桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

カインの贖罪  夢の慟哭

>>登場人物
>>その1
>>その2
>>その3
>>その4
>>その5
>>その6
>>その7
>>その8
>>その9
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掌編掲載しています。

サスキアに、13コロニーの大統領が公式訪問することが決まった。
13コロニーは旧カインの戦争時、レダリアに軍事協力した国の一つだ。
現大統領が特別管理官に護衛を依頼したため、デリートはグランドとレディアスを外地に派遣して残った兄弟を護衛の任に付かせる。
しかし外地に派遣された2人は襲われ、姿を消してしまう。
2人を捜すデリートだが、情報を集めるごとに軍の暗躍が明らかになってきた。
はたして軍の真の思惑はなんなのか、2人の運命は?交錯する人々とクローン達の願い。


「その1」

夜、空を見上げると、ルーナが大きく輝いて、カインを明るく照らす。
目がいいと、近くのコロニーが星になっていくつか見えるが、それも相当の距離があって決して近い存在ではない。
しかしこの時代、星間貿易は活発で、金さえあれば旅行も可能だ。
カインへの貿易拠点は、主にルーナがそれを担っている。
ルーナは大気も薄く重力も少ないので、星間船の離発着が容易な反面、地上には暮らせない。
人々は、地下に巨大な都市を建造して暮らしている。
昔カインが戦争による核汚染が深刻化したときは、その人口の何分の一かをこのルーナが引き受け、その時には居住区を爆発的な勢いで広げる工事がなされた。
しかし人はやはり太陽の下で暮らしたい。
カインへの移民が再開されると、人々はこぞってカインに降りて行き、残されたルーナの老朽化して住みにくい場所は、カインへと降りる金もない貧しい者のたまり場となっていった。



「それで?」
うんざりした顔で、応接セットのソファーに座るシャドウが局長に聞く。
隣のグレイも大きくため息をつき、向かいに座るセピアはうとうと、ブルーも伸びをして大きくあくびする。
コンコンと指で机を叩き、局長が椅子から立ち上がった。
「これは、上層部から直に命令よ。」
「つまり、俺たちに断る権限はねえんだ。」
「そうね。」
はあっとまた4人が大きなため息を繰り返す。
気が重いその仕事とは、簡単に言えば護衛だ。
それも、13コロニーの大統領。
今は平和な、ごく普通の共和制国家のコロニーとは言っても、昔旧カインのレダリアが、戦争で手を組んだ頃は軍事一色だった経歴がある。
しかも、クローン技術を提供したのはその、13コロニーだったのだ。
6人兄弟からすると、もっとも会いたくないコロニーの人間。
なのに、13コロニーで先日選挙があり、大統領に就任したばかりのその人物が、この因縁のあるカインへと公式に来訪するらしい。
一応このカインにも大統領と同じ地位に当たる、特別議長がいる。
「護衛なんて、あたいらのお仕事じゃないじゃん」
セピアがぶーっとむくれながら言った。
そんな息の詰まりそうな仕事なんて冗談じゃない。
しかも大統領に何かあったら、政治問題に発展する。
最近は息を潜めているが、宗教団体のヴァインもすべてが終わったわけではないのだ。
局長が、ディスクを持って来るとテーブルに置いた。
「大統領のたっての希望よ。是非、あなた達にとね。カインでの警護を、特別管理官にお願いしたいと。」
「ならさあ、あたい何かよりレディに頼めばいいじゃん。うんと役に立つよ。勘がいいもん。」
レディとグランドは、今朝から外地へ派遣されている。
ずいぶん遠い所で、移動だけで1日つぶれるとぼやきながら旅立っていった。
「だなあ。何であいつ抜き?」
シャドウも不思議そうに漏らす。
ちからバカのセピアより、うんとためになるだろう。しかも、見目も抜群だ。
「駄目よ。あの子は無理よ。
知っているでしょう?昨今のテロリスト対策から、大統領は軍事費を大幅に増やすと公約しているわ。でもそれは、あの旧カインの戦争を臭わせる。
だからこそ、情勢不安を起こさないために、大統領はわざわざ着任早々にカインを訪れて、旧戦争遺跡を回り、二度と戦争に荷担しないという意思を表すのよ。
これはね、一つのパフォーマンスよ。」
「ご苦労なこった。」
「まったくだね。」
みんなブツブツつぶやく。パフォーマンスなんて、付き合わされる方はいい迷惑だ。
「慰霊のための戦争遺跡とクローン施設巡りよ。もちろん処分場跡にも行くわ。入れないなんて困るのよ。レディには無理でしょう。」
確かに、処分場なんてレディアスは絶対近寄らない場所だ。
「なるほど。でも俺らもあそこには行きたくねえな。」
「戦後いっぱいクローンが殺された所なんて、よく残してるわよ。人間って悪趣味!」
「まあ、文句は終わってから言いなさい。彼は鷹派で有名な人よ。13コロニーは最近情勢不安で、昔の軍が強かった時代を懐かしむ人が多い。だからこそ、警戒する人も多いし命を狙うバカがいるとも考えられる。
あなた方もすべての力を出し切って警護に当たりなさい。資料はそれ、極秘ですから取り扱いに注意するように。
軍との協力体制を敷くから、顔合わせもあります。ミサが担当になるから、何かあったら彼女に直接相談すること!以上!仕事に戻れ!」
ブーブー文句を言いながら、4人が席を立つ。
しかし本当に気が重いのは、誰あろう局長自身であることは4人は知らないだろう。
デスクに戻り、引き出しを引いて探す。
奥から取り出した、小さな箱の裏を見てため息が出た。
「チッ、使用期限切れか。久しぶりに胃薬が必要だろうな。あいつらに任せるより、よほど自分が動いた方が健康にいい。」
ポイと胃薬の箱をゴミ箱に放り入れ、ドスンと椅子に座って目を閉じた。




