桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

カインの贖罪  夢の慟哭

>>登場人物
>>その1
>>その2
>>その3
>>その4
>>その5
>>その6
>>その7
>>その8
>>その9
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掌編掲載しています。

「その7」

車から降り、大統領と夫人が花束を持って慰霊碑の前に進んで行く。
やや離れて辺りを警戒するブルーが、懸命に意識を探った。
会場内はずいぶん人が少ないが、そこを取り巻いて少し離れるとギャラリーが押し寄せ、規制線で押さえられている。

なんて、人間は黙っていても頭ン中はこううるさいんだろう。

額に汗を流しながら、ひどい頭痛がして集中力が途切れる。
その時、

殺してやる!
殺す!
・・粛正を!

複数の声が、頭の中に突出して大きく響いた。
ハッと顔を上げて周囲を見る。
白髪の老婦人が、燃えるような目でじっと大統領を見つめている。
ブルーがシャドウにテレパシーをつなぐ。
『遺族のバアさんが殺してやるってさ、他にも聞こえたけどわかったら教えるよ』
『わかった』
シャドウが頷き遺族を見る。
『ブルー、遺族を探ってみろ』
『うん、やってる』
軽く手を挙げ、ブルーが頷く。
その時いきなり、サンドからテレパシーが入った。

『ルーナから連絡だ!お前らの1人が救出された!』

「うわっ!」
その強烈なテレパシーに、頭痛のする頭がめまいを覚える。
ブルーは頭を抱え、そして目を見開いた。
『何でお前・・ここに来ているのか?!』
『そんなことはどうでもいい、さっさと他の奴にもつなげ。
俺はお前以外の奴と交信する気はない』
『ちょっと待て!本当にグランドが助け出されたんだな?』
『そうだ、じゃあな』

「なっ・・おいっ!」

思わず声を上げたブルーに、横からドンとグレイが小突いた。
「ブルー、シッ!」
「あ、ああ、グランドが助け出されたんだ。」
「え?!」
グレイが口を押さえ、隣であくびをしているセピアの袖を引く。
「静かに聞くんだよ。」
「え〜なんよ。」
ポソポソとグレイが耳打ちする。
その時、ちょうど大統領は慰霊碑に花を手向け、頭を下げて遺族の元へと歩き出した。
椅子に座ったフローレスが、傍らのレディの手を握る。
ギュッと力を入れ、頭を下げる大統領にそっと頭を下げレディに目配せた。
レディが、大統領と気を合わせはじめる。
彼の気を操り、そして自然死に見せて殺そうとしたとき・・

「えーー!うっそ!グランド助かったの?!」

セピアの大きい声が会場中に響き渡った。

ビクンとレディの身体が跳ね、視線が遠く離れたセピアに行く。
慌ててグレイに口を押さえられたセピアの姿が、ベールを越えてその眼に飛び込んだ。

セピア!グレイ!ブルー!

大勢の人の中を3人並んだ姿に、レディの目が釘付けになる。
チッと舌打って、フローレスがレディの手にギリギリと爪を立てた。
「くっ」
しかし大統領は、顔を上げても別段変わりもなく用意されたマイクの元に進んで行く。

馬鹿な、なんてこと?!

レディのしびれる手は神経も鈍く、その痛みも彼を追いつめる物ではない。
あせったフローレスは、スッと手首に仕込んだ針を取りだし、レディを気遣う振りをして痛点を刺した。
「ぐっ!」
身体中を電撃が走るような痛みにビクンとレディの身体が跳ね、フローレスが驚いたそぶりで彼を介抱する。
ベールの向こうから無言で問いつめるその切迫した顔に、レディは息をついて静かに目を閉じた。

もう、いいんだ、グランドが救われたのならこれで終わった。
人間の命令に、こだわらなくてもいい。

確かに殺すのは簡単だ。
人は簡単に死んでしまう。

でも・・・・

死んでしまったら、もう二度と戻っては来ないんだ。
それが誰であろうと。
もう、理由もなく命を奪うことはしたくない。
そうだろう、シュガー・・

そうだね・・と、声が聞こえた気がした。
エディとシュガーが、足下に寄り添っている気がする。
いまだ彼は命という物の重さが、心の中でひどく軽い存在だ。ほんの少し前の彼なら、大統領を銃で殺せと言われたら何の躊躇もなく引き金を引いただろう。
しかしそのレディに命という物を教えたのは、研究所の高名な博士でも誰でもない。
すでにこの世に存在しない、たった2人のかけがえのない存在のクローンだった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、いつものことですから。」
女性係員に答え、ニッコリ微笑み彼の顔を見る。
ベールの下で目を閉じた彼の頬を掴み、ギリギリとかきむしった。
「そう、そうなのね。」
グランドが救われた今、レディアスは大統領を殺す気は無いだろう。

