桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

番外編 明日は宝石注意報

初めてワンピースドレスを買ったピアに、ライトは食事に行こうと提案。ぐーたらダークにおごらせて、3人はホテルの高級レストランへ。
しかしそこで出会った男女は超嫌みな奴。
復讐を誓う3人ですが、その方法は?
ハチャメチャで、あり得ない設定ですが、ムリヤリ書いてます。w
1ドルは百円の計算で。


「お届け物でーす。」
「あ、はーい!」
宅配便のお兄さんが、やや大きめの箱を抱いてやってきた。
1階の飲み屋を掃除していたピアが、慌ててドアを開ける。
それは、その荷物から始まった。
ここは大きなカジノ街。
一夜で金持ちも生まれれば、一夜で身ぐるみはがされる。
そんな街の、ひっそりとした裏通りにある一軒の飲み屋、それが彼らの家だ。
18才の女の子、ピアはワクワクとした面もちで箱を開けて、ガサガサと中を探りピンクのワンピースを取りだした。
「これこれ!いやだ可愛い!これ一目で気に入ったのよーん。」
袋に入ったまま、身体に当ててクルリと回る。
カウンターの向こうで、10才くらいの黒髪の少年が、ふうんとうなづき拭いていたコップを下ろした。
「似合うよ、ピア。いいの買ったじゃない。」
「でしょ?でしょ?可愛いの大好き!」
ほんのりえくぼを浮かべて嬉しそうなピアは、美人ではないが可愛い女の子だ。
いつもはつらつ元気で、店員兼、家政婦兼、同居人。
「店で着るの?」
「んー、そうねえ。でも初めて買ったドレスだから・・どうしようかなあ。」
抱きしめて残った箱を覗くと、靴の入った箱に派手な服がまだ沢山入っている。
「これ、本当に全部ダークの?派手ねえ。」
「まあ、商売だからね。」
そう言って少年・・ライトがカウンターから出てきて箱を抱える。
そして奥に入り、住まいの2階へと上がりはじめた。
階段を上がったそこは、キッチン兼、居間兼、ピアの部屋だ。もちろんピアのベッドはカーテンで仕切られているが、1LDKと言っても極端に狭い。
居間には小さなテーブル一つに、椅子一つと果物が入っていた木箱が2個あるだけだ。
余程店の方が金がかかっている。
トンッと上がったライトは、いまだ手つかずのテーブルにある食事に溜息をついた。
「まったく、まだ寝てやがるな?」
奥にある、この2階にある唯一の部屋をバタンと開ける。
そこはひしめくようにベッドが2つ。
そして壁には棚があり、天井からは洋服がぶら下がっていた。
ジロッとライトが睨む先には、奥のベッドに布団の塊が一つ。
その塊からはニュッと1本足が出て、もぞもぞまた布団に引っ込んでゆく。
「このー、もう昼過ぎたぞ!」
ポンとベッドに飛び乗って、塊を思い切りドカッと蹴った。
「起きろっ!!」
足りなかったかびくともしない。ドカドカ蹴りまくり、とどめとばかりに布団を掴んでグイと引っ張る。
ゴロンと出てきたのは、痩せた二十歳前後の青年が一人。
長い黒髪をお下げに編んで、布団に抱きつき幸せそうにスウスウ眠っている。
心地よい布団の暖かさに酔いしれ、重い瞼はなかなか開かない。
「ダーーーク!てめえいい加減に・・」
ギュッと、ライトが鼻をつまんだ。
ポカンと開けた口を、グッと手で塞ぐ。
「・・むうううう・・んん・・」
次第に真っ赤な顔になりながら、それでも目を覚まさない。
しかしとうとう曇った声を出すと、懸命にライトの腕を握りバタバタ抗いはじめた。
「うーーー!!」
死ぬう!!
バーンッ!!ガチャン!
ダークのベッド脇に置いていた陶器のブタの貯金箱が、いきなり弾けた。
「あー!こいつ割ったな!だからここに置くなって・・」
ほんの数枚しか小銭が入っていないこれは、貯金をするためではない。ただ単にピンクのブタがアジア風で気に入って、ダークが置いているのだ。
ブツブツ言いながら、ライトが小銭をつまみ取り、破片の上に手をかざす。
すると、まるでフィルムを逆回転するように、破片が集まりブタの貯金箱へと戻った。
つまり、元に戻ったのだ。ライトの力で。
この、兄弟2人は、家に代々伝わる「ランティスの黒ダイヤ」の呪いを受け、それぞれが変わった力を持っている。
ダークは壊しまくる破壊魔王で時に予見の力を持ち、そしてライトはウィザードなのだ。
ウィザード・・魔法使いとはダークが言う言葉だが、ピッタリだろう。
彼はその力を応用して、生活の中で壊れた物を直すのはお手の物だ。
しかし、宝石の呪いで得た力だけに、宝石を自在に操るのを本来得意としている。
それは時として容積を一時的に変え、物に限らず人さえ飲み込んで、また小さな宝石へともどし、直し込む。
直し込まれた物は、宝石の中で時が止まるらしいが定かではない。
そうされて、覚えている者はいないからだ。
その異能とも取れる力は密かな物だが、2人は大胆に使うので、「壊しのダークと直しのライト」という異名も囁かれている。
しかし、実際にはそのダークとライトの顔を知る者はいない。
その名が本名かどうかも、誰もわからなかった。
ライトがブタから取り出した小銭を中に入れようとして、スッと自分のポケットに入れる。
ダークを見ると、なんとまたスウスウ寝息を立てて幸せそうに寝ている。
腹が立つより呆れた。
「お前、死んでも起きないつもりか。そうか、わかった。」
ライトが立ち上がり、しばし考える。
そして大きな溜息をつき、ドアから出て行きながら一言告げた。
「お前、明日の晩まで飯抜きだ。」
バタン、
飯抜きだ・・・・・飯抜きだ・・・・飯抜き・・・
ライトの言葉が耳元にこだまする。
「めしっ!飯抜き?」
がばっと、青年・・いや、実は少年のダークが飛び起きた。
「兄ちゃん!起きる!起きます!飯抜きだけはー、許してええ!」
ダアッと部屋を飛び出し、食事の並んだテーブルに飛びついた。
ガッと1本の食パンを掴むと、すかさずビシッと背中にライトの蹴りが入る。
「こらっ!顔くらい洗えバカッ。」
ボサボサ頭でボウッとした頭が、次第にはっきりして時計を見た。
「あれ?もう昼過ぎてらあ。」
「いつまで寝てるんだよ、ボケ。」
「あーなんか気持ちよくてさあ。」
ダークがぼんやり頭をボリボリかいて、流しでバシャバシャ顔を洗う。
横では小さな少年ライトが湯を湧かし、木箱を持ってきて、届かないところにあるカップを取り、コーヒーを用意した。
「ハー、やっと目が覚めた。」
ゴシゴシタオルで拭いて、ぷはーっと顔を上げる。
「昨夜はいくら稼いだんだ?」
自分の分もコーヒーを入れて、ライトが椅子に座り一口含む。
ウッとダークが言葉に詰まってちらっとライトを見た。
予見の出来るダークがルーレットに手を出すのは、勝つのが当たり前のサギだ。
なのに店の客に誘われると、すぐにのこのこ付いて行ってしまう。
「賭け事は、してませんよ。お兄ちゃん。」
「うそつけ。お前が気持ちよさそうに寝るときは、大体1万ドルは行ってるな。ルーレットか?」
そうっとダークが木箱に座り、タオルを首に掛けたままトマトジュースを一口飲む。
