桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

カインの贖罪  闇の羽音

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自分のクローンに出会ってから、レディアスは激しく精神的に憔悴していた。
何も理由が見えない中、彼のクローンの秘密を求めて軍の追求が更に彼を追いつめる。
それから逃れるようにセピアとブルーの元へ外地に旅立つが、そこでは遺跡を巡り「ヴァイン」という新興宗教とトラブルが発生していた。

 コン、コン、コン・・・

爽やかな若草色をした革張りの大きなソファーに座り、木製の杖が近くにある大きな壷の縁を叩く。
その壷はカインでも滅多に見ない大きさで、どこかしら他の星から仕入れた壷らしく、オリエンタル風の優雅な雰囲気の繊細な文様からかなり高価な品だと推測される。
色とりどりの花と蔦の中に、美しい鳥が大きな羽を広げて舞っている図柄が、その美しさを引き立てている。
見る物は皆、綺麗だ、立派だと誰もが溜息をもらし、持ち主もさぞ満足であろう。
ずっしりとした暖炉を配し、グリーンで統一されたこの優雅な居間の美術品としても、壁に掛かる美しい花の絵画と美しさの上で調和している。

しかしこの、杖を振り回す男は違うようだ。

男、と言うには若いかも知れない。
狡猾そうな表情だが、やや幼さが残り体つきも小柄なことから、まだ15歳前後に見える。
しかも、この壷に引けを取らぬ美しさは、誰もがハッと目を奪われるだろう。
クスッと首を傾げると、やや長めの金髪が日の光を反射させながら、さらさらとこぼれるように頬をくすぐる。
耳元には大きなリングのピアスが刃物のような光を放ち、ちらっと視線を上げたその瞳は、薄いブルーが透き通った輝きを放ちながら、意地悪そうにほくそ笑んだ。

「さあ、どうしてやろうか・・」

壷の縁を叩きながら、何を考えているのか。ただ、じっと見ている内に叩き壊したい気持ちが沸々と沸いてきたのは、その壷を見る顔つきから容易に見て取れた。
美しく、羽を広げて飛ぶ鳥が誰かに見えてくる。

借り物の羽根で飛ぶ、ペテン師の鳥め。

コン、コン、コン・・・

この大きな壷が粉々に砕け散る様は、さぞ気持ちのいい物だろう。
「ふん、」
ヒュッと杖を天上に向けて振り上げる。
それを振り下ろすと、この美しい鳥は粉々に砕け散るだろう。
しかし、壊れるからこそこの壷は美しくもあるのだ。

儚い美しさ・・砕け散る、その一瞬の輝き・・・
うっとりと、杖を掲げたまま壷の鳥に見とれる。

「フフフフ・・美しさとは、か・・・」

カチャン

ドアが開いて、一人の中年の男が入ってきた。

「わあああああ!!」

杖を振り上げた彼を見るなり、血相を変えて壷に飛びつく。
しかし、壷はかなりの重量があって、一人で動かすのは困難だ。身を挺して杖から庇うように抱きつき、キッと彼を睨み付けた。

「何をなさいます!これは地球産の大変貴重な古代遺産ですぞ!」
「へえ、」
「フリード様!この部屋の物、壊していただいては困ります!それだけは、それだけは必ずお守り下さいませ!」
「ふん!」

フリードと呼ばれた少年が、ようやくゆっくりと杖を降ろして膝に置き、もう感心がないのか、明後日を向いて忘れたように大きな欠伸を一つ。

「ふああああ・・ああ、退屈だ。
動きが取れないと、こうも退屈かね。」

ようやく感心がそれてホッとしたのか、中年の男は壷を背に立ち上がり、フリードに愛想良く笑いかけた。
「仕方がございませんな。足が治るまでの辛抱でございます。
車椅子で外を散歩されてはいかがでございますか?気分も変わりましょう。」

「外に出ても、周りにあるのは山と森じゃないか。こんな田舎で何をする?
そうだな・・今度、サスキアに行ってみようか?」

「サスキア?!馬鹿なことを!あそこは管理局本部がありますぞ!
特別管理官と同じ顔を持つあなたが、自身で気を付けて頂かねば我々もとても・・」

ギロリとフリードが男を睨み付ける。
そして杖を男の鼻先に突きつけた。

「あれと私が同じだと?あんなスレて下品で下卑た男と一緒にするな!
私は生まれ変わったのだ!永遠の命と美しい肉体は不滅の物!
あんな貧相な奴と同じ扱いを二度とするな!」

「しょ、承知しました。申し訳ございません。」

ギリギリギリと唇を噛みしめ、同じだと言われることがこうも不快だとは思わなかったとイライラが募る。
「あの時、この手で縛り殺せば良かった!」
「まさかあれで生き残るとは・・最前線のクローンに放り込んで、生き残るのは至難の業でしたからな。
補給もほとんどなく、ほぼ見捨てられた状態でどうやって生きていたのか、私にもとんと分かりません。」
「そうか・・」

杖で、男の頭をコンコンと叩く。
そして美しい顔を奇妙にゆがめて、苦々しくも楽しくてたまらないように笑った。
男の背に、ゾッと冷水が走る。

「そうか、あいつの処理はお前に任せたんだったな。金のかかったあいつを、とことん利用して殺そうなんて考えたお前の、これは何だ?」

男の心臓が、ドキドキと苦しくなる。
やはりこの人は昔と変わりない。
入れ物が変わっても、たとえ何百年眠っていても、まったく変わっていないのだ。
クッと、男に笑いがこみ上げる。
そしてニヤリと不気味な笑みを浮かべ、フリードの前に跪いた。

「御身への、余興でございます。」
「はっ!余興か?・・・・それはいい。
また、切り刻んでやろうか?今度は首を落とすのを忘れないようにしないとな。」
「まことに・・」

クックックックック・・
フッフッフッハッハッハッ!・・

笑い会う二人の声が、部屋を突き抜け薄暗く広くて長い廊下にまで響き渡る。
そこには2人のグレイと同じ顔をした少年が顔を見合わせ、そして後からブルーの顔をした青年が2人の下へ歩いてきた。



 ピーチュチュン!チュン!
早朝、管理局の中庭の木に、沢山の小鳥が集まっている。
調理師のミンが、時々こうして残ったパンをミキサーにかけ、小鳥に分けるのだ。
白衣を脱いで私服姿のミンは落ち着いたおじさんルックだが、本人はお洒落のつもりらしい。

「よう!鳥ジジイ!また局長に怒られるぞ!」

通りかかったグランドが、中廊下のドアから顔を出し、おはようも無しに意地悪く声を掛けた。
グランドも派遣されるときは目立たぬように私服だが、本部に帰るとジャケットだけは軍のジャケットを羽織る。
しかしこのジャケットも用があるのは朝夕だけだ。昼間はグンと気温が上がって結局シャツとジーパン。
この管理局で私服でうろうろしているのは特別管理官ぐらいだから、余計目立つかも知れない。
しかし、彼らだけは何故か私服が許されているのだ。そして特筆すべきは、軍にいて階級のない、「特別な」軍人でもあった。

 「誰がジジイだよ!俺はまだ45だぞ!」
ミンが整髪料でなでつけた髪をピッとかき上げて手を上げる。

「ジジイじゃん!面白そうだな、俺にもやらせろ!」
「やだね!これは俺の楽しみ・・あっ!」

返事も聞かず駆け寄って袋からパンくずを一握り取ると、思い切りぶちまけた。
バタバタバタ!!
鳥が一斉にグランドに寄ってくる。

「わああ!ぎゃははははは!」
「ちぇっ!くそう!やけだ!」

はしゃぐグランドを横目に、ミンも袋の中をぶちまける。

ワンワンワン!!

「あ!クロまで来た!今度は犬ジジイだ!」
遠くから、通信担当官のヨーコが飼っている黒い犬のクロまで走ってきて、一緒にパンくずを拾い出す。
犬と鳥とのパンくずの取り合いを眺めながら、グランドが楽しそうに笑っている。
ミンがじっとその横顔を見て、しんみり話しかけた。

「なあ、グランド。」
「んー?」
「お前も大変だな。」
「何が?」
「そりゃあ・・」

何がって聞かれるのもおかしい話しだ。
大変そうだから大変だな、と声を掛けたつもりなのに、つまり、本人にしてみれば、そう大変ではないのかも知れない。

「ふふふ・・レディアスだろ?」
何だ、わかってるんじゃないか。
「ああ、綺麗な奴だけど、難しそうだな。」
「そうでもないよ。一緒に暮らしているとさ、色々あるのは誰も当たり前さ。」
「そうないと思うけどなあ、そんなものかな?」
「そんなものさ!何にも悩みのない奴なんて、誰もいないだろ?
じゃな!行かないと局長にまたどやされる。」

ポケットから身分証明と鍵を兼ねたカードを出して、ドアに向かう。
ドアは厳重な自動ロックで、カードと暗証番号が必要なのだ。
中廊下から本館へ入る間にも、同じく頑丈なドアがある。

「うん、じゃまた。
・・・グランド!うまい飯作るから!昼飯楽しみにしてろ!」
「おうっ!」

グランドがドアの向こうで、元気に本館へ向かって走る。
ミンもその背中にがんばれよと拳を振って、調理室を目指し歩き出した。



 タッタッタッと小走りで、行き交うスタッフと挨拶をかわしながら管理官室へと向かう。
資料室の多い5階建ての、官舎としてはあまり大きくない建物だが、別館にスタッフの食堂(郊外で何も無い所なのだ)と隣にはヘリと小型輸送機の発着場に整備工場があり、やたらだだっ広い。
クローンの管理も任されているのでクローン研究所との兼ね合いもあり、部署が細かく広がってさすがにスタッフが多い。
一応ここが管理局本部なので、各地の管理局支部の総元締めだ。
サスキアでも貧相な建物だが軍の一部だけあって、いかにも軍人らしいがっしりした男が多く、派遣の多い管理官達や対クローン要員の部隊も、デスクワークに溺れるよりもまずは訓練とジムでの基礎体力作りに追われていた。

 「よう、グランド。局長が呼んでたぜ。」

管理官室のドアに手を掛けたグランドを、後ろから一般管理官のダイブが呼び止めた。
筋肉お化けの彼は見かけに寄らず気が優しくて、グレイと同じクローン擁護派だ。
バッタリ出くわしたクローンを、恐怖で撃ち殺すことしか考えない人間の手から数人救ったことがある。
おかげでグレイと気が合うので、一方的にシャドウがライバル視している男だ。

「ちぇっ、またか。俺、何かしたっけ?
まさか派遣とかじゃねえよなあ。」
「そりゃ無理だろ?相棒のゲッソリしたツラ見れば、どっか行けなんて言えねえさ。」
「まあね。」
「なあ、終戦記念日のパーティどうする?
式典に、出られるのか?あいつ。」
「ああ、そんなのもあったっけなあ。」
「だああ、これだよ、おい。」

ダイブがオーバーに大きな溜息をつく。
その日を忘れるなんて、やはりグランドも疲れているとしか思えないのだ。
カインの終戦記念日は、軍関係者には最大のお祝いでもある。あの泥沼化していた、「カイン戦争」終結の記念日だ。
つまり現在のカインの慣習として、平和を守る軍人にとっては年に一度のねぎらいと感謝の日なのだ。
衛星通信を使っての、各地で一斉に記念式典を行い、夕方からはちゃんとパーティーもある。ケチな軍が、この日だけは盛大に行ってくれる貴重な福利厚生の日だ。
これだけが楽しみでがんばる、なんて貧乏性な奴(ブルー)もいる。
レディアスが体調を崩す前までは、確かに自分としても楽しみにしていた。

