桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

カインの贖罪  闇の羽音

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<その3>

 ブルー達が村の集会へ向かった後、随分たってから目覚めたレディアスはコートを着込んで、火の番をしている少佐の向かいに仕方なく座った。
カレンは疲れて、ブルーのテントでセピアの寝袋に入って休んでいる。
あたりはすっかり暗闇の中に星が瞬き、少佐がすっかり冷めたパンとレトルトを指さした。
「それ、食えとさ。気分はどうかね?」
レディはじっと少佐を見て、フッと俯く。
「それ、解けてるよ。」
そう言って少佐が、髪を指した。
三つ編みが半ばまで解けて、すっかり崩れている。
舌打ちしてほどいてしまうと、結んでいた紐を探しに行こうとして止めた。
「長い髪は君らには・・」
「命取りだろ?いつも言われてるよ。願掛けなんだ。」
「くだらんな、願いが成就する前に命が無くなっては意味がないだろう。」
クスッと笑って顔を上げる。
サラリと髪が顔にかかり、かき上げる仕草に少佐はドキッとして、そんな自分にムッとした。
「命か・・俺の命は、どのくらいの重さなんだろう。」
パンを取り、食べようとして見ると薄くスライスして間にジャムが挟んである。美味しいように、カロリーが上がるように、食欲が出るように、グランドの気遣いは計り知れない。
「俺の願いなんて、ささやかなものさ。
でも、それを願う資格は、本当は俺にはないんだ。」
パクッと一口食べて噛みしめる。それを美味しいと感じるのも久しぶりのことだ。
水を飲んでも吐いていたムカムカが、すっかり消えている。
急に腹がへって、レトルトのスープにも手が出た。暖めもせず袋の端を切って、袋から直接口に流し込む。グランドがここにいたら、犬みたいな真似するなと奪い取られてガツンと殴られるだろう。
彼は食事を本当に大切にする。
それは生きることを大切にしているからだと思う。しかし本当はそれを懸命にレディアスにアピールしているのだが、彼は自分の事にはまったく無頓着だった。
「君のマイナス思考は、聞いているこっちまで暗くなるよ。死にたくなってくる。」
「これが俺の正常さ、悪いな。
カレンは?彼女のおかげで気分がいい。」
「寝てるよ。君は気分がいいだろうが、娘は酷く消耗するんだ。」
はた、とレディアスが顔を上げる。
クローンは、命を削って力を使うと言われている。力を頻繁に使う者ほど長生きできないのは、統計上も良く知られているのだ。
「娘は、癒しを行うのもこれが最後だ。
研究所を退き、引退した妻と共にこれからは静かな生活に入る。」
レディアスの懸念を察して、少佐が少し寂しそうに語った。
「彼女を保護したのは、もう随分前になる。
田舎マフィアに、テレパスとしての力を悪用されていた。」
保護したときのことははっきりと覚えている。
主がマフィアのボスで、それをリセットするのにかなりの時間を要したらしいと、局長から伝え聞いた。
クローンの主のリセットは、それぞれのクローンの、ある決まった言葉だ。
それはクローン個人が鍵として知っている。
自分の立場や状況で、リセットの必要性があると判断するとき人間に教える。
それは上位のクローンであればあるほど口は堅く、滅多に主を変えない。
「命を軽んじるのは勝手だ。しかし、それを娘の前で口に出してみろ、私はお前をブラストで撃ち、そのまま収容所にぶち込んでやる。
最後にお前を助けたいと願った、娘の気持ちを無駄にするな。」
「そうか・・・」
最後に恩を返したいと願った、カレンの気持ちは良く分かる。
実は保護された後、カレンはレディアスにキーワードを教えたいと言っていたらしい。誰に聞かれても口をつぐんで、ひたすらレディアスを待っていたのだ。次の主として。
だからこそ、会いに行かなかった。
彼女を保護した意味を彼女に気付いて欲しい。
「主」など、何の意味もないと言うことを。
そうレディアス自身も願ったのを覚えている。
「癒しか・・成る程な。あれはまるで、温かい海の中で、何か優しい物に包まれているようだったよ。安らぐって、あんな物かな?
フフフ・・俺、海って行った事無いんだけど。
ただ目が覚めた時、あんたが撃ったブラストで脇腹と背中が無性に痛かったがな。」
「こっちこそ、お前に首をカッ切られて今頃棺桶の中だ。ただの脅しには、これは行き過ぎだと思うがね。娘は裁縫は苦手なんだ。」
ぴらぴらと切れた襟を見せると、クスッと笑う。和やかな笑みを浮かべながら、レディアスは信じられないほど食が進んで自分でも驚いた。
しかしそれでもパンを半分食べて、スープを飲むと腹が一杯だ。あまりにも腹が減りすぎて、これが精一杯。
本当は、もっと優しい物が食いたい。
「飲めよ。」
少佐が、コップに入れた水を差し出す。
レディアスが驚いて目を丸くしながら、プッと吹き出した。
「クックックッ、あんた、変わったな。
冷血人間が、カレンのせいか?フフ・・人間らしくていいんじゃねえの?」
「失礼な奴だ。私はハナから人間だよ。
ただ、考えが変わっただけだ。私も年でね。」
「俺を尋問するつもりなんだろ?」
水を受け取り飲み干すと、フッと立ち上がる。
冷たい風が気持ちよく思えて、コートを脱ぐと中は白いシャツと黒いブカブカのズボンだ。
相変わらずガリガリだな、とレディアスの後ろ姿を見ながら少佐は、足を組んで座り直し、疲れた様子で肩をもみほぐした。
「まあ、半分はわかっているのだよ。
元々君たちの出生は、残された資料でね。」
資料か・・結局は実験動物だよな。
何となく、みんなと・・そしてシュガーの顔が浮かぶ。
「で?あんた等は何処まで知ってるんだ?」
「ふむ、そうだな・・お前達が、最強のクローンを作るために作られた、オリジナルだ・・と言うことかな。」
「フフ・・ああ、それなら半分だ。確かに。」
「じゃあ残る半分は何だ?
だいたい何故お前だけが知っているんだ。
他の奴らは何も知らない、そう言うこと自体がおかしい。
お前達のクローンは、個体数が異常に少ない。
いや、ほとんど見つかっていないと言うのが正解だ。
確かに、お前達は強い。それだけ手が掛かっているだろう。なのに何故だ?何故クローンがいない?」
半分はわかっていると言いながら、質問が押し寄せてきた。
レディアスが俯き、額を押さえて髪をかき上げる。
フウッと一息吐いて、どうにか話せそうだと顔を上げた。
「フフ・・・ある、特別なことに作られて、選ばれたのが、俺って事さ。」
「特別?君に関する資料は、特に何一つ残っていない。まったくだ。
それがその・・選ばれた為なのか?」