その数日後。
一方、レディアスとグランドはサスキアから飛行機で6時間も離れた地、ギルティという過疎の村へすでに5日も前から派遣されていた。
ギルティは採石場の跡があり、山肌を削られた小高い山が後方にそびえている。
麓には牧草地が広がり、牛などの家畜の放牧が主な仕事になっていた。
しかしどこの村にも言えるが、過疎の村には老人が多く、未だ水道も電気も来ていないような村だ。
かろうじて各家庭には発電機が備えてあり、井戸水をくんで生活している。
原始に戻った生活は若い者が好むわけもなく、次第にただ、老人だけが取り残されていった。

キイ、キイ、キイ

グランドが、井戸から水をくみ上げる。
バシャンと桶に移して抱えると、小さな家に向かった。
そこは空き家で、宿屋のないこの村が用意してくれた仮の宿だ。
発電機は無いが、古くさい風呂もあるので贅沢言わなければ十分住み心地はいい。
ドアに向かいかけて、はたと立ち止まる。
桶を置いてそうっと裏手に回り、角から覗くとため息が出た。
「ンの野郎・・」
薪で風呂を沸かすのをレディアスに任せたのに、火は小さくなって肝心の彼はすでにいない。
あたりを探すと、岩場の影に息を潜めている。
「こらっ!」
一声叫んだとき、飛びウサギが草むらから1匹風のような早さで飛び出した。
レディがヒュッとナイフを投げる。

キキッ!

小さく声がして、レディがトトッとそれに駆け寄る。
飛びウサギの大きな羽のような耳をつかみ、ひょいと抱えて振り向くと、ナイフを抜いてグランドに掲げた。
グランドはゲエッと舌を出す。
「お前、さばいて持って来いよ!」
魚ならイザ知らず、動物をさばくのはグランドには無理だ。
レディはそれに、全く抵抗がない。
ほっとくと、あのサスキアでも鳥を捕まえ、バリバリ羽をむしって焼いて食っていた。
それを公園あたりでやったときは、マンションの住人から散々、子供の教育に悪いと苦情を受けたことがある。
「仕方ねえ、風呂焚き頼むか。」
振り返ると、ちょうど2人の青年が、井戸から水をくみ上げて足を洗っていた。
二人とも茶色の髪で、中肉中背の変わらぬ体格に、まるで双子のようだ。
身体中わらクズつけて、うんざりした顔をしている。
まあ、うんざりなのはグランドも同じだ。
早く風呂に入りたい気持ちなんて、野生児のレディには全く分からないだろう。
「よう、お疲れ。」
声をかけると、2人はサッと敬礼した。
グランドが苦笑いで、何となく敬礼して返す。
「すまねえけど、風呂焚き頼めるかい?相棒が違うことしてるんだ。」
「了解しました。では私がそれを、コフィーは着替えてグランドさんを手伝ってくれ。」
「わかった。」
てきぱきと動く二人は、管理局支部の一般管理官。
二人が所属する支部は、遺跡処理にあまりクローンが出た試しがないので、今回クローン発見に鼻息荒かった。

スペシャリストの特別管理官が、来る。

ドキドキ緊張しまくった小さな支部に、しかし姿を現したのは、やる気無さそうなグランドと全員がすっかり女だと思った、ひょろひょろのレディアス。
ドオッと力が抜けた。

本当に、大丈夫だろうか?

そう思ったのかも知れない。
村の中に発見されたこともあり、結局手伝いに若手のユントとコフィーの2人が同行することとなった。
「ああ、風呂入ってから飯焚きしてえ。」
グランドがつぶやきながら、村長が分けてくれた野菜をナイフで切る。
横ではコフィーが釜に火をくべ湯を沸かす。
「げほげほ」
煙が上がってコフィーが咳き込んだ。
「ああ、よく燃えてないんだよ。」
グランドが手を貸して、詰め込まれた薪を減らし、燃えやすく組んで火種を足し、火を強くする。
はあー、とコフィーが黒い顔で感心した。
「何か、手慣れてるんですねえ。都会に住んでるのに。」
「まあね、サスキア出るとほとんど田舎だから。俺たち外地が多いしね。」
「へえ、大変ッすね。」
話していると、ガタンと台所の窓が開き、レディがひょいと顔を出した。
「あ、お、お疲れ様です。」
コフィーは軽く敬礼して、真っ黒な自分の鼻に気が付き背中を向けてシャツで顔をゴシゴシこする。
レディは無言でグランドに肉を差し出し、ウサギの毛皮を見せた。
「これ、いる?」

「ぎゃあああああ!!」

中身の抜かれたウサギの皮の裏側に、グランドがだあっと飛び退いた。
「捨てろ!!!」
潤んだ目で叫ぶと、レディは訝しい目で眉をひそめる。
「もったいない。」
「もったいなくないっ!!」
ちぇっと舌打つ声が聞こえ、レディの姿が消える。
ダダッとグランドが窓から外をうかがうと、レディの姿は裏手に消えていった。
「何がちぇっだ。あの野郎、きっと陰干ししてやがるな。」
窓の下の台には、肉の固まりが置いてある。
臓物は、寄生虫がいるので土に埋めて食わない。
「あれ?」
しかし、その肉もなぜか2種類。
一つはウサギの肉のようだが、もう一つは白くて細い・・
「あの素早い飛びウサギ、捕ったんですか?凄いですねえ。」
コフィーがビックリした様子で立ち上がる。
ハッと気が付き、グランドが横に肉を隠した。
「あ、ああ、あいつはナイフの名手なんだ。何でもとっちまうぜ。」
コフィーの目を盗み、慌ててダンダンと小さく切って鍋に放り込む。
何でもぶっ込み、闇鍋のようなスープが出来ていった。