傍目から見ると年の離れた兄弟で、どう見ても二十歳くらいのダークが兄で十歳ほどのライトが弟だ。
しかし実際はその逆で、しかも十五歳の双子なんだから誰も信じられない。
彼らに当たり前は通用しなかった。
えへへと、ごまかすように笑うダークに、ライトがニヤリと口端を上げた。
「そうか、丁度良かった。今夜は店を休んで食事に行こう。」
「へ?なんで丁度いいの?」
「お前のおごりだ。ピアがいいドレスを買ったんだ、丁度いいだろ?」
「ええええええええ!!!」
問答無用、ライトはトントンと階下の店に降りて行く。
しばらくすると、ピアの喜ぶ黄色い声が上まで響き渡った。
ピンクのワンピースドレスに着飾って、食器棚に映る自分の姿に満足しながらクルリと回る。
柔らかなレースをふんだんに使ったドレスは、まるで羽に包まれたようで身が軽い。
髪を綺麗にすいてお気に入りのピンで留め、唯一持っていたメッキのイヤリングを付けた。
「よし、と。あ、靴を買うの忘れた。」
靴はスニーカー、バックは黒のナイロンバック。
何だか締まらない。
「もー、まだかよ。タヌキは何着たってタヌキなんだから・・お。」
店で待っていたダークが、しびれを切れして上がってくる。そしてニッと笑ってピアの姿を見回した。
「なかなかじゃあねえ?」
「でしょ?でしょ?」
「いや、お前じゃなくてドレスが。」
ドカッとグーで殴られた。
「いてえ!いてえ!んな暴力女、飯食わせねえぞ!」
キャンキャンわめいて、遅れてきたライトの後ろに隠れる。
ライトはふうんと眺めて、「おい」とダークを振り向いた。
「バックとネックレス、指輪、イヤリング貸してやれよ。本物をさ。」
「冗談、あれは俺の商売物。」
「お前、突き落とすぞ。」
ギロッと睨み付けられ、背後の階段にひーーっとダークがすくみ上がる。
「わかったよー、もう。」
兄弟の部屋に入り、ゴソゴソしたかと思えばバッグと宝石箱を持って出てくる。
「ほれ、これがバックね。んで、んーこれかな?お前にゃあ安物で丁度いいさ。」
小さなルビーの付いたネックレスとイヤリングに、指輪を差し出した。
「お揃いだあ!可愛い!ね、じゃあ借りるね。」
小さな石は、さほど高価な物でもないようだ。
バックはどこかで見たロゴだが、気にせずに借りた。
「じゃあ、途中でピアの靴買って、そしてレストランへ行こうか。」
にっこり、ライトはいつも優しい。
ケッとダークはまた文句の一つもいいそうだ。
「店、休むの久しぶりだな。」
一階に降りて、休業の張り紙を出す。
男2人はいつものスタイル。
ジーンズにシャツにジャケットだ。
兄弟で、体格は違うのに双子だからなのか、何故かいつも同じ格好をしている。
帽子だけが違ってライトが野球帽で、ダークが方フックのテンガロン。
ライトは普段着だとすっかり小学校低学年だが、ダークはほっそりと背が高く、足が長いのでモデルのようにジーンズがよく似合う。
長い髪は上げて帽子に隠しているから、見た目格好いい青年だ。
食欲と性格は別にして。
「えへ、なんかお姫様みたい、ねえ。」
「そうだな、タヌキ姫だ。」
ぎゃははと笑うダークを、ライトと二人してドカッと蹴った。
「よく似合うよ。じゃあ行こうか、ピア。」
「うん、行こう行こう。アホダークは置いていこう。」
家を出ると、2人手を繋いで仲良く歩く。
「ちぇっ、俺のおごりなのにさー!」
ダークはその後ろを付いていきながら、ブツブツつぶやいていた。
白を基調とした室内装飾に、シンプルながら美しい曲線をした背もたれの高い椅子。
まわりは皆、着飾った紳士淑女が楽しく食事を楽しんでいる。
「どうぞ、フランス産若鳥のグリルでございます。」
スッと横から皿が差し出される。
「は、はい!ありがとうございます!」
ピアがカチカチになって大きな声ではきはき返事する。
美味しそうなメニューを前にしても、流れる音楽さえ耳に入らない。
次はどのナイフか、どのフォークかをチラチラと目を忙しく走らせる。
綺麗に着飾っても、こんなレストランに来たのは初めてだ。
肉はどちらから切るのかとダークを見るが、ガツガツとアッと言う間に食い尽くすこいつはあまり手本にならない。
ライトは右を切ったり左を切ったり、何か彼なりにこだわりがあるのだろう。
変わった切り方だ。
ハアッと一つ溜息付いて、大きく開けた窓に目がいった。
窓の外には、美しい夜景が広がっている。
眼下には派手なネオンが輝き、このレストランがあるホテルにもカジノがある。
ダークは行きたそうではあるが、今日はライトが一緒なので怖くて行けないらしい。
大体食事と言われて気軽に付いてきたのに、こんな高級レストランに連れてこられるとは思わなかった。
すっかり自分は身分違いで浮いている。
そう思えて仕方ないのは貧乏性だろうか?
何となく、ワインを飲んでギコギコと肉にナイフを入れる。
パクッと食べるとやっぱり美味しい。
「ピア、美味しい?」
ライトが、にっこりと聞いてきた。
「う、うん、美味しいよ。ね、ダーク。」
見るとダークはペロッと皿を平らげ、渋い顔だ。
「チェッ、全然足りねえ。ああ、腹減った。2人分・・いや、3人分頼めば良かった。」
腹へったも何も、ピアとライトはすでにこってりした料理に腹一杯だ。惰性で食べている節もある。
「ダークのお腹って、一体どうなってるの?」
「さあ、異世界と繋がってるんじゃないの?どんなに食べても太らねえし。
いや、ブラックホールかな?最近どんどんひどくなってる。」
ライトが溜息混じりに漏らす。
やがて食べ終わってダークが支払いを済ませていると、ピアがもじもじキョロキョロ見回した。
「ねえライト、おトイレどこか知ってる?」
「ああ、そのバーを曲がったところだよ。」
「良く知ってるわね。」
「うん、良く来るから。」
「500ドルのコースを?!」
ライト達は貧乏か裕福かわからない。
子供のくせに、ませている。
「ああ、ここのシェフがうちの客なんだ。いつもは料理が終わったら挨拶に来るんだけど、今日は来なかったから忙しかったんだろうね。」
「ふうん、・・じゃトイレ行ってくる。」
バーを曲がると、確かにトイレがある。
中に入るとさすが、トイレも綺麗で広くて落ち着かない。
誰もいないのに少しホッとして、個室に入った。
「んま、トイレの紙も上等だわ。」
カラカラ派手に使うのも気が引けて、丁寧に巻き取り使う。
用を済ませて個室を出ると、流しの前面ガラス張りに自分の姿が八方から見られているような、変な気持ちだ。
「あれ?この金ぴかの蛇口どうすれば水が出るんだろう。あ、センサーか。
あれえ?石鹸はどうすれば出るの?」
どうも最新式は肌に合わない。
マジマジ手洗い場周辺を眺めていると、外からのドアが突然開いた。
「あら」
派手な紅いドレスを着てワンレングスのストレートヘアに、長いパールのネックレスは金色に輝き、装飾品もきらびやかな美しい女性だ。
大人の女って感じ。
思わず手を洗いながら見とれていると、女性は口紅を塗りながらピアを鏡越しに見て、クスッと笑った。
あれ?今のって笑われた?