「記念日にはお偉方も来るぞ。軍服に穴開いてないか、良く見とけ。お前等軍服なんてタンスの肥やしろ!」
「そうだなあ、この日しか着ねえ。」

彼らが言う軍服は、正装だ。式典用で、滅多に着ないのでもったいないと思う。

「俺もよう、昨日見たら丁度ケツの所をネズミにやられてたんだ。事務に言ったけど、支給が間に合うかわかんねとさ。で、途方に暮れてる訳よ。」

ヒョイと肩をあげて、ワハハハと笑い飛ばす。
全然途方に何か暮れてねえじゃん。

「おっと、早く行けよ、怒られるぞ。グランド!あいつにもっと美味い物食わせろ!」
「けっ!誰に言ってる!食わせてるよ!」

彼が片手をあげ、くるりとジムの方へ走って行く。
ダイブはいい奴だから、グランドも好きだ。
しかし、やたら彼はレディアスに馴れ馴れしすぎるので、ちょっと不安なのがたまに傷だ。
何となく、彼とグレイの間を心配するシャドウの気持ちも分かる。
いい奴だが、彼は残念なことに、すでに同性と結婚もしている「ゲイ」であった。

 4階の通信室2つとコンピューターがドンと据えてある部屋を挟んで3つ隣の部屋が局長室だ。
管理局全体の大ボス。
誰も逆らえない恐怖のおばさん、デリート・リー局長だ。
飾りだけで誰もいない秘書室を抜け、局長室のドアをコンコンとノックして、返事も待たずにガチャリと開ける。

「ちわーっす!」

入ってみると、局長は電話中だ。
ピッと局長が、眉間にしわを寄せてソファーを指さす。

「ヘイヘイ、待たせて貰いますよっと。」
ドカッと手前の応接セットのソファーに座り、勝手にくつろいで電話が終わるのを待った。

「・・・・じゃ、そのようにお願いするわ。
ええ・・ええ、そうね、じゃ・・」
ピッと、ようやく電話が終わったようだ。

「グランド、それで、どうなの?」

いきなりおいでなすった。
一息置くとか全くない。いつだってこのおばさんは単刀直入だ。

「どうなのって・・・俺に聞かれてもお・・」
こっちだって単刀直入に困る。
しかし、そんなヤワな返事で満足する局長ではなかった。

「さっき、本人とも話したわ。現況の原因がなんなのか、相変わらず何にも話そうとしない。
もう2週間たつのよ!
ただでさえ痩せてるのに、あれは何?
ちゃんと寝ているの?
あのツナギはセピアのを借りているんでしょう?いつものジーパンはどうしたの?」

「えー、それはおわかりの通りで・・いいじゃないすか、着る物くらい・・」
「なんですって!」
「いや、あの!ちゃんと食ってるような、ちゃんと寝ているような・・
まあ、今んところ吐くのは減りました。」

局長が大きな溜息をつく。
なぜセピアから借りたダボダボのツナギなのか、理由は簡単だ。
ジーパンが合わないのだ。
酷く痩せて、それが余裕の出来たジーパンでは余計に強調されて貧相な上に病的だ。

「このサスキアで、昼間からあんな格好していたら、目立って仕方ないわ。
とにかく、あの栄養状態では仕事もやれない。
休んだ方がいいなら休みをあげるから、何とかしなさい。」

「休まない方が、あいつには張りがあっていいと思うけど。
何とか2,3日前からは飯がのどを通るようになったし、夜も一緒に寝てもびくつかなくなってきたし。」

「あなた達!まだ一緒に寝ているの?
子供じゃあるまいし!いい加減にしなさい!」

グランドがスウッと視線を外してそっぽ向く。
「別にいいじゃん、くっついて寝てたって。」
「グランド!」

どうしてわからないんだ!このおばさんは!
ガタンとグランドが立ち上がり、カツカツ足音を立てて局長の前に立ち、ドンと机を叩いた。

「だってよう!あいつの身体が暖かいの、確かめてないと不安なんだ!わかるだろ!
気が付くとあいつ、ずっとナイフを握りしめてる。ビクビクビクビクして!
帰れば一心不乱にナイフを研ぐんだ。
あいつに何言ったかしらねえけど、頼むから追いつめないでくれよ!
苦しい苦しいって、身体中で言ってるのあんたには聞こえねえのか?」

ガタン!思いあまって局長まで立ち上がった。
真っ赤な顔で、グランドと顔をつきあわせる。

「わからないわけがない!
あの子がどんな目にあったか、私もおおよそは知っている!
でも、あのクローンがそれと関係あるなど私は予測が付かなかったのだ!
知っていれば絶対に行かせなかった!
これ程後悔したことは、無い!」

こうも感情的になる局長を見るのは、グランドは初めてで驚いて一歩引いた。
それ程自分達のことを考えてくれているのだ。
親代わり、と言っても過言ではない人だ。
何だか力が抜けて、グランドが肩を落としフフッと笑う。

「・・・そうか、だよな。
でも、あいつはそれを承知で行ったと思うんだ。それが、一つの試練なんだろうな。
過去を乗り越えるって奴のさ。
だから、今懸命に戦ってるんだよ。
とにかくさ、とにかくもう少し待ってくれよ。
何とかなると思うから。」

フウッと溜息ついて、ドスンと局長が座る。
時間が必要なのはわかっている。
しかし、こんな状態が続くのは見ていられないのだ。

「まったく、例の捕獲したクローンも黙秘してまったく話さないし、これじゃ捜査が進まないのよ。誰かが話してくれないとね。
捜査部の上層からは、レディに出頭を頼めないかって、何度も言ってきているのよ。」

「冗談!あいつは絶対駄目!」

「わかってるわ。あなた達のことは、軍の極秘事項にも関わるのよ。私の許可無しにそんな事させない。
でもね、それも時間の問題よ。」

「ゾッとするね。」
気が重い、上の奴らはまったくレディアスのことを理解してくれない。

「あの子もあの子だわ、きついだろうからと思っても休みはいらないと言うし、なるだけ安静にと思って書類整理をと言えば、どこかへ派遣してくれと言うのよ。何を考えているのやら。」

「へえ、あれで外地へ出るつもりかね。
ヘロヘロで倒れるのが落ちだろうによ。」
まったく、意地っ張りなんだから。
「それで?行かせるの?」

バンッ!局長が、思い切り机を叩いた。
この机もかなり叩かれ強いが、いつか壊れるだろう。

「バカ言うんじゃない!私はね!あなた達の命を預かっているのよ!行かせられるわけないでしょう!」
ヒステリックなツバ混じりの怒号を浴びせられ、ツツーッとグランドの足がドアへ下がる。
「でしょうね・・ははは・・」
「なんとかなさい!いい?こんなに精神状態が不安定になりやすいなんて、上に知れたら管理官から外されても文句が言えないわ!
とにかく食事!睡眠!じゅーぶんに!しっかりと!取らせなさいっ!いいわねっ!」
「へいへい。」
「へいじゃない!はいっ!」
「ほーい!しっつれいしまっす!」

バタンッ!

コラーッ!と、ドアの向こうで局長の叫び声が最後に聞こえた。
恐ろしい。
この部屋は、防音処理した方がいいと思う。
あのおばさんの声は、このフロアいっぱいに響くのだ。
これで部屋に戻れば、みんな何を怒られたんだ?と興味津々だ。
無人の秘書室を抜けて廊下に出ると、正面の壁により掛かってしゃがみ込んだレディアスが身体を小さく丸めて座っていた。

「あれ?お前何してんの?」
「・・グランド、怒られた?俺のせい?」

ゲソッとして影があり、妙に美貌が冴えている顔を上げて掠れた声で囁く。
腹に力が入らないらしいが、あれから数日間ひどく吐いていたので胃液で喉が荒れているらしい。
あんな格好と局長が言うのは、この真冬並みの厚着だ。寒い寒いと、昼間30度を超すこともあるこのサスキアで、昼間から冬用コートなのだ。やっぱりまともには見えない。

「いいや、あの人の声がデカイのはいつものことさ。だろ?
ほら、立てるか?きついなら医務室で寝てろ。」
「うん、大丈夫。仕事、するよ。」

貧血のせいで、めまいがするのかゆっくり立って、暫くその場にじっとしている。
誰が見ても、やっぱり仕事は無理だ。

「なあ・・」
「ねえ、グランド。」
「えっ!あ、何?何だよ。」

帰ろうと言うつもりが気配を感じたか、不意を付かれた。

「今日ね、帰りにこれと同じの買ってよ。
セピアにずっと借りてるの、悪いから。」
「え?!」こいつがおねだりも珍しい!
「ああいいよ、セピアのは女物だからな、胸がガバガバだし・・あいつよりお前が足長いか?足首出てるなあ。」
「へへ、胸はさ、セピアはぺちゃんこだからそれ程無いよ。」
「うひょーっ!恐ろしい、ンな事セピアに言ったら三枚に下ろされちまうぜ。」
「下ろされる前に、貯金使い込まれるかもね。」

クスッと笑って首を傾げる。
ようやく少し、冗談言える余裕が出てきた。

「あのさ、ほんとはね、ここ、この胸ポケットの刺繍がやなんだ。」

コートをはだけてみせる胸ポケットには、成る程ピンクのハートに「ラブマシーン」ときた。確かにこれじゃあ恥ずかしいだろう。

「あー、これじゃあな。
ところでさっきダイブに言われたけどよ、お前これじゃあ軍服合わないんじゃねえ?
元々大きすぎるだろ?」

きっちりとした正装は、身体に合っていないと凄くだらしなく見える。去年も一人、まるで借り物みたいで目立っていたのだ。

「軍服?んー、前に局長に言われて事務に行ったけど、あれ以上小さいのは特注になるって。あとはね、女物。でもその後面倒臭くて行かなかった。」
「女物?別に上だけでもいいジャン。やなの?別にスカートはけって言ってないっしょ。女物もズボンだし。」
「だってボタン逆だし、赤いラインが入ってるもん。やだよ。」
「ああ、そうだったかな。」

軍服は、紺色と黒との二色で色分けされたなかなか格好いいデザインだ。
紺色の生地に、襟や肩から前立てにかけてと袖口の返しを黒で色分けしてありすっきりとしている。
そして女性用には、この色分け部分に赤いラインが引いてあるのだ。

「あれはあ・・ンー、困ったよなあ。」

軍服に手を加えるのは禁止されているが、彼の気持ちを考えれば出来るだけのことをしてやりたいグランドだ。
式典まで、確かあと10日だったか。

「わかった、あとで俺が事務方行って相談してみるよ。
じゃあー・・・今日はお仕事がんばるべ。」

グランドは、彼の肩に腕を回して管理官室に向かいながら、出来るだけ早く自分たちにしか出来ない仕事を片づけて、しばらく休みを取ろうと決めていた。
 レディは自分のクローンと出会ってから、何とか自分を精神力で持たせている。
一体何がそれ程彼を苦しめているのか、グランドにはわからない。
彼は何も語らないのだ。
あのクローンが言った、「エディ」がどんな人物なのかもわからない。

怖くて聞けない。

ブラストの影響から目覚めてからも、兄弟以外の前では大丈夫と飄々としていたが、仕事から帰った後の自宅での凄まじさは、ブルー達他の兄弟がいてくれなかったらグランドも参っただろう。
それでいて、朝になると仕事にはきちんと出るのだ。
きっとそれで気持ちの張りが持ったのかも知れない。他人には、やつれて気味が悪いほどの変わり様を見せつけても。
どんどん心が疲れているのが手に取れる。
何かに打ち込んで、何かに抗っているのが良く分かる。
だからこそ、仕事を休もうと言えなかった。