日が落ちて、ランプの光が優しく部屋を照らす。
家具は無いので、床にシートを貼って座った。
寝るのはシュラフで寝るから問題はない。
明るいうちに順に風呂に入ると、最後までぐずぐずしていたレディがようやく風呂から上がってきた。
「よし、んじゃ飯にするか。」
身体中が家畜臭かったので、とにかくさっぱりしないと食う気になれない。
しかしびしょびしょのまま服を着込んでいるレディをジロッと睨み、グランドがその腕をグイッとつかんだ。
くんくんレディの頭をかぐ。
「てめえ、髪洗ってねえな!」
「いいよ、面倒だ。」
「よくねえ!臭いんだよっ、お前の頭が!」
「いいよ、俺は臭くねえもん。かまうなっ!」
「かまう!俺は臭い!」
グランドが、レディを引きずり風呂へと戻る。
ぼおっとそんな二人を見ていたユントとコフィーが、顔を見合わせささやきあう。
「何か、思ってたのとずいぶん違うよな。」
「うーん、あのレディアスって奴ほんとに使えンの?」
「さあ、何かぼーっとしてるよなあ。」
「ほとんどしゃべらねえし、無表情っつーか・・ほんとに男?」
二人、そうっと風呂場を覗く。
ロウソクの下、上半身裸のレディは確かに胸はない。
うむーと席に戻って待っていると、ガシガシとグランドに後ろから頭を拭かれながら、レディが出てきた。
「あー、ごめん、先食ってていいのに。」
「あ、いえ。」
顔を上げると、上気した顔に濡れた髪を鬱陶しい様子で、バサッと後ろに流すレディの妖艶な姿。
「うぉっ」
目を丸くしたコフィーが、カチャンとスプーンを落とした。
「どしたの?さあ、食おうぜ。」
返事を忘れてレディを見つめる二人に、当の本人がギロッと睨む。
ドキッとすくみ上がり、慌ててスープに食いついた。
「じゃあ、今日は家畜の移動は全部済んだんだ。」
グランドが、簡易食料も開けて差し出す。
相当量持ってきたが、村長が食料は提供すると言ってくれた。
食わねばまた、持って帰らなくてはならない。
「ええ、排泄物と敷き草は出しておきましたので、入られないようにセンサー張っておきました。」
「明日はやっと奥に入れますね。」
今回の遺跡・・と言っても旧カインで戦時中レダリアの軍事施設だったのだが。
それが岩山をくりぬいて作られた物だった。
とんでもなく難作業だったと思われる。
レダリアの基地が地下やこういう難所に多いのは、大量のクローンを使って工事をしたからだ。
クローンは、見かけからは考えられない力を持っている。
機械を使い、多人数で行う工事は、難所であろうとさほど時間はかからなかったらしい。
ただそこには、使い捨てのように使われたクローン達が多いことも、記録で残っている。
どんな危険な工事も、人はただ安全な所から指揮し、そして食事も家畜のように配合飼料を与えていた。
旧カインの戦争は、クローンにとって受難の時だった。

しかし今回の基地、大きな問題だったのは難所だっただけではない。
なんとここを、村のじいさまが家畜小屋に使っていたのだ。
ただ入り口の一部ではあるが、気軽に考えていたらしい。
奥には行き止まりに壊れた扉があって、そこから先には入らないようにしていた。
しかし、村長の説得と、新しい小屋の都合が付いたことでようやく了承されたらしい。
渋々という感じの老人は、残念そうに手前に広がる牧場を眺め、ひどく奥の扉を意識してうなだれていた。

壊れた扉の隙間から覗くと、奥には確かにカプセルらしいものが確認される。
しかも、換気がなされていたと言うことは、動力も生きている。
そして、先にもまだかなり深いと思われた。
とにかく家畜を外に出し、入れる所まで入るしかない。
すべては明日。
しかし岩盤はもろくなっているかもしれない。それを考えると気が重かった。

「見張りに立っていた方がいいでしょうか?」
「いや、あとは上から見張っておくよ。」
「は?上から?」
「え?あはははは。」
グランドが笑ってごまかす。
わからない様子で一緒に笑いながら、ユントがスープを一口食べて言った。
「こ、これ、うまいっすね。」
「へへ、そう?料理は任せてくれよ。得意なんだ。」
グランドがにやりと笑って親指を立てる。
「ン、ほんとに美味い。この肉、何です?何かプリプリしてクセがないなあ、鳥かな?」
「あれ?そうですね、2種類入ってる。」
ユントとコフィーが、違う肉をすくって比べている。
それは、色からして明らかに違っていた。
「え?そうかな?ウサギだよ、ウサギ。」
ギクッと、グランドがごまかすように笑う。
その時、レディが手を伸ばしてクイッとスプーンで示した。
じいっとその先を追うと、部屋の角に毒々しい色をギラつかせ、1メートルも超えるかという長い蛇の皮がぶら下がっている。
「ひっ」
コフィーが苦手なのか、思わず凍り付く。
その時、するっと滑るように皮が床に落ち、睨むように頭がこちらを向いて、とぐろを巻いた。