ピアが、ボーボーと乾燥機に手を突っ込み、手を乾かして振り向く。
「イモね」
女性が、クスッとはっきりつぶやいた。
「イ、イモ?」
「フッ、見た目だけ着飾っても、イモはイモよ。」
「んなっ!」
いきなりの衝撃に、ピアは口をパクパク声も出ない。
やがて呆然と立ちつくすピアを残し、ツンと豪華な女はトイレを出ていった。
ハッと我に返り、ダアッとトイレを駆け出す。
外ではライトと眉間にしわ寄せたダークが待っていた。
「てめえ、クソか?食ってすぐ出すたあ、もったいねえ奴だな。」
「ちょっと!今出てった女はどこに行ったか知ってる?」
「ああ、あのいい女?あっち。」
見るとレストランの入り口で、数人の男を引き連れた偉そうな恰幅のいい男に寄り添い、ベタベタと媚びている。
「あのババア!殴ってくるわ!」
鼻息荒いピアを、ガッとライトが止めた。
「まあまあ、何か言われたの?」
「あたしのことイモだって言うのよ!」
「まあ、落ち着いてよ。」
ライトがなだめて、もうっとピアが踏みとどまる。隣でダークが、ピアの頭からつま先までをまじまじと見た。
「んー、やっぱイモじゃねえよな。」
「そうよね、ひどいわ!」
ニヤッとダークが笑う。
「タヌキだ。」
ドカッと間髪入れず、ピアが蹴りを入れた。
「いってえっ!」
「キーッ!誰も彼も腹が立つーっ!!」
キーキー言ってると、女を連れた男も気が付いた。
レストランの支配人が、見送りまでしているから相当の人物なのだろう。
ライト達3人を見て、男は不機嫌そうに大きい声で支配人を呼びつけた。
「おい支配人!あんなどこぞの馬の骨を客に迎えるなど、このレストランも地に落ちたな。」
「は、いえ、そのような・・」
申し訳なさそうに、ライト達にも顔見知りの支配人が頭を下げる。
ムッときて前に出ようとするダークを、慌ててライトが遮りグイと腕を引く。
「行こう、あんな馬鹿に関わってられない。」
「兄貴!でも・・!」
「いいから!壊すなよ!」
こんな所でダークが壊しまくったら、大変な騒ぎになる。
釘をさして、何とかライトがなだめながらエレベーターのボタンを押した。
キーッと、ダークもピアも後ろの男女を睨み付ける。
「フン、小さな子供になだめられて、いい大人が。」
まだ男はブツブツ言っている。
「この、野グソ野郎!」
「ダーク、壊したら飯抜きだぞ!」
「くそーっ!」ダークがグーを振り回し、ライトに引かれてエレベーターに乗り込む。
扉が閉まり目障りが消えて、男がフンと清々したように女の手を取りバーへ向かった。
ガチャン
「お?」
腕から、超高級時計が滑り落ちる。
「なんだ、壊れたのか。」
拾おうとして、屈んだところにガチャンと腰のベルトが壊れ、ストンとズボンが落ちた。
「わああ!」
派手な赤いハートのトランクスを見せて、男が慌ててズボンを上げる。
「あなた!ぎゃああ!」
女が一歩足を踏み出すと、ガクンとピンヒールが折れてひっくり返る。
バリッとドレスのおしりが裂け、パールのネックレスが千切れてバラバラと辺りに散った。
「キャアアアー!私のパールが!拾って!誰か拾ってちょうだい!」
その場にいた皆がバッと地に伏せパールを拾う。
ころころ転がるパールに遊ばれながら、店の従業員までかり出され、その場はやっぱり大騒ぎとなった。
スタスタと歩くライトを追って歩きながら、ピアとダークがだんだん落ち着きを取り戻してゆく。
まあ、腹も満腹だし些細なことだ。
いつまでもグチグチ言っても仕方ないだろう。
「やあねえ、嫌な女だったわあ。ねー、ダーク、気晴らしにカジノに連れてってよ。」
ポワンとワインが回って気持ちいいピアが、ダークの腕に飛びつく。
「ガキが行くところじゃねえよ。」
ケッと言い放つダークは、しかしピアより三歳年下だ。
「なー、兄ちゃん、ゲームでもしてく?」
「えーーー!やだー!」
カジノの隣はゲーセンだ。
ピアはせっかくお洒落してきてゲーセンには行きたくない。
「ちょっとお、ライトなんか言ってよう。こんっなにお洒落なあたしがゲーセンなんて幻滅う!・・ライト?」
ライトは、無言でうつむいている。
ピアがそうっと覗き込むと、ライトが低い声で不気味に笑った。
「・・・うふふ、うふふふふふ・・・」
「ど、どしたの?」
ウッと、ダークの歩みが止まる。
「兄貴、切れたな?」
「どうなるの?」
ライトの機嫌が悪くなるのも珍しい。
ピアはキョトンとダークを見た。
「しらねえぞ、きっとあれだな。「小さい子」にカチンときたんだ。」
「あら、あんただって大人大人って言われたじゃない。老け顔だもん。」
「な、なにい!俺は老けてねえぞ!」
バッと思わず顔を撫で回す。
確かにもの凄く食ってないと、ダークは何故かゲッソリ痩せて肌がバサバサに荒れる。
この異常に高い代謝の良さが食っても食っても太らない訳だが、最近それがどんどんひどくなって、満足するまで食ってないとボソッと老ける。
反してライトは、不思議な力を使うごとに小さく背が縮むのだ。
これも「呪い」だろうか。
家に伝わる「ランティスの黒ダイヤ」が盗まれるまでは、2人とも同じ顔した見分けの付かない、ごく普通の双子だった。
幸せだったごく普通の日々も、遠い昔のことのようだ。
クルリとライトが振り向く。
その顔は、気味が悪いほどにっこりしていた。
「ピア、いい所に行こうか?」
「いいところって?」
「ラウズ宝石店。」
それは、この街でも一番大きな宝石商だ。
ゲッとした顔で、ダークがアッと思い出した。
「ああ!あの女見たことがあると思ったら、あの店だ!」
「あの男、デッドビー・ラウズだ。やり手だけど、強引で性格が悪い。」
さっさと歩き始めるライトを追いかけながら、ピアが首を傾げる。
「でも、だからって何しに行くの?強盗でもする?ライトが宝石を盗んじゃうの?」
「そうだね、強盗するなら下見しなきゃ。」
「ええっ!マジで?!」
フッと済まして微笑むライトなら、やりかねないとダークは思う。
「ま、おとなしく付いていくさ。兄貴は怖いから。・・と、その前に。」