「んっ・・」レディアスが、身体を思い切り伸ばして伸びをする。冷たい風が吹いて髪がフワリと舞い上がり、こんなに伸びたのかと一房撫でた。
「・・結局さ、クローンなんて、細胞レベルでは複製を作るのは簡単なんだ。
でも、彼らが一番欲しかったのは「力」なのさ。それはなかなか上手く行かない。
上からランクがABCD・・どうにか許容範囲のCランクまで残して、あとは全部殺された。まあ、そのあとCランクも何人かは結局は殺されていたけど。
・・あいつに、なぶられてね。」
「誰のクローンだ?それは。」
「俺さ。俺のクローン。みんなのは知らない。」
「お前のクローン?あの、先日見つかったクローン達か。
あいつ等は、何故瞳が赤くないんだ?
特別とは何だ?」
「それは・・
クローンを作って、それをどう利用できるのかまでは知らない。」
微妙に質問と答えが食い違う。
少佐は腹立たしそうに溜息をつき、次第に声が荒くなっていった。
「お前は何故、確信を答えようとしない!
お前のクローンが何故特別なのか、何故瞳が赤くないのか、知っているなら何故答えないんだ!」
レディアスが、畑を向いたまま黙って俯く。
思わず腰を上げようとした少佐は、大きく溜息をついて腕を組むとドスンとまた腰掛けた。
「一体お前には、どのくらい時間が必要なんだ。
事は急ぐのに、お前はまったく答えようとしない。
ならば違うことを聞こう。
その特別のクローンを作るために、お前はその実験に協力したんだな。それで詳しく知っている訳か。」
「・・・協力じゃない、俺自身が実験体。」
「実験体?お前が?」
「そう、人の形をしたネズミと同じ。
でも連行されるときは、他の兄弟が納得しないだろう事を恐れて、わざわざ一芝居うって俺をはめたんだ。
9才になったばかりで・・まだガキだな。それからチューチュー鳴くことも許されずに、逮捕、留置、護送、実験動物の仲間入りさ。」
「一芝居か・・手が掛かっているな・・」
実験動物などと言う言葉が出るとは、穏やかではない。
組んだ膝に肘をついて、少佐が目を閉じる。
9才の子供がどんな恐怖に満ちた人生に翻弄されたのか、それは彼の今を見ればわかる。
痩せた背中は、その恐怖を乗り越えるのにギリギリまでの生命力を削って、ようやく生き延びたと語っているようだ。
一体何をされたのか、聞きたいようで気が引ける。迷っていると、レディアスが思い出したのか顔を上げた。
「いや・・そうだ、最初の頃1回鳴いた事がある。
チューって一言言ったら、脅しに左手の指をチョキチョキ切られたよ。
あれは参った。痛くて眠れないし、不便でね。
あとはひたすら口を押さえてたな。」
ゾッとするようなことを言いながら、じっと手の平を見つめている。
少佐は聞かなくて良かったと思いながら、他に兄弟がいないのに少しホッとした。
「それで・・・平気で君に傷を付けた、それはどう言うことかね?
君は選ばれたんじゃないのか?」
「選ばれたよ・・選ばれた。とても・・・「光栄」なことにね。
おかげでさ、死ぬ目にあった。
言葉で言い表せないほど・・苦しくて、辛くて・・心が、まるでどんどん削り落とされていくような・・
最後はポッカリ、何にもなくなったよ。
この胸が、真っ白・・いや、真っ黒かな?になってさ。」
ヒュウウッと、冷たい風が二人の間をすり抜ける。
少佐は彼の背を見ながら、静かに聞いた。
「君は・・泣かないそうだね。」
ぽつりと聞く少佐に、ようやくくるりと振り返る。何故かその顔は、清々しくさえ見えて美しい。
この美しささえ作られた物なら、旧カインの狂った研究者共は天才だとさえ思えてくる。
「・・ああ、どうしてかな?笑えるのにさ。」
「本当に、心から笑ったことはあるのかね?」
心から?変なことを聞く。
「さあ・・これでも、何とか普通になったとは思っているんだけど。
俺は・・一度死んでるから・・その、真っ黒に塗り潰されてね。」
「生まれ変わったという訳か?」
「ああ、でもカウンセラーのババアがさ、俺は泣いた時ようやく解放されるんだとさ。
何か、良くわからねえけど。」
「確かに、難題だろうな、今の君には。
・・・君の、力とは何だ?
その、『特別』に選ばれた理由とは?
顔もだろうが、それが一番の選ばれた理由だろう?」
少佐が真面目な目で彼を見る。それが一番聞きたかったのだろう。
レディアスが俯き、目をそらすように暗く広がる畑をまた向いた。
何も答えない彼との間に、風にあおられ灰が舞う。少佐が身体を乗り出し、まるで説得するように真剣に語りかけてきた。
「レディアス、お前が言う特別が何かはわからない。でも、お前のクローンがあの、ランドルフと何かしら関係があることはグレイの話から推測されている。
あいつが生きているという情報は、最近見つかった書類とコールドスリープで生き延びた幹部の証言から確率が高いんだ。
あのクローンが、彼が昔、夢のように話していたらしい、今の時代によみがえったクローン部隊だとも考えられるが、何も確証がない。」
「クローン部隊?この世界で?」
「そうだ、だからお前達の力を知っておく必要がある。なのに、お前の力だけが解明できていない。
シャドウ達の話しから、あいつが使ったのは「気」じゃないかという話しだ。
まるで拳法か何かのな。
お前も気を合わせてフェイントをかける、それが唯一の力だと書類上はそうなっている。
お前は身体がすでに疲弊していたのだろうが、つまりまともだったら、あいつ並みに気を操れたと言うことか?」
「・・・そう、だろうね。
だけど、ヘタに力を使うと消耗も激しいよ。あれは使いこなすのが難しいんだ。」
少佐の質問に、何故かほっとして俯く。
何か隠しているようで、どこかすっきりしない。他の5人と比べても、突出して秀でているとは言えない何かのために「選ばれた」理由が、それだとは信じられないのだ。
しかし彼は、次にとんでもないことを口走った。
「少佐、俺も、あの・・男が生きてるって・・・知ってたよ。」
「知って?!コールドスリープで?」
ゆっくりとレディが俯いて首を振る。
そして、一息置いて顔を上げた。
「あの男が、暗殺される前・・・4年ほど前だと思う。
俺は・・・・一度あいつを殺したことが、ある・・んだ。」
「レディ・・!」
「少佐!シッ!」
不意に顔を上げ、じっと暗闇の広がる畑の向こうを見ている。遠くで何かチラチラと白い物が見えるようだが、少佐にはわからない。
しかしレディアスは厳しい顔でじっと見つめ、微動だにしなかった。
じっと見つめていると、強い力を感じる。
その強さはプレッシャーとなって、レディアスの心臓を握りしめる。
「あれか・・仲間は・・」
そう、呟いたとき、頭に吐き気がする程の悪意が流れ込んできた。