「ぎゃあああああああああ!!」

「すっ、捨ててこいっ!」
「何で、大きくて綺麗なのに。」
レディが立ち上がり、ヒョイと皮を拾い上げてまた角に引っかける。
「綺麗って、どこがッ」
「ほら、ナイフを頭に刺したからね、傷がないからセピアが喜ぶよ。ヘビのベルト、持ってただろ?」

ああ・・

グランドが、複雑なため息。
確かにヘビ皮もどきを持っている。でもあれはビニールだ。
「セピアは喜ばないよ、いいから捨ててこい。」
「なんだ、駄目なのか。」
仕方なく、ドアからヒュッと外に投げた。
「はは・・あの、レディアスさんって、見かけによらずワイルドなんですね。」
言いながら、ユントはそうっとヘビの肉を避けて他を食う。
「俺、何か胸一杯。」
コフィーはがっくり、スープの皿を置いた。
「へー、お前らって、意外に柔なんだな。軍のサバイバルキャンプ、行ったろ?」
「コフィーはそん時ヘビにかまれて、それから駄目なんです。」
「かまれたあ?」
はあとうなずき、足首を見せる。
さっぱりどこに傷があるのかわからないが、タチの悪いヘビだったので、一晩熱が出たという。
「大丈夫か?明日。ヘビ出るかもよ。」
意地悪くグランドがニイッと笑う。コフィーが焦って胸を張った。
「大丈夫です!俺らもちゃんとした管理官ですから。」
頼りないから助手に来たんだろうが、この助手も頼りない。
しかしまあ、今回は再生したクローンもいないようだし、人が入った形跡もない。
周辺を探索しても、入り口はそこしかないようだった。
確認して記録を取り、管理局に照会して破壊指令が出たら爆破して終わりだ。
山の形が変わるかも知れないが、支部の地質調査班からのレポートでは、岩盤がしっかりしているので山体が大きく崩れることもないらしい。
元々山は、採石場も放置されて、すでに生活の場から大きく離れている。
老いたじいさんが、小屋を建てるのを渋っていたとしても、よくもこんな所を利用したもんだ。
「ほんじゃレディアス、装備はいつものでオッケーね。」
食事が終わって、のんびりグランドが装備の点検を始める。
2人も疑問点を聞き、明日に備えた。



シュラフに入り、ランプを消す。
田舎の夜は、真っ暗で星明かりだけが窓から入って部屋を薄く照らす。
寝付きのいいグランドとコフィーのいびきと寝息が部屋に響き始め、ごそごそと眠れないのかユントがやたら寝返りを打ち、ため息をついた。
眠ろうとすると、余計に目がさえて眠れない。
しばらく壁を眺め、やがてまた寝返りを打つと、ギクッとした。
シュラフの上で、じっとレディが膝を抱えて座っている。
何を考えているのか、窓の向こうに見えるルーナをその光に照らされながら、身動き一つしないで見ていた。

眠れないんだろうか?

この人は、朝だって何時に起きるんだろう。
暗い内にすでに起きて、いつも起きると姿がない。
夜中も目が覚めると、よくこうして座っている。

考えを巡らせていると、レディがうつむき、座ったままで顔を伏せた。
目を閉じ、このままで眠るつもりだろうか?
なぜ横にならないんだろう。
それに、寝るときまでナイフを身につけて、しきりにそれを確認するときがある。

ルーナの青い光に、銀の髪が柔らかに輝いている。

綺麗な人だな・・

変わっているけど、それでも不思議じゃない気がする。
本当に、同じ人間だろうか?なんて変なことも浮かぶ。
よほど両親が綺麗な人なんだろうな。
男なのに、あんまり食わないから痩せてるのかな?
なんで管理官何かしてるんだろう。
この人なら、モデルとかでも食えるよな。

ユントの頭に、滝のように質問が浮かんだ。
「うう・・・ん」
コフィーが、寝返りを打ってもぞもぞどこかを掻いている。
こいつは年中平和な奴だ。
グランドも、よく雰囲気が似てる。
神経質は、とことん損だ。
フッと息を吐き、寝返りを打ってレディに背を向け、ユントは目を閉じた。

翌朝、4人は問題の遺跡に向かった。
途中村長達の出迎に会い、よろしくと念を押される。
小屋代わりに使っていた爺さんが、何となく言いにくそうにグランドに声を潜めた。
「実は・・のう、あの場所にな・・」
言葉を濁すように、もごもごとはっきりしない。
グランドが、ニッコリ笑ってポンと肩を叩き、首を振った。
「何かあったとしても、心配ないよ。俺たち大体見慣れてるから。」
「あ、ああ、そうかね。」
ちらちらと目をやりながら、村長達を気にしている。
扉の奥に何があるのかを、じいさんは知っているのだろう。
すると、うつむいて黙っていたレディが、横からボソリと言った。
「多くの・・骨があったんだろ?」
ギクッとじいさんの目が見開かれる。
「骨?そこは何も無いって・・小屋代わりに使ったんじゃなかったのかね?」
後ろにいた村長達、皆が眉をひそめた。
「じ・・実は・・中にはたいそうな骨が・・」
ハーンとグランドがうなずく。
「なるほど、その骨全部あの奥にやっちゃったんだ。」
こくりと、爺さんがうなずいた。
「この辺は戦時中、でかい核が落とされたと聞いておるでな。逃れてきて、そのまま飢えて死んだんじゃないかと思うんじゃよ。
わしはここに移住した時に金が無くてなあ、小屋まで建てる余裕がなかった。それで・・」
なんと、奥の扉に骨をすべて押し込め、家畜を飼っていたのだ。
普通の神経なら気味が悪いのだろうが、爺さんは目をつぶって使っていたのだろう。
だから、余計に今まで秘密にして、奥への調査を拒んだのだ。
「わかった。よく、わかったよ。爺さんも仕方なかった、それは俺らも十分わかるよ。
その辺は汲んで、上には報告するから。
どうせもうあそこは使えないし、爺さんも考えなくていいさ。後は俺らに任せてくれ。」
ようやくホッとして、爺さんがうなずく。
仕事に取りかかることを告げ、現場には近づかないよう釘を刺すと4人は遺跡へと向かった。