 レディアスが、何か言いたげにスッと顔を上げてにっこり微笑む。
「なんだよ。」
グランドも、反射的に笑い返した。

「・・・・ぃつか・・話すから・・」

掠れて消えそうな声で、絞り出すような言葉だった。
「無理、すんなよ。」
「・・・うん・・」

彼の力無く頷く姿に、グランドは不安が走る。
いくら局長でも、軍の上層から何か言ってきたら止めることは出来ない。
知っていることを話して欲しいと言えば柔らかいが、調査部の取り調べは厳しいだろう。
結果が全ての彼らには、話すことの苦しさを決してわかってもらえない。

・・レディアスが壊れそうで恐ろしい。

グランドは、不安を吹っ切るようにポンと彼の頭を撫でて管理官室のドアを開けると、元気な声でデスクの皆に挨拶をした。


 サスキアから輸送機で4時間南下したこのダンドン村は、近隣の村も併せて非常に貧困が激しい。
以前、ここへ入植した人々がカイン移民局を詐欺で訴えた経歴まである。
つまり、こんなに痩せた土地なら買わなかった、来なかった、騙された!何も教えなかった移民局は詐欺だ!と言うわけだ。
その頃は結構、話題にはなった。
カインは痩せて荒れた土地が多く、移住して苦労していない者はいない。
しかしこの裁判も、とうとう結審まで村人が持ちこたえられなかった。
金が底をついたのだ。
まだカインには弁護士がいない頃で、よって隣のコロニーから呼び寄せなければならない、請求された莫大な報酬で集めた金はアッという間になくなってしまったのだ。
同情の声はあっても、何しろ移民当時はみんな苦しい。彼らに残されたのは、絶望と貧困のみだった。

 一帯はただただ荒野が広がり、降水量が極端に季節で偏っているために、夏の干ばつ期を迎えている今は最悪の状況だ。
しかもこのカインはどこへ行っても1日の気温差が激しい。ここはサスキアより少し南になるので、朝夕は10度前後だが、昼は40度を超える事も珍しくない。
保水力のない土地は、この時期カラカラに乾いて井戸からの水まきを怠ると一日で作物は枯れてしまう。
しかもどんなに耕し、肥料を撒き、出来るだけ間隔を空けて植え付け、十分に水をまいて丹念に雑草を抜いても作物は痩せて思うように収穫が取れない。
人々は色んな作物を植え、試してみたのだがさっぱり収穫は取れず、自分たちが食べる分で精一杯だった。

 ビュウビュウ風が吹きすさぶ中、大きな石に片足載せて周りを見回す。
「何もないじゃん。」

セピアがガックリ、小さな溜息をもらしてチーズ味の携帯食をもぐもぐと口にほおばった。
唯一緑に覆われる小高い山の麓には、辺りにはただ、石がごろごろ、雑草がポツポツ生えている。
枯れ木が数本立ち枯れて、その向こうに小さな家が3軒。真ん中に井戸があるが、この様子を見て水が出るのか心配だ。
まあ、水がなければ住めないだろうが、洗濯物が干してあるのを見ると、水は出るんだろう。

「何食って生きてるんだろうねえ。やっぱ、レディみたいなガリガリの奴が住んでンのかな。木の皮とか食ってさ。ねー、ブルー。」

呟く彼女は、相変わらず片足を短く切ったドピンクのツナギを着て、大きな荷物を背負っている。
今回は、野宿しなければならないので大きなテントを背負っているのだ。
村なのに、泊まる所がないらしい。

「いやいや、あっはっはっは!いいじゃねえか!何にもない素晴らしい所だぜ!行こうぜ!レッツらゴー!」

こちらもいつもより大きなリュック(もちろんほとんどが装備よりもセピアの食料)を背負った、ジーンズにアーミージャケットのブルーがルンルン、ステップを踏んでセピアを追い越す。

「なあんか、やな感じぃ。ねえ、記念日前にはちゃんと帰ろうよねー。」
「おうっ!あったりまえよう!フフンフンフン!」

溜息混じりのセピアをよそに、ブルーの心は浮かれている。
ここだ!こんな所こそ俺達にピッタリの仕事場さ!
ド貧乏なところだから、セピアの散財を心配する必要は一切無し。
使いたくても買う物もない。
セピアには地獄でも、ブルーには天国のような所だ。
背中の荷物の重さも気にならない。

「村長さんは、どこかなあ?あそこのお家に聞いてみよっと。」
「聞けば?あたい知らないよん。」

ふてるセピアを置いて、近くの家をノックする。
外から見ても、穴だらけの小さなバラックだ。
至る所の腐って穴が開いた板には、上からボロボロのビニールを貼ってある。
これは聞きしにまさる貧乏ぶり。
ブルーもにこにこ顔を、キリッと締めて出てきた住人に頭を下げた。
ギイイイイ・・・

「なんだい?」

顔を上げてみると、まあ薄汚れてはいるが普通のおばさんだ。しかし洋服はパッチワークが色とりどりに、裾はボロボロになっている。
怪訝な顔で、にっこりするブルーとセピアを見て、何故か頷いた。

「あのー、村長さんは・・」
「あんた達、駆け落ちだね?」
「は?」

ブルー達が口をあんぐり開ける。
おばさんは、よしよしと何度も頷き、3軒目の家の方角へと指をさした。

「そら、そこの家の夫婦も駆け落ちなんだがね、そりゃあ後悔しているだろうさ。
悪いことは言わないよ、ここに来れば確かに逃げおおせることは出来るが、ここは地獄の一丁目、辛いことばかりさね。
毎日毎日井戸と畑の往復だ。きつい仕事をこなしても、食べるだけで精一杯だ。」

「あのー、それで村長さんは?」

「ああ、村長はほれ、3軒目の裏から山の方見ると見えるさね。山しかない、なーんも無いところでねえ、見晴らしがいいのだけが取り柄さ。はっはっは!」

「はあ・・」
何だか、貧乏だから暗いのを想像していたのにヤケに明るい。

「村長ン所に行ったって、なーんも無いよ!あるのは荒れ地ばっかでな、まあ駆け落ちなんか止めて帰るんだねえ!」

だから、駆け落ちじゃねえっての!
と言いかけて、やっぱり止めて頭を下げた。
「ども!ありがとございましたあ!」
「じゃあはい、1000ダラスに負けとくよ。」

「は?」
顔を上げると、おばさんがにっこり手を出す。

「ほら、1000でいいって言ってるだろ?」
ガーーーンッ!
「金取るかよっ!」
「取るんだよ!ここはっ!出しなっ!」

おばさんの顔が、鬼のような顔に変わる。
ひいいいいいいっ!!きょわいっ!
しかし、ここは倹約家のブルーだ。負けてらんない!

「500だっ!」
「900だね!」
「501!」
「せこい男だねえ、タマぶら下げてんのかい?」
「ちゃんと下げてんよ!じゃあ600!」
「チェッ!しけた男に引っかかったよ。800でいいよ。もう負けないよ!」
「だああああ!!誰がシケてるだああ!」

怒るブルーの横から、セピアがはいっと1000ダラス紙幣をおばさんの穴が開いたポケットに入れた。手にはいつスリ取ったのか、ちゃんとブルーの財布を握っている。

「あら、良くできたお嬢さんだ。いい嫁になるよ。」
「ま!オホホホホやっぱり?いこっ!ブルー!」
「離せえええ!!俺の金返せえ!」

ズルズルと、セピアに引きずられながらブルーがにっこり手を振るおばさんにブンブン手を振り回す。
やがて3軒目の裏手にたどり着いて、ようやくセピアに離して貰えたとき、何となくこの村での雲行きに不安を感じ始めるブルーであった。

 3軒目の裏から見ると、成る程小高い山の方向に何軒かの家が集まっている。その中のどれかが目的地だろう。
気を取り直しテクテク歩いていくと、先程と同じようなバラックが幾つも建ち並び、それでも木をくり抜いた植木鉢に小さな雑草としか思えない花が植えてあったりする。
その内3人の10才にも満たないほどの子供が、大きくて深い桶を片手にキャアキャア遊びながら走ってきて、真ん中にある井戸から水をくみ始めた。
ガラガラガラ・・キイキイキイキイ・・ジャアアア・・・
ガラガラガラ・・キイキイキイキイ・・ジャアアア・・
音からして、深い井戸のようだ。子供には重労働だろう。
「ちわーっす!」
ブルーが片手を上げて近づくと、一番大きな子が桶から手を離し、サッと小さな子の前に出る。
そして、ジイッとブルーを睨んだ。
「なんだよう!」
「えーと、あのう、村長さんの家はどこだい?」
敵意がガンガン来るが、彼らの心配もわかる。
村長と聞いて、子供達の表情が変わった。
「あ!なーんだ、人さらいじゃないんだ。」
ピリピリした気持ちが、スウッと引いていく。
セピアがキャハッと笑って子供に言い捨てた。
「バッカねえ、こんなとこの子をさらってどうすんのさ。金にもならないよ。」
馬鹿にされたのがわかるのか、子供達のほっぺがプウッと膨らむ。
「馬鹿にすんない!じゃあ教えてやン無いぞ!」
「まあまあ、教えてくれたらこの美人のお姉ちゃんがチュウしてやるさ!」
「げえっ!ブスにチュウされたら腐るぞ!」
「キャハハハハハ!!」
ガキ達が笑い出す。
「このガキ!ぶち殺す!」ガーッと、セピアが鬼の形相。
「まあ、まあ、まあ。」
ブルーがセピアをなだめながら、大きい子供の元に膝を付いた。
「いい子だから、お兄ちゃんに村長さんの家を教えてくれるかな?」
にっこり、優しいお兄さんのイメージ。
しかし、子供はサッと手を差し出した。
「じゃあ、前金で1000ダラス。」
ヒクヒクヒク・・
微笑む顔に、青い筋が立つ。
「1000だよ!1ダラスも負けないからね!」
「負けないからな!」「負けないじょ!」
みんなそれぞれ小さな手を出す。
「このガキ!脳味噌ぶちまけたるぁ!」
立ち上がって足をばたつかせガーッと怒るブルーを、後ろからまあまあと今度はセピアがなだめた。
「一体、どうなってんのかしらねえ、この村。」
「これじゃあまるで、ボッタクリ村ジャン!」
「困るわよ、こーんな報告受けてないわさ。
はい、これ。はい、はい、」
「まったく、これじゃあ・・こら!セピア!」
さっさとセピアは、またもやブルーの財布から1000ダラス紙幣を子供達に配っている。
「セピアああっっっ!!! 」
「お姉ちゃん、ありがとう。」
「ありがとう」「ありあとう」
子供達がパアッと顔を輝かせて、嬉しそうに顔を見合わせる。
「んー、いいのいいの!いい子にはお小遣いよん!可愛いわねえー!ブルー。」
金をばらまいて、気分がいいのはセピアだけだ。天使にでもなった気分なのだろう。
ブルーはもう、何も言えずにへなへなと座り込んだ。
これで4000ダラスかよ。とほほ・・
「ほら、ブルー何してんのよん!村長はそこの家だってさ!行くわよん!」
「俺、帰りたくなってきた・・」
「何言ってるの!ダーリン!ほら行くわよ!」
「行きたくねええぇぇぇ、俺帰るぅぅぅ・・」
問答無用でセピアが、ひょいっと小脇にブルーを抱えて歩き出す。
口をあんぐりと開ける子供達に見送られながら、二人はようやく村長の下へたどり着いた。

