呪いという名の想い

ダーク・ホーリー初作
CGは、sewさんです

一国の王子ドルーシェは、呪いの指輪に封じられてしまった妻を救い出す為、北の果ての黒い魔女を捜して長く旅をしていた。
ある雨の夜、森で野宿する彼の元に小さな少年が現れた。
漆黒の髪の少年の名はホーリー。
魔女の息子だという少年は指輪の呪いをときに来たというが?
かなり以前書いた、ホーリーの初期設定の短編です。

草原のなか、旅に疲れた騎士が1人、馬から下りてボロボロのコートから小さな酒瓶を取り出す。
一口酒を含み帽子を取ると、どんよりした空に白い息を吐く。
小さな河に馬を引き、水を飲ませて休ませた。
「我が美しきエティアナよ」
小さく呟き、手袋を取る。
上着の襟元から一つネックレスを取り出すと、トップに付いた指輪を大切に手で握りしめた。
指輪には、大きな虹色のオパールが台座にある。その虹色の先には、美しい女性の影がくっきりと浮き出ている。
彼の名はドルーシェ。指にきらめく王家の指輪、それも今は何の威厳もなく虚しい。彼は一国の王の長子だったが、あることから弟に第一の王位継承権を譲って旅に出た。
何度思い返しても悔やまれる。
それは、身につけてはならぬと言い伝えの指輪だった。
華々しく国民に祝福されての結婚式が、遠い日のことに思われる。今でも目に浮かぶ、花嫁姿のエティアナの幸せそうな微笑み。
まさかその後に、あんな事になろうとは。
輿入れしてきた彼女に城を案内する内、家宝を見せようと宝物倉を覗きに行った。
素晴らしい品々には、エティアナも目を輝かせて思わず手に取って見ていたのだ。
幾重にも厳重に保管されたこの指輪がどうしてそこにあったのかは、いまだわからない。しかし后が見ていた宝石箱に、何故かその指輪は現れた。
そして、まるで引き寄せられるようにその指輪に手が伸び、止める間もなく指輪を美しい指に通し…見開いた目の前で、后の身体が黄金に輝き指輪に吸い込まれていった。
城内に響き渡る自分の叫び声だけが、耳に残っている。
北の果ての黒の魔女。
元は彼女の持ち物であるその指輪は、ドルーシェの父王に横恋慕して、恋に破れた呪いに残していった物という。
「この国の后となる者は、この指輪の呪いを受けよ。呪いを受けし后を救いたければ、黒の魔女に真の愛を示すがよい。さすれば呪いも解けよう」
そう言ってこの指輪を置き、去っていった。
不吉な予感にどんなに壊そうとしても壊れず、仕方なく宝物倉の奥深くに厳重に保管されたのだ。しかし、それもドルーシェが生まれる前のこと、すでに存在さえ忘れ去られていた。
顔を上げ、北の地平を遠く望んでも、黒の魔女が今どこへいるのか、生きているのかさえ耳には届かない。
ただ、一抹の希望を胸に、北を目指すしかない旅は果てなく、いつ終わるともわからずに、悲しみと絶望だけが胸に積み重ねられてゆく。
ヒュウウウ…
冷たく湿った風に雨を予感して、彼は馬に乗ると野宿の出来そうな場所を探して走らせた。
カッカッと、蹄の音が石を敷き詰めた床に響く。森の近くまで来た彼の前に、石造りの神殿らしい廃墟が現れた。
ほとんどが柱を残すのみだが、一部に屋根、壁が残っている。
程良い広さに馬を繋ぐと、彼は燃やす物を拾いに辺りをうろついた。
薪になりそうな木を拾い、森に入って食べる物を捜す。カササッと微かな音に顔を上げると、冬眠前の小さなリスが、木の実で頬を膨らませて走っている。
少し奥へ入るとトチの実やグミなどがあり、それを取ってポツポツと降り出した雨に急いで戻った。
パチパチと燃える火を見つめながら、フッと溜息をつく。
何度も引き返そうかと思い直し、そして首を振って北を見る。無精ひげにフフッとうつむき、落ちぶれ果てた身を嘆いて顔を覆った。
「エティアナ、エティアナよ、私は助けることが出来るだろうか?」
知らず、涙がこぼれる。
暗闇に降り続ける雨が、彼の心を更に冷たくしていった。
「騎士様、騎士様」
雨の音に混じって、小さく囁くような声が聞こえる。
見回しても、誰もいない。
気のせいか、それとも亡霊でもいるのかと落ちる雨を眺めていると、白い顔が暗闇に浮き出てくる。
「誰かっ?」
サッと手を腰の剣に回し、一方の膝を立てて身構えた。
「騎士様、恐ろしい剣はお納め下さいませ。騎士様、決して怪しい者ではございませぬ」