『・・・ろ・・す!殺す!貴様だけは・・みんな、みんな死ね!死ねばいい!』

ヒュウッと強い風が吹き、相手のベールが舞い上がる。この暗闇の中で遠く離れても、レディアスには相手の顔がはっきりと見て取れた。
「ブルー・・の・・・」
スッとプレッシャーが消え、相手はまた遺跡の方に歩き出す。
しかし、ザワザワと心がざわめき、何か予感が走る。よろめきながら数歩後ろに下がると、少佐が怪訝な顔で立ち上がった。
「どうした?」
「何か、変だ。何かある。グランドは?ブルー達は?」
テントに飛び込み、ホルスターとジャケットを掴んで、いつもの武器を装備する。
ついでに寝袋に落ちていた、髪を結ぶ紐をポケットに突っ込んだ。
「村だ、お前の勘か?」
「そうだ、ただの勘だ。しかし、当たって欲しくない物ほど良く当たるんでね。」
ジャッ!と、ヘブンズアークの残弾数を確認し、村の方へ駆け出す。
少佐は彼を見送りながら、どうしてもまだ、諦めきれずにその後ろ姿を見つめた。

 暗闇だった地下通路に、明かりが灯る。
ぼんやりと薄暗い明かりだが、通路を照らすのには十分だろう。
荒れていた各部屋は片づけられ、それぞれの部屋の分担がはっきりしていて修復も進められている。
不要な空のクローンカプセルなども一つの部屋にまとめられ、一体いつからこの作業を始めたのだろうか?
目立たぬように少人数で中に入り、次第にここまで人数を増やしている彼らは、残った機械に手を加えて生き返らせている。
一つの部屋では、カチャカチャと忙しそうに数人の信者が大きなコンピューターらしき物を修復にあたり、横では書類を片手にノートパソコンに何やら打ち込んでいる者もいて、プロの技術者とも見て取れる。
サンドに軽く頭を下げ、横切る白装束の数人が機材を手に忙しくまた別の部屋へ入って行く。
奥へ奥へと歩いても通路は曲がりくねって終わりはなく、そしてようやく突き当たりに現れた頑丈な扉の奥には、部屋一杯に広がる何かを操作、管理するような、巨大な液晶画面に操作パネルと言った物がそっくり残されていた。
「53様、一体どうなさるので・・」
ガルドが先を行くサンドに問いかける。
サンドはそれを無視して部屋のリーダーを呼ぶと、クイッと顎でパネルを指し示した。
「もう、使えるのか?」
まだ若く、30代も前半に見えるリーダーが、ニヤリと笑ってうやうやしく頭を下げる。
「使ってみなくては、使えるかどうかわかりません。」
「フフ、成る程な。では、動かしてみよう。」
「53様!」
サッとガルドの顔色が変わる。
「承知しました。」
技術者のリーダーが静かに答え、サンドは頷いて他の皆を別のこの地下でも一番広い一室に集めさせた。
 総勢30人も近い彼らを前に、サンドが声を張り上げる。
その声には無念さと、そして何かしら不気味な覚悟が見て取れた。
「みんな!我々の交渉は破れた!ここには恐らく、もうすぐ軍の犬どもが進入してくる!」
私語のない中に、みんなが静かに戸惑いながら顔を会わせる。サンドは右手を振り上げ、言葉を続けた。
「彼らは、御子の手を振り払った不届きな者共だ!許すことは出来ない!
運良く兵器の修復は7割は済んでいる。この兵器を試すのに最も相応しい奴らだ!
私は今から、御子様の・・御神祖様のためにこの器械を動かし、彼らにその力を示そう!皆の努力は報われるのだ!」
「おお!」
「私は、その為に奴らと戦う!戦闘員5人を残し、他はここを退去せよ!
これは敗退ではない!我々は、ここに力を示す!これは始まりなのだ!」
「おお!」
「全ては新しい世界と、我らが神祖のために!
リブラ!フリード!」
「リブラ!リブラ!フリード!」
ザッと信者が散り、それぞれが惜しげもなく中断した作業に目もくれず出口へ向かう。
戦闘員はサッと白装束を脱ぎ捨て黒い服に着替え、手には自動小銃を持ち、背中にはこの為に用意されていたのか、見るだけで圧倒される中世の刀のように、刃渡り50センチほどの大きな刀をさして武装した。
 パッと、液晶画面に衛星からの映像が映し出され、二人の信者の手が忙しく何やら入力していく。
ずっと奥の方で機械的な発射準備をしていた信者が駆けてくると、息を切らせてサンドの耳に囁いた。
「まだこの兵器は3割ほどしか修復の確認ができておりません。衛星の状態は皆無です。
発射できるかどうかも・・」
「わかっている。しかし、これに賭けよう。
いずれにしても、ここは放棄せねばならん。
軍に我々の存在を知られるには早い。」
「では、この地下施設は一切の消去を。」
サンドが頷く。
「地上に施設は他にもある。ここは一番旧式だが、基礎となる物だった。何より例の衛星の操作施設がある。だから欲しいとおっしゃられたのだ。
増幅装置も、実際完成しているのかどうかもわからん。しかし、やむを得まい。全て動かしてみよう。」
「わかりました。」
信者は胸に付けた小型の無線機を通して、覚悟を持って厳しく叫んだ。
「デリート!準備せよ!準備でき次第、戦闘員一同、薬の確認を!軍の犬が来たら服用するのだ!
恐れは捨てよ、お前達はフリードの輝かしい戦士なのだ!」
肩にある小さな無線からの合図に残った戦闘員は最初に打ち合わせた爆弾を各部署にセットし、頭に黒いフードとセンサーゴーグルの付いたフェイスガードを装着する。そして首から小型の手榴弾を一つずつぶら下げ、一人が配るカプセルを、それぞれ1錠ずつ皆が受け取りポケットに忍ばせた。
残っていた技術者は、一通りの入力を済ませると揃ってサンドに頭を下げる。
サンドが頷き、もう一つの緊急時脱出口を指した。
「衛星からの発射時間はここにカウンターが示します。これに合わせてこれを押して下さい。
タイミングは多少ずれても構わないはずです。威力に若干影響が出るでしょうが。
もしここの施設が有効でなくても、衛星からの攻撃で、十分に地上を破壊できるはずです。」
リーダーの指し示すパネルにある赤いボタンを見て、サンドが頷く。
「わかった、これは俺が引き受けよう。」
リーダーが大きく頷き、握手を求めた。
「リブラ、フリード。同士に栄光あれ。」
「新しい時代のために。」
手をしっかりと握り、肩を抱き合い、そして頷き合う。サンドはもう一度技術者のリーダーの手を掴んで、そっと耳打ちした。
「64を頼む。後は任せたと。」
リーダーは頷いて、他の技術者を連れ脱出口へ急いだ。
ピッピッピッピッ
旧カイン時代の数字でカウントが減ってゆく。
技術者を見送り、一人残ったサンドはハンドガン片手に腰のナイフを引き抜いた。
薄暗い部屋の液晶画面がナイフの刃に写り込み、鈍く輝く。
「来い、殺してやる。」
美しく闇で輝く赤い瞳は、ブルーと同じ顔をしている全くの別人だった。