 村長の家は、他のバラックを二軒繋げた感じの家で、中は粗末なカーテンで仕切ってある。
開拓当初からまったく進歩が見られないと言った感じで、他の家もだがかなりの年代物だ。
家を建て替える余裕さえ全くないのだろう。
村長夫人も、今にも崩れそうにグラグラしてギコギコ言う椅子に座った二人に、何だか申し訳なさそうに傷で真っ白になったコップの水を差しだした。
「どうぞ、水しかありませんが。」
髪が薄い、年輩の村長が勧めてくれる。
薄汚く見えるコップに気負う二人だが、先にブルーがパンッと手を合わせて拝むと美味しそうにゴクゴク飲んだ。セピアもそれに続く。
「プハアッ!あー、ご馳走様でっす!
この辺水飲むところがなかったんで、助かりました。」
二人の笑顔に、村長夫妻も顔を会わせてにっこりする。
何度も頷いて椅子にかけ直すと、村長は二人に向かって身を乗り出した。
「良かった、この村は見ての通りでしてな。
最近は井戸の水さえ減ってきているんだよ。
しかし、それが・・その、これでその原因が分かるのかねえ。」
何かしら彼の表情にはいくらかの期待が見える。それはそうだろう。この土地でどんなに苦労したかは目に見えている。
しかし、ブルーははっきりとそれを否定するしかなかった。
「いいえ、原因を調べるわけではないんです。
俺等の仕事は遺跡の規模の調査と、その処理・・なんですが、ここの土地の状況の原因がそこにあるんでしたら、結果的にそうなるわけでして・・・」
「その場合、代替え地が貰えるんですかね?」
うーん、とブルーが考え込む。
それはブルーに決定権はない。
「調査結果による、軍の判断によります。
規模が大きい場合は応援を呼ぶつもりですが、今回はクローンのカプセルを見たとか?
一番の問題はそれなんです。」
村長が、戸惑った顔で溜息をつく。
そして目を落とし、ゆっくり首を振った。
「どうにも・・大体先代がこの土地に来てから、ようやく暮らしている有様で、それでも何とか食っていたんですよ。
それがこの半年前くらいから酷いもんです。
まったく土の水持ちが悪くなっちまって、こんな痩せた土地でも育ってくれていたソバスも枯れちまうし、生活費の元になるコショウまで枯れて実がほとんどなってくれない。
お手上げなんですよ。」
「はあ、」
「ここを移動しようにも、先代がようやく築いた畑ですし、また一からやり直しだ。
いい土地ならいいが、ここら辺を右往左往してもまた苦労するばかりならと・・ぶつぶつ」
「はあ、」
何となく、遺跡の事より愚痴になっている。
随分疲れ切った様子で、余程困っているのだろう。
しかし、それを聞いてもブルー達にはどうしようもない。ただ頷くのみだ。
「・・ふあ・・あ・・・」
やはり、延々続く愚痴にセピアが飽きて大きな欠伸を漏らしてしまった。
ドンとブルーが彼女の脇腹を小突くが、うっかり自分まで欠伸をしそうになって、慌てて飲み込んだ。
「あのーう、それで遺跡なんですけど。」
「あ?ああ!そうだった、忘れとった。
実は畑に新しい井戸を掘ってたんですよ。これがまた大変なんですがね、一人ずつ縄ばしごで降りて掘っていくんですが、なかなか水に当たりませんで、もーう!大変なこと!」
「あ、いえ、それで遺跡は?」
話しが長引きそうになると、慌ててさえぎらなければならないブルーも大変なんだが・・

 そうしながら、何とかブルー達は遺跡のことを聞き出して要約を得た。
つまり、畑の片隅にいつもより深い井戸を掘っていて、何か堅い岩盤に当たった。と思ったら何かの壁のようだ。
まさか遺跡?と、入り口がないかと村総出で探し回ったら、少し離れた山の入り口にそれらしき物があり、入ってみたら奥に何かカプセルのような物があった。
後は怖くて知らない。とまあ、こんな物だ。
しかし、随分遠回りをしたようで凄く疲れた。
愚痴の言葉端から見て取れる彼らの期待は、やはり代替え地に対する物が多大にあるようだ。
恐らくは遺跡が見つかって、喜んでいるのかも知れない。
きっと村総出で、みんな必死に遺跡の出入り口を捜したことだろう。これが新しい土地への架け橋になろうかと。
 「困っちゃうよ、ねえブルー。」
セピアが欠伸混じりに漏らす。
「確かになあ、こんなタイプは初めてだぜ。
みんな隠そう隠そうとするもんだけど、ここはあった!やった!危険だろうから代わりを頂戴!だもんなあ。」
とぼとぼ二人、大体の場所を聞いて遺跡の見つかった場所へ赴く。
荷物は置いてこようかとも思ったが、何だかあの村は身ぐるみ剥がされそうな気がする。
道案内を頼んでもまた金をせびられそうで、大体の場所を聞き自力で捜すことにした。
 村長に聞いたとおり村から山に向かって歩くと、確かに畑が広がっている。
しかし、畑と言うにはあまりにも乾いて酷い状態だ。そして周りを回ってみると、この畑の3分の1が特に乾いて植物も枯れていた。
その境界が、広範囲にはっきりしている。
容易にこの真下に何かがあると考えられるが、これは何を意味しているのか・・
ディスクリーダーで写真を撮りながら、セピアがふうんと漏らす。
懸命に水をかける数人の村人に聞こえぬよう、ひっそりとブルーに耳打ちした。
「ねえねえ、何か変だねえ。衛星からここら辺見て貰おうか?」
「うーん・・どうして水が枯れるかなあ・・」
掘りかけの井戸らしい物は、山手の方角、畑の端っこにある。櫓を組んだままだが、数メートルはあってかなり深いという。
近づいてみると、掘った穴には事故防止に木を組んで蓋がしてあった。
「えーっと、遺跡の入り口ってどこだろう。」
「だからさあ、ケチらずに聞けば良かったんじゃん。ブルーって、こういうところが・・」
「うーるーせええ!!てめえが金をばらまくから俺は心配なんだよ!
それにしてもあの村長の心ん中って、何かまとまりが無くてわかり辛かったんだよなあ。
この村の人ってみんな、あれ欲しいこれ欲しい、じゃあどうしようって、そんな考えがもの凄く強いんだ。生活がひっ迫してるからな。
なんか俺達・・特にお前見てるみたいで落ち込むぜ。」
「あたいのどこが欲にかられてるんよ。失礼しちゃうわあ。
えーと、ほんじゃあこの件依頼するわよん。」
「お、おう。」
横ではセピアがブツブツ呟きながらリーダーを通信に切り替えている。
撮った写真を添付して、理由を付けてメールで衛星からの映像を分析に回すよう依頼した。
へえっとブルーがセピアの様子に目を見張る。
随分仕事に意欲的だ。こんな事、滅多に見られるもんじゃあない。頭打ったか?
「お前、なんか今回ヤケに真面目じゃん。いつもそうだと助かるけど、具合でも悪いか?」
「バーカ、全ては記念日のためよん。
いい?絶対終わらせるんだからね!」
ゴオオオオ!!彼女の背後に炎が燃え上がる。
成る程、やっぱりこいつも欲に駆られてる!全然変わらない彼女に、何だかブルーはホッとした。
「お兄ちゃん!」
声に振り向くと、ハアハアと息を切らして、先程会った子供達が走って来る。
何だろうと思いながらも、ブルーはポケットの中で財布を思わず握りしめた。
「お兄ちゃん!入り口まで、連れてったげる!」
「連れてったげる!」「げる!」
ゲ!とブルーが後ずさる。冗談じゃない、味をしめたのか?と思ったが、そうではないようだ。
「あのね!お母ちゃんがいっぱいのお金分、お手伝いしろって!」
「しろって!」「ろって!」
はあん、成る程そう言うことか。
「ほんじゃあ遠慮なく案内して貰おうかな?」
「うん、こっちだよ。」「こっち!」
「あーら、お金ばらまいた甲斐があったジャン。やっぱりセピアちゃん偉いわあ!」
「どこがだよ、バーカ。」
 子供達に連れられて、山手に歩いていく。
だいたい遺跡の出入り口はわからないように、草木等でカモフラージュしてあるのだが、ここもそれに準ずるようだ。
ただ、この周辺の草木はほとんどが立ち枯れている。山の奥を見ると緑が見えるから、枯れているのはこの周辺だけのようだ。
植物の枯れた茶色の世界は、足を踏み入れるたびにホコリが舞い、小さな虫が飛び立つ。
だが畑から少し歩いたそこは、しかしなんと藪の中に錆びてボロボロになった軍用トラックの残骸があり、子供達はその車を指さした。
「ちょっと待て、おい、これのどこが出入り口って?!」
「はあーん、これは初めてのタイプだわよねえ。どこから出入りすんのよ?」
セピアが荷物を下ろし、地面に這うようにしてタイヤもないトラックの車体の下を覗き込む。
「うんとねえ、ここなの。」「ここ!」
ギイイイイィィ!!
軋む音を立て、子供がトラックの荷台の扉を開ける。
覗き込むと荷台の底が抜けており、そこには鉄の扉が地面から覗いていた。
「すげえ!良く見つけたなあ、おい。」
「うん!すごいだろ!」「だろ!」「だろ。」
子供達が、自慢げに胸を張る。
「僕らが見つけたの!ここは秘密基地なんだよ。」
「へえ、兄弟で遊んでて見つけたんだ。」
「うん!兄弟じゃないけど、育ての兄弟なの。」
なんだそりゃ?
ブルーも荷物を下ろし、さっそく調査にはいる。まずは周囲から調べることにして、いろいろなセンサー類を取り出しながら子供と話した。
「育ての兄弟って、じゃあ生まれは違うんだ。」
「うん!僕はクリス、本当の息子!こっちはセレナ、本物のお父ちゃん達死んだの。これはリック、本物はどっか逃げちゃった。それでね、お母ちゃん達が引き取ってね、偽物の兄弟になったんだ。」
「へへ、死んじゃったの。」「逃げちゃったの。えへへ。」
弟二人は寂しそうに笑っている。
ふうんと聞いていたブルーと違ってセピアは、ガンッといきなり後ろから本物の息子の頭を叩いた。
「痛いっ!何すんだ!クソババー!」
「お前の親は立派な人だけど、お前は半端な奴だ!いいか?二度といちいち説明何かするんじゃないわさ!
兄弟でいいんだ!兄弟だと認めたんならくだらねえ説明なんかすんな!何が偽物だ!兄弟に偽物も本物もねえんよ!」
「こらこら、セピア。相手は小さい子だぞ。」
「小さいから言わなくちゃわかんないんよ!」
本物の息子は頭を撫でながら目をウルウルさせている。
「何でだよう!本当だもん!」
「男だろ?!兄弟なら傷つけるより守って見せろ!こいつ等の顔を見ろ!悲しい顔してるじゃないか、こんな顔させるな!バカッ!」
「うう・・うわーんっ!」
「ひっくひっく・・」「うぇーん」
3人が、次々泣き出した。
どうもセピアは、こんな話しになると意地になってこだわりを見せる。
金の汚さを除けば、兄弟の絆を最も大事にする奴だから我慢できないんだろうと、ブルーが苦笑してセピアの背を叩く。
セピアがもうっ!と鼻息を納めて、プイッと兄弟から目を背けた。
「まあ、乱暴な・・この可哀想な子供達に御子よご加護を・・」
涼やかな女の声に、二人が振り向く。
そこにはゆったりとした白い上衣と白いズボンと言う白装束に、頭からは白いレースのベールを被った数人がそろそろと音もなく歩き、いつきたのか後ろに並んで立っている。
「お姉ちゃん、だあれ?」
セレナがトトッと駆けて顔を覗き込む。
先頭を行く女性は優しくセレナの頭を撫でると、他の子供達にも手を伸ばした。
「もう大丈夫よ。私達の御子様が、あなた方に救いの手を差し出しました。
あなた方に新天地を!さあ、ようやく辛い日々から解放されるときが来ました!」
ポケーッと子供達が彼女のベールに隠された顔を覗き込む。
ブルーとセピアも、訳が分からず唖然と彼女を見つめていた。

