそうに顔を歪める89が、微かに声を出した。
「大丈夫、静かに。」
ギュッと抱きしめて額を重ね、レックスに背を向けまた走り出す。
「待て!」
ソルトに気が付き追い始めた彼の前に、突然グレイが現れた。
「お前は!」
「気に入らないけどね、サンド達には借りがあるんだ。」
彼が向ける銃を、バンッと横から叩いてみぞおちに拳を入れる。
「ぐっ!」
よろよろ数歩退く彼の背後から、突風が巻いてくるような足音が駆けてきた。
「この間の仕返しぃ!」
バッと飛び上がったセピアが、ミニスカートからスラリとした足で蹴りを繰り出す。
「ちっ!」
ヒョイとそれを避け、レックスが後ろにくるりと回りもう一挺腰から小さな銃を取った。
「あっ!それ反則!」
パンパンッ!
乾いた音が響き、銃を向けられたセピアがとっさに手袋をした手で遮る。
「セピア!」
グレイの叫びにセピアが手を広げ、その手からパラパラと指でつぶされた弾が落ちた。
「セピアちゃん、一発芸〜」
ベエッと舌を出し、ニヤリと笑う。
「もう!ビックリさせて。」
愕然と苦々しい顔のレックスが、ギュッと銃を握りしめ下ろした。
「化け物め・・・」
これでは自分に勝ち目はない。
クッと唇をかみ辺りを見回す。
「あんた、レディを狙ってンだろ?」
「俺の心を読んだのなら知っているはずだ。志のない化け物どもに、語ることはない!」
「んまっ!凄く失礼だわさ。」
憤るセピアを前に、レックスが気配を感じてハッと振り向く。
「志なんぞクソくらえだ。そう言うお前の今の行動は、大佐の保身のためだろう。」
息を切らせるシャドウが彼の背後に立つ。反射的に銃を向けたレックスは、ガッと銃を持つ手を蹴られ平手を受けてよろめいた。
「うおっ」間髪入れず、足をすくわれ払われる。地に倒れた彼の肩を、ドカッとシャドウの大きな足が踏みつけた。
「良くも振り回してくれたな。お前のせいでレディアスがどれほど・・」
「くっ!」
レックスが、あいた手で腰のナイフを抜き振り回す。「うっ」シャッとスーツのすそを切られシャドウが思わず飛び退いた。
「シャドウ!」
「大佐の保身でも構わない!それが軍人という物なんだ!どけっ!」
隙を見て立ち上がったレックスは、ナイフを振り回しながらセピアに飛びかかる。
「アッ!」
「馬鹿野郎!」
「セピア!」
手を出すことを、ためらうセピアをナイフが襲う。ブルーが思わず力を振るってしまったと同時に、シャドウの発火能力で突然彼の身体が炎に包まれた。
「ぐああっ!!」
血を吐きながら地に伏して身もだえる彼の身体の火を、シャドウや駆けつけたブルーが慌てて上着で消した。
「うう・・ぐ・・」
胸を押さえ、ぐったりとしたレックスの襟首を、グッとシャドウが掴む。
「少佐はどこだっ!」
シャドウがガクガク揺り動かすたびに、レックスは口から血を吐いた。