 暗い夜道を、村の焚き火が照らし出す明かりを求めて走る。
しかしレディアスは、この村へ来たことがない。何処をどう走って良い物かわからず、ただ明かりの下を目指していた。
息を切らせて建ち並んだ家の裏から表に出たとき、目前に軍の車が止まっているのが見えてきた。
セピアの甲高い声が聞こえてその声に急ぐと、ブルー達が数人の村人に囲まれて歓談しているようだ。
「グランド!ブルー!セピア!」
3人も合わせて振り向いた人々が、目を丸くする。
三つ編みで緩やかなウエーブの癖が付いた髪を腰までサラリと風になびかせ、整った顔は上気して一層美しい。これで軍人です、と言っても誰も信じないだろう。
慌ててグランドが彼に駆け寄り、車の陰へ隠れるように引っ張った。
「お前、なんて格好だよ!こんな髪して!
また少佐に嫌味言われるぞ!」
グランドがさっさと手慣れた様子で簡単に編んで行く。
それをもどかしそうにレディアスは、手を払いたいのも我慢してその場でジタジタと足を踏んだ。
「うー!!そんな事より!悪い予感がするんだよ!遺跡の入り口は近くにあるんだろ?!
早く!急がなきゃ!」
「げえ、おめーの悪い勘かよ。まあ待てよ。」
「待てねえ!何だか凄い、胸がザワザワする。」
グランドの背がゾッとして総毛立つ。
これ程彼が取り乱すのも極珍しい。
編んだ髪を紐で結んでいると、ブルー達も村人と別れてやってきた。
「どした?具合はいいのか?」
すっかり気が抜けて、二人とも和やかな顔をしている。
「悪い勘だとさ。」
「げえ!出た!」
ブルーとセピアが揃ってべろりと舌を出した。
「ほんじゃあどうする?」
「テントに帰ろう、装備もない。」
有無を言わさず、4人が車に乗り込む。
レディアスの勘は外れたことがない。
いい事も、悪いこともだ。
これも一つの予知かも知れないが、本人は当てにならないとも言う。しかし、兄弟は絶対と信じている。
だから動きも早い。
テントに帰り、さっさと装備を取り付けながら、グランドがせめて空から情報を取り込む。
雲が邪魔してポチもよく見えないらしいが、どうやら遺跡の入り口付近からは数台の車が立ち去ったらしい。
「すると地下はカラかな?」
「いや、まだ音が聞こえる。それも少しずつ大きくなっている気がするんだ。」
レディアスの言葉に、ブルーとグランドが顔を合わせてヒョイと肩をあげる。大きくなっても聞こえやしない。
「そんな音、聞こえるのはおめーだけだべ。
ほんじゃ、動かしてる誰かが居るって事か?
一体ここは何なんだ?ただクローンが居るってだけじゃないのか?」
「本部の資料には何もなかった。見に行くしかねえな。腹を決めるか。」
「でも、みんな普通の人間じゃん。殺しちゃ駄目なんしょ?やっかいよねえ。」
「いや、恐らく2人クローンが居る。グレイと、もう一人はブルーだ。ランクは、はっきりわからない。
だが、仮に死ぬつもりなら・・2人共いるとは考えにくいな・・彼らは貴重品だろうから。」
レディアスの顔が曇る。
心のどこかで、シュガーにはいて欲しくないと思っているのだ。
「会ったのか?!ゲロゲロ!自分の顔とはやり合いたくねえ。
それに、中じゃあ俺の力は使えないかも。きっとそのクローンが俺の心に干渉するだろうな。
それにしても、俺達のクローンなんて珍しいな。グレイのクローンって、こないだの奴と関係ある奴か?」
ゲエッと、ブルーが嫌な顔。
自分の顔と戦うのは嫌な気分になる。
「あたい、ブルーの顔してる奴は殺せないよう。やだよ。」
すねにガードを取り付け、ブーツを履き込みながらセピアが思わず引いた。
「大丈夫さ、恐らくは俺が目当てだろうから。
それに、こないだの事件とは確かに関係があるよ。グレイのクローンは、あの保護されたクローンと顔見知りだったんだ。
誰か捕まえることが出来ればいいだろうけど。裏で何かが進んでいるような気がする。」
「いやーな予感だよなあ。何か、あの生きてるって話しの男が関係するんじゃねえの?」
「するかもな。」
「げえっ!」
レディがアークにサイレンサーを取り付け、ストンと腰のホルダーに治める。そして三つ編みにした髪を腰のベルトに挟み込んだ。
「お前はここに残れ。」
グランドが、ベルトに挟んだ髪を引き抜く。
「嫌だね。」
グランドの手を払いのけ、また髪をベルトに挟んだ。
「だって!さっき食っただけだろ?体力が続くわけないじゃん。」
「うるせえ、ほっとけ!」
心配するグランドを、鬱陶しそうにはね除ける。命に関わるから言ってるのに、わかってくれない。
「もう!自分には無頓着なんだから、腹立つぜ。」
「好きにさせれば?いざとなったら、あたいが担いであげるよ。」
確かに、いつもは2人なのに、今回4人いるのを考えると心強い。
「でもさ、その2人以外は人間だろ?地元のポリス呼ぶか?遺跡の管理は俺等だが、人間はポリスの管轄だ。」
彼らはクローン相手が専門だ。
人間相手にまともに相手すると、間違いなく殺してしまう。
少佐がふむと横から口を挟んだ。
「これは、テロを考えに置いた方がいいかもしれんな。
もし仮に何かをしようとしているなら、武装していると思った方がいい。非戦闘員を逃がして、残るは死を覚悟している。
そう言う物だ、テロリストはな。
グランド、ポチを通じて地元のポリスに支援を頼め。管理局のデリート中佐に、ポチの使用の許可を申請しておけ。
あの宗教の奴ら、どうも臭い。何かあるぞ。」
「ポチの?あれは最終手段・・ま、いいや。
ポチ!管理局につないで、うん・・うん・・頼むよ。」
ブツブツ、グランドが独り言を呟く横で、3人が遺跡に向かって走り出した。
「あっ!俺を置いてくなよう!」
グランドが慌てて後を追う。
「少佐!村の人間の避難を頼むぜ!」
「よろしくー!」
慌ただしく駆ける4人を見送って、少佐が立ち上がる。
「カレン!」
娘を呼びに行く背後で、地面が地響きを上げた。
ゴゴゴゴ・・・
「何だ?!これは!」
「お父様!」
カレンが驚いてテントから飛び出してくる。
ピッ!ピシッピシピシッ
二人の目の前の地面に大きくヒビが入り、暗闇に畑の一部がじわじわとせり上がってきた。
「カレン!車に乗れ!村人を避難させるぞ!」
パッとライトをつけると、畑に等間隔で同じように土が盛り上がっている。
「ここは!まさか・・!噂で聞いた!」
「一体なんですの?」
少佐が愕然とした顔でハンドルを握る。
急発進させ、滑るタイヤをもどかしく感じながら、村へと急いだ。
「お父様?」
「レダリアの・・・大量殺戮兵器だ。
恐らくその実験場。・・・そうでなければいいがな。」
どこかにあると言われたそれが、足下だったとは。車のライトに照らされて見える、次第に地面から伸びる大きな金属の棒や低い壁のような金属の板が、信じたくない考えを肯定する。
「レダリアは、恐らくはこういう実験場を足がかりに小型化しようとしたのだ。そう言う記録を見たことがある。
衛星からのレーザー光ビームを誘電体に通してそれを発生させ、そして更に増幅させる。
主に被害を受けるのは人間、クローンに電子器械。
町が荒れるわけでもなく、自然破壊も見た目にはない。馬鹿馬鹿しいレダリアのキチガイ共が、何と言って実験したと思う?
エコ兵器、未来のための明るい兵器だとよ。」
カレンが暗く顔を俯く。
「未来のため・・明るい、兵器・・」
兵器に明るいも無いもんだ、くそったれ。
少佐の声が、現れた金属の棒群に確信を持って呟く。
「マイクロ・・ウェーブ発生装置・・だったか・・?
しかし、実際は増幅器の小型化に失敗して、後に使用したのは強力な電磁波を発する爆弾と、衛星のレーザーを改良して直接地上を攻撃するものだったと聞いている。」
ここは、使えるのだろうか?
レダリアが使った電磁波爆弾は、電磁波が異常に強力で、電子機器を破壊するだけではなく、多くの敵国の兵士を自国のクローンもろとも惨殺したと聞いている。
それで技術力の高さを誇示していたというのだから、あいつらはやっぱり気が狂っている。
何処まで逃げれば十分なのかわからない。
車のない村人が何処まで逃げ切れるのかも。
「でも、かなり年代物ですわね。」
「うむ、レーザーも、果たして制御できているのか・・暴走すれば、どんな影響が出るか未知数だ。・・・バカ共、後は頼むぞ。」
安全の確信が持てない避難に、あとの頼みの綱はあの、特別管理官の4人だけだった。