「怪しくないと申す者ほど怪しいというもの。見えるところへ出て参れ」
背の壁には、人一人通れる穴がある。そこまで下がり、剣の柄を握りしめた。
パシャン、パシャン
軽い足音を立て、雨に濡れながら白い顔が近づいてくる。そして火の近くまで来ると、項垂れる馬の頬をそっと撫でる。
火に照らされたその姿は、びしょ濡れの黒服に身を包み、すっかり濡れそぼった肩までの黒い髪を白い顔に貼り付けた少年だった。
「騎士様、どうか剣をお納め下さい。私も火に当たりとうございます。どうかお許しを」
「近くに家はない。子供の身でこの闇の中、どうやってここへ来た。返答次第では斬る」
シャリンと、剣を半分抜いて様子を窺う。
しかし少年は落ち着きはらって、優雅な動作で火の前まで来ると、指を組み、小さな声でブツブツと何やら唱えた。
シュアッと軽い音共に、少年のまわりにキラキラと霧が舞う。
パサッと顔を左右に振り、一瞬で乾いた髪を指で解いて、同じく乾いてフワリとなった服を整え、少年はぺこりとお辞儀した。
「隠すなど、あなた様には無駄なこと。申し上げましょう、私は北に住まう黒の魔女グラナダ様の使いでございます」
頭を下げる少年に、ワナワナとドルーシェが剣を収める。
「まことか?まことに黒の魔女の」
「はい、使いに参りました私の名はホーリー」
ああ、ようやく!ようやく!
ドルーシェが一歩踏みだす。しかし、ハッと我に返ると足を止めた。
「で?で、使いとは何の使いだ」
スッとホーリーが顔を上げる。そして不気味なほどに美しく微笑んだ。
「指輪の呪いを解きに参りました。さあ、どうか指輪をお渡し下さいませ」
少年の伸ばした手に、思わずドルーシェが襟元を掴んで身を引く。あまりにもこの少年は不気味で、どうしても信用できない。どうするべきか迷いながらも、指輪には愛する人が眠っているのだ。
「信用、出来ぬと言うたらどうする」
「それは困りました。私も、主に預かってくるよう言い遣ったのみでございます。あなた様も、ここまでいらして諦めるには忍びない事でございましょう」
「む、う」
どうする?渡すか?しかし渡したとして、そしてこの場から消えたらどうする?
この指輪は妻、信用できぬ者に渡すわけには行かぬ。
しかし……
「ならば、ならば信用に足る証を示せ。この指輪は妻、信用できぬ者には渡せぬ」
意固地なドルーシェに、少年がクスリと笑う。
そして差し出した手を返しスッとドルーシェを指さすと、ニヤリと笑った。
「証を示せと仰るか?それはまことに異な事。あなたは呪いを解きに参られたのでしょう?」
「お前は信用できぬと言っておる。黒の魔女はいかがした」
クッと笑って少年が、手を引いて腕を組む。
その顔は炎に照らされて、笑う顔も子供らしさなど微塵もなく、まるで闇から生まれたような恐ろしさを感じさせる。
「黒の魔女に真の愛を示せ、されば呪いを解いてやろう。それが指輪に残した言葉のはず。騎士殿、証を立てるはお主の方であろう」
クッと、ドルーシェが身を引いて歯がみする。
確かにその通りだが、これ以上どうやってエティアナへの愛を示せばいい?しかも魔女さえ目の前にいないのだ。
戸惑う彼にホーリーが笑いながら迫ってくる。
「証を見せよ!それともホーリーの力でお主をブタに変えてやろうか?次代の王となる男が、ブタとなって人に食われるのも一興。いかがする?」
シンと静まりかえる崩れかけた神殿に、サアサアと雨の音だけが響き渡る。
ドルーシェはキッと睨み据えた顔をフッとほどき、指輪を取り出すと闇に輝くその指輪にキスをした。
「私をブタにするのは構わぬ、后を戻すと約束するならば。人に食われようと、后が戻るならこれ程の幸せはあるまい。わしは喜んで食われよう」
「フッホホ、ブタとなった後、約束を守るとは限らぬぞ。そう、指輪は砕いてしまおうぞ」
小悪魔のように笑うホーリーに、シャンと剣を抜いてドルーシェが飛びかかる。
ヒュッと横凪に剣を振ると、ホーリーは鳥のように飛び立って天井へ逆さに立つ。間髪入れず腰の短剣を抜き、シュッと投げた。
しかしそれを、スッとホーリーが2本の指に挟んで受け止める。
ケラケラと笑って短剣の柄を握り、ピッと投げて呪文を唱える。すると剣は勢い良く、海に泳ぐ魚のようにドルーシェに向けて泳ぎ出した。
「うおおっ!この魔物め!」
キンッ!キンキンッ!