 ピルルルル・・
局長、デリートが捜査部の報告を受けて大きな溜息をついていた頃、とうとうデスクの電話が鳴った。
先のアイル山での一件は、管理局を大きく揺るがす出来事ではあるが、それは極秘事項になっている。
レディアスのクローンの遺体はクローン研究所へ解剖に回されているが、その中間報告が局長の手元に来ていた。全ての報告をそれと照らし合わせても、情報は少なく、しかも全てはまったく繋がりが見えず一つ一つがコマに過ぎない。
こうなれば、やはりグレイのクローンの証言やレディアス自身の言葉が至極重要なのだ。
グレイのクローンには薬品も投与され、自白を強要するテストも行われているらしい。
それでもしかし、クローンの精神は強固だ。
しかも上位のクローンには、無理矢理情報を引き出そうとすると、秘密保持から脳細胞の破壊が起きるようブレーカーがかかっている。
どうすればよいのか、八方ふさがり。
軍の上官からは、間接的に色々とプレッシャーも来ている。
どんなに甘いと言われようと、守ってやらねば今のレディに取り調べはきつい。
しかし、この件は相手が相手だけに出来るだけ情報が欲しい。
仮にレダリアのあの大統領が絡んでいるとしたら、未だ彼を狂信的に支持する輩もいるのだ。テロの中心人物ともなり得る。
頭の痛い問題に、「ふう・・」と、溜息をついた。ところだったわけだ。
 ピルルルル・・
受話器に手を伸ばし、何故か悪い予感にほんの少しためらって、思い切りよく取った。
「デリートよ。」
『クラーナル大佐からです。』
「繋いで頂戴。」
ピッと背を伸ばし、一息飲み込む。
『リー君か?』
重く、張りのある壮年の男の声だ。
有無を言わせぬ迫力がある。
「はっ、お久しぶりです。」
『報告は聞いている。リメインスを取り調べろ、多少無理してもかまわん。』
きっぱりした命令に、ドキリと心臓が揺れた。
リメインスは、特別管理官6人兄弟の名だ。しかし今の場合、レディアスをさすことは容易にわかる。
「体調が悪く、無理の出来る状態ではありません。」
『聞いている。しかし、あれはその為だけの特別管理官なのだ。
しゃべらん鳥は、ただの鳥だ。特別の力も持たんあれを特別扱いする意味がない。』
やはり・・軍はそうとしか取っていない・・
彼は他の兄弟にある、「特別の力」を有していない。気を合わせてフェイントをかけるくらいは、あまりにも地味で目立たないのだ。
「彼の評価は管理官としてはトップクラスです。十分「特別」に値します。」
『銃やナイフの上手い奴は軍には掃いて捨てるほどいる。
しかし、君の評価は信用できる。
・・わかった、任せよう。
捜査部に関わるザイン少佐が強硬策を取りたいと申し出ていたが、返事を待たずそちらに向かっているらしい。
無理を申し出るなら私の名で断ってかまわん。』
「ありがとうございます。」
『情が移ったか?あのキラー・リーが。』
久しぶりのあだ名に、フフッとデリートが微笑む。
そう呼ばれたこともあったか、今はこのデスクに張り付いている私が。
「さあ、私も女でしたか、忘れておりました。
しかし、この母は子を笑って崖から突き落とすこともしましょう。そう、ヤワに育ててはおりませんので。」
『ハッハッハッ!怖い母親だ!頼むぞ。』
「承知しました。」
ピッ!
「ふううう・・」
天井を仰ぎ、大きく溜息をつく。
ザインが来る?冗談ではない。
彼は強硬派で、しかも冷たいので有名だ。
若くして少佐になった彼は、利用できる物は全て利用して目的のために手段を選ばない。
しかし最近、性格が変わったとも聞くが・・
噂は当てに出来ない。
いつ来るのか?どうやって接触する?
最近彼が、テレパスのクローンを一人部下に取り入れたと報告があったのだが、それを使う気か?まだ、詳しい報告が研究所から来ていないから、一体どんなクローンかもわからない・・
「さて・・・」
一応は管理局には「クローン立入禁止」となっているが、彼のことだ、平気で連れて入るに違いない。
どうせやり方が甘いとかほざいているのだろうが、自慢のクローンで、レディアスの心を読んでしまおうという腹だろう・・
昔、無理に彼の心を読ませて、ブルーがひっくり返ったのを思い出すと溜息が出る。
「知らないって言うのも、罪だわ・・」
クスリと笑い、内線ボタンを押した。
「リメインスを呼んで。」
『は?リメインス・・ですか?』
「ああ、グランドとレディよ。呼んで。」
『ああ!そう言えば彼らの名字はそうでしたね。失礼しました。』
6人、みんな名字が同じだけに名前で呼ぶのが通常だ。はたと浮かばないのは当然だろう。
 しばらくしてダラダラと入ってきた二人に、デリートはにっこり満面の笑みを浮かべた。
「なんだよ、局長休みくれるの?無駄だよ、こいつ休みたくないって意固地なんだから。」
ぶすっとグランドがふてて椅子に座る。
あのあと制服の件もやっぱり思うようにいかず、レディアスも相変わらずだ。
壁により掛かるレディアスは、怠そうに俯いている。
「そうねえ、こう言ったらどうする?
ザイン少佐がテレパスのクローン連れてくるわ。」
「あいつ?!あの陰険なおっさん!」
ガバッと立ち上がるグランドと違い、レディがゆっくりと顔を上げる。
溜息混じりにヒョイと肩をあげて、寒そうにコートの合わせをギュッと握りしめた。
「どうせ俺だろ?用があるの。」
「そうね、で、あなたは頭の中探られて構わないの?」
「・・・・さあ・・」
「こいつの頭ン中、マジでスプラッタだぜ?
まともに読んだら気が狂うってブルーはぼやいてたぞ。」
まあ、本人の前で言うことではないだろうが・・
「そのスプラッターな出来事を言えないんでしょう?レディは。
あなたが口を開けば何も騒ぎにはならないのよ。
研究所からも色々言ってきてるし、みんななんとかあなたの話を聞きたがっているの。
どうしても話せない?」
レディがゆっくり首を振る。
少し顔色が青ざめて、気分悪そうにコートの袖で口を押さえた。
「もう、10年、以上たつのは・・頭ではわかってるんだ・・」
「あの大統領が、あなたのクローンと関係しているの?」
項垂れるレディアスに、デリートがそっと聞く。じっと口を押さえ、なんとか話そうと顔を上げた彼は、すでにまた手が震えている。
立ち上がったグランドが彼の背に手を伸ばしかけたとき、ついにダッと外へ飛び出してしまった。
「やっぱり、駄目ね。追わないの?」
グランドが首を振る。
「すぐ来るよ、吐く物ないんだ。
なんとか喋ろう喋ろうって努力し始めてから、また飯がろくに食えない。
今は医務室で貰った、バランス栄養剤飲んで何とか生きてるって感じ。
家までさ、研究所や捜査部から電話が毎晩かかって来るんだ。
なんか知ってるだろって、何でもいいから話してくれなきゃ困るって、協力しろってさ。
腹立って、俺、昨日とうとうコードをナイフで切っちゃった。」
フッと溜息が出た。
やっぱり直接接触してきている。このままだと悪くすれば拉致でもされかねない。
「わかったわ、じゃあ行きなさい。
そうね、少佐が追いたくないだろうと思える方、ダンドン村へ荒れ地の見学はどう?」
「荒れ地って・・ブルーはやたら食料背負って行ったけど。何もないとこだろ?」
「何もないからいいのよ。それにね、ブルーがそばにいた方がいいわ。」
「もう仕事終わるんじゃない?」
「さあねえ・・何だか色々トラブルが起きてるらしいわよ。丁度いいわ、上空を通る輸送機があるからそれに同乗して。」
「え?上空?」
「気持ちいいわよ、すっきりとして帰ってきなさい。はい、これ目的地の情報入れたディスク。」
「ねえ!上空って何だよう!」
「行ってよしっ!男がグズグズ言わない!」
バンッ!と資料を渡され、問答無用で部屋を追い出されたグランドだった。