 不気味な金属の棒が立ち並ぶ畑を背に、暗闇を音もなく地下基地の進入路へと近づく。
すでにほとんどの信者は逃げたあとなのか、残骸となった軍用トラックは扉が開け放たれている。
レディが先になり、そこを覗くと、出入りがし易いように大きく開けた荷台の床には階段までこさえてあるようだ。
後ろのブルーに軽く頷き、アークを手に中へと進入する。
真っ暗闇の中、驚異的な彼らの目にはそこは薄暗闇ほどに視界がある。
一本の細い廊下をレディアスとブルーが静かに進む。
奥からは頭が痛くなりそうな低いモーター音が響き、地下いっぱいに反響してどこからなのか場所は特定できそうにない。
警戒しているのかわからないほど歩みの早いレディ達の先で、部屋の影からそっと銃口が4人を狙った。
未だ人を撃ったことがない指が、恐る恐る引き金に掛かる。
狙っていると先頭を行くレディが、明後日を見ながらスッと銃を上げた。
バシュッ!
バガッ!!っと、目の前の壁に大きな穴が開き、銃身に大きなショックを受けてはじき飛ばされる。
「ま、まさか・・!」
男が後ろによろめいてまた銃を構えようと見ると、銃口が大きく破損していた。
何という威力!
しかし、もとより死ぬ覚悟は出来ている。
ガシャンと銃を捨て、背中の刀を抜き、構えて顔を上げると、四人が入り口に立っていた。
「こんばんは、勝手にお邪魔してまっす。」
舐めた口調でグランドがにっこり話す。
「うおおおおおお!!!」
刀を振りかざし、一気に向かった。
スルリと避ける3人の前で、ブルーがいきなり頭を抱えて大きく揺らぐ。男はそれを見逃さず、ブルーに向けて刀を振り下ろした。「わっ!」
思わずしゃがみ込むブルーの頭の上で、セピアの足が振り下ろされる刃を横からガンッと蹴り、ついでによろめく男の顔を蹴り上げる。
「ぐがっ!」
重い蹴りでフェイスガードが顔面でひしゃげ、何とか握りなおした刀を再度振りかざそうとしたとき、ドカッとグランドがセイバーロッドを男の首に横から打ち込む。
「ぎゃっ!」
出力を落としたセイバーロッドは、人間に有効なスタンガンになるのだ。
ドッとうつ伏せて倒れた男は、ガックリと気を失っていた。
「なーにしてんのさ、ブルー。」
「うるせえ、うー、吐き気がする・・・あいつが俺の頭の中にすげえショックを・・こう、なんて言うかなあ!ガーンって感じ?」
「あいつって、ブルーもどき?」
「そ、クローンだよ。」
「ふうん。」
トントンと足踏みしてリズムを取るセピアが、男の刀を跳ね上げ握っている。
「すごーい、こんな刀初めて見たわさ。」
ガンと膝で折り曲げ、ポイッと捨てる。
先を歩き出したレディを追いかけると、廊下には開け放たれた部屋がずらりと並んでいた。
「やあねえ、どこから撃ってくるかわかんないジャン。」
「行くぞ。」
それでもさっさとレディは先を行く。
彼にはどうやらわかるらしいのだ、人の気配が。それはどんなに気配を消す達人でも、まったく歯が立たないらしい。
半信半疑の人間が多い中、兄弟は当たり前のようにそれを信用している。
スイスイとこの暗闇を、日中の光りの中散歩でもするように進む彼は、本当に緊張しているかもわからない。
「いっぱい来るかと思ったのに、来ないねえ。
連中本当にいるのかな?」
のんびり呟くセピアの前で、ウォンウォンウォンと響くモーター音のような音が、その時いきなり変わった。
ヒュウーーンン・・・
「止まった!?」
急に静かさが広がり、かえって不気味に感じる。
「なんで?」
辺りを窺う3人をよそに、レディがバッと前に向けて銃を構える。
バシュッバシュッバシュ!!
一カ所を集中して撃った2発がボコッと左斜め横の壁に穴を開ける。その横の壁から一人が小銃を構えた。
タタタッ!タタタタタタッ!!
撃つまでのタイミングに、サッと4人は横の部屋に隠れる。
キューンッ!
2発ほど跳弾して部屋へ飛び込んだ弾が、グランドの鼻をかすめた。
「いてえっ!」
「バカ、死ぬぞ!」
「死ななかったよ!」
グランドがセイバーをロッドに切り替え、ヒュンと近くの本を巻き取る。
「でやっ!」
そのままロッドで敵の方へと放り投げた。
タタタタッ!タタタッ!
宙を泳ぐ本が、銃で撃たれてバラバラになる。
その隙を逃さずだっと飛び出したグランドとセピアが、驚異的な早さで間の通路を駆け抜けた。
タタタタタタタッ!!
慌てて撃ってくる弾を避け、ヒュンッ!とロッドで銃身を巻き取る。
「おらよっ!」
ブンッと上に思い切り引くと、銃を握りしめた男が「うおっ!」と前につんのめった。
「もらい!」
慌てて背の刀に手を伸ばす男を、セピアがドッとその鳩尾を打つ。
「げえっ!」
「おやすみ!」
鳩尾を押さえ身体を丸めるその背にとどめの手刀を浴びせると、ようやく男は気を失った。
「グランド!部屋に一人!」
レディの声に、グランドとセピアが飛び込む。
しかしそこには男が一人、銃を握りしめたまま気を失っている。
服の胸の部分が斜めに破れているが、そこを引き裂いてみてもかすり傷のようだ。
レディが開けた壁の穴から、3発目の弾が貫通してきたのだろう。驚いて意識を失ったのか、何とも情けない。
「すご、やっぱアークは怖い銃よねえ。サイレンサー付けてこれだもん。壁を2発で貫通だよ。」
「こいつらみんな、ド素人だな。
これで3人。あと何人だ?」
グランドがブルーを振り返る。
ブルーは眉間にしわを寄せ、気難しい顔で唸った。
「んーー、あと・・・恐らく3人。その内一人は俺のクローン。さっきからずっと俺に強いテレパシーをぶつけやがる。
すげえ悪意にまみれた奴だ。気持ち悪い。」
「それで動きが悪かったんだ。テレパスも不便よねえ。頭で戦争だもん。」