ダークがホテルを出ると近くのバーガーショップに走る。
「うそっ!まだ食べるの?!」
見ていると、ダークはシェイクにコーラのビッグサイズとダブルバーガーを3つ、それにチキンを2個にポテトのLサイズを頼んでいる。
袋を抱えて走ってくると、それをガツガツ美味そうに食い始めた。
「ああ、腹立ったらなんか腹減ってさ。軽く食っとかないと・・」
「軽く、ねえ・・あれだけ食ってて・・」
もー驚かない。彼の食欲には。
ピアは何度もそう誓いながら、やっぱり何度も驚かされていた。
ホテルから10分ほど歩いたそこに、ラウズ宝石店はある。
地下が駐車場で、3階までが販売店。その上は会社の事務系が入っているらしい。
上に行くほど高級品だから、こんな子供は行くところではないだろう。
1階はカジュアルな物が並んで、けっこう客が入っている。
3人は入ると、ピアがウィンドウを眺めてキャッと歓声を上げた。
「ねえねえ、これいいわね。ピンクの石が可愛い!」
「それはトルマリンだよ。
ピアはピンクが好きだね、じゃあもっといい物見に行こう。」
「なあに?」
「ピンクダイヤ。そうだな、ここには何カラットがあると思う?」
しらっとライトが言い放つ。
「ダイヤ?!」ピアが固まった。
ダイヤは無色透明がよい物と言われているが、ピンクのダイヤは希少品で小さい物も値が張る。
さっさと奥へ行くライトを追って、ピアが慌てて人をかき分ける。
ダークはブラブラショーケースを眺めながら、付いてくる気配はない。
2人が何を考えているのかさっぱりだ。
トントントンッと軽い足取りで階段を上り、警備員を横目に2階へ、そして3階へ上る。
そこは階下とはまさしく雰囲気が変わり、一つ一つの品が丁寧に飾り付けられ、ゆっくりとした音楽が流れている。
気が付いた上品な販売員が、ライト達を見て眉をひそめた。
「あら、坊や達ここは子供達だけで入っちゃ駄目よ。」
女性がちらっと警備員に目配せ、屈強な大男の警備員がのしのしと歩いてきた。
「サアサア、降りた降りた。」
この犯罪の多い夜間も、カジノで当たって買いに来る客を狙って店を開けているだけに、警備員も多い。
しかし、ライトはプイッと無視して躍り出る。
そしてにっこり微笑むと、ペコリとお辞儀した。
「ごめんなさい、僕達すぐに降りますから。
わあ!綺麗な指輪!下にあるのより、おっきいね!」
目を丸くして、可愛らしくウィンドウにピョンと飛びつく。
「ねえ、ライト、早くおりましょう。」
ピアも、ドキドキしながらライトのジャケットを引っ張った。
「でもお姉ちゃん、綺麗だよ。ピカピカしてる。ママにきっと似合うよね!」
キャッとはしゃぎながらピアに愛らしく微笑むライトに、販売員の女性があらと顔をほころばせる。
「まあ、じゃあ今度はママを連れてきてちょうだい。」
とても買えないだろうけど、と心でつぶやきながら、女性の目がちらっとピアのネックレスや指輪にいった。
ハッと目を見開き、マジマジとそれを眺める。
思わずピアと目が合い、にっこり引きつった顔で微笑むと、態度が一変した。
「まあ、お嬢様。身につけてらっしゃるルビーの良いお品ですこと。どちらで?」
「えっ?!」
お、お嬢様?
「ああ、これ・・・・ママから借りているんです。
小さな石で恥ずかしいんですけど。」
エヘッと笑い、何気なくバックからハンカチを取りだした。
「ま!まあ!そのバッグはヘルメスの特別限定商品じゃありません?!
んま!まあ!私も欲しかったんですけど高くて・・・ま、まあ、いやだ私ったら。ホホホ・・」
ピアがへ?ッとバックをあらためて見た。
どこと言って、変わったところもないバッグだが、とてつもない代物らしい。
知らずに、レストランでは尻の後ろに置いて思い切り潰していた。
げげげ・・・ダークに怒られるかな?
一体ダークはどれだけこんな物に投資しているんだろう。
彼はカジノで儲けると、半分は必ず宝石に変えてしまう。
それが彼なりの世渡り術らしい。
金に困ったとき、売って凌いだことは数限りないのだとライトが話していた。
女の目がしっかり値踏みして、ピアとライトをジロジロ見る。
女はピア達が金持ちらしいと見ると、サッとピアに美しいルビーを取りだした。
「お嬢様、こちらなどいかがでしょう。これは産地も上質な物が取れるところへ、当方のバイヤーが直接買い付けにまいりまして、厳選した物を・・」
差し出されたルビーは真紅の大きな石をぐるりときらびやかなダイヤが取り巻き、確かに階下にある品とは格が違う。
「ワアッ!綺麗・・っと、いえ私はもう・・」
「お姉さん、ここにはピンクのダイヤはあるの?ママは黒いダイヤのおっきいのを持ってるんだよ!
でね、ピンクのダイヤを探してるのに、大きいのがないんだって。」
「まあ!もちろんございますとも!どうぞこちらに。」
誘われて、2人が奥へと案内される。
そしてソファーを勧められて、コーヒーまで出てきた。
「ただ今お持ちいたします。」
しばらくの後、更に奥から白い手袋をはめた女が、台に乗せた指輪を持ってきた。
「さあ、こちらが当方自慢の品、美しい色合いに不純物が無く、透明度も最高で3カラットのピンクダイヤでございます。これ程のお品は・・」
「小さいね、なあんだ。」
ひくっと女の眉がつり上がる。
「ピンクダイヤは大変希少価値が高いお品でして、大きい物は値が張るんですのよ。」
「これでいくら?」
「8万ドルですわ。」
サアッとピアの顔色が変わる。
そんな高価な物を、ライトは見て不満そうに手に取って見てもどした。カスとでも言いたげだ。
「ママの黒ダイヤの十分の一もないや。
お姉ちゃん帰ろうか。やっぱりここにもなかったね。」
ライトがピョンと立ち上がり、階段へと向かう。
「まあ!お待ち下さいませ!私としたことが、忘れておりましたわ。先日5カラットのピンクダイヤが入りましたのよ。これならきっとお母様にもご満足いただけるかと思います。」
ダアッと女が奥へと消える。
「もしかしたら、アラブ辺りの金持ちかしら?