「やめろ!」

一喝され、皆がその声に振り向く。
そこには少佐が1人、息を切らせて立っていた。
「少佐!あんたは・・」
「頼む、部下から手を離してくれ。」
銃身を逆に持ち、真っ直ぐに歩いてくると脇にいたグレイにその銃を渡す。
そしてひざまづき、レックスの顔を覗き込んだ。
ブルーが後ろで、額に手を当てる。
「ごめん・・いや、ごめんで済まないよな。
お、俺、疲れて力の加減が出来なかった。動きを止めるつもりで・・」
レックスの身体をブルーのサイコキネシスが襲い、動きを止めるつもりで衝撃波を与えてしまったのだ。
レックスは内蔵を損傷し、辛うじて即死を逃れて懸命に意識をとどめている。しかし、すでにその命は尽きかけていた。
「レックス・・」
「しょ・・少佐・・申し訳・・」
「よい、よいのだ。貴様が大佐と連絡を取っていたのは知っていた。」
レックスが、驚いて目を見開く。
そして顔を歪め、唇をかんで震える手を上げた。
「私は、あなたを・・裏切って・・」
少佐がその手を握り、そして首を振る。
「それでも。それが軍人なのだよ。レックス、よくやった。」
「大佐に・・」
「わかっている。」
「少・・佐・・もう・・し・・」
小さく唇が動き、フッとレックスの顔が緩んで身体から力が抜ける。
大きくため息をついて少佐は彼の額に手を置き、そして目をふさいでうなだれた。
「あんたの片腕か?」
「そうだ、3年目になる。ずっと付いてきてくれた。」
「でも大佐のスパイじゃん、だまされちゃってバカみたいだよ。」
「だましたんじゃない。それが上の命令ならば、逆らうことなく優先させるのが軍人だ。
・・そう、教えたのは私だ。」
「少佐」
ブルーが彼の横に立つ。
そして目を閉じた。
「彼の心を、伝えようか?」
死ぬ間際、ブルーの頭に流れ込んだレックスの心を伝えるべきか少佐本人に問う。
しかし少佐は小さく首を振り、その場に立ち上がった。
「その時の心をさらすことが真実ではない。その奥には無数の感情が枝葉のように絡まっている。お前達テレパスにもつかめないその複雑な真実は、私の胸にはすでに届いている。
お前の言葉は無用だ。」
「そ・・か、わかったよ。」
うなだれるブルーの肩を叩き、シャドウがグレイから少佐の銃を受け取る。そしてくるりと回し少佐に差し出した。
「銃は返すよ。レディは救い出されたらしいし、あんたをここで捕まえても上がもみ消すだけだろう。」
「そうだな。私は何も話さない。背後を調べて何がわかろうと、大佐にまで害が及ぶ前に大佐が動くだろう。
君達も、レックスが死んだ以上はただでは済まん。」
不安な顔でセピアがブルーにしがみつく。
シャドウが眉をひそめ、そして少佐を見据えた。
「今度は脅しか。どこまでも腐ってるな、人間って奴は。」
「いかなる状況でも、クローンは人間を殺してはならない。レディの心配する前に、自分の身を心配することだ。
お前達はたとえ人間のように暮らしても、実際はクローンに準ずる。」
「でも!ブルーはあたいを助けようとして・・!」
「いかなる状況でもだよ、セピア。お前は甘い。上はお前達を利用する機会をずっとうかがっているんだ。相手に隙を作るな、レディアスの二の舞になるぞ。」
「あんたに言われたく・・ないわさ。」
少佐がレックスの身体を抱き上げ、そして歩き出す。
「少佐、これからどうするんだ?」
「私にはやることがまだある。・・やることが。」
つぶやきながら、前を真っ直ぐに見据えてその大きな覚悟が見える。
「レディは・・」グレイが問いかけ、立ち止まり振り返ることなく答えた。
「もう彼を使う事はないだろう。大佐がどういう命令を出していたのか知らんが、レックスが命を狙っていたとしたら、今までと同じようにはいかんだろうな。
お前達も一旦持ち場に帰り、あとはデリートの指示に従うがいい。大佐のお考えがどう変わるのか私にも見当が付かん。お前達の管理はデリートと研究所に任せてあるが、その上にいるのは大佐だ。
じゃあな・・」
また歩き出す先に彼の部下が数人見える。
彼らは兄弟をいちべつして、少佐の元へ駆け寄っていく。
やがてその姿が消えるまで、兄弟は追うことも忘れ見送っていた。