「骨って、よく出るんですか?俺らあんまりそんなの見たこと無いんですけど。」
ユントがレディに聞いてみる。
しかしレディはうつむいて答える気配がない。
グランドがため息をつき、ユントに返した。
「ああ、よく・・とまでは行かないけどね。
骨はほとんどクローンの物さ。人間に置いて行かれて、そのまま餓死かな?」
「へえ、俺は活動中のクローンって全部処分されたと思っていました。焼却処分されるのと、どっちが楽だったんですかね?」
コフィーが人ごとのように言う。
ドキッとグランドがレディを見るが、彼はずっと視線を落として無言だった。
「俺だったら自分で死んだ方が楽かな?焼き殺されるのも冗談じゃねえし、餓死ってのも惨めな死に方だよなあ。
大体さ、クローンって何で反乱とか起こさなかったのかね。知能が低かったのかな?戦争やってたクローンって。
戦争終わっても収容されて、焼き殺される順番待ってるなんてアホだぜ。ましてや餓死なんてよ、じわじわ苦しんで死ぬようなもんじゃねえか。一番嫌な死に方だよなあ。そうでしょう?クローンって、つくづくバカだぜ。」
ユントがつぶやき、グランドは言葉を返そうとして止めた。
これ以上、この話を話題にしたくなかった。
また、どうせ骨を目にすれば口に出るだろう。
まったく旧カインを知らないユント達と共にやる仕事は、レディにとって辛い物かも知れない。
ここに来て、何となく元気のないレディを横目に、グランドは力づけるように彼の肩をポンと叩いた。



遺跡は、家畜小屋として利用しやすいように、入り口を大きく広げてある。
昨日、中を全部出してあるので、換気がいいのも相まって結構臭いは取れている。
まあ、家畜を飼っている人間にしてみれば何ともなかったのだろうが、動物たちの排泄物はグランド達にはなかなか強烈で、鼻が慣れるまで気分が悪くなりそうだった。
「大きい核が落ちたって言う割に、動力が生きてるって事は・・・どこに発電装置あるんですかね?」
壊れたと言うより、壊された扉に小さな爆弾を仕掛け、外から遠隔操作で壊す。
「1,2,3,スイッチ入れまーっす。」

ボンッ!

グランドがスイッチを入れると、破裂音と共に小さく爆風が入り口からボンと飛び出してくる。
中はまだ、ほこりが凄い。
換気が吸ってくれるのを暫し待って、中に入った。
「さあて、お骨様とご対面かー。」
壊れて斜めになった金属製のドアを横に倒し、中へと踏み込もうとユントが先を行く。
「わ、真っ暗。」
発光体を1個投げると、その先には廊下が続き、右に部屋が並んでいた。
隙間から見えた手前の部屋には、確認していたカプセルが2つ並んでいる。
しかしそれはすでに空の物で、すっかりホコリをかぶっていた。
「なんだ、空だったのか。」
「ユントッ、足下!」
コフィーが叫び、携帯電気で照らす。
「うわっ!!」
思わず飛び退き、ユントが尻餅をつく。
部屋の奥には、ボロボロの服や武器と一緒に、無数の骨が山のように寄せてあった。
「な、なんだよ!これ!」
「うひゃー、こりゃすげえ。最高記録だぜ。いったい何人分なんだ?」
グランドが歩み寄り、無造作に積まれた骨から武器を一つ取ってみる。
それは、確かに旧カインで使われていた物だ。
錆び付いて動かないが、マガジンを抜くと弾はなく、落ちていたナイフも刃先が折れてボロボロに欠けていた。
「ユント、自分で死にたくても、これじゃあ首でもくくるしかねえな。」
「はあ、そうっすね。」
ユントが恐る恐る服を引っ張ると、カランカランと音を立てて骨が崩れていく。
拾い上げたジャケットは広げると穴だらけのボロボロで、血が乾いたのかまだらに真っ黒になっていた。
「なんか、ここで何があったのか考えると怖いッすね。バカだよなあ、逃げれば良かったのに。」
コフィーが辺りを見回してつぶやく。
餓死か、それとも殺し合ったのか。
外は核の嵐なら、出ることもままならない。
何をしてもそこには「死」しかなかったのだろう。
「先へ行こう。」
廊下から呼ぶレディの声に、グランドとユントが立ち上がり部屋を出る。
暗い中、電気と発光体を手に部屋を確認しながら進んでいくと、4部屋分過ぎた所で天井が崩れていた。
「あちゃ、やっぱ駄目かな?また見事に崩れているなー。」
グランドが、ペンペンと表面を叩く。
「戻りますか?危ないですよ。」
「せっかく来られたのに、はずれでしたね。」
ユント達は、早々に諦め引き返そうと促す。
しかしレディは崩れた場所を見るなり、グランドに首を振って言った。