逃したら大変だわ。」
カジノ街だけに、金持ちがよく遊びに来る。だからこそ、在庫も超高級品まで取りそろえているのだ。
そして警備員も引き連れ、うやうやしく何やら光り輝くそれを持ってきた。
「こちらが当方で最も大きな5カラットのピンクダイヤですわ。どうぞご覧下さいませ。」
やや大きなピンクダイヤが、それに負けないほど大きくてきらびやかなダイヤに囲まれ、まるで太陽のようにギラギラしているネックレス。
ピンクダイヤは産出量が少ないので、ダイヤとして5カラットは小さいが、確かにピンクとしては希少価値の高い大きい方だ。
「こちらは中央のピンクダイヤはもちろん、周りを囲むダイヤも厳選された品質の物を使用しております。」
ピアの目がまぶしさにチラチラとしてめまいを感じ、それを平気で手に取るライトの気が知れない。
「ふうん・・・・ああ、これならママもきっと気に入るよ。
うん、こんなの探してた。ね!お姉ちゃん。」
「え、ええ、そ、そうね。でも、ちょっと大きすぎない?これっていくら?」
「ハイ、こちら1000万ドルでございます。」
クラッと、ピアの目の前が真っ暗になった。
ゼロが多すぎて、どのくらいの金額か良く把握できない。
「ああ、それならパパにおねだりしてきっとオッケーだよ。じゃあ、今度はママを連れてくるね。お姉ちゃん。」
「ハイ、ではこちら金庫へ厳重に保管してお客様をお待ちしておりますわ。
お客様のご連絡先は?」
「ああ、僕らママと旅行中なんだ。明日はまた違う国へ出るんだよ。だからもしパパが駄目って言ったら、明日電話します。」
「では、こちらに。当方のカードをお渡ししておきますわ。」
女が自分の名をサインして、カードを渡す。
「じゃあ、また明日。」
「お待ちしております。」
うやうやしく見送りを受け、ライト達が店を出る。
すると店を出たところで、サッと帽子を深くかぶり顔を隠したダークが、まるでSPの様に後ろに付いた。
「ちょっと、聞いてよダーク!」
振り向くピアに、ギロッとダークが睨みを利かせる。
「いいから歩け。金持ちらしく堂々とな。」
「もうっ!」
ドスドス歩いて、兄弟の行くところへ行く。
次第に夜が更けて人通りが増える中、3人はぐるりと遠回りして、すっかり夜が更けたころようやく帰り着いた。
    

「ねえねえ、明日どうするの?もう行かないんでしょ?」
ピアがカーテンを引き、居間で着替えるとバッグと宝石をダークに返す。
「はいバック。これ、何かすごいの?」
ダークはまた、帰りがけに買ったポテトチップを食べている。
「んー、なんかいいって聞いたから買ったんだ。良くわかんねえや。」
「あの店で、宝石も誉められたよ。高いの?」
「ああ、このルビーは確かー・・セットで3万だったかな?ピジョンブラッドで内包物もないし、いいかな?と思って買ったんだ。」
「さ、さ、さんまん・・」
こいつ等は、本当に貧乏か金持ちかわからない。
金はあるくせにドケチで、いまだ椅子は一つで木箱に座っている。
家具も家電品もろくになく、バスルームも狭くてバスタブにはヒビが入っている。
シャワーの音がバスルームから聞こえるが、誰かが入浴すると居間まで湿気が流れてくる。
これが夏場は部屋にクーラー一つ無いから、地獄の一丁目なのだ。
この家で金がかかっているのは店だけだ。
大きく一つ溜息をついて、ドスンと木箱に座った。
ダークはモクモクとひたすらチップを食べている。見ているうちに、こちらの気分が悪くなりそうだ。
「もう!いい加減にしなさい!」
ピアがバシッとチップを取り上げると、ハシッとダークがそれにぶら下がった。
「俺んだ!返せ!」
「あんた今夜どれだけ食ったと思うの?!お腹壊すわよ!」
「俺の腹だ!俺が知ってる!」
グルルルル・・
唸り声を上げて、ダークは食い物になると人が変わる。
「もう、どうしてこんなに食って太らないの?」
仕方なく返すと、バリバリ食べながらピアに取られないよう袋を抱きしめた。
「うう、何か最近余計腹が減る。食っても食っても腹一杯にならねえ。」
「ダークさあ、毎食食パン1本で足りてるの?」
「だから足りないって、もう1本増やしてって言ってるだろ?」
「あ、あれ、冗談だと思ってた。」
「冗談じゃないもん!」
くすんと、空になったチップの袋を舐め上げる。
その時、ようやくライトがバスタオルを身体に巻き付けて、バスルームから出てきた。
「ああ、気持ちよかった。ピア、どうぞ入れば?」
「うん、そうね。じゃあ、ダークお先。」
「おう。・・・明日からもう1本な。」
「いいけど、あんた一度病院行けば?」
「やだ。」
「注射が怖いんでしょ!」
「バッ、馬鹿言うない!注射なんか何ともねえや。」
ぺぺぺっとダークが慌てて返す。
クスッと笑うピアに、ライトが髪を拭きながらニヤッと笑った。
「ウソだよ、ウソ。以前血を採られたとき、散々逃げ回ったあげく貧血起こして倒れたんだ。」
「わあああああ!!兄ちゃんの意地悪!」
ウルウル目を潤ませるダークは、やっぱりまだ子供だ。
それでも離れて育ちながら、やっぱり兄弟仲がいい。
「まあいいけどさ、病気じゃなきゃ。じゃああたし入るから、覗いたら殺すわよ。」
「ケッ、タヌキの行水なんか、興味ねえよ。」
「あら、ダークはご飯抜きでいいのね?」
「はっ!反則だぞっ!!」
ダークは食事を盾に取られると、本当に弱い。
ピアはクスクス笑いながら、浴室へと消えた。
  
翌日、日も高くなり、外出の準備をライトが始めた。
と言っても昨日とうって変わって長い茶髪のカツラをかぶり、可愛い白のワンピースに長靴下をはいて、先の丸いピカピカエナメルのシューズ姿は愛らしい9才くらいの少女だ。
紅茶を飲みながらクッキーを食べていたピアが、うんざり顔で顔を上げた。
「なあに?またサギでも働くの?」
「まさか!ラウズに、人生は時として厳しいって事を教えに行くのさ。」
「あたし、犯罪者とは住みたくないわ。」
諦め顔で、溜息しかでない。
その時、バタンと兄弟の部屋からダークが出てきた。
「変装は犯罪じゃねえだろ!」
ブラウンヘアのカツラをかぶったダークは、シルクに細かな刺繍の入った深いブルーのロングスカートとそろいのボレロを着て、中に着た派手なフリルのブラウスには大きなカメオを付けている。
腕にはプラチナのブレスレット、指輪にはイヤリングと揃いのエメラルドの石が大きく燦然と輝いていた。
ゴソゴソやってると思えば、やっぱりこれだ。
化粧をしたダークからは大食い男の気配は消えて、どこかの上品なセレブの香りが妖艶な色香と共に漂っている。
思いがけなく趣味のいい彼のファッションセンスと男と見えない体の線の誤魔化し方は、女のピアから見ても歯ぎしりしたくなる。
毎夜ドレスを着て店に出ると、それで店の売り上げが跳ね上がるのも頷けるのだ。
「派手ねえ。」
「いいだろ?昨日届いた奴さ。」
「そうね、150ドルには見えないわ。」
フッと、ピアが顔を背ける。
安物も、ダークが着ると一桁上がる。
「ピアはどうする?」
「え?あたし?行ってもいいの?」
足手まといにならないのだろうか?