89を抱いたソルトが、辺りを警戒しながら車に飛び込む。
すでに運転席に移っていたマリアは、彼の乗車を確認するなり車を発進させた。
「局長は?僕は途中別れて・・」
ソルトは89を横たえ、サンドと抱き合いキスをして無事を確認し合う。
「局長は単独行動にはいる。俺たちはこのまま退却さ。仕事は終わった。」
「大丈夫?」
「ああ」
サンドはすでに疲れ切った様子で、隣に座ったソルトに倒れかかる。
「連れてきた奴はクローンかね?」
「はい、毒にやられたようで・・」
ソルトが後ろを振り返る。
横たわるクローンとレディアスを見て、ハッと目を見開いた。
ショートだけが、シーツをかぶせられて点滴を外されている。
「サンド、ショートは?」
「死んだよ、馬鹿な奴だ。」
「なんて事、あの子はまだ、先日保護されたばかりなのに。」
「一体何人こいつのために死ねばいいんだろうな。こんな半端に生きてる人形のために。」
走る車の中、グレイが立ち上がりショートの元へ行く。シーツをめくり、穏やかな死に顔を優しく撫でた。
気が付くと、レディアスがじっと横たわるクローン達を見ている。彼らがなんのために命をかけたのか、わかっているのだろうか?
ソルトはその無表情さにカッとして、彼の腕を掴んだ。
「この子にありがとうって言った?あなたを捜しに出たこの2人の、サポートをして命を落としたんだよ。この子はこれから自由になるはずだったのに。」
レディは無言でまた目を閉じる。
「何か言ったら?!あっ」
叫んだとき、車がカーブしてソルトが思わずレディに倒れかかる。しかしその首に微かに首を絞められたあとを見つけ、ゾッと冷たい物が背を走った。
「ソルトやめろ、彼のせいじゃない。人間に振り回されたのは、彼も同じなんだ。」
マリアが運転しながら話す。
それはわかっているのだ。でも、なんて後味の悪い、救いのない結果なのか。
「くっ」ギュッとレディの襟首を掴み、突き放して横の89を覗き込む。
すでに意識のない彼の手を取り、頬を撫でた。
「ドクター、この子毒にやられているらしいんだ。お願い、救ってあげて。」
「毒か、ラボに帰らねば分析のしようがないな。運に任せるしかない。間に合わなかったら諦めろ。」
「運なんて・・クローンの僕らに・・・」

「ソル・・ト・・」

消えそうな声で、目覚めたアリアがささやく。
「何?アリア、苦しいの?」
「彼に、力を、貸してくれる・・って。大丈夫・・」
「誰が?」
「昔の・・クローン達・・それで、もう・・・」
アリアは耐えかねたように、スウッとまた眠りにはいる。ソルトは眠る彼にうなづき、頬を撫でた。
「アリア。そう、誰かが・・誰かがいるんだね。」
それが誰かはわからない。
でも、同じクローンの残留思念か亡霊だろうか。
「誰でもいいんだ、お願い救ってあげて。」
ソルトは89の手を力強く握りしめ、そして座席に戻り疲れ切ったサンドの身体を抱く。
サンドがホッと息をつき、ソルトにもたれながらつぶやいた。
「そうか、この妙なざわつきは、昔死んだ奴らなのか。」
「感じるの?」
「俺じゃない、アリアの中だ。強い思いを残して死ぬと、これほどのパワーを残すのか?」
「苦しんだんだよ、きっと。」
「いいや、思いさ。生きる者達への羨望と人間達への恨み。そして・・・希望。」
「クローンにも、そんな感情があるんだ。」
「でも、誰かの希望の思いが一際強いらしい。それに惹かれてみんな付いてきている。だから、この精神体全体はひどく清浄なんだ。」
いろんな感情が交ざっていても、それさえも包み込んで気にならなくしている。
暗い思いは穏やかに、落ち着いて希望という思いを見つめていた。
それはゆらゆらと心配そうに、今のクローンを見守っているように。
「希望・・・自由という名の、クローン達の願い・・・」
「ああ、今の俺たちを見て、どう思ったんだろうな。」
ソルトがそっとサンドの頬にキスをして目を閉じる。
レディはそんな寄り添う彼らの様子を見ながら、痛む胸を押さえた。

ダッド・・
ダッド、そばにいるって言ったじゃないか。
ダッド、寒いんだ。

救われたという気持ちは浮かばない。
なぜこうして生きているのか、局長はなぜ自分ではなくあの女を撃ったのだろう。
何もかもが宙ぶらりんで、はっきりとしなかった。このまま少佐は自分を放っておくはずがない。暗殺計画を知る限り、命を狙うかまた監禁されるか。
まだ全ては終わっていないと言う気がしながら、精神的な疲れから睡魔が襲ってくる。
そう言えば、ろくに眠っていない。
顔を横に向けると、アリア達が眠っている。レディは少し感覚が戻ってきた手をズルズルと伸ばし、ショートの髪を指に絡めた。

クローン達は、どうしてこんな自分のために命をかけるのだろう・・

わからない問いに、誰か答えてくれるのだろうか?
レディはショートの頭を指で撫で、そしてゆっくりと目を閉じた。






じっと、ショートがレディアスを見下ろす。
赤い瞳をまん丸にして、物珍しそうに覗き込んだ。

れ、で、あ、す?