ヒュウーーン・・ウィンウィンウィン・・

ドキッとして奥を見る。
音が変わった。
「急ぐぞ。」
だっとレディが走り出す。
何かが急げと後押しする。
迷路のような廊下に、うるさく反響する音と意識をたどって、ブルーとレディが指し示す方向へと駆け抜ける。
「なに?なに?うっそお!これってあいつ等だけじゃないジャン!知らなかったよお!」
大勢の人間が、ここで作業していた跡がすっかりそのまま残されていて、ブルーとセピアはショックが隠せない。
セピアも一応は見張っているつもりだったのに、いつこれ程の作業をする機材や人間を入れたのか、まったく気が付かなかったのは手抜きと責められても仕方がない。
「これって、一体何するところなわけ?」
走りながらキョロキョロ見回すセピアの前で、フッと他の兄弟が消え、いきなりセピアはグイッと腕を引かれて横の部屋に引き込まれた。
タタタタッ!タタタッ!!
キューンッ!と、目の前を弾が横切るのが見える。
「セピア!ボウッとするなっ!」
息を切らせたブルーが、隣からボカッと頭を殴った。
前方の曲がり角から撃ってくるのは、どうやら2人のようだ。
向かいの部屋では前に出ようとするレディを後ろへ押すグランドが、ブルーに目配せする。
言われるまでもなく、ブルーが彼らに向けてテレキネシスを使おうとしたとき、銃を乱射しながら彼らが飛び出してきた。
タタタタダダダダダダッ!!タンタタタン!!「マジかよ!」
「ブルー!」
ブルーが彼らに向けて精神を集中する。
「うおっ!」
突然自由が奪われ、何かに持ち上げられる感覚に男達の恐怖心が募る。
「わっわっ!た、たすけ・・」
彼らの足が、フワリと地面から離れかけた。
「ギャッ!」
「ブルーッ!!」
ブルーが悲鳴を上げ、頭を抱えて大きく後ろによろめく。
「ブルーッ!どしたの?!」
「くっ、くそっ!頭が・・うぐっ!」
とうとう耐えられず、ゲエゲエとその場に嘔吐してしまった。
敵はもう一人の自分。
精神の波長が合うのか、先程からのテレパシー攻撃でブルーは、他の信者達の攻撃を避けるだけで精一杯だ。
一人で精神を攻撃のみに集中できる相手と違って、身体の活動も伴うブルーは圧倒的に不利と言える。
自分の複製に、ここまでバカにされるなんて!
悔しさに歯がみしながら、ブルーは何とか心を研ぎ澄まそうと苦慮していた。
 一方、ブルーから解放された男達は再度銃を構えている。その間に、向かいの部屋のレディアスがサッとブルー達の部屋に移り、ドアからまた乱射しながら走り出す男達を狙った。
「レディ!撃つな!殺すな!」
バシュッ!バシュッ!
グランドが言い終わらない内にレディアスが引き金を引く。
「がっ!」ドサッ!!
1発が一人の大腿部をかすめてその場に倒れ、もう1発は一人の腰をかすめる。
かすめただけでかなりの傷だろう、しかし当てるよりも高度な技術を要するのは言うまでもない。
「くっ!」
そのひるんだ瞬間、グランドがロッドを振り上げ飛び出した。
「でやっ!」
ヒュンッ!ビシッ!
ひるむ男の片足に巻き付け、思い切り引き倒す。
「うおっ!」ドサッ!
男が倒れた拍子に地に着いた銃を踏みつけ、思い切り顎を蹴り上げた。
男はのけぞりながら銃から手を離し、倒れまいと手を付いて利き手で背の刀を握る。
「させねえ!」
シャランと抜く前にその身体を剣ごとロッドが巻き取り、うつ伏せに蹴り倒すとガッとその背をグランドが踏みつけ、ドッと急所に拳を打ち込んだ。
「いっちょ上がり!」
二ッとグランドが親指を立てる。
 もう一人の倒れた男は起きあがるところを、駆け寄ってきたセピアが手加減しながらドカッと顔を蹴りあげる。
「うぐぁっ!」
首が大きく後ろにのけぞり、セピアがドキッと足を引いた。
彼女の力は半端ではない、まともに力を振るうと簡単に殺してしまう。だから怖いのだ。
しかしその隙を逃さず、男が銃を取る。
その銃口がセピアにめがけ、引き金を引こうとした。
バシュッ!ガイーンッ!!
レディアスの撃った弾が男の銃に当たり、大きく銃口がそれる。
「このっ!」
カッとしたセピアが、手加減を忘れてグシャッと男の銃を持つ手を蹴ってしまった。
「ぎゃっ!」
「ひー!ごめんなさいいっ!!」
潰れた男の手に思わず謝りながら、身体が引けたセピアの後ろから、レディアスが駆け寄ってくる。
「どけっ!」
グイッとセピアの襟首を後ろに引いて前に出ると、すでに刀を左手で抜いた男の顔を横から蹴った。
「がっ!くっ!」
男は倒れながら、それでも刀を横から振り上げる。
ブンッと風を切る音がレディアスの脇腹を切り裂こうとした寸前で、ガキーンッと金属音と共に火花を散らしながらアークの銃身が刃を受け止めた。
「このっ!くううおおお!」
男が力で押す刀をギリギリと受け止めたまま、一瞬引いて刃を横からバンッと足で蹴る。
利き手ではなかったため、男の手が刀からスルリと抜け後ろによろめいた。
「まかせて!」
セピアがレディの横から飛び出し、ドカッと鳩尾を蹴ってトドメを刺す。
ようやく男はガックリと気を失ってくれた。
 「ふいー、殺さないってのがこんなに難しいなんてな。」
グランドが立ち上がって服を払いながら溜息をつく。
殺さない、傷つけない。敵が武器を持っている限りは出来たらの話しだが。
「ごめん、何とか復活した。」
よろめきながら、部屋からブルーが出てきた。
「ごめんね、レディ。助かったよ。」
セピアがレディアスのジャケットを握る。
体調不良の彼を頼るなと、きつくブルー達から言われているのに、やはり手助けして貰ったのは大きな減点だ。
「いいさ。」
そう言って滅多に息を乱さない彼が、小さく小刻みに乱れた息を戻しながら、また先を急ぎ出す。
心配してグランドが、ポンと彼の背を叩いた。
「グランド、大丈夫だよ。」
「うん、わかってる。」
ここまで来たら、どうすることも出来やしない。
「ポチが、ここはもう村の入り口だってさ。」
「そうか、随分奥まで来たな。村の避難は済んだかな?」
「うん、済んでる。ポチから見る限り、誰もいない。」
「その・・角を曲がったつきあたり、だな。」
ブルーが、男達がいた角を指さす。
フッと息を吐くグランドが、ロッドをセイバーに切り替え、ビュンッと一振りした。
「行くか。」
歩き出そうとしたとき、ビクンとレディが振り向く。
そこには何と、気を失っているはずの倒してきた3人が、手をぶらりとさせたままユラユラと立っている。
「まさか!」
目を凝らす彼らは、その一瞬で気が付いた。
恐らくは気を失ったままの彼らの首に・・・ぶら下がる手榴弾が1つずつ!
「げえっ!」
さすがに倒すことばかりで、ましてこの暗闇の中、気が付かなかった。
足下の二人も、よくよく見ると首から一個ずつぶら下げている。
ピンピンッと軽快な音と共に、その手榴弾からピンが抜けた。
「抜けたあ!!ぎゃんぎゃん!!」
宙に浮く3人が、滑るようにいきなりこちらへ勢い良く向かってくる。
「わああああっ!!」
どうしようもない。
一緒に自爆か、良くて生き埋めだ。
銃を向けるレディが、チッと舌打ちして彼らに向けて走り出す。
「レディアス!!」
無謀とも思える行動に、他の3人は足がその時動かない。
電光石火のごとき早さで、レディが3人の首からぶら下がる手榴弾を引きちぎり、ポンと横の部屋へ放り込む。
「伏せろーーっっ!!」
思わずグランドが叫び、バッとその場に耳をふさいで身を伏せた瞬間。

バーーーンッ!!ドーーンッ!!バンッ!
バラバラガラガラガラ・・

彼らの横の部屋から爆風が吹き出し、耳をつんざく音と共に、空気を激しく震わせる衝撃が地下を走る。
顔を上げると、その部屋一帯の壁が大きく崩れ去っていた。

 暗闇の中、コンクリートの粉塵がもうもうと立ちこめ、崩れた天井や壁が大きくえぐれて土肌を見せている。
天井からはバラバラと土が崩れ落ち、この周辺の天井や壁まで影響が計り知れなく、至る所に亀裂が入り、全てが崩れ落ちないのが不思議とも言えた。
「あ・・こいつらの・・」
手前2人の手榴弾は、彼らの胸元に咄嗟にブルーの作った空間の中で炸裂して消えている。
「こっちは俺が何とかしたけど、向こうまでは手が回らなかった。ごめん、グランド。」
ブルーが泣きそうな顔でグランドに話す。
グランドは山となった瓦礫に慌てて駆け寄り、それをかき分けた。
「グランド!」
セピアもその後を追って瓦礫に手を掛けたとき、ブルーが彼女の腕を引いた。
「そこだ、と思うよ。今気が付いたみたいだ。」
ブルーが指さす廊下の端を、セピアとグランドがかき分ける。
「あっ!」
と髪の毛が触れたと思ったら、それは真っ白になった黒く短い信者の物だ。
「なんだ、どうでもいいや。」
ガックリ肩を落とすセピアの先で、ゴトッと大きなコンクリートの塊が動いた。
「く、く・・重いー・・動けねえ・・」
男達の腰の当たりから微かに声がする。
「いたあっ!」
セピアが軽々とその塊を抱えて横に放ると、下から男達を庇うように押し倒すレディアスが、ぐったりうつ伏せていた。
「おいっ!生きてるかよお!」
「いてて・・・うう、生きてるよ、何とか。」
「びっくりさせないでよ!レディったらあ!」
セピアが手を貸し、ズルズル起きる彼の身体をパンパンと横から叩く。
「わーん!死んだと思ったあ!」
ガバッと抱きつくグランドを彼は鬱陶しそうに押しやり、ふらつきながらようやく立ち上がった。
「くそー、あの野郎、死ぬところだったじゃないか。」
むかつきながら、拾い上げた銃を点検する。
手榴弾のピンが外れたあと3秒の間に、身体が動くか動かないかは、実戦経験が豊富なレディアスならではだ。
生き抜くように、身体が出来ている。
しかしこれが、一人ならどうだったかはわからないが・・
 倒れる男達をセピアが廊下のすみに積み上げ、クローンの元へと警戒しながら歩き出す。
もう、一刻の猶予もないはずだ。
何が起きるのかは、この施設がただの研究所ではないことがこの規模の大きさからもわかる。
男達が居た角を曲がった先の部屋部屋は、全てが色々なコンピュータが入り、何かの研究施設であることは明白だ。
「こっち、すげえ部屋!」
薄く開いた一つの部屋を覗くと、ずらりとコンピュータが並んでいる。そっと中へ入ってみると、中は荒らされてコンピューターも分解したようにパネルが解放している。
一つのコンピューターに手を添えたグランドは、じっと何か話しかける様子だったが皆に首を振った。
「駄目、ここらのはメモリとハードディスクを抜かれてるよ。だから空虚だ。何もわからないって。」
「すげえな、何も残さないって訳か。徹底しているな、こう言う基地あらしは初めてじゃねえぞ。」
「ん、」
「急げ!音がどんどん変わる!これは何か大がかりな兵器かもしれない。」
入り口で警戒していたレディが叫ぶ。
キューンキューンキューン・・
音が甲高く、切迫している。
走り出したレディの後を追った3人は、少し離れた突き当たりのドアを指さされて左右に散った。
そのドアは左右に開く自動扉のようだが、電源が切ってある。
真ん中に出て開こうとするセピアを遮り、ブルーが任せろと親指を立てた。
斜めに立ち、スッと右手を挙げ精神を集中する。動かないモーターの代わりに歯車を動かし、ベルトを動かし、中に何があるかわからない地下で、慎重に開けてゆく。