こうなれば、自分で手を下すしかないわ。

ハンカチで口元を押さえ、ハンカチの中から小さな吹き矢を舌で取りだし口に含んだ。
中には毒針が仕込んある。
大統領は至近距離、難なく殺せる。
そう思った瞬間、微かな殺気にブルーが気がつき遠くフローレスと目があった。

『殺し屋だ!いや、あれは!隣にレディがいる!!』

ブルーのテレパシーに、グレイとセピアが振り向いた。
「どこっ!どこに?!」
シンと静まった会場の中、再度思わず大きな声を上げたセピアに全ての人の意識が向いた。
「この、馬鹿!」
グレイがドキッとセピアの口を塞ぐ。
その一瞬の隙をついて、会場に声が響いた。

「神の怒りを知れ!!」



突然の怒号と共に、ギャラリーの中から男が飛び出し会場に突進してきた。

パンパンパン!!

空虚な銃声があたりに響く。
フローレスが慌ててフッと吹き矢を吹く。
「大統領!」
偶然SPがとっさに彼の身を守り、フローレスの吹いた針が逸れ、盾になっていた1人に刺さる。
「しまった!」
ガタンと立ち上がったフローレスの目前で、飛び出してきた男を一斉に軍の警備が取り押さえる。
しかしその背後からも3人の男達が飛び出し、叫びながら銃を乱射し始めた。
「ランドルフの再来を阻止せよ!神の裁きここにあり!!」
「キャアア!!」
「助けて!」
会場内にいた一般人が一斉に逃げ出し、あたりがパニックになる。
判断しかねて駆け寄ったグレイに、ブルーが声を上げた。
「グレイ!レディのところへ!」
「待って!わからない!どこ?!ブルー!」
すでに逃げまどう人々が交錯し目標がわからない今、テレポートのしようがない。
キューン!パンパン!
銃声は変わらず、すでに銃撃戦になったそこへ、シャドウが駆けつけ叫んだ。
「その前にあいつらを押さえろ!これ以上死傷者を出すな!」
「ああ!もう!レディが先だって言ったじゃない!」
「馬鹿、状況を見ろ!」
「わかったよ!セピア行くよ!」
「もう!間が悪い奴らだわさ!」
「殺すなよ!」
「了解!」
銃撃戦の中、グレイとセピアがバッと飛びだして行く。
「馬鹿者!撃たれるぞ!全員撃つな!」
セキュリティのリーダーが声を張り上げ、仲間が射撃を止める。
クローンに比べて、人間の行動は兄弟達にとってはるかに鈍い。
撃ってくる銃弾さえ軽々と避け、3人に難なく飛びかかって行く。
「あっちは任せたとして。レディはどこだ?!」
あせるブルーが黒衣の人々を探す。しかしフローレスはすでに姿が見えない。
「逃げられたか!くそ!」
「ブルー、追うぞ!」
しかし走り出した彼らの前で、遺族の中から突然別の老婦人が人々と逆方向に走り出し、そして大統領を追って行く。
「あっ!あれ、シャドウ!」
それは、先ほど殺意を燃え上がらせていたあの夫人だ。とっさに向きを変えたブルーの手をシャドウが引き、林へと押した。
「俺が行く!ブルーはレディを追えっ!」
「わかった!」
「必ず取り戻せ!」
「了解!」
シャドウが彼女を追い、ブルーは林へと飛び込んで行く。
「バアさん待て!」
シャドウの前で彼女はバックから銃を取りだし、そしてSPに囲まれた大統領の背に身構える。
「やめろ!」
シャドウが叫び、その瞬間ボウッと彼女の手袋が火に包まれた。
「きゃあっ!」
悲鳴を上げて老夫人が銃を落とす。
シャドウが駆けつけ、その手の火を払って消した。
「離して!私はあの男を殺すのよ!危険な男なのよ! 」
「バアさん!」
涙を流すその老夫人の手を、シャドウが思わず握りしめる。
「殺しちゃあ駄目だ。それじゃあんたもランドルフと同じになる!」
「あんな戦争、二度とあっちゃいけないのよ!あんな!」
「あんた、旧カインの人間か。」
「目覚めても、誰もいない。あの時死んでしまえば良かった・・・あああ・・ああ・・」
泣きながら崩れ落ちる。
放射能を浴び医療措置でコールドスリープに入っても、目覚めると回りに知る人は1人もいない。
そこには健康を取り戻す代わりに孤独が待っている。
いまだ戦争に苦しむ人が、ここにもいた。