レディはなぜか金縛りにあったように身動き一つ取れず、まばたきをして返す。
ショートはニッコリと微笑み、隣に立つ美しい女性のクローンを見上げた。
いつ会ったろうか、見覚えのあるその女性は無言でうなずき、ゆっくりと腰を下ろしてレディの頬を撫でる。
しかしその手はひどく薄く、透明に近い。
女性は口を動かし何かを告げて、立ち上がりショートと手をつないだ。

ね、会えて、生きてて、よかた
とても、やさしい、いい子って

ね?しあわせ、にって

ショートがたどたどしく通訳のように話し、女性と顔を見合わせうなずいて、くるりと背中を向ける。

ばい、ば、い

2人手を振り、そして遠く微かな光に向かって消えていった。




ハッと目が覚め、目を開ける。
まわりの景色がひどく潤み、目から水があふれ出る。
胸が熱い。
夢に出たあの女性。
あれは・・

旧カインであの生と死を分けた車に、背中を押して乗せてくれたあの・・・

名も知れぬ、元より名など無いクローン達。
やさしくされたことはなかった。
生きること、それだけに必死だったから。
でも・・・
助かって、みんな恨んでると思っていた。
なぜ生きていると責められて当然だ。
しかしあの人は・・・少なくともあの人だけは。

涙が流れ、胸を熱くする。
悲惨なあの状況下で、苦しみ、絶望しながら命を落とし、それでも彼女は言ったのだ。

生きていてくれて、良かった。

翌々日夕方、管理局正面には次々と軍の輸送ヘリが降り、中からは武装した兵がバラバラと駆け下りてきた。
兵は隊長の指示に従い、建物を包囲するように散って行く。
やがて隊長がコートをひらめかせて兵を率い、ロビーへと続くロータリーに入って行く。
そしてパスがないと入ることの出来ない自動扉に、数人の兵が銃を構えた。

「あー!あー!えー、お待ちくださーい!」

突然、拡声器からの声があたりに響く。
ハウリングがピーガーーッと鳴り響き、兵の緊張が削がれた。
「お待ち下さい、どうかお手柔らかに。管理局は軍の方もウェルカムでーす。」
扉がスッと横にスライドして開き、拡声器のマイクを握ったミサが、ブライスと供に現れた。
ウインクしてグイッと大きな胸を持ち上げる。
そのふざけた格好に呆れて首を振り、ブライスが隊長の前に歩み出て敬礼した。
「自分は一般管理官のブライス・ロッターマインであります。彼女は事務方の部長です。今日は何か?」
ちらりと2人を見て隊長が一つ咳払いし、顔を上げた。司令はまだ40代に見える。しかし偉そうにヒゲを生やし、それがまったく似合わない。
敬礼で返し、神妙に話しを始めた。
「私はエリンスト・ロウ少尉だ。デリート・リー局長はおられるか?」
「不在だ。局長は有給休暇中なのでね。副局長は支部勤務だし、我々がここは預かっている。用は?」
ブライスが腕を組む。
階級を聞いて息をついた。
これだけ派手に兵を連れてきて、少尉はないだろう。管理局は階級をほとんど意識しないが、ブライスだって軍の階級は中尉なのだ。
ずいぶん舐められているなと、ホッとするよりムカついた。