 その日、ダンドン村は昼から深刻な会議が開かれていた。
この村の行く末を決める大切な会議に、村人は全て出席し、畑にも今日は村人の姿は見えない。すでに日が傾きかけているのに、結論がなかなか出ないのだろう、報告に来ると言っていた村長もまだ来る気配がない。
ただ、白装束に頭からレースのベールを被った数人が、遺跡の入り口付近をうろうろしている。
それを横目に、ブルーは大きな溜息をついた。
 ブルー達が来てすでに3日目。結局あれから何も進展していない。
中にさえ入っていないのだ。
畑の井戸のそばに立てたテントの中で、セピアは悶々と寝転がっている。
ブルーはおこした火に鍋をかけて、5枚目のパンケーキを焼き始めたところだ。
「よっ!」ポーンと返して鍋を置き、火の側に置く缶詰を確認すると、中をかき回しほんの少し調味料を足した。
「なあ、お前5枚でいい?缶詰は2個で足りるかあ?」
焼けたパンケーキを取り出し、また一枚焼く。
今度は自分の分だ。やっと自分の分。
鍋の大きさのパンケーキは、普通の腹だと半分から1枚で腹一杯になる。 
「ブルー!良くこんな時食ってられるわね!まったくもう!デリカシーがないわさ!」
テントの中からは、怒りに満ちた不満の声。
「あー?何だ、お前食わないのか。じゃあこれは明日食うべ。」
「誰が食わないって言ったわよ!もう!食欲無いから5枚でいいわさ!」
食欲ある時には、7枚で腹八分だ。
焼いても焼いても足りない。
この栄養バランスを整えてある特製の粉だけでも、一週間分で30キロはいるのだが、それは一番食べる人、セピアが背負ってきた。
「ほんじゃ食うか?あり?ジャムがもうねえ。
仕方ねえなあ、塩でもつけて食うか。
おいセピア、焼けたぞ、食おうぜ。」
テントから、もぞもぞセピアが起きてきた。
火を囲んでドスンと椅子代わりの大きな石に座り、ジャムがないのを見て、頬をプウッと膨らませる。
「うーーーーっ!もうやだ!ジャムがない!甘いのが欲しい!ケーキ食べたーい!」
「うるせえなあ、何もないところで我が侭言っても何もないよ。」
「くすん、ここのケリが付かないと帰れないのかなあ。記念日まで帰れるかなあ。」
「無理かもね。」
「ああん!もう!ご馳走があ!こんな殺伐としてるところ、もうやだよう!
あーん!あいつ等があーやってのさばってたら何も出来ないよう!」
キイイイィィィ・・・・
上空を、飛行機が飛んでゆく音がする。
溜息混じりにパンをかじり、セピアが後ろにひっくり返って空を見上げた。
「ああ、あたいを連れてってえ!・・え?」
見上げた空に、パラシュートが3つ見える。
風がないから、真っ直ぐ村のはずれに降りてくるだろう。
2つは人間、1つはコンテナのようだ。
「あーれえー?一人はバタバタしてぶざまでえ、一人は細い・・つう事はあ、誰かに似てるよねえ。」
「んー、あいつマジで大丈夫何かねえ、こんなとこに来て。ぶっ倒れても、病院もねえぞ。」
「ええ?!あたい聞いてないよ!」
「言わなかったもん。」
「ムカーッ!ブルーのドケチッ!タマ無しっ!」
ガバッと飛び起き、セピアが彼らの降下地点に駆けだした。
「誰がタマ無しだーっ!こらっ!セピアーッ!」
 フワフワと、二人が降り立ちパラシュートを手早くたたむ。
さっさと丸めたグランドはベルトを外しパラシュートを外すと、ダアッと荷物の方へ駆けてパラシュートを外し折り畳んだ。
「おいっ!レディアス!大丈夫かよ!」
グランドがレディアスを振り返ると、四つん這いになっている彼のパラシュートはセピアがさっさと畳んでいる。
「あーれえ?なんだセピア来てたんだ!」
「なんだじゃないわよう!ジャム持ってきた?ジャム!アメでも砂糖でもいいわさ!何か甘い物持ってたら頂戴!食べたーいい!」
「何だ、飯狙いか・・」
気が利くと思えばこれだ。
「あーん!レディ!おひさ!」
ポンと畳んだパラシュートを転がし、膝を付いているレディアスの背後から抱きついている。
レディアスはゴロンとその場に座り込み、抱きつくセピアの頭をポンポンと叩いた。
「サンキュ、助かった。こら、重いから離れろよ、馬鹿セピア。
ブルーはジャムのパックを3つバックに入れてたろう?もう無いのか?」
「だってえ、甘いのジャムだけだもん。ペロッと無くなっちゃった。」
「まったく、お前の食欲が羨ましいよ。」
「レディ、折れちゃいそうだよ。ちゃんと食ってる?食べないと死んじゃうよ。」
「お前の10分の1くらいは食ってるよ。」
「嘘ばっかり!顔ゲッソリして肌がカサカサだよ。あたいのクリーム塗ったげる!」
チュッとセピアがレディの頬にキスする。
レディは昔からセピアの大好きなお兄ちゃんなのだ。
「セピア!手伝え!お前がいると思って沢山持ってきたんだからよ!」
「何?何?食い物?!」
ピョンと立ち上がり、グランドにすり寄る。
グランドは、ケッとそっぽを向いて、作業に取りかかった。
「バーカ、テントと防寒具がかさばるの!
お前等と違うんだよ!重点置くもんがさ。」
成る程、レディの服はいつものジーンズではなく、全天候型の保温性の高い黒いスーツだ。日中の気温を考えると、普通なら耐えられないだろう。
「なあんだ、ちぇっ!まあいいや、レディのためならさ!」
小振りのコンテナを開け、中から車輪付きの大きなバッグを2つ取り出す。
そしてパタンパタンとコンテナを小さくたたみ、それは軽いのでレディに任せた。
「ほんじゃ行くべ。セピア、案内しろよ。」
「ほいほーい!こちらでーすっ!」
セピアはバッグをころころ転がすのがまどろっこしいのか、ヒョイと肩に担ぎ上げてヒョイヒョイ先を行く。
遠くの小屋の影から、白いベールがそっと覗いてサッと立ち枯れの森の方へ消えた。
「ああ、あれかい?例の問題って。」
「そ!詳しくはブルーに聞いてよ。
記念日のご馳走食いそびれたら、あたいはあいつ等を訴えるか、心底恨んで化けて出てやるよ!」
セピアの幽霊なんて、恨めしいと立つ前に台所をあら探しするか、カードを盗んで買い物しまくりそうで、そっちが怖い。
 畑の脇に並べてテントを張った二人は、椅子がわりにたたんだコンテナの上に座り、一緒に早い夕食を取りながら、ブルーの話しに耳を傾けた。
あらましはこうだ。
 遺跡の入り口に乗り込みかけたブルーとセピアを止めたのは、最近カインで信者を急速に増やしている新興宗教「ヴァイン」から派遣されてきた数人の信者だった。
どうやらこの土地を買い取って、修行場を建設したいらしい。
何もない、この荒涼とした土地は、厳しい修行をするにはもってこいと言う訳だ。
しかしそれと遺跡は関係なかろうと、中へ乗り込もうとする彼らは、更に走ってきた村長にストップをかけられた。
どうやらヴァインの信者が、ここに手を付けて欲しくない、そのままの状態の土地が欲しいのだと村長に希望を伝えたのだ。
とにかくここを引き払ってしまいたい多くの村人は、集団でここの地権をヴァイン側に引き渡したい。しかし、先代が苦労してここまで開こんしたこの土地を、そう簡単に手放すのも忍びないと言う意見もある。それで今日はその話し合いを持っているわけだ。
「ンで、手が出せねえってわけ?」
「そ、あいつら遺跡の入り口にテント張って見張ってやがるんだ。
近づこうとしただけで、信者の数人が警戒して立ちふさがる。地権者の許可も出ないし、手が出せねえのよ。」
溜息混じりにブルーが説明し、みんなにコーヒーを入れてコップを差し出す。
セピアはグランドに貰ったジャムをたっぷり付けながら、レディアスがほとんど手を付けなかったパンを満足そうにかじって鼻息が荒い。
「ほんとに腹立つわさ!どんなに危険だからって説明しても、『私達には御子様が付いておられます』だって!
どんなミコさんか知らないけど、気にくわないわ!あいつってば、あたいに『ミコ様を信じればあなたも救われますよ。全ての苦しみから解放される日が、あなたにもきっと訪れるでしょう』だってさ!
はんっ!ありがたーいお言葉よう!余計なお世話だわさ。」
「俺、借金から救われるなら信者でも何でもなりてえ気がしてきた。」
ボソッとブルーが漏らす。
「へえええ!!ブルーさんもあんなカッコしたいのねええ!!」
セピアが意地悪な顔ですり寄る。
プイッとブルーが明後日を向いた。
「ふう・・」
きついのだろう、大きな溜息をついてレディアスが俯く。
グランドはポンと肩を叩いてテントを指した。
「今日、疲れただろ?話し済んだし、先に休めよ。環境変わったら眠れるかも知れないぜ。」
レディが少し考えて、軽く首を振る。
「いいよ、まだ暗くもなってないし・・
俺は大丈夫、外地に出たんだからお前は自分の心配してろ、半人前。」
コーヒーを一口飲んで、シャンと背を伸ばして足を組む。
その無理に体の不調を飲み込もうとする姿にグランドは、彼の手からコーヒーを取り上げると自分の膝に彼の上半身を引き倒した。
「いいから寝ろ!テントが嫌ならここで寝ろ!」
「ばかっ、嫌だ!離せよ!この!やだって!」
グランドが、自分の膝に彼の身体をグイグイ押しつけ起こすまいとする。それを見てブルーはテントから毛布を取り出し、バサッと彼の身体に掛けた。
「いいから寝ろって!な!兄弟の言うことは聞くもんだぜ。」
「そうよう!レディは体を大事にしてくれなきゃ、あたい達心配でおちおちご飯も食べられないわさ。それともやっぱさ、あたいの膝枕がいい?」
そう言って、指に付いたジャムをベロリベロリ。ブルーが呆れて溜息をついた。
「よく言うよ、万年欠食女がよ。お前の膝枕じゃあ、悪夢のオンパレードだぜ。」
「ふーんだ!
ねえ、ところで何でこんな所にきついのに来たの?何か理由あるんじゃない?
局長、絶対派遣はさせないって言ってたのにさ、変じゃん。」
「ああ、それはさ・・」
ようやくぐったり休んだレディの頭をポンポン撫でて、グランドが簡単に管理局でのことを説明する。
結局はこれも局長が彼らを庇ってのことだ。特に必要性があっての派遣ではない。
通常なら考えられないことではあるが、局長は彼らのことを一番熟知している、いわば親代わりだ。
レディの今の状態で無理に聞き出すことがどんなに危険かわかっている。今は「待つ」しかないとわかってくれていた。
つまりは、悪く言うとザイン少佐から逃げてきたのだ。相変わらず、体調に好転の兆しはない。
だからこそ、改めて特にセピアにはクギをさす必要がある。
「だからさあ、セピアよ。俺等は当てに出来ねえって思っててよ。わかった?」
「いいじゃんいいじゃん!いざと言うときはこれだけ道連れが増えたもーん!不幸な奴が増えてうれぴい!きゃあははは!」
セピアが、キャッと女の子らしく口元に両手でグーをつくって笑った。
「なんかムショーに腹立つな、お前。」
「のほほほ!ざまーみろい!」
いつだって彼女の言い分には、何だかガックリ来る男どもだった。