「この!この!このガキ!」
舗装された林道を車椅子を押して急ぐフローレスが、周囲から人が消えたとき足を止めた。
「もう用はないわ、ここでさよならよ!」
フローレスがレディの首に手をかけ、グイと締める。
「フフ、一息なんてもったいない。せめて苦しむ顔を見せてちょうだい。死んだらその眼、私が貰うわ。」
レディが充血する頭を振って、目を見開き彼女と気を合わせようとする。
しかしその無表情が気に入らないのか、彼女は手を離しいきなり殴った。
「いやだわ、あんたのその顔。もっと苦しんで死なないと楽しくないわ。」
袖に手を入れ針を取ろうとする。
突然あたりにパシュッとサイレンサーを付けた銃声が数発響き、フローレスがワキに挟んでいたバックを弾かれ落とした。
「きゃっ、だれ?!」
慌ててレディを盾に隠れ、あたりを見渡す。
落ちたバックは弾みで口が開き、針の入ったケースが飛びだし蓋が開いて、あたりに散らばっていた。
「毒蜂がこんな所にいるとはね!」
「デリート?!その声はデリートか?」
声を聞き、フローレスの顔が醜悪にゆがむ。
サッと袖をまくし上げ、手首のベルトから針を引き抜き構えた。
「デリート、あいつのおかげで私は・・」
苦々しく昔を思う。
フローレスは昔、散々人を殺し、そして指名手配を受けた殺人鬼だった。
しかし逮捕された後、彼女はなんと軍に反旗を翻そうとした部隊にスカウトされたのだ。
その部隊がどんな手を使ったのかは知らない。
移送時にそのまま脱走し、名を変え部隊に入隊させられ、自分は監獄で死んだことになっていた。
その後予定通り彼らは独立部隊として反旗を翻し、彼女は殺人と拷問のスペシャリストとして、正規軍にはひどく恐れられたのだ。
しかし多勢に無勢、敵うわけもなく、フローレスもまだ軍で機動部隊にいたデリートに惨敗して捕らえられた。
その恨みがずっと心の底でくすぶっていたのだ。
ザザッと葉擦れの音がして、フローレスが身を起こし針を一つ投げる。
「遅いっ!」
「うっ」バッと突然横から蹴りが迫り、フローレスがひっくり返った。
とっさに投げた針も、難なく銃でチンと小さな音を立てて弾かれる。
「ちっ、バアさんが!出る幕じゃないよ!」
車椅子の内側にテープで貼り付けていた銃を取ろうと手を伸ばした瞬間、デリートが彼女の目の前に数発撃ち込んだ。
「ひっ、こ、この!」
「ババアはお互い様さ。だが、私もデスクワークばかりではないのだよ。身体が鈍るのは大嫌いでね。」
デリートが彼女に銃を向けたままレディアスのベールを取った。
その顔を確かめ、ホッと息をつく。
「手のかかる子だよ、お前は。大丈夫か?」
しかしレディは目を閉じ、うつむいたまま顔を上げようとしない。
さすがのフローレスも、手を挙げフッと諦めて身を起こした。
「ふん、だからあんたの部下に手を出すのはイヤだったんだ。」
手を下ろす瞬間、いつの間に手にしていたのか、小さな吹き矢を口に含む。
しかし吹こうとした瞬間、どこからか銃声が響きデリートが数歩下がった。
「やはり、貴様が関わっていたか、少佐。」
「デリート、何も言わず引け・・と言っても無理か?」
林の中から少佐とレックスが姿を現す。
「大義があってのことだ。作戦が終わったら必ず返す。約束しよう。」
「聞けないな。何であろうとお前達がやろうとしているのは人殺しだ。この子には重すぎる。」
「・・・ならば、私は君を消さねばならない、デリート。」
「やってみるがいいさ、私を甘く見るなよ。」
キリキリと、2人の間に緊張が走る。
その隙にフローレスがデリートに向けて吹き矢を向けた。
しかし吹く瞬間、がさりと樹上から音がする。彼女が思わず、とっさに樹上に向けて吹く。
「いつっ!」
鋭い痛みに顔を歪め、樹上に89があらわれレディに向けて1発撃った。その銃弾が逸れ、キンッと音を立て車椅子のフレームに弾かれる。
「だれっ?!」フローレスが吹き筒を吐き出し、弾かれたように立ち上がった。
「く!この・・」
最後の銃弾が無駄に終わり、樹上から89が飛び出しナイフを手にレディに飛びかかる。
しかしその足は思うように動かず、ドサリと地に落ち89は信じられない表情で見上げた。

なに?これ?!