どんなに落としても、はじき返してもナイフが止まらない。
服を裂かれ、皮膚を切られて屋根の下から外へ飛び出そうと後ろの穴へ手を入れると、まるで壁があるようにはじき返される。
「逃がさぬ。自分の剣に刺されて死ぬがいい」
アハハハハ、ホホホホホ
少年と女の笑い声が二重に重なってこだまする。ドルーシェは覚悟を決めて飛んできた短剣を手袋の手で掴むと、手にある長剣を少年に投げた。
「あ」ドスッ!
長剣が、見事に少年の胸を突き抜ける。少年は胸に刺さった剣を見て、目を輝かせて笑った。
「何と面白い、面白い趣向だ。久しくこのように、熱き想いを感じなかった。ホホッ、良かろう、この私を倒してみよ。さすれば呪いをすぐにも解いてやろう」
少年の胸から、ズルリと剣が抜け落ちる。
ガランと地に落ちた剣を拾おうと数歩前に出た彼の前で、天井にぶら下がった少年はくるりと地に降り立った。
「呪いを解くか、それとも死んで食われるか。2つに一つ、ホーリーをただの使いと見くびる無かれ」
ズズズッと、ホーリーの体が大きく膨らみ、ザワザワと髪が逆立つ。やがて四つ足に手足を地に着くと、逆立つ髪が二つに分かれてそれぞれに顔が付く。そしてそれは、ドルーシェの身の丈ほどもある双頭の大きな黒いライオンとなり、黒いたてがみを波立たせながら、大きく牙を剥いて咆哮を上げた。
「グオオオオオオッ!」
フッフッフッと、息を吐きながら迫ってくる。
ドルーシェは睨み合いながら、手にある短剣を身構えた。
「食ってみるがいい、私は不味いぞ」
ニヤリと、ホーリーが獣の顔で笑った瞬間、バッと飛びかかってくる。
ドルーシェはサッと身を低くして短剣を振りかざし、くるりと床を転がると長剣を取りながら外へ飛び出す。
外でいななく馬の繋ぎ紐を切ると、サッと馬に乗り込み間を取って、雨の中を神殿に向かい長剣を構えた。
火で明るく照らされた神殿の中から、低い唸り声を上げて黒い双頭のライオンが姿を現す。
ドルーシェはコ−トの中から一本の銀の短剣を取り出し、口にくわえた。
フッと息を付き、馬を返してホーリーに向けて走らせる。
ホーリーも咆哮を上げてドルーシェに向かうと、勢い良く飛びかかってきた。
「むんっ!」
ビュンッと剣を振り、かわすホーリーの頭に向けて再度振り下ろす。
避けたホーリーが馬に向けて鋭い爪を振りかざすと、バサリと馬の首筋に爪痕が走る。ひるむ馬を押してホーリーが、グワッとドルーシェの足に牙を剥いたとき、すかさずドカッと剣を片方の首に突き立てた。
「ギャウンッ」
ビクビクと痙攣を起こして首に剣の刺さった頭が、ガブッと血を吐き眼が返る。
そしてとうとう、ガクリと頭が一つ下がった。
グウウと呻きながらタッと引いてホーリーが、ブルブルッと生きている首を振る。ユラユラ下がる死んだ首が、煩わしいのかそちらをちらりと一瞥した。
しかし、首に刺さったままの長剣に、ドルーシェは短剣2本しかない。
勝機はホーリーにあるだろう。
間を取りまわりを巡るホーリーに、彼もくわえていた銀の短剣を構える。
「グルルル」
唸り声を残して、思い立ってホーリーが彼に向けて走り出す。
ドルーシェはしっかと短剣を握りしめ、一撃必殺を胸にタイミングを計って飛びかかるホーリーに向け、馬から飛び降りる。
ホーリーがたてがみに掴みかかる彼のコートを、ガアアッと食いちぎりながら振り落とし地に押さえつけたとき、ドルーシェは今だとばかりにドスッとホーリーの脇腹に銀の短剣を突き刺した。
「グガッギャウ、グアああぁぁ…」
ビクッと小さな短剣にホーリーの動きが止まり、叫び声が獣の声から少年の声に変わり、シュウウッと黒いライオンはしぼむように小さな少年へと変わっていく。
「あ、あ、あ、これは、一体」
ヨロヨロと、短剣を脇腹に刺したまま少年が神殿へと歩いてゆく。