ピアは芝居が下手で、根っから詐欺師には向いていないと思う。
そう思う彼女の心を読んだようにライトがチッチッと指を振った。
「言っとくけど、サギじゃないから。俺達は健全な一市民だよ。」
ニイッと笑うその顔が、愛らしい少女であるのを見るとそうも思えない。
それでもまあ、面白そうなのは間違いなかった。
「仕方ない、お姉さんが見張っててあげるわ。あんた達が犯罪に手を染めないようにね。」
ピアがルンルンと昨日のドレスに着替える。
そして今日は、安物のイヤリングをして出かけた。
夕方近くになって、ラウズ宝石店は次第に賑わいはじめている。
これからカジノへ向かうのか、ドレスアップしている女性も多い。
この店も、高めの価格設定でかなり儲けているらしいが、客は提示価格しか見ないので知らないのだろう、かなり繁盛していた。
「ダークも良く来るの?」
3人で店に歩きながらピアが訪ねると、ダークが白いレースの手袋をした手でダテ眼鏡をヒョイと上げる。
「いや、ここは品質のわりに高いから来ねえな。2割は上乗せしてる。」
「そんなに?」
「だから早くからビルが建つのさ。」
なるほど立ち止まって見上げると、ラウズ宝石店のビルが高々とそびえ立っている。
「さて、お姉ちゃん、ママ、まいりましょうか?きっとラウズもあの彼女と待ってるよ。」
ピアと手をつなぐライトが、ぴょんと跳びだしてウインクした。
「まあまあ!奥様、お嬢様方いらっしゃいませ!」
店のカードを店員に渡し、エレベーターで3階へと案内される。
すると案の定、あのホテルで悪態を付いてきたあの2人が、手もみして待っていた。
2人とも、ジャラジャラと装飾品で身を固め、趣味の悪い服だ。
女は今にもパンツが見えそうなミニスカートをはいて、しかも着ているスーツは燃え上がりそうに真っ赤だった。
サアサアと店の奥へ通され、お茶とチョコレートケーキを勧められる。
ウッと視線が釘付けになり、ダークがゴクンとツバを飲んだ。
美味そう・・・
しかし、なんだこんな一口しかねえケーキを2個かよ。ケチだねえ。3箱くらい食わねえと食った気がしねえよ。
ブツブツ心でつぶやきながら、にっこり微笑む。
「こちらに素敵なピンクダイヤがあるとお聞きして、急いで参りましたわ。おほほほ」
「ははは、きっと奥様にも気に入っていただけると思います。今持って参りますので、しばらくお待ちを・・」
「私が取りに参りますわ。まあ、可愛いお嬢様方ですこと!お幸せそうで羨ましいですわ。
オホホホホ!失礼いたします。」
昨日とは違う態度に、ピアがプッと吹き出しそうになる。
ピアは昨日と同じドレスなのに、女は覚えていないのだろうか?
まあ、ピンクのドレスなんてありふれているし、彼女が目を奪われていたのはレア物バックとルビーだったようだから、ピアとドレスはその他大勢に値するのだろう。
横でライトが、グイッとダークのボレロを引っ張った。
「ママ、あたしお店を見てきていい?」
「ええ、ご迷惑にならないようにね。」
「きゃっ、うれしい。」
ぶりぶりっ子のライトが店員に付き添われて、同じフロアの高級宝石を見に行く。
何を考えているやら、ピアは溜息付きながらケーキをぱくりと食べた。
「奥様はご旅行中だそうですが次はどちらのお国へ?」
「ええ、今度は北の方へ行こうかと思いまして。」
自宅は確かにここより北だ。
「ほう、今でしたらいい季節でしょうな。
・・ったく、なにをして・・」
しばらく雑談をかわしながら、ラウズがチラチラと店員に目を配る。
なかなか奥へ取りに行ったあの女が戻ってこないらしい。
「いや、きっとダイヤも恥ずかしがってこないのでしょう。お待たせして申し訳ない。
ところで奥様のカメオもエメラルドも素晴らしいお品ですな。」
「まあ、大した物じゃありませんのよ。アンティークで、古い物ですわ。」
「奥様はご趣味がいい。是非拝見したいが、今は止めておきましょう。」
「ええ、冗談じゃないわ。」
「は?」
「ま、いやだ。オホホホホホホ!」
「はは、はははははは・・・」
端から見ると、タヌキとキツネの化かし合いのようだ。
店内では、ライトが次々と商品を出させて楽しんでいる。
このフロアにある物は桁が大きいだけに、ピアはゾッとしていた。
「あ、あなたっ!・・いえ、社長!」
奥から、引きつった顔の女があたふたと走ってくる。
「あ、あ、あ、社長、申し訳ありません。」
「一体なんだ!・・ちょっと失礼します。」
すっかり慌てた様子で取り乱し、バタバタと奥へ2人小走りで消える。
「まあ、どうされたのかしら?」
ダークが涼しい顔でコーヒーを飲み、おあずけだったケーキをパクッと食べた。
「うまっ!・・ホホ、美味しいわー。」
食い足りないと、他の店員ににこっと微笑む。
「このお菓子、美味しいわね。」
「ちょ、ちょっと!恥ずかしいじゃない!」
こんな所でおかわり?!ピアが唖然としてダークを小突く。
「あの、お持ちしましょうか?」
店員が気を使って頭を下げた。
「ま!いやだそんなつもりじゃないんだけど、じゃあ遠慮なく。」
「は、はい。」
結局店員は焦りながら菓子のおかわりを、時間稼ぎに丁度いいと、トレイに色々ありったけ盛って出す。
「ンまあ!美味しそうですこと!ホホホ・・」
呆れるピアを前にして、ダークはパクパクとその菓子に手を出していった。
「一体何があったんだ。」
ラウズが女の後を追って金庫前に駆けつける。
女は宝石の入った箱を開けると、ガタガタと震える手でそれをさした。
「これ・・ダイヤが!ピンクダイヤがバラバラに!」
「ひっ!ひいえええええ!!」
箱の中で、あの5カラットのダイヤが弾けたように割れている。
「ちゃんと湿度は管理できているのか?!」
「もちろんです!湿度も温度も、それに衝撃を与えた覚えもありません!」
宝石は、時に割れることがある。
それはオパールやエメラルドでは見られることだが、まさかダイヤがここまでバラバラになるとは。
「な、なんてことだ!上物だぞ!こんな上手く出来た石は・・ああ・・くそう・・」
ガックリ、足から力が抜ける。
しかし、今はそれどころじゃない。
「上客だ!逃がしちゃならんぞ!何か別の物を準備しろ!急げ、ありったけ掻き出すんだ!」
ごっそりと、この店でも最高の物を取りそろえてトレイに載せる。
ラウズが引きつった笑いを浮かべてダークの元へたどり着くと、後ろからしずしずとトレイを持って女が付いてきた。
「こ、これは奥様お待たせして申し訳ありません。ちょっとしたハプニングがございまして。」
「なんですの?」
「はい、不幸にもあの石がお売りできる状態でなくなってしまった物ですから・・
しかしご安心を!当方にはあれに勝るとも劣らない物を取りそろえてございます!