痛みを感じた足から、刺さった針を抜いて落とす。足がつり、ギュウッと神経が縮むような、奇妙な痛みが広がった。
「ホホ、なんだクローンじゃない?あんたヴァインの犬?まあ可哀想、すぐ死んじゃうわもったいない。せめて毒が回って苦しむ顔を見せてちょうだい。」
「ど・・く?」
89の押さえる足が、ギュッと硬直してけいれんを起こす。
「ひ!・・あ!あっ!」
足の神経がビリビリと感電するような感覚が、強烈な痛みへと代わりそれが次第に広がって行く。悲鳴を上げる89へ身を乗り出し目を輝かせるフローレスに、レディがカッと目を開けた。

突然クローンに手を伸ばすフローレスが、ガクリと膝をつく。
「な、なに?これは・・・」
「どうした?!」
少佐が異変に気が付き、デリートに銃を向けながらフローレスに近づいた。
手を貸し立たせようとしても、彼女の身体から力が抜けたように手さえ挙げるのが困難だ。しかも彼女の顔を見て、ギョッと少佐は手を引いた。

『デリート、人形だ!止めさせろ!』

デリートの頭に、サンドが叫ぶ。
「まさか?!」

サンド!すぐにソルトをよこせ!

デリートはサンドに返すと、思わずレディに銃を向けた。
「止めなさいレディ!人間を殺すな!」
フローレスが少佐の様子に思わず手を見、そして顔を触れて急激に生気のなくなって行く自分の身体に驚愕する。
「ひ、ひいいい!!だ、誰か助けて!そいつを殺して!早く!」
「お前か?!レディアス、お前の仕業か?!」
少佐は彼女の様子にゾッとして、思わず数歩身を引いた。
「少佐!」
少佐は彼に銃を向けるレックスを制し、よろよろと最後の力を振り絞って身を起こしたフローレスを凝視する。
彼女はまるで一気に老いて行くように、急激に肌は生気を失い、そして力を失って行く。
それは以前サンドがそうであった時よりも、急激な変化を遂げて死へ一目散に向かっているのが手に取れた。

お前だけは・・お前だけは許せない。
たとえ地の底に落ちても、お前だけは・・

急激な変化に苦しむフローレスを冷ややかに見つめ、レディが更に力を振るう。
「レディ!誰であろうと人間を殺すな!」
一喝するデリートに、レディアスがちらと自分へ向けられたその銃口を見た。
彼の口が、小さく何かを告げるように動いて目を閉じる。
「うう・・・力が、身体中から力が・・イヤ、イヤよ、し、死ぬのはイヤあ、あ、あ・・」
ハアハアと息を切らせ、フローレスが針を手にレディに向かう。
デリートは目を細め、そして銃の引き金に指をかけた。
「デリート!止めろ!」
少佐が叫ぶ。
ちょうどその時ブルーが遠巻きに駆けつけ、尋常でない様子に思わず足を止めた。
「きょ、局・・・長!」
遠くに車椅子にかけるレディアス、そしてそれを狙うのはかつて親代わりでもあったデリート。
「やめろ!やめてくれ!」
ブルーが叫んだその瞬間、一発の銃弾がデリートの銃から発射された。


暗く、暗く沈んだ心に、レディはカセを無くし、すでに生きる気力さえ失っていた。
グランドが助け出されたのならば、もう自分の存在価値はない。

寒い。

ずっと寒くて心のシンまで凍えそうだ。
まわりの音も景色も全てが夢の向こうのようで、うつろに動いて見える。
それでも・・
ただ心の表面でずっと、この毒蛇のような女に向けて憎しみという感情だけが引っかかっている。
旧カインのランドルフのいる宮殿の離れで、恐怖の中で身を寄せ合い支え合った自分のクローン、エディ。
そのエディを殺したのが誰か、それがはっきりとしなかった時、彼を殺したのは自分だと聞かされたままに自分を責めて憎んだ。
誰が殺したにしろ、エディ自身はその人物の死など望まないのはわかっている。
しかし空っぽの今は、強烈な負の感情である憎しみという物だけが、彼の心で突出して彼女の動きを目で追っていた。
それは彼女に絞められた首に残る感触が、ジンジンと引きずるように残って、レディを追いつめているのだ。
何故か局にいるはずの局長が、レディの横でなにかを話している。