少尉で十分というわけか?局長無しだと管理局も舐められたな。

「局長室の捜索と管理局本部を一時閉鎖せよと命令を受けている。幹部には出頭願おう。」
「閉鎖?それはまた大事だな。容疑は?」
「13コロニー大統領暗殺未遂容疑だ。管理局本部全体が組織的に関わった容疑がある。幹部以外の職員は自宅謹慎、今後指示があるまで一切管理局本部への出入りを禁じる。」
「くだらねえ、大統領暗殺して俺たちになんの得がある?で、なんで本部閉鎖なんだ?管理局全体の仕事に支障が出るだろう。わかってるのか?」
「今回の問題について局長、そして管理局の関与の調べがつくまでだ。とにかく指示に従って貰う。抵抗するときは発砲許可も貰っている。」
ブライスがミサと顔を合わせ、呆れてヒョイと肩を上げて背中を見せた。
「幹部の考えてることなんて、俺たち下っ端には良くわからねえな。まあ、好きにするさ。捜索でもなんでも、さあ、どうぞ。」
道を空けて2人でお辞儀する。
「ご協力感謝する。おい」
少尉の指示で兵達は銃を納め、玄関へと向かう。

「しかし!」

ブライスが、一歩足を踏み入れようとしたその背中に声を張り上げた。
「閉鎖までして、容疑が晴れたときはタダで済むと思うな。」
少尉が振り向き、息を飲む。
しかし、彼も指示の元で動いているのだ。
何も言えず敬礼で返し、中へと入っていった。

少尉はデリートの部屋に向かい、他の兵達は中を捜索し始めた。
彼等は通信記録とコンピューターのサーバーに残るデーター、パソコンのデーターなど全て持ち出そうとしている。
管理官室ではまるで捜索の手が回ることを予想していたように、中にはミニー達数人が残ってニッコリ兵達を迎え入れ、大人しく従った。
「これから捜索にはいるので、全ての器機に触れることを禁じる。全員入り口に立て。」
「了解。」「りょうかーい。」
ブラブラと、ため息混じりで入り口に立ち見守る。ミサがキャスを見て、2人でミニーをちらりと見ると、他の管理官と供にミニーも指を立てた。
「なんだ?」
兵の一人がパソコンにふれ、ふと声を上げた。
「どうした?」
「これ、データーがないぞ。全部消してある。
こっちも、このパソコンも、なんだ?通信記録もない。」
「ロックがかかっているんじゃないのか?」
「違う、全て初期化してあるんだ。綺麗に掃除してある。」
くるりと振り返り、見守っていたミサに兵が詰め寄る。
「データーはどこだ?!ホストコンピューターは?!」
「あら、どこも似たり寄ったりですわ。」
「極秘情報もあるのに、簡単に渡すわけ無いじゃない?ダミーじゃないだけ良心的でしょ。ホホ・・」
ミサとキャスがバカにするように笑った。
「貴様らーー・・・」
兵達の顔が真っ赤になって、1人が銃に手をかけ他にいさめられた。
「つまり、協力しないと言うことか。連行されることになっても?」
威圧感を与えるように、兵の一人がミサの前で腕を組んだ。
「おい、やめろ。」
ミニーがミサの前に出て、兵を胸で押す。手を出すと、何を理由にされるかわからない。
「ここは俺たちのテリトリーだ。全ての情報をハイハイと出すわけ無いだろう。そっちが強攻策をとるなら、こっちにもそれ相応の対応をするだけだ。関係ないことで家捜しされても迷惑なんだよ!」
ギリギリと、兵と管理局の面々が火花を散らす。
そしてそれは、どの部署でも同様のこと。デリートは大佐の関わりとレディのことから、これを憂慮して早くから全ての部署に指示をしていた。