「違う。これは、人為的に崩された物だ。」

「ええっ!?」
「何で?どうしてわかるんです?」
ユント達の疑いを持った驚きをよそに、グランドがレディの指さす先を照らす。
「どうしてそう思う?」
「見ろ、天井の崩れ方。あれは爆破された物だ。それにここを完全に塞ぐため、壁のかけらの一部が持ってきてある。不自然だ。」
「なるほど、おめーのカンにハズレはねえからな。じゃあ、奥はどのくらい深さがあるんだろう。まだ何かあるのかな?」
うーむと暫し考える。
ここで引いたら、局長から腰抜け呼ばわりされるだろう。
「ほんじゃ、肉体労働やるか。」
グランドが、ため息混じりに腕まくり。
「ええ!まさかこれ、退かすんですか?手作業で?」
ユントとコフィーのアゴが落ちた。
「人一人、通れるくらい空けばいいんだ。全部じゃないんだから、頑張りましょー。」
グランドが二人の肩をポンと叩く。
レディはすでに、さっさと作業に取りかかっていた。

ガランゴロン

石をどけて、一息つく。
一番上に隙間を空けていくと、向こう側からスッと風が来た。
「マジ?これどっか外と繋がってるかもしれねえな。いや、換気かな?」
足でガッと蹴って、隙間を広げる。
横からレディもはい上がってきて、ちらりとグランドを見ると、するりとネコのように通り抜けてしまった。
「お、おいっ!こらっ!」
慌ててグランドも入ろうとするが、まだ入り口は狭い。
肩口が引っかかり、頭をつっこんで奥を見る。
レディが発光体を持ち、中を照らすと廊下がそこで曲がっていて、まだ先がありそうだ。
「こら、一人で行くなよ。」
「見てくる。」
怪銃ヘブンズアーク片手に、さっさとレディは先を行く。
「この!人の言うことも聞けよ!」
じたばた、足をさせても岩だらけで痛いばかりだ。
「どうしたんすか?」
ユントがのんびり背を叩く。
グランドは身体を起こし、彼を思いきり睨み付けた。
「掘れ!全力で掘るんだ!あのクソ野郎!」
「は、はい!」
「ユント!これ!」
コフィーが鉄のパイプをどこからか持ってきた。
ガッガッと一生懸命3人で掘ってゆく。
しかし一方レディは廊下の角で曲がると、銃を握りしめたまま壁にもたれ、ずるずると座り込んでしまった。
ぶるぶると手が震え、胸が締め付けられて苦しい。
頭を抱え込み小さく身体を丸め、昔の記憶を払拭してしまおうともがいている。
それは悲しみや後悔などと、簡単に言える物ではない。
もちろん、思いを馳せるような美しい思い出でもない。
ギリギリの命の狭間を、多くのクローンと共に過ごした絶望と死、そして文字通り地獄の。
それはしかし、ひどく静かで全く音のない世界、ただ黒い世界に幽鬼のような命の揺らめき。
気を失いそうな頭痛に襲われて、それでも仕事をしなければと言う思いが先行する。
いまだ、彼にとって仕事は、どこか人間からの命令のようで、絶対の物という思いが心の隅にあった。
フラフラと立ち上がり、よろめきながら歩き出すとその奥に一つの頑健な鉄のドアが閉まって、そこで行き止まりとなっている。
発光体で照らすと、ドアは薄く隙間が空いて、そこから風が来ていた。
手を差しのばした所で、足音が背中から響いてくる。
やがて息を切らしたグランド達が、追いついてそのドアを見上げた。
「このバカ!勝手に一人で行くなよ・・って、なんだ行き止まりか。ずいぶんしっかりしたドアだな。」
グランドが隙間から覗くと、中は結構広く、天井の一部が崩れてそこから光が差し込んでいる。
風でホコリがキラキラと舞うそこは、数本の空のカプセルが放置してあり、あとはがらんとしていた。
「どうやらハズレかなー。なんも無さそうだ。」
「何も?なーんだ。」
コフィーが肩すかしを食らってがっくり。
「・・まさか・・」
レディが後ろで、小さくつぶやいた。
「まさかって、なんだよ。」
グランドが、どうやら聞き漏らさなかったようだ。
不信感を持って、ジロリと声がきつくなる。
「別に・・」
顔をそらす彼に、またドアを調べる。
グランドが一つゴンと叩き、ユント達に指さした。
「開けるぞ、そっちから引っ張れ。」
「えー、マジですか?もうへとへとですよ、俺たち。」
「じゃあこう報告すっか。一般管理官二人は、やる気なしの足手まといでした。以上。」