いや、この人は本当に局長だろうか。
あの人がこんな所にいるはずがない。
何のためにここにいるのだろう。
地に落ちて身もだえして苦しむクローンは、この毒蛇の毒に苦しんでいるのだろうか。
そして、いまだ主に縛られているのだろうか。
頭がだんだん真っ白になって行く。
のどが渇いて、そして空が灰色だ。
ああ、なにか、頭が真っ白で何か忘れている。
死ぬ前に、何かやることがあったはずだ。
たった今まで、思い詰めていたことが。

フローレスが、気味が悪いほどにほくそ笑みながらクローンに歩み寄る。
レディには、ふとそのクローンがすでに遠い昔死んでしまった自分のクローン、エディの姿に見えた。
ゾッとする寒気が背を走り、そして頭の芯が熱くなる。

お前だけは・・お前だけは許せない。
たとえ地の底に落ちても、お前だけは・・道連れにしても・・

フローレスを見つめ集中して気を合わせ、そして一気に、大量に生気を奪い取り、取り続けた。
彼女はみるみる身体が萎えて衰え、そして見る影もなくなって行く。
しかしそれでもレディの力を知らなければ、誰がどんな方法で、彼女を死に至らしめているかなどわからないだろう。
それは毒薬でもなく、一発の銃弾でも刃でもないのだ。
何も残さない殺傷能力。
これほど恐ろしい殺人者を前に、そこにいた人間達が恐怖の目でレディを見る。
そして、あろう事か親代わりでさえあった局長が、銃口を彼に向けた。
「レディ!・・」
局長の叫びが遠く聞こえる。
しかし
それこそ、願ってもない状況。
時には厳しく、そして時には親身になって優しくしてくれた、力強く頼りになる、初めてのそんな人間。

あんたにならば、殺されても構わないさ。

レディがデリートの顔を見つめる。そしてずっと一度でいいから言ってみたかった、ささやかなその言葉に小さく口を動かした。



おかあさん・・




パシュ!!
デリートがついに銃を発射した。
バッとあたりに血が散り、ドサンと身体が地に横たわる。
ゆっくりと目を開けたレディの前に、頭を撃ち抜かれ地に伏して絶命したフローレスの姿があった。

な・・ぜ・・?

呆然と彼女を見つめるレディをよそに、デリートが銃を下ろし、そしてそこにテレポートしてきたソルトに指示する。
「デリート、何故・・何故殺した。」
つぶやくように問う少佐に、デリートがキッと顔を上げた。
「私はこの子の親代わりだ。この子に罪を負わせるくらいなら、私が負ってでもこの子を救う。そのくらいの覚悟が無くてはこの子達の保護者は務まらんのだよ。
ソルト。」
「はい。」
ソルトがレディの肩に触れ、彼を車にテレポートさせる。アッと身を乗り出したレックスの足下に、デリートが数発撃ち込んだ。
「血気盛んなのはよろしいが、出過ぎた真似は身を滅ぼす。少佐、教育が足りんよ。」
「局・・長!」
ブルーが思わず叫びを上げる。
あとから他の兄弟達も、ブルーの元に駆けつけた。
「ブルー、レディは?」
「局長が・・・」
「少佐!レディアスはどこさ!」
セピアが少佐にくってかかる。
シャドウが制して、兄弟の前に出た。
「この状況、誰に聞いたらいいんだ?レディアスはどこだ?局長。」
しかしその時、運悪く人が来る気配が近くなる。少佐が舌打ち、数歩あとに引いた。
「くそ、何もかもが水泡に帰した。なぜこの計画の重要さがわからない。」
「馬鹿なことだ、1人を殺して全てが変わると思うな。誰もがランドルフの再来を許すはずがない、先ほどの暴漢どもはいい見本だよ、そう大佐に伝えよ。
さて、レディアスは返して貰った。計画は諦めたまえ、さらばだ。」
ザッとデリートが身を翻し林の中を駆け出す。
ソルトは息も絶え絶えの89の身を背負い、彼女のあとを追った。
「局長!」
シャドウとセピアが思わず前に出て、フローレスの死体にウッと引く。
「何?!この人!」
「シャドウ!」
グレイが引きつった顔で、ブルーを振り向く。ブルーは無言で首を振り、それがレディの仕業ではないと教えた。
「キラー・リーか。非情な女が返せば情に厚いとはな。」
少佐が歩き出しながら、苦々しい顔で周囲の部下に引くように合図する。
「少佐、追いましょう!」
「いや、もういい。一旦引いて上の指示を待つ。」
かすかにレックスが舌を打つ。