どうか、こちらで検討していただければと思いまして・・」
ラウズは手もみしながら、汗をダラダラと流している。
「ンまあ、楽しみにしておりましたのよ。」
がっかりしながら、トレイにある宝石を眺める。
大きなサファイアにエメラルド、そしてルビーが並んでいる。
「まあ、綺麗なエメラルドの指輪ですこと。」
「さすが奥様。それは内包物もほとんど無く、透明度も高くて非常にお色のいい・・」
「ほんと・・」
ダークが指に通し、キラリと目の前で光らせる。そしてニヤリと笑った。
「素晴らしいお品、まるで人工石みたい。」
ドキッとラウズが飛び上がる。
「ま、まさか、当方には一切そのような。」
「冗談ですわ、オホホホホ」
「お人が悪い、アハハハハ」
ドオッとラウズが汗を流す。
その中でひときわ小さいのに美しいのが、あのピンクダイヤより希少価値が高いと言われるブルーダイヤの指輪だ。
「あら、珍しいわ。これは処理した物かしら?」
「とんでもございません!これは3カラットの天然物でございます!大変貴重で、二度とお目にかかることはないかと。」
「まあ!」
ピアが横から顔を出す。
こんな小さいのに、そんなに高いと思えない。
「そんなに珍しいの?これ。」
「珍しいのよ。1カラット以上なんて物、見たこと無い。ほとんどが処理した物。
・・でも、ああそう、あのホープダイヤはブルーだったわ。」
「へえ・・あの、呪いの・・」
彼らは実家に古くから伝わるダイヤを持っていただけに、良く宝石のことを知っている。
それを別の方に使えばいいのに、彼らの知識はまったく世の中のためにはならない。
「ママ!」
そこへ丁度、散々ショーケースを荒らし回っていたライトが、タッと走って来てダークに飛びついた。
「ママ!どうしたの?わあ!綺麗な石ね!」
「ええ、天然物ですって。珍しいわ、透明度も高いし・・」
ちらっと2人が目を合わせる。
ピアはドキッと胸がざわめいた。
「ママ、あたしにも見せて。」
ライトの手に、ダークがブルーダイヤの指輪を渡す。
「わあーきれい・・」
ライトの手の中のダイヤは、美しく深い色のブルーをたたえている。
ライトの顔が、不気味にほくそ笑んだ。
「あれ?」
「え?」
皆が覗き込むライトの小さな手の中で、ダイヤが一瞬揺らめく。
そして、スウッと波が引くようにブルーが薄くなり、ブルーダイヤはただの無色透明のダイヤへと変わってしまった。
一瞬シンと静まり、ワナワナとラウズの手が震える。
「な、な、なっ!!何だ?一体どうして!」
バッとライトの手からラウズが指輪を取り上げ、今にも卒倒しそうな顔でマジマジと眺める。
擦って叩いて、手で包んで拝んでも、ダイヤは二度とブルーに戻ってくれなかった。
「どうして・・どうして・・・」
今日は一体どういう日なんだ?
ユラユラ身体を揺らしながら、ラウズが呆然と立ち上がる。
しかし、そこでくじけてはならない。
カモは目の前にいるし、他にも宝石はあるのだ。
「これも綺麗ね、ママ。」
ライトが手に持つ、沢山サファイアとダイヤを使ったネックレスに皆の目がいく。
ラウズは流れる汗をハンカチで拭きながら、にっこりそれを指した。
「おお!さすがお嬢様だ。お母様に劣らずお目が高い!
奥様、お嬢様がお持ちのこちらではいかがでしょうか?」
「まあ、綺麗なネックレスですこと。デザインもなかなかいいわ。」
ダークがライトからそっと受け取り、胸に当ててみる。
「奥様、こちらでご覧下さい。」
サッと女が差し出す鏡をのぞき込み、にっこり微笑んだ。
「こちらも同じブルーと、奥様に大変お似合いだと思います。
サファイアと、上質のダイヤで出来たこのネックレスは、夜会の時などドレスにとても良く・・」
フッとダークが微笑んで、その目がキラリと光る。
チャランッと、ネックレスが一瞬震えた。
コン・・コン・・コンコンコン、バラバラバラ!
「あら」
とぼけた顔で、ダークが眉をひそめる。
唖然愕然、ガクンとラウズの顎がはずれかけた。
鏡に映るそのネックレスが壊れ、バラバラと石がはずれて落ちて行く。
「アワアワ、ダッ、ダイヤがっ」
「ちょっと、ダー・・ママ!」
慌てるラウズに、ピアがやりすぎだとダークの腕を掴む。
しかし、ダークは涼しい顔であからさまにラウズに向かって怪訝な顔を投げかけた。
芝居もここまで来ると犯罪だ。
ピアが隣のライトを見ると、フンと冷たい顔でチョコレートケーキを食べている。
怖くて、何だか帰りたくなってきた。
「あら嫌だわ、なあに?これ本当に本物ですの?」
「そ、それはもちろん・・。ちょっと失礼します。
お前達、早くダイヤを拾うんだ、早く!」
裏返った声を上げながら、ラウズがそうっとネックレスをトレイに受け取り、床では女達が慌てて落ちたダイヤとサファイアを拾う。
忌々しそうに、とうとうガタンとダークが立ち上がった。
「もう結構よ!私をどこの馬の骨かと思っていらっしゃるんじゃありませんのっ。
こんな三流品を売りつけるだなんて、なんて店かしら!」
「そんな、馬の骨なんてとんでもございません!これは何かの手違いで・・・ああああああ、今日は一体何なんだ!」
パニックになっているラウズに冷ややかな視線を送り、プイッとダークが踵を返すとピアとライトの手を引いた。
「私、帰りますわ!さ、参りましょ!」
「ああ!どうかお待ちを!こんな事、あり得ないのです!どうか!奥様!」
「奥様!お待ち下さい!」
アワアワしながら、ラウズが思わず落ちた石を踏みつける。
ガリッ!
その足の下で、数個のダイヤがガラスのようにもろく割れた。
「ギャアア!どうして、どうしてダイヤが割れるんだ!ひいい、だまされた!俺はもう駄目だああ!」
「あなた!社長、落ち着いて!」
大変な騒ぎの彼らを残し、さっさとダーク達が階段を下りてゆく。
するとあの女が、思いあまったか走って追いかけてきた。
「待ちなさいよ!あんた達・・あんた達の仕業じゃないのっ?」
ゆっくりとダークとライトが振り返り、階段を見上げる。
すると女は真っ赤な顔をして、赤いスーツのミニスカートから、惜しげもなくパンツを露わに見せて仁王立ちしていた。
「あんた達が来てから店が変になったのよ。どうしてくれるの?大損害じゃない!」
もの凄い剣幕に、2階の客がザワザワと集まってくる。
ピアが不安な様子でダークの腕を掴んだ。
「誰か!ポリスを呼んで頂戴っ!