「これは?一体どういう事だ?」
一方、少尉はデリートの部屋に向かい、中へ入ってガランとした室内に愕然として、どうしようもなくブライスを振り向いた。
「局長の私物一つ無い。なにも。」
「さあね、局長は日頃から持ち物が少ないんだ。それに警戒心は普通の人間の3倍はあるね。休暇なんて滅多に取らない人だが、休暇を取るときは一切の物が消えるんだ。どこか隠し金庫でもあるんじゃねえの?」
「ふざけないで貰おうか。あなた方が隠したか隠匿したんだろう。」
「好きに探しなよ。俺らは犯罪者扱いされていい迷惑だ。これ以上協力する気はないね。」
「拘束して構わんとの命令だが。」
「好きにするがいいさ。しかし俺らも軍の一部だ。忘れないで貰おうか?」
「こっちも命令なのでね。」
じっと2人睨み合う。
しかし状況の変わらない今、少尉は管理官達を見回しため息をついて兵に手を挙げた。
「わかった。では、一旦全員を拘束させて貰う。
おい、各班はそれぞれ担当部署の局員全員を確保し会議室に誘導しろ。管理官、および役職にある者には手錠をかけるように。ここは管理局だ、実戦に慣れた奴ばかりだ油断するな。」
合図を待ちわびたように、兵がミサ達のボディチェックをはじめた。
「結局さ、黒幕に手が出ない軍の、一般人に対する見せかけの犯人扱いじゃない?これって。」
ミサが吐き出すように言うと、兵が銃口を鼻先に向ける。その銃口に、ミサとキャスがヒッと縮み上がった。
「黙れ、私語を禁じる。速やかに指示に従え。」
室内に、手錠をかけられる音が響く。
やがてすべての管理官が後ろ手に手錠をかけられ、全スタッフは一つの部屋に集められていった。
廊下でブライスやミニー達が顔を合わせニヤリとほくそ笑む。
肩を合わせ、ポソリとささやいた。
「間に合ったか?」
「ああ」
「時間稼ぎになるのかね?」
「さあ、バアさんの読みに間違いがなければ。」
「ウサギ役はたまんねえな。」
「くだらねえ」
2人、クッと笑う。
朝の新聞に踊った記事。
それは実際に起こったテロの横に小さく、軍の大物幹部を訴えると騒ぐ1人の女性の涙に暮れた写真だった。
事の派手さに疑惑の浮上は予想できても、訴えられる事は予想に反していただろう。が、状況にあまり代わりはない。
一応管理局のトップである、大佐へのクッション役に、この管理局に手が及ぶのはわかっていた。
局長がどう動くのか、命運は彼女次第と言っても間違いは無かろう。
こんな馬鹿なことに巻き込まれ、大佐の下で働く不運を呪いながら、彼らはため息混じりに兵達に従って歩いた。


信号が赤に変わり、並ぶ車が一斉に止まる。
車の中で、マリアがバックミラーを動かし覗き込んだ。
研究所から一旦街中へ出て、それでも後ろに白い車が1台。間に2台置いて止まっている。
「しつこいねえ。いい兵隊だよ。」
ため息をつき、窓を開けて外の風を入れた。
まだ日は高いが、もうしばらくして日が落ちるとサスキアは急速に気温が下がり出す。
今日は曇って日中も過ごしやすい方だったので、街も人通りが多いようだ。
その中でひときわザワザワと人の多さが先の方に見えて、窓から顔を出した。

『ヴァインの教えを信じ、人々の幸せを願いましょう』

大弾幕を張って、白装束の団体が道行く人にチラシを配っている。
やがてポリスが数人来て、立ち退くよう注意を始めた。

ブッブーッブー

後ろからクラクションを浴びて、信号を見ると青に変わっていた。
車を発進させ、白装束とポリスのもめ事を横目に通り過ぎる。
「ヴァインは確か、本部支部すべてが家宅捜索を受けたはずだが・・・また勢いを増してるのか。
このご時世だ、宗教にでも頼らなければ不安なのかねえ。さて、それよりも・・」
角を曲がれば白い車も角を曲がる。
「鬱陶しいこと。」
時計を見て、ホテルの駐車場に入った。
「お客様、キーをお預かりします。」
「お願い。」
キーを渡し、駐車カードを受け取り車を降りてコートを持ち、ホテルへ入る。
ロビーに向かい、ちょうど閉まりかけたエレベーターに飛び込んだ。
「こっちだ・・・しまった!エレベーターに乗ったぞ!」
マリアをつける、男が2人慌てて隣のエレベーターのボタンを押す。
「どうする?」
「巻かれてはまずい、ここで待つしかないか。他に出口は?」
「聞いてくる。」
1人を残し、カウンターへ1人が向かう。
その頃マリアはエレベーターを3階で降り、ホテルの非常階段を出て駐車場へと向かっていた。
駐車場は、出口が2カ所。
無人の方を選び、カードを差し込むと1分もたたずに車が現れる。
「さて、これで巻けたかな。」
乗り込み、郊外へ向かって走り出す。
あの白い車は追ってこない。
「新人かな?運が良かったのかね。」
何となく独り言をつぶやき、マリアの車はひっそりと先を急いで走り去った。

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