これでは大佐の命令が・・

計画が失敗に終わった今、レディの抹殺命令を実行しなくてはならない。
それは自分に科せられた重要な使命だ。
まさかデリートが、グレイのクローンまで持ち出すとは思わなかった。

自分の立場さえいとわないとは・・想定外か。

「少佐」
立ち止まり、バッと敬礼して走り出す。
「待て!レックス!」
少佐の怒号をあとに、今デリートを追わなければと言う思いが強い。
相手はクローンを伴っているとはいえ中年の婦人だ。足の速い彼なれば、今から追っても追いつける。
レックスはデリート達の消えた方向へ、足の痛みを押して全力で林の中を駆け抜けていった。

公園のはずれに停めた車内の中、意識のないクローン3人を診るマリアの後ろで、座席に座るサンドが頭を抱え精神を集中していた。
彼はデリートを通し一部始終をずっと見ている。
しかし、レディアスがフローレスを殺そうとする状況で、デリートの意識を読み、銃口を彼に向けるその行為に混乱していた。
「デリート!」
引き金を引くその様子に思わずサンドが叫ぶ。
身を乗り出し、弾みでイスから倒れそうになり手で支えた。
「どうした?ソルトに何かあったのか?」
マリアが振り返り、座席の彼に手を貸す。
「ち・・がう・・大丈夫だ。ソルトは・・・」
サンドが宙を見て、そしてマリアの顔を見る。
「来る、人形が来るぞ。」
「なにっ?!うわっ!」
声と同時に、バサリと黒衣に包まれたレディの身体がマリアの手の中に現れた。
「レディアス!レディ、本当にお前なんだな!おい、おい!」
肩をガクガクと揺らし、うつろな顔に頬を叩く。その眼が辺りを見回し、横たわるクローン達に怪訝な顔をする。そして眉をひそめて目を閉じた。
マリアが横にして脈をとり、目を見て急いで袖をまくり上げ点滴の準備を始める。
「この、馬鹿者が!しっかりしろ!」
「どうだ?」
サンドが振り返り、不機嫌そうに問うた。
「ひどい脱水だよ、またハンストしたな。まったく、昔と違って今のお前は無茶はきかんのだぞ!
サンド、デリートは?」
「まだだ、こちらに向かってる。
・・・馬鹿な奴だ・・クローンより悪い・・」
サンドがひどい頭痛と疲れに頭を押さえ、ぐったりと椅子にもたれる。
後ろはすでに戻ってきたクローンやレディアスの、死にかけた奴らが4人も並んでマリアは1人で忙しい。
「この馬鹿が、ずいぶん殴られたな。顔も身体もアザだらけだ。ん?どうした?手足に力が入らんのか?脳に障害が?」
「違う、そいつ針が刺してあるらしい。手足の自由がない状態だとさ。時間がたてば戻ると言っていたと・・」
「針?何で針なんか。奇妙な。」
「そんな女が・・1人敵にいたのさ。・・もういないがね。」
サンドが頭痛薬を取りだしボトルの水を飲む。
すでに精神力も限界に来て、ひどく眠い。
「疲れた・・」
ふと漏らし、クッと笑った。

ずいぶん俺も腑抜けたもんだぜ。

なぜか、ベリーの微笑みがポッと浮かぶ。
頭をガシガシかいて、両手を突っ張り踏ん張りの効かない足にイラつきながらも座り直した。
「窓、少し開けていいか?」
「ああ、少しならね。人が来たらしめろ。」
「わかっている。」
「処置が済んだら車を出す。デリートは打ち合わせの場所に向かっているか?」
「確認する。」
ほんの少し窓を開けると、ヒンヤリした林を通る風がスッと肌を撫でる。
サンドはほっと一息ついて、また目を閉じると意識を集中し始めた。


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