ギキイイイィィ!!ガ!ガ!ガ!ギギギギイイイ!!

ほんの少し隙間が開き、薄く淡い光が漏れ、それが徐々に広がってゆく。しかしそれがブルーらしくもなく、ヤケに遅い。
「このクソ!あいつが邪魔をする!」
ブルーがギリギリと歯がみしながら顔に青筋を立て、更に精神を集中する。
ガ!ガ!ガ!ギギギ!!
「ぐぎぎぎいいい!!ぐくく・・!!」
「ブルー!がんばれ!」
セピアがチアリーダーらしく、ステップを踏みながら応援する。
ギキイイイィィ!!
「えーーーいい!このくそっ!!」

グワシャッ!ガキッ!バーン!!

とうとう絶えられず、分厚いドアはアメのように曲がって引き裂かれてしまった。
「ありゃりゃ、やっちゃった。」
「ふー、ふー、ふー、こぬおー・・」
怒りの形相で、ブルーがドアの正面に立ちはだかる。
闇の中、パネルを煌々と光らせて並ぶコンピューターの向こうに立つ、ブルーと同じ顔のクローンが、スッと銃を向けてためらいもなく引き金を引いた。
ダダダダダッ!!
キュンッキュンキュキューンッ!!
撃たれた弾が全てブルーの前ではじき飛ばされる。
「てめえかあ!俺のクローンってのは!
こぬお、よくもやってくれたな。ここまで来るの、きつかったぞ!」
「ブルー、まだ壊すなよ。制御できなくなったらお手上げ・・」
「このクソ!殺すっ!」
グランドの言葉が、全然耳に入らない。
「ひえっ!ど、どうしようレディアス。」
いつも穏和な彼が、異常に興奮して怒りの表情で右手を突き出す。
ギュッと空間が歪んで、この部屋ごとクローンを潰そうと集中したとき、クローンが平然とした顔で薄く笑った。
「潰すなら潰せばいい。
その時、お前がこの兵器の最終スイッチを押すのだ。ククッ・・クックック・・・
それも、良い余興だな。」
ギクッとブルーがようやく我に返る。
サッと殺気が冷め、舌打ちして手を引いた。
「貴様、何をしようとしているんだ。」
コツ、コツ、コツ、
重い足音で、パネルの前に立つとサンドがスッと大きくスクリーンに映し出された衛星からの映像を指す。
そこには上空からのこの一帯の映像に、等間隔で一帯に現れた巨大な金属の棒が赤いポイントで表されている。夜の暗闇が、コンピューター処理され赤と黒のモノトーンで、うっすらと家々まで見て取れる。
「知らないってのは、バカだと思わないかい。
見なよ、ここら一帯はこの兵器の実験場だ。
政府が何を言ったか知らないが、そこへ金を出して住んでる奴らはバカだね。
クックック、だから御子様がバカな奴らにわざわざ手を差し伸べたのに、バカはバカさ。」
「バカバカ言うな!バカ野郎!
お前は何だ、人の命さえ平気で奪うバカじゃねえか。」
手榴弾のピンを抜いたのが誰かは、ブルーが一番良く分かる。
サッと見渡すレディアスの目に、サンドの後ろのパネルのカウンターが見えた。
旧カインの文字で、何か書いてあり数字が勢い良く減っている。
しかし、レディアスには旧カインの文字は再教育で知った簡単な言葉しか良く分からない。
何しろ、教育を9才の時までしか受けていない。あとは奴隷のような生活に身をやつさなければならなかった。文字も言葉も必要ない。栄養失調も相まって、そのほとんどを忘れてしまった。
 カインは昔、レダリアとマルクスに別れていたのだが、宇宙標準文字を使っていたマルクスに対して、レダリアは主な民族の言葉を使っていた。
レダリアは、今はもう使われていない第13コロニーと言う、古いコロニー民族の言葉だったのだ。
 サンドに気取られぬよう、隣のグランドの手に、そっとその文字をなぞる。
グランドが、ンーと考えながらそっと呟いた。
「第6・・衛星・・レーザー・・光・・ビーム・・カウントかな?」
「おやおや!旧カインにいて、このくらいも読めないとはね。」
バカにしたサンドの言葉に、チッとグランドが気まずい顔を上げる。
やはり気付かれた、相手はテレパスだ。
「悪かったね!いいじゃん、関係ねえだろ!」
フンッと、サンドはレディアスが気にくわない。笑いながら、その場の椅子にドカッと腰掛け足を組んだ。
「こんなバカの何処が気に入ったのか、私の仲間も君の容姿に騙されたのかね。
馬鹿馬鹿しい、薄汚いチビが。」
カチーンッ!!

「「この!バカはどっちだバカ!!」」

グランドとセピアがステレオで言い返す。
今まで、これ程口の悪いクローンに出会ったことがない。
まるで、酔ってトラになった時のブルー。
こいつは最低最悪のクローンだ。
ボコボコにしてやりたいが、この位置関係は制御装置を盾にされて手が出ない。
しかも相手は人の心を読み、精神を集中させるだけで物さえ動かす。
こうして睨み合っている間にも、カウンターはどんどん減っている。
レーザー光ビームとは、一体何なのかどうなるのかさっぱりだ。
「一体、何がどうなるか、わからないなら教えてあげようか?」
ウッとグランド達の言葉が詰まる。
テレパスの前では、普通の人間は丸裸だ。
「バカにわかるか知らないけど。
簡単に言えばね、昔々こういう実験があったんだ。
衛星からのレーザー光ビーム。それを誘電体を通して強力なマイクロウェーブを発生し、それを更に増幅させて大量殺戮兵器として実用化した。わかるかな?
で、これが衛星の制御装置。そして・・」
スウッと、更に奥へ行く通路を指さす。
「ほら、そこから行った所にあるのが地上のマイクロウェーブ増幅装置さ。
被害を押さえようと思うなら、そこをまず壊すんだね。」
呆れてキョンと立ちつくす。
わざわざ説明して、装置の場所まで指し示す真意がわからない。
戸惑っていると、ヒョイと呆れたように肩をあげる。
「行かないの?ほら、カウントが終わっちゃうよ。」
「あんたなんかの言うことが信じられるもんですか!」
「信じる信じないはあんた等の勝手、私はせっかく教えてやったんだ。こんなに親切はないだろう?
四人もボケ頭を揃えて、ここまで何しに来たのやら。」
ムッカーー!!
いちいち言うことが気に障る。
セピアがカッと来て銃を上げる。その銃を上から押さえて、レディアスが静かに言った。
「行け、ブルー、セピア。向こうはお前達に任せた。」
「でも!こいつの言いなりになるの?!」
「駄目だよ!こいつには俺でないと・・!」
サイキックには、普通の人間は歯が立たない。
それをわかっていて何故・・!
「ブルー、お前とこいつがまともにやり会ったら、ここは崩壊する。
行くんだ。」
ギリッと唇を噛み、ブルーが恨めしい顔でサンドを睨み付ける。
「あっ!ちょっとお!ブルーってばあ!」
「いいから来いよ!」
そしてグイッとセピアの手を引いて、サンドの言った通路へと走り出した。
「レディアス、どうすんだよう。」
響き渡る機械音の中、二人の足音が遠ざかる。
睨み合うレディとサンド、二人の間で、グランドは途方に暮れて二人の出方を待った。