 辺りが暗くなり、火の明かりが煌々と3人を照らし出す。
どうした物か話し合い、明日村人とヴァインの双方に話を聞くことにして、とにかく現状打開を計ろうと言うことになったとき、村から村長を先頭に3人の男達がやってきた。
グランドが、ようやく寝息を立てるやつれ顔のレディアスを隠すように、毛布をそっと引き寄せる。
体調が悪いことを悟られてはいけない。
壊し屋は強いからこそ対クローンを安心して任せられる、無敵の軍人なのだ。
 ブルーがその場に立ち上がり、村長に軽く会釈する。村長の困った顔は、あまり良くない話しのようだ。
「お仲間が増えたのかね?」
「ああ、そうですね。一応増えてます。」
村長がふむ、と後ろの二人と顔を会わせる。
そしてキッと締まった顔でブルーを見据えた。
「悪いが、もういいから帰ってもらえんかね?
ここは現状のままで、あの方達に引き渡すことに決めたんだ。」
「へえ、で、どこに行くんです?」
ブルーが皮肉っぽく聞いた。
村長達は、何だか酷く幸せそうな顔で夢見るように空を仰ぐ。
「それは・・きっと良いところだと、司祭様がそう仰った。御子様を信じれば、きっと道は開けるんだ。俺達もようやく人並みになれる。」
「と、するとあなた方もヴァインに?」
「いや・・それは・・」
ウッと言葉に詰まり、顔色を窺うように後ろを振り向く。誰もうんと簡単に頷けなかった。
皆がうろたえて返事に困る理由はわかる。だからわざとブルーは聞いたのだ。
ここの人々は、カインから最も遠い惑星フェルダから移住してきた。フェルダは太陽から遠く寒いところで、太陽神の信仰が厚く、しきたりも多い。朝の日の出と夕方の日の入りには必ずお日様に向かってしきたりに沿った祈りを捧げ、太陽に感謝する。
ここへ入植したのは先代か先々代だろうが、信仰に揺るぎはないはずだと、この厳しいところで明るく笑う人々を見ると、そう思える。
それ程の人々があまりの辛さに耐えかね、甘い誘惑に今、信仰心が揺らいでいるのだろう。
「とにかく!助けてくださるなら、これ程いい事はない。司祭様は大変お優しい方だ。
俺達もあの方の希望に添うよう、出来るだけのことをしてさしあげたい。あんた達だってあの方に会えばきっとわかるさ、慈愛に満ちた、とても素晴らしい方なんだ。」
「そうだ、素晴らしい方だ。」
「ああ、そうだ。逆らったら罰が当たるに違いない。」
3人の村人が、口々に語るヴァインの信者は相当素晴らしい人々なのか、一流のペテン師なのか、彼らの目は遠くを見て現実を見ていないようでブルーは心の中を探った。
畑の作物は、日中水をかけなかっただけでほとんどが萎れている。
もう、やる気も失せたのかと思うと寂しい。
ブルーがどうした物かとグランドを見て、互いに目で合図すると、ブルーは村人に向かってにこやかに頷いた。
「ええ、あなた方のお気持ちは尊重します。
しかし、もうしばらく調査のために残らせてください。こちらでヴァインの方々と話し合いを持ちたいと思いますから、どうぞ心配されないように。
一応地権者はまだあなた方のようですから、ヴァインの方の了解はこちらで取ってからまた話しを持っていきましょう。」
「あ、ああ、そうしてくれるかね?助かるよ。」
村長がホッと胸をなで下ろし、くるりと村へと歩き出す。
セピアが不意に立ち上がり、彼らの背中に声を張り上げた。
「畑は?!もう水もやらないのかい?!枯れちゃうよ!」
村長が、振り返りもせず首を振る。
「ほら!枯れてるのは畑の一部じゃないか!まだ今なら間に合うのに!」
「もう・・もういいんだ。・・・もう、疲れた・・」
呟くような声が、風に乗って聞こえた。
セピアが、がっかりとしてドスンと座る。
そしてまた腹立たしげに立ち上がり、暗い畑に向かって歩きだした。
「どこ行くんだよ。おい!」
「おしっこ!畑ですれば、ちっとは足しになるでしょ!」
「まあいいけどね、クソは埋めろよ!」
「ウンコはしないもん!」
話しで聞く以上に頑張っているようなのに、今更放棄するのはなんて悲しいことだろう。
ブルー達も畑を横目に、溜息が出る。
「聞こえる・・・」
眠っていると思っていたレディアスが、ポツンと呟いた。
「何が?セピアのオシッコの音?」
「違うよ。・・・機械音、かなり大きな。」
「ふうん、やっぱここの遺跡は生きてるんだ。
一度は入らないと、マジで局長に殺されるな。」
耳を澄ませても、ブルーやグランドには聞こえない。野性的な勘も相まって、これは彼の特殊な能力といえよう。
ゆっくりとレディが身体を起こし、乱れた後れ毛をかき上げる。
ブルーが少しドキッと目をそらす。
レディは何気なくついっと視線をブルーに流し、そして掛けてあった毛布を畳みかけて止めた。
「毛布、掛けてろよ、寒いだろう?」
「ん、少し、寒い気がする。・・何だろう・・この音。まるで・・」
言いかけたとき、数人の足音が背後に近づいてきた。
「チェッ!あいつらだ。」
グランドが舌打ちする。
彼らがじっと無視を決め込んでいると、4人の信者が近づいてゆっくり頭を下げ、そして司祭らしい女が前に出た。
「お仕事、お疲れでございましょう。私達がこうしてこの星で安心して暮らせますのも、あなた方軍のおかげ、感謝しております。」
美しく透き通る声に上品な仕草で頭を下げ、それに合わせて後ろの3人も頭を下げる。
司祭とは祭りを司ると書くが、これじゃあ宣伝部長じゃん、とブルーがむくれた。
「ならさ、俺達の仕事の邪魔はしないでくれる?言ってることと、やってることが違うんじゃない?」
「申し訳ございません。私達は、これも御心の通りに進めるままでございます。
御子様は、私達が最善の方向へ進む道を示しておられますから。」
「じゃあどうして、せめて遺跡を処理してから買い取らないんだ?ここが大変だから修行の場として買い取ろうって言う気はわかるけどさ、それはやりすぎだよ。」
「それも、修行でございます。」
グランドもカチンときた。
「じゃあもし、ここで修行中に事故があったら?もしクローンが事故を起こして、ここだけにとどまらず周辺まで被害を及ぼしたら?」
「それも修行でございます。それに御子様は、我々に不幸が訪れるようなことは仰いません。
御子様の仰るとおりにすれば、自ずと未来は明るい道が開けます。御子様は神の子です。」
がっくり、あんぐり。
話しにならない。だめだ、こりゃ。
「神・・・人が・・?」
レディアスが、不思議そうに彼らを見る。
ベールの下でハッと目を見開いた司祭が、思わず身体を乗り出した。
「御子様は、神の声を聞くようになられた時点で、すでに人ではございません。
私達の、一歩高みにいらっしゃいます。
なんとお美しい、あなたは・・・ああ、あなたですね。」
「俺?」
「誰かの・・強く救いを求める声が、ずっと聞こえておりました。
あなただったのですね?」
歩み寄りかけた司祭の前に、ブルーが慌てた様子で立ちはだかる。そして手で大きくバツを作って司祭に首を振った。
「ダーメ!!ダメダメダメ!危険!絶対駄目!
今日の所は帰りなよ、俺達のことはほっといてくれる?」
「しかし、救いの手を差し伸べるのが我らの・・」
「違う!俺はあんたの心配してるんだよ!
いいから帰んな!はいさよなら!また明日!」
「司祭様に無礼な!」
グイグイ前に出るブルーに、後ろの信者が憤慨して前に出てきた。それを司祭が優しく制して首を振る。そして軽く会釈すると、自分たちのテントに向かって歩きだした。
「司祭様、何と無礼で図々しい輩でしょう。
無粋な軍人ふぜいが、御子様を理解できるとは思えません。」
後ろの信者が腹立たしそうに司祭に言う。しかし司祭は、俯いて何か考えている様子だ。
「司祭・・レスカ様、何か?」
もう一人の信者が、落ち着いた声でひっそりと問うた。
「ガルド、あの黒髪はテレパスだ。私に声をかけてきた。」
「何と?管理官にも力を持つ者が?」
「あの男の心には、決して入り込むなと。
あ奴、今まで私には表層を読ませていたのか。
さすがに簡単には力を知られぬよう、かなり訓練している。慌ててとうとう力を使ったのだろう。」
「何かあるのでしょうか?」
「少し見ただけだが何か、殺伐とした景色が見えただけだ。わからない。どうしよう。」
「レスカ様、とにかく心を読まれぬように。真の目的を悟られてはなりません。
・・・これは、やっかいですね。もうすぐ幹部がおいでになると言うのに。」
ガルドに言われて、司祭のレスカが小さく頷く。
早く村人からこの土地を奪い、軍の介入を許さない状況を作り上げねば・・・
ガルドがそっと、司祭の肩に手を置いた。
後ろの2人に気取られぬよう、小さく耳元に囁く。
司祭は戸惑いながら頷き、そしてちらりと後ろを振り返った。