「やります。」

隙間に手を入れ、両方から引っ張り開ける。

「ぬおおおおお!くううううおおお!」
「かってええええ!」

ギギギギキキキキキ・・

すっかり錆び付いたドアは、きしむ音を建物いっぱいに響かせてじわじわと開いてゆく。
やがてようやく人一人通れるようになると、後ろにいたレディがさっと中へ滑り込んだ。
「あ、おい!」
薄く天井から光のカーテンのように光が数本入り、発光体は必要ないほど明るい。
キラキラと舞うホコリがまるで雪のように輝く。
中には数えて8本、コールドスリープカプセルが放置してある。
そのうち3本は骨となったクローンが眠り、あとはすでに開封されてカバーが開いていた。
「なんだ、クローンは1匹もいねえや。」
がっかりして、ユントがつぶやく。
「動くな!」
突然レディが叫ぶ。
カプセルの履歴を確認しようとしたグランドが、ドキッと足を止めた。
「どうした?」
「見ろ、床を。これはカプセルを移動してある。」
「どこだ?わかんねえよ。」
首を振るグランドに、レディが発光体をいくつか投げて、明かりを補う。
しかし一見、レディが指す白い床に何があるのかわからない。
「ああ、座って見るとわかりますよ。」
コフィーが床に手をつき、四つん這いで指を指す。
すると床に無数のカプセルの跡があり、ずるずるとそれが一方へ移動したのか、更にそれぞれの場所から車輪の跡が続いていた。
まるで部屋中を川のように、つもったホコリの中を流れているようだ。
「よく気が付きましたねえ。」
「ちょっと見、わかんねえよな。」
感心する二人をよそに、レディはその場にじっとたたずんでいる。
「全部、向こうの壁に続いてる・・ユント、コフィー動くなよ。」
グランドが反対に回り壁を確かめようとしたとき、ハッとレディが顔を上げた。
「待てっ!」
声を潜め、レディが銃をグランドの向かう壁に向ける。

ドンドンドン!

銃声が、室内に炸裂する。
一カ所を撃った銃弾に厚い壁には穴が空き、3発目が貫通した。
サッとそこから光が漏れて、グランドも慌てて下がる。
「な、んです?」
ジンジンする耳を押さえながら、銃を取り出しユントの声が緊張する。
シンと音が消えて静まりかえり、レディがせわしく辺りを見回した。
「まずい、気が付かなかった。」
「レディアスさん?」
「グランド!下がれ!」
反射的にグランドが引き返す。
レディはぼうっと突っ立っているユントとコフィーの腕をつかみドアに押し込むと、駆け込んできたグランドの腕をつかんで先にドアの隙間に投げ込んだ。
「レディ!」
レディがまた銃を構え、開けた穴に向けて引き金に指をかける。

2人・・・いや、3人・・

フッと、微かに天井から差し込む光がかげる。

ドンッ!

その一瞬を逃さず、銃の向きを変え天井に空いた穴へ向けて1発撃った。
次の瞬間、穴からはパタパタと鮮血が落ちてくる。
「人間?!殺したんですか?!」
顔色を変えてユントがバンとドアに張り付き、叫び声を上げる。
レディアスは、しかし背中を向けたまま微動だにしなかった。

ドカーーンッ!!

外から大きな爆発音が、部屋中に響き空気が振動する。
音と共に天井が大きくひずみ、ドッと天井が崩れ始めた。
「早く!レディアス!おいっレディアス!レディーー!!」
ガラガラと崩れ落ちてくる中でレディがゆっくりと振り返り、じっとグランドの顔を見る。
その時、レディの向こう側にドスンと大きな天井の破片が落ちた。
「何してんだ!バカ!」
ダッとグランドがドアから踏み込んで手を差しのばし、レディの腕をつかんでドアに引きずり込む。
部屋を出たとたんなぜかレディががくりと膝を折り、グランドが彼の身体を受け止めた。
「いったい、何で・・やばい!逃げろ!離れるんだ!」
「は、はい!」
ユントとコフィーが先を行き、レディを抱きかかえてグランドがあとを追う。

ドカーンッ!ドーーン!

「出口が!崩れる!」
至る所で爆発音がとどろき、途中崩れていた所は更に天井が落ちて、完全に出口を塞いだ。
「と、閉じこめられたあ!!」
ユントとコフィーが青ざめて立ち止まる。
「どうする?!」
バッと2人がグランドを振り向くと、パラパラと天井から小さなかけらが落ちてくる。
「とにかく廊下は駄目だ、部屋に!」
たまらずすぐ横の部屋に飛び込んだ。
廊下は強度が弱っていたのか、バラバラと天井が落ちている。
キシキシと岩のきしめきを残し、ようやく地響きを伴う崩れがやんだ。
「とまった、かな?」
やがてようやくシンと静まりかえった中で、不安そうに部屋を見回す。
発光体を一つつけると、その部屋にも骨が奥に横たわっていた。
「うひゃー、何か不吉な部屋ですね。このまま助けが来なかったらどうします?こうはなりたくねえな。」
ユントが不安そうに、ヒョイと肩を上げる。
「大丈夫、定時連絡がないと支部から誰か来るようになってるから。」
「それ待ちですか。長そうですね。」
「だから、焦っても疲れるだけさ。ケガはないか?」
「無いですけど、レディアスさんは?ケガしたんですか?」
「いや・・・たまに、あるんだ。」
言いながら、グランドがレディを床に横たえる。
たまに、とは言っても滅多にない。
あのとき、振り返った顔を見て、死ぬ気だと何かが叫んだ。
普段カンなんてさっぱり当たったことはないグランドが、頭から氷をかぶったような、そんなゾッとした気分になったのは、レディがケガをして死にかけた、あの時以来だ。
一応身体中を探り、ケガがないか調べた。
「あ・・・ああ・・・う・・」
突然、レディが頭を押さえて身体を小さく丸め出す。
「気が付いたのかな?」
コフィーが覗き込もうとするのを、グランドが遮り首を振った。
「違うよ。大丈夫だ、ユントと確認に行ってくれるか?注意してな。」
「ええ、了解しました。ユント、行こう。」
まるで悪夢に襲われているような苦しみ方に、グランドが彼を膝に載せて抱きしめた。
「レディ、レディアス!お前、どうしたんだ?ここに来てよう、変だぜお前。」
パラリと落ちる天井のかけらに、ハッと上を見る。
「ポチ、アクセス!管理局に連絡を。ここはヤバイ。外からの映像添えて、まだ死にたくねえって、みんな泣き叫んでるって伝えてくれよ。
・・うん、お前から伝えてくれ。それと、研究所のマリアにメールを。レディの様子が変だって。」
手の中でがたがた震える身体を、肩を抱いて軽く揺らす。
「おい、おい、しっかりしろ!」
「あっあっ!」
揺すられて突然叫びを上げハッと気が付き、キョロリと目をむいた。
「・・あ、あ、グランド。あ・・悪い。」
慌てて起きて、グランドから離れる。
その様子が妙によそよそしい。
グランドがいらついて、追うようにレディの手を握った。
「いいさ、ほら、こっちいろよ。他に誰もいない、二人は被害状況見に行ったから。
どうした?なにがあるんだ?な、俺には教えろよ。」
「い、いや、なんでもない。ごめん、一人で大丈夫だ。」
「大丈夫じゃないだろ!何で最近、意地張るんだよ!」
「大丈夫だから、一人でも大丈夫なんだ。」
暗い中、発光体一つに照らされるレディの顔は白くぼんやりと見える。
明るい所ならば、顔色を失って真っ白になった顔が見えるに違いない。
ギュッと彼の腕を握る手に力を入れながら、グランドは自分にもいらだっていた。
どうすれば以前のように戻れるのか、最近はほとんど頼ってくれなくなって、レディにとって自分の姿はひどく遠い物になってしまっている気がする。
そうさせたのは、彼とまともに向き合うことをしなかった、自分自身だとわかっている。