こいつ等が何かして店に損害を与えたのよ!」
女は決めつけてダークを指さす。
まあ、確かに彼らの仕業なのだが。
一般の客に囲まれて逃げ場のない中、ピアが泣きそうな顔でライトの服にしがみつく。
その手がブルブル震え、とうとうポロリと涙がこぼれてヒックヒックとしゃくり上げはじめた。
ちらっとダークがそれを見て、「まあ」と優しく肩を抱く。
眼鏡をずらして自らもハンカチを目に当てて、ダークは唇を噛んで首を横に振った。
「何て事、まあ、ひどいわ。こんな大きいお店と思って安心して参りましたのに・・・」
まわりのギャラリーは、なんだなんだと聞き耳を立てる。
ダークは一層声を大にして泣きながら訴えた。
「こんな、こんなひどい店だったなんて!
ブルーダイヤは天然と言いながら、照射処理した物をひどい値段で売りつけようとなさるし!
ネックレスのダイヤは半分がキュービックジルコニアを使った偽物じゃありませんの?」
「偽物?」
「偽物だって?」
ワイワイと客達が騒ぎ出し、女が驚いて奥へ消える。
「あなた!」
じっと割れたダイヤを見ていたラウズが、そこには呆然と座り込んでいた。
「あなた、何か言ってよ!偽物だってさっきの女が・・」
「偽物だった。」
「ええっ?」
「ダイヤの半分がキュービックジルコニアだ。
信用してろくに確かめなかったんだ。だまされた。」
「で、で、でも、ブルーダイヤは天然なんでしょ!」
「処理石だ。天然なんて、そうそうあるわけない。」
「ひいいいいいい・・・」
女がバタンとひっくり返る。
「偽物だって?」「偽物だ!この店は偽物を売ってるぞ!」
客が騒ぎ出し、外からはパトカーのサイレンが近づいてくる。
騒ぎに乗じて逃げ出すダーク達を後目に、やがてやってきたポリスに掴まったのは、誰あろうラウズ夫妻だった。
「あー楽しかったな。」
宝石店を出てひたすら歩き、振り返る。
もう、宝石店のビルは姿形も見えないところまで遠く離れ、ここまで来れば大丈夫だろう。
あの後、ポリスから事情聴取されるのを嫌って、急ぎながらも目立たないように歩いてきた。
「あの人達、どうなるのかな?」
「馬の骨に蹴られて、今頃きっと痛い目に遭ってるだろうさ。」
ライトがずり下がった靴下を上げ、顔を上げてにっこり微笑む。
ピアがハアッと大きな溜息をついて、痛くなってきた安物のイヤリングをはずした。
「もう、怖かったんだから!もう二度と嫌だよこんな事。
ダイヤの色が消えたりバラバラになったり、全部あんた達なんでしょ!」
「まあね、今回僕がやったのがほとんどかな?ダークはネックレスをバラしただけさ。」
「あのピンクダイヤはどうなったの?」
「さあ、思い切り水分抜いといたから、バラバラになったんじゃない?店に出てたのも、偽物は全部壊れるようにしてきた。」
「そこまでしてきたの?!」
偽物だからと彼なりの正義心だろうか?それにしても怖い奴。
「そんな事してると、いずれポリスに掴まっちゃうんだから。」
「まあまあ、うまく行ったんだし。スッとしたじゃない?」
ライトは涼しい顔でピアの手を引き歩き出す。
夕日の中で、この街は暗くなるどころか表通りはどんどん明るくなって行く。
昼間と夜の顔が、ガラリと変わる。
3人も、この街では夜の方が何でもアリの魔法のようで好きだ。
「ねえ、偽物だって、いつ気が付いたの?」
「昨日、下見に来た時さ。ピンクダイヤも何か違ってたから。あれだけじゃないなと思ったんだ。ビンゴだったわけさ。」
「見てもわかんないけど、あんた達にはわかるんだ。」
「まあね。俺達、ダイヤの呪い付きだから。」
「ふうん。」
わかるような、わからないような。
「いいけどさ、急いで帰って店開けなきゃ!ね、ダーク・・あれ?」
振り返ると、ダークがいない。
派手なカジノのネオンをバックに、道向かいにバーガー屋を見つけてダークが立ち止まり、眼鏡を外してパチンとたたんでバックへしまった。
「ああ・・腹減った。」
フッと溜息付いて、一歩踏み出す。
ヒュウッと風に乗って、いい香りが流れてきた。
じゅるるっとよだれを思わず舐め上げ、メニューがずらりと浮かんでゴクリと飲み込む。
「お美しいお嬢さん、カジノへご一緒しませんか?」
すれ違いざま、カジノへ入ろうとしている男が、ダークに声を掛けた。
身なりはブランド物のスーツに高級時計と、かなり金持ちのようだ。
「ま、私、安くありませんことよ。」
パチンとダークがウインクしながら値踏みする。
フッ、カモじゃん。
「もちろん。あなたの美しさの前では、薔薇の花も色褪せるでしょう。お近づきに、まずはお食事でも。」
「ホホ、お上手ね。」
スッと出された手に手を添える。
バーガーがかき消えて、頭はすでにフルコース。
知らない人に付いて行っちゃ駄目よ、はダークには通用しない。
ああ・・腹が減って目眩がする。
フラフラ男にしなだれかかったとき、グイッと後ろからボレロを引かれた。
「ン?」と二人して振り向くと、そこにはライトとピアが立っている。
ライトが指をくわえ、じいっと見上げて一言漏らした。
「お母ちゃん、腹減った。」
「げっ、」
男はヒクヒク目を引きつらせ、サッと手を離す。
「急用を思い出したので、失礼。」
豪華な晩飯のカモは、さっさと飛んで逃げていった。
「ああああ・・・俺のフルコースが・・」
「ダーク、帰るぞ。店を開けなきゃ、連休は無しだ。客が離れるだろ!」
「そうよ、あたしが美味しいチャイニーズチャーハンを作ってあげるわ。」
ズルズルとピアとライトに連行されて、ダークが目を潤ませて後ろ髪引かれる。
「ああ、せめてハンバーガーを買わせてくれええええ・・・」
「「おあずけっ!!」」
ほろほろ涙を流しながら引きずられていると、虚しくお腹がぐーぐー鳴り始める。
ポッカリ空に浮かぶ月が美味しそうなハンバーガーに見えて、ダークはカプッと月に向かってかぶりついた。
「腹減ったああああーー・・」
ダークの声は人々の喧噪に消され、街はいつものように金持ちと貧乏人を生み出してゆく。
凸凹双子とピアは、そんな街で力強く生きていた。