 翌朝、ガラガラと井戸を使う音で目が覚めたブルーがテントを出ると、まだ暗いのにクリス達子供が3人水を汲み出している。
村人が畑に来なくなってから、毎朝夜明け前に子供達が来るようになり、焼け石に水でも何とかギリギリ枯れない状態を保っていた。
テントの中には、セピアがへそを出してゴロンゴロン寝相も悪く、この音にも目を覚ます気配がない。
「チェッ、まったくこいつの神経はどうなってんのかね。」
眠い目を擦り、起きあがってまだ暗い外に出る。ぼんやりした頭でンーッと伸びをした。
「おはよ、ブルー。」
「えっ?!」
振り向くと、いつから起きているのか毛布にくるまったレディアスがコンテナに座っている。
寒くて堪らない様子で、ほんのり赤く火の残る焚き火に当たっていた。
「お前、いつから起きてンの?」
「・・ん、これ、火が大きくならなくてさ。」
そう言う焚き火は、薪もすでに燃え尽きかけている。ブルーは呆れた様子で身体を解しながら髪をかき上げ、よいしょっと火に薪をくべた。
「馬鹿、新しい木をくべないと燃えるかよ。」
「だって、もう何本か使ったし・・もったいないよ。」
「もったいないって・・またお前、もったいない病が出てるな?たかが木だろ?」
ふうっふうっと息を吹きかけ、火を大きくしながらふと見ると、彼の足下に何か白い物が転がっている。
「何だ?これ?」
よくよく見ると、蛇が一匹。見事に皮を剥がされ、真っ白な身体を小さく丸めていた。
「ギャッ!ギャアアアアア・・!
そ、それ!まさか食わなかったろうな!」
「・・ン、食おうかと思ったけど・・やめた。」
「げえっ!そんなもん食ったら病気になるぞ!
いいか?!俺の前では頼むから普通の物食ってくれ!なっ!なっ!」
そうなのだ。彼は平気で虫や爬虫類、動物をさばいて食ってしまう。
特に精神状態が悪いときは、飢えていた頃を思い出すのか、そう言う物についつい手を出し、普通の料理には手が出ない悪食となってしまうのだ。
「ひいいいっ!ゲロゲロ!気持ち悪い!捨てろ!捨ててこい!いや、埋めろ!俺の見えないとこに埋めろ!」
バタバタその場で足踏みして、ブルーが手を振り回す。
彼は爬虫類が大嫌い。
小さい頃に、セピアがトカゲをベッドに持ち込んだのを知らず、一緒に寝たのがその始まりだ。しかも運悪くアナトカゲという、暗く狭い所が大好きなトカゲだったため、目が覚めるまでポッカリ口を開けて寝ていたブルーの口の中で、のんびりトカゲは寝ていた。
おかげで目覚めと同時に、ジョーッとオシッコまで漏らして、二重のショックを受けてしまったのだ。
 目を白黒させるブルーに、レディアスが面倒臭そうに蛇を掴んでポーンと後ろに放り投げた。皮は焚き火に放り込み、パリパリとこ気味良い音を出して焼けてゆく。
動こうとしない彼に、目を潤ませてブルーが泣きついた。
「わーん!レディの意地悪!ちゃんと埋めてきてくれよう!やだよう!皮剥いだのなんか怖い!見たくない!」
「・・・めんどい・・」
「意地悪うっ!うううーっ!」
どうしよう、どうしよう、グランドもセピアも、爆睡モードの寝坊魔人。起こすにも夜明け前で、まだ早いと蹴り殺されるに違いない。
「お兄ちゃん!僕埋めてきたげる!」
水汲みしていた3兄弟の一人、一番小さなリックがタタッと走って行き、土を掛けて埋めてくれた。
「はあ、助かったあ!よう、毎日早いな。」
声を掛けると、暗い畑で水をまいてきたクリスが、忙しそうに井戸に駆け戻ってくる。
ガラガラガラ・・ジャアアア・・
「おはよ!お兄ちゃん!お日様が出る前にね、水をかけるんだ。お父ちゃん達には秘密だからね!」
井戸はかなり深い。子供には重労働だろうと、ブルーが手を貸し水を汲み上げた。
「へえ、何で秘密なんだ?」
クリスは、へへへと笑っている。
蛇を埋めてきたリックが口元に手をやり、ひっそりと囁いた。
「あのね、お父ちゃん達、畑やめるの。」
「ああ、だろうな。」
「でもね、好きだからね。あのね、」
「こらっ!リック!行くぞ!早くしないとお祈りの時間になっちゃう!もう、お父ちゃん達起きちゃうよ!」
「う、うん!お兄ちゃん、じゃあね。」
それぞれが大きなバケツを天秤に掛け、担いで手分けして水を掛けるのだが、いつもやっているから上手で慣れている。
「こりゃあ、ポンプでもあれば楽なんだろうになあ。いつ見ても重労働だぜ。」
だからこそ、この土地を放棄したいと思う気持ちは分からなくはない。
まだ夜明け前の空は暗く、星が瞬いている。
これ以上手伝う気も起きず、もう一寝入りするかとテントに向かった。
「レディ、もう少し寝ないか?まだ早いぜ。」
「・・・うん・・」
小さな声で返し、じっと火を見つめている。ほとんど寝ていないのだろう。
炎に照らされる美しい顔は、壮絶なほどに憔悴して生気を失っていた。
実際隠れてグランドに聞いた彼の状態は、今の極度の栄養失調状態での地方派遣では、何があっても保証できない、無謀だとここへ来る前に主治医に釘をさされたらしい。
グランドは絶対に助けると言うが、ブルーから見ると、彼はすでに死を臨んで断食しているようにも見える。
じっと座る彼の身体が今にも消えそうな気がして、ブルーは向きを変え彼の元へ向かった。
「相変わらず、夜は弱いんだな。よっ、と。」
溜息をついてブルーが彼の横に座ると、少し困ったようにチラと視線を泳がせる。
きっと、一人になりたいのだろう。
「ブルー、寝ればいいのに、まだ暗い。」
「いいさ、どうせ目が覚めた。」
ンーッと伸びをして、一つ大きな欠伸が出た。
隣のレディは毛布をギュッと引き寄せ、身体を小さく丸める。痩せた身体が、ますます小さく見えた。
「ごめん・・」
「何が?」
「迷惑だろ?役にも立たないのに、こんな所まで来て。」
「そうだなあ、まあ、今んとこ俺等も役立たずだし。ま、いいんじゃない?」
パチパチと、火が薪を小さく弾いて燃えている。ぼんやり見て顔を上げると、遠くでは子供達が、丁寧に水を柄杓で掛けている様が暗闇にぼんやり見える。
クスッとブルーが笑った。
「こんなとこに座ってないでさあ、手伝えばいいのにな、俺等。ケチだねえ。」
「ケチかな?」
「ケチだろ?」
「でも、あの子達はそう思ってないよ。」
ブルッと震えて、レディアスがギュッと毛布を握りしめる。
ブルーが彼の顔を覗き込み、ニッと笑った。
「俺さあ、時々びっくりするぜ。お前もテレパスじゃないかってな。」
「・・・そうかな?」
不思議そうな顔で、クイッと首を傾げる。
そのしぐさが可愛くて、ブルーがプッと吹き出した。
「だいたいさあ、お前の力って、俺等の中じゃ一番謎じゃん。お前のクローンは気を操ったらしいけど、俺にはお前の力ってそんなもんじゃない気がするんだ。」
「そんな・・こと無いよ。俺はもう、何も持ってない。
消えたんだ、力なんて・・普通なんだ・・
だからさ、だから少しでも虚勢を張りたくて・・普通じゃないんだって見せたくて、こんな、珍しい銃を使ってる。偽物なんだ。
こうして特別管理官なんて偉そうに言ってるけど、本当は嘘つきさ・・騙してるんだよ。
俺はさ、ただ証言のために、この世界にいる。
たったそれだけのために。
なのにさ・・・役立たずだね。まったく・・」
両手で顔を押さえ、俯いて小さくなった。
力・・それが自分たちの存在理由なら、彼は語り伝えることが存在理由だというのか。
そしてそれが出来ないなら、存在価値はないと、そう言っているのか・・
「お前はよう、俺達の自慢だぜ?」
彼の背に、ドスンとブルーが手を回す。
心に、暗い不安感が流れ込み、ブルーはそれを雑音のように受け流した。
「いつか話せるさ、俺達がいるだろ?グランドも、「エディ」ってどんな人なのか知りたいって言ってたよ。」
ビクンと体が震える。
ブルーががっしりと彼の肩を支えた。
「大丈夫、怖くない。大丈夫、お前が心配していることは何も起きない。俺達を信じろ。」
『・・・嘘だ・・!』
無言の彼の心から、大きな声が聞こえた。
『嘘だ、嘘だ!話したら・・俺は・・みんなと一緒にいられなくなる!嘘だ!いやだ!
・・もう、一人は嫌なんだ!言ったら駄目だ!駄目だ!怖い!怖い!嫌だ!』
心の叫びが大きく、真っ黒な不安感が大きく広がる。誰にも頼ろうとしない、誰にも頼れない、奈落の上のたった一本の糸の上でよろめきながら立つ、レディアスの悲壮な声がブルーの心に響いてきて、心を押し潰し涙がこぼれそうになった。
「レディ・・レディアス、目を閉じて。」
「え?」
ブルーが彼の手に、そっと手を重ねる。
「いいから、目を閉じて。」
重ねた手を、ギュッと握りしめた。
「ブルー・・ブルー、嫌だ。」
急に恐ろしいように手を振りほどこうとする。
「レディアス!どうして信じてくれないんだ?
レディアス!信じてくれよ。」
「嫌だ!嫌だ!手を離せ!嫌だ!」
立ち上がって逃げ腰の彼を、グイッと引き寄せギュッと抱きしめる。そのまま、コンテナの上に押し倒し、ブルーは彼の額にごつんと額を押しつけた。
「嫌だ・・嫌だ・・頼むよ、放って置いて・・」
呟く声が、小さく続く。
ブルーはそれも構わず彼の心に入り込み、グランドの、セピアの、そして自分の暖かくひたすら彼を案じる気持ちで、冷え切った彼の心を包み込んだ。
どんなに心配しても、どんなに愛していると言葉にしても、彼の暗い魂の塊はそれを受け入れてくれない。
せめてほんの少しでも、自分たちの心を受け入れてくれるなら・・
はねつける暗い心の塊を、優しく包み込んで解してゆく。
レディの心にダイブするブルーも心の底から冷え切って、体が小さく震え出した。
『寒い・・俺まで・・俺まで冷え切っていくよ・・レディアス・・お前の心の中は、なんて寒いんだろう・・』
 心の暗闇の中でレディアスと二人、凄惨な記憶の渦巻く奈落を見つめて立っていると、不安感が広がってゆく。
下を見ると暗闇の中、ドロドロとした赤黒い血の中で多くの赤い双眸が、ギラギラ引き寄せるように光っている。
今まで葬ってきたクローン達の、恨みにも似た感情がひしひしと心を締め付け、身体がすくみ上がった。
『怖い・・こんな所に、駄目だ!こんな所に立つな!お前がいるべき場所はこんな所じゃない!』
ブルーが、隣で無気力に立ちつくすレディアスの手をギュッと握りしめる。
冷たく、死んでいるように硬い。
『死んでる?いや、こいつの心は死にかけている』
『そうだよ、そうさ、もう、死んでいるんだ・・だから・・放って置いてくれ・・』
『駄目だ、死んじゃ駄目だ・・レディ、レディ!俺の声を、みんなの声を聞いてくれよ!』
何も答えない彼の身体が、スッと薄く消えてゆく。拒絶にも似た絶望的な死の気配に、ブルーは咄嗟に覚悟を決めた。
『レディ!死ぬなら!死ぬならみんな一緒だ!レディ!お前は一人じゃない!』
細い糸の上、ダッと彼の身体を抱きしめると、そのまま奈落へと落ちて行く。
『ブルー・・!なぜ!』
どこへ行くのかわからない。
それでも構わない。
どこまでも一緒だ。
レディアスの手が、恐る恐るブルーの背に周り、そしてそっと・・次第にしっかりと、抱きしめる手に力がこもってゆく。
ブルーの脳裏にふと、泣いているセピアの顔が浮かんだ。

『セピア、愛してる・・わかってくれな・・』

『レディアス!』
『ブルー!この玉無しっ!』

『セピア?グランド!』
ワッと熱い魂に触れ、身体が燃え上がりそうに熱くなる。
次の瞬間、バッとフラッシュのように暗闇を明るく照らす強い光りが現れて二人を包み込む。

『死!ぬ!な!っ!!』

鼓膜が破れそうに、爆発的な強い意志がレディアスの横で炸裂する。
『わああっ!!』
目を閉じても強烈な光りに目がくらみながら奈落の底を見ると、金色の髪をした少年が暗い黄泉の底から勢い良く光りに包まれ飛んでくる。
『あれ・・は・・?』
少年は優しく両手を伸ばし、慈愛に満ちた表情で微笑むと、落ちる二人を下から光りではじき飛ばした。

ガンガンガン・・
強い頭痛で吐き気がする。
ハッと目が覚めてみると、目の前には大きなどこまでも広がる青空と、そして横から目をウルウルさせたセピアの顔がドアップで迫ってきた。
「セピア・・」生きてる・・
「ブルー!」
セピアが泣きついて、抱いてくれるのかと思ったら・・ギリギリギリッと頬をつねって、鼻先に噛みついてくる。
「いてててででで!」
「このバカッ!危険だって言ってたくせに、何考えてんのよ!この玉無しっ!」
鼻がじんじん、頭がガンガンして、彼女の超音波並みのキーキー声が脳味噌を揺らす。
「ウー・・気分悪い。鼻血出そう・・」
「もう!」
セピアがブルーのポケットからゴソゴソと頭痛薬を取り出し、1錠取ってポンと口に入れてくれる。
「水は?」と言おうとしてバケツにいっぱいの水が見え、ウッと飲み込んだ。
きっと、頭からぶっかけられるに違いない。
自分で起きあがり一口すくって飲むと、レディの姿が見えない。
「あいつは?」
「グランドが抱っこしてテントに連れてったよ。何か、凄い寝てるんだ。」
言ってるそばから、グランドがテントからシッと指を立てて出てきた。
「よ、ブルー。こいつ熟睡するの、久しぶりだから凄い寝るかも。」
嬉しそうに、グランドがグフフと笑う。
何が良かったのか良く分からず、ブルーがヒョイと肩をあげた。
「そりゃあ良かったね。」
「あたいさ、グランドに言われた通り思いっ切り心で叫んだけど、聞こえた?グランドにいきなり叩き起こされて、訳わかんないよ。」
スリスリとセピアがブルーの肩にすり寄ってくる。
彼女の頭を撫でて、思わず苦笑した。
「ああ、かなり強烈だったぜ。死ぬどころじゃないって感じ?」
「だろ?」
グランドがニッと親指を立てる。
しかしブルーはガックリと俯いて、バリバリと頭をかいた。
「まだまだ修行が足りないか。やっぱり俺にサルベージは無理だな。一緒に引きずり込まれてちゃあ、命が幾つあっても足りねえ。」
「いんや、お前のおかげであいつ、眠れなかったのに寝てるじゃんか。まあ、話せるかどうかはわかんないけどな。」
「まあね。」
「ほんじゃあ、飯食ってお仕事するか?」
「そうすべ。」
すっかり夜は明けて、清々しい風が畑を通り抜ける。ブルーはうーんと力一杯伸びをして井戸へ行くと、頭にバシャンと水を掛け、ガシガシとタオルで拭いた。
「ああ!そうそう、ブルー。お前が気を失ってるとき、その井戸とこの土地の使用料、一度払って下さいって村の人が来たぞ。」
パンを焼きながら、グランドが言った。
「へえ・・」気を失っていた時間があるのかとブルーが首を傾げ、そしてハッと我に返った。
「ガーン!何で!村長はここならいいって!」
確かにタダとは言わなかったが・・
「ああ、セピアがはいはいって払ってたぞ。
変わった所だな、何でも金を取るんだって?
セピアはいらないって言うけど、俺等も半分持とうか?」
セピアはレディの様子を見に、テントに入っている。
ブルーが血相変えてジーンズのポケットを捜し、そして上着に駆け寄り財布を取りだした。
生活費と、不便な所なのでいざという時の入り用の為に多めに入れてきた財布は、すでに薄ーーくなっている。
「ひいいいいいいいっっ!!これ、グレイに借りたのにいいいっ!!」
ダアアアッと涙がこぼれそう。
「セーピーアーーーッッ!!」
「寝てる邪魔するなよー。」
ダアッとテントに飛び込み彼女をつまみ出し、いい大人が取っ組み合いの喧嘩を始めた。
「殺してやるー!いっぺん死んで金の使い方習ってこい!」
「ぎゃあああん!だずげでえええ!!」
彼らの喧嘩は小さい頃から変わらない。
結局最後は、ブルーが力負けしてセピアの尻に敷かれるのだ。
「お前等も、成長しないねえ。」
グランドがポーンとパンを返して、思わずそうっと自分の財布を確認する。今は無事だが、守銭奴だらけの周りを考え、どこかへ隠そうと考え始めていた。

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