 ブォン、ウオオオオオ・・
夜の闇の中、人目を避けるように数台のオフロードカーが荒野を疾走する。
鈍い頭痛がズンズンと重々しく、車の激しい揺れに余計気分が悪い。
「うう・・」
吐き気がムッと上がり、激しい眠気の中を抗うように髪をかき上げ、ぼんやりとした頭で考える。
何故?車で?何処に行くんだろう・・
重い瞼を開けると、後ろを走る車のライトがバックミラーに反射する。
まぶしさに手をかざして、ふとその光りに何かが浮かんだ。
光り?銀の・・美しい・・銀の髪・・・
そして・・
「・・サンド!」
ハッと飛び起き、車内を見回した。
「64様、大丈夫ですか?驚かれたでしょう。
実は地下基地を放棄して・・」
「サンドは?!B53は?!」
「53様は、5人の戦闘員と共に残られました。あの兵器を使用するとおっしゃられて、今頃は管理官共と・・」
「どうして!!どうして残して・・!」
「報復でございます。御子様に逆らった、その報復で。」
ニヤリと信者がほくそ笑み、そして鬱陶しい顔でシュガーを横目で見る。
「どうか、落ち着いてください。少しはクローンらしくされたらいかがです?
53様は大変ご立派な戦士であらせられましたのに。御子様も大変残念に思われることでしょう。」
プイと前を冷たく見る彼は、たとえ敬語を使ってもクローンを見下している。それはどの人間も同じだ。
御子のそばにいる幹部クラスだからこそ、見下しながら口先だけは敬語を使う。
「はあ・・・あ・・あ・・」
一息吸って、ガックリと座り直す。
彼とサンドが戦っている。
恐れていたけど、それは十分予測できた。
でも、やっぱり・・いや。
どうして?どうして僕を置いて自分が逃げなかったの?サンド・・
僕は助かっても、また以前の生活に戻るか・・それとも殺される・・
ああ、サンド、サンド、もう、嫌だよ。
ああ、彼と行きたかった。
サンド、彼を、殺すの?
殺す・・?彼・・・管理官・・
殺す・・・ころ・・される・・
ドキッ!
心臓が、冷たくドキドキ拍動を繰り返す。
どちらかが死ぬ。
死ぬ・・・!
「ああ・・」
両手で顔を覆い、震える指をギュッと握りしめる。
暗い車内が、まるで冷蔵庫のようにゾッとするほど冷え冷えする。
カチカチと小刻みに震える体を抱きしめ、何度も首を振った。
信じたくない、信じられない現実に、恐怖が重く首をもたげる。
大切な物を失う、永遠に。それがどう言う事なのか、考えなければわからない自分の心にもどかしく思いながら、星の散りばめられた美しい夜空に、二人の顔が浮かんでは消えた。

 タタッ!タッ!タタッ!・・!!
後ろ髪を引かれながら細い廊下を急ぎ、途中のドアの中を確認してゆく。
もどかしいが、何処に何が隠されているかわからない。
一帯の部屋からは、頭が痛くなりそうな音が漏れてくる。
そしてようやく見つけたそこは機械室なのだろう。更に掘り下げたところに、どうやってこんな施設を作ったのかわからない程の老朽化した巨大な機械が部屋一杯に並んでいる。
それはずっと奥まで続いているようで、ブルー達のいる出入り口からは、ほんの一部しか見えないようだった。
「ぶっ壊そうか?」
そう言って機械に手を掛けるセピアに、カッカと熱い頭を冷やしながらブルーは、少し待てと遮った。
サンドは、壊せと言った。
それが罠に思えて仕方がない。
彼の心はまったく読めなかった。
壊せば、やもすれば暴走したりしないだろうか。制御できなくなって、被害が大きくなるかも知れない。
衛星からのレーザーを止めることが出来ない場合を考えると、ここが一番のネックとなる。
「どうすんの?」
「うーん、ここの構造なんてわかんねえし・・どっから壊せばいい?そうだ、どこかここを止めるスイッチかなんかないか?」
「あー!もう!いちいち止めなくても、適当に爆弾仕掛けりゃいいじゃん!」
セピアが焦り、ヒステリーを起こしながらその場をバタバタ走る。
「駄目だよ、ここは慎重に・・」
「めんどい!えーい!腹立つう!」
バキッと、セピアが近くのドアをねじ切って、機械にドンと投げた。
バーンとドアがグニャリと曲がり、何か動力装置らしい物にドカッと刺さる。
「げえっ!!」
「あれ?あのドア鉄だったんだ。どおりでちょっと重いかなと思った。」
ちょっと重いって物じゃあないだろうが・・
グイイイイン!グイングイン!ガンガンガン!!
音がいじょーに変わってきて、妙な金属音や機械全体に振動をもたらす。
ブルブルと見てわかるほどに震えだし、地下施設だというのに気味が悪いほどに地面まで震動が伝わりだした。
「ギャアアア!!壊れた!壊したな!お前!」
「いいじゃん、どうせ壊しに来たんだしい。」
「だから半端な壊し方は・・止めてから壊そうと思ったのに!ああ!もう!」
「あら、何かやばそうな音じゃん。」
「お前のせいだろ!後ろに下がれ!」
ブルーがスッと右手を機械に向ける。
ブウンブンブンブン!ガンガンガン!
音が更に異常音へ変わった。
「ええいっ!このくそっ!!つぶれろお!!」

ドーーーンッッ!!

グオッ!グワッシャ!ガン!ガラガラガラ!
ブルーのかけ声で、一気にまるで爆風にあおられたように全ての機械がブルーの念動力でドウッと倒壊を始める。

ドンッガゴン!!ガン!ガシャン!ゴオン!
ガランガランゴンガンガシャン!!

凄まじいパワーの前に、巨大な機械は一瞬でスクラップに変わった。至る所から蒸気を上げ、冷却水がシュンシュンと漏れる。
天井からの配管がはずれ、ザアアッとそこから水が流れ出した。
「きゃあん!やったあ!」
指で耳栓していたセピアが歓声を上げてピョンと飛び上がり、ゴツンと何かを蹴る。
ん?とよくよく見ると、それは無造作に段ボールに入った、カウントの付いた大きな爆弾だった。
「ギャアアアア!!これ!これ!ブルー!」
「ハアー、あー、きつ。何だよ。」
「ん?」と見ると、すでに100は切れている。
「ひええええ!!これ・・!ギャア!そこにも・・あっ!向こうにも!」
気が付けば、怪しい同じような箱が、至る所に放置してある。
「ま、まさか・・・」
そうっと中を覗けば、それぞれがカウントをどんどん減らしている。
きっとここだけではないはずだ。
じっと、二人で顔を向き合い、そしてうんと頷く。
「逃げろおおおおおお!!!」
ダアッと二人は、元来た場所へ烈火のごとく駆けだした。

>>闇の羽音2へ>>闇の羽音4へ