そして石畳の上にようやくたどり着いたとき、ガクリと倒れると横になったまま、何とか刺さっている銀の短剣を抜こうと懸命に抗った。
いつの間にか、雨は止んでいる。
ドルーシェは馬を引き、地面に落ちた剣を鞘に戻して神殿へと戻った。
雨と汗に濡れた身体で、足下の黒髪の少年を見下ろす。
少年は哀願するように、弱々しく彼を見上げている。
「騎士様、どうか、お助け下さい。どうか」
「魔女はどこだ。エティアナを戻せ」
「一体、このナイフは…」
「そのナイフは母が守りにと下さった物。魔を封じる呪をかけた、神殿で作られし破魔の短剣。お前には抜くことも出来まい。そのまま永遠に苦しむか、それとも呪いを解くか?」
「お許しを、呪は必ず解いて見せましょう」
ドクドクと、ホーリーが血を流し次第にうつろになって行く。
「…母上、母上様…」
ホーリーの呟くような言葉に、火に照らされて長く伸びるホーリーの影から、黒衣の美しい黒髪の女性がスウッと湧きいでた。
「お前は!お前が北の果ての魔女かっ」
「いかにも、我が子を良くも倒した」
スッとホーリーに手をかざすと、銀の短剣が抜けてフワリとドルーシェの手に帰って行く。
そしてホーリーは辺りに広がった血を身体に吸い上げ、何事もなかったように立ち上がった。
「騎士様、私の負けでございます。約束を守らせてくださいませ」
「しかし…」
チラと、魔女の顔を見る。魔女グラナダは、静かに目を伏せて口を開いた。
「私は、お前の父と恋仲であった」
「恋仲?そうは聞いていない」
「一時の逢瀬に子まで成したが、結局は裏切られたのだ。北へ行くことにしたが、どうしても心に収拾がつかず、そのような間違いを残してしまった。お主が苦しむのは本意ではなかった、許せ」
愕然と、ドルーシェには言葉が出ない。
まったく初めて聞く言葉に、父王の顔がグルグルと頭を巡った。
「まさか、子などと…」
スッと、ホーリーが手を差し出す。その細い指には、見慣れた小さな王家の指輪がある。驚いてドルーシェは彼の顔を見つめた。
「これは、唯一父上様からの頂き物。私の宝でございます、弟君」
「馬鹿なっ!」
寂しげに、ホーリーが微笑む。その表情には、すでに不気味な雰囲気は消えて1人の少年だ。
兄だという小さな少年は、指輪を大切そうに撫でるとキスをした。
「信じる信じないはあなたの自由。私も王家とは縁がございません。唯一この指輪は父であった方の想い。あなたとお会いするのもこれが最初で最後でありましょう」
魔女グラナダが優しくホーリーの頭を撫で、そしてスッとドルーシェに手を伸ばす。
すると胸の指輪はフワリと浮き上がり、カッと大きく輝くと小さな音を上げて弾けた。
あまりのまぶしさに、光に向かって手をかざし目を覆う、しかし次第にその光は一点に集まっていくと、人の姿を残してゆく。
そしてやがて光が収まったときは、そこにはエティアナが消えたときの姿のまま、そこに立っていた。
「エティアナッ!」
「ああ、あなた!」
しっかと抱き合い、そして互いを確認して口づけをかわす。
ああ、と溢れる涙を流しながら、ハッと気付いて辺りを見回すと、そこに黒衣の2人の姿はもう無かった。
「あなた、魔女は?」
エティアナが、クルクルと探す。
しかしドルーシェは首を振ると、彼女をもう一度抱きしめた。
「魔女は、呪いに想いを込めたのだ。王家を呪う物はもう無い、さあ、帰ろう」
今は魔女の傷ついた心に胸が痛む。
しかし空を見上げると、雲の晴れた夜明けの空に美しい朝日が2人を祝福しているようだ。
呪いが解けた2人の心も、次第に明るく日が差してゆく。
ドルーシェは愛する人を馬に乗せ、もう一度神殿跡を一瞥すると、そこにまだあの2人がいるような気がして軽く頭を下げ、バッと馬に乗り込み颯爽と走らせた。