あの時逃げた俺の、これは身から出たさびか・・

キュッと唇をかみ、うつむいて、そして顔を上げた。
「わかった、でも話はしてくれ。旧カインがらみだろ?それは、お前も話さなきゃならないことは、ちゃんとわかっているな。」
言いながら、この事務的にも取れる自分の言葉が歯がゆい。
レディはひどく迷っているようで、うつむいて顔を覆い、その手を首もとに下ろすとシャツをギュッと握った。

またか・・くそっ

グランドが苦々しい顔でレディの仕草を見る。
彼の掴むシャツのその下には、グランドの送ったルビーのネックレスがある。
レディにとって存在の大きさは、グランドでさえそのルビーには劣るのだ。
こんな物、贈るんじゃなかったと、今更歯がゆい。嫉妬にも似た感情に、むかつく。
「レディアス、もうそいつに頼るのはやめろ!」
グランドが、ネックレスを引きちぎってやろうかと、レディの首もとに手を伸ばす。
ハッとレディはグランドの手を振り切り、後ろに下がった。

「あっ」
ガシャン!カーン!バキン!

足下の骨に足を取られ、そのまま骨の上に倒れ込み、はずみで壁にもたれて座っていた骨が、ぐらりと彼に倒れかかった。
レディの膝の上に、ドスンと首からはずれた頭蓋骨が落ちる。
「こっち来いッ!」
ゾッとするグランドがとっさに彼の手を引き、抱き留めた。
「昔に捕らわれるな!お前は、俺のもんだ。レディアス、俺は・・」

グランドが唇を合わせようとしたとき、ユント達の足音が近づいてきた。
「奥、全然駄目ですよ。もうすっかり埋まってます。」
コフィーが焦った声で、顔を出すと叫ぶ。
フッとため息をついて、グランドがレディの腕を引きその場にドスンと座った。
「とにかく、座ろうや。じたばたしても、始まらねえし。」
「そっすね。はあー・・・」
4人、壁にもたれて座り込む。
しかし皆が口を閉じるとシンとして、暗闇に吸い込まれそうだ。
たまらずユントが身を乗り出した。
「あの!あの、グランドさん。ほんとに誰か来るんでしょうか?ここにいるってわかるんでしょうか?」
「大丈夫さ、でも連絡行って来るのに半日、ここを掘り起こすのに何日かな?」
「その間、水は?食料は?ジャケットにも、非常用なんてちょっとしかないですよ。」
うーんと、グランドが考え込む。
まくし立てるユントの肩を、コフィーが叩いた。
「ユント、落ち着こうよ。焦っても何にも変わんないしさ。」
ハアッとため息付いて、諦めたのかユントががっくり座る。
コフィーがぽんぽんと彼の背を叩き、沈んだ気持ちをごまかすようにグランドに明るい声を出した。
「・・でも、グランドさんがいて良かったな。落ち着いてるし、頼りになるし。俺、尊敬しますよ。」
ドキッとグランドが気恥ずかしくて鼻を掻く。
「え・・・そうかな。」
隣のレディを見ると、聞いていないのか膝を抱えて眠って見える。
少しがっかりした。
頼りになると、一番言って欲しい人は上の空だ。
しかし何となく、自分でも最近変わったと思う。
それに、レディアスも変わった。
すべてが、あのフリードと、ソルトやシュガーと言ったクローン達と関わってからだ。
それまでは子供っぽくて、じゃれ合ってそれでやってこられた。
あのあとレディの心がシュガーというクローンに向いて、それに激しく嫉妬してしまう自分の気持ちに、身体が急速に大人の関係を持ちたがって狂ってしまった。
あそこで自分とレディ、二人の全部がかみ合わなくなってしまったのだろう。
あいつらに関わらなければ、自分はグレイと関係を持つこともなかったろうし、こんなに大きくレディがダッドに傾くことはなかったと思う。

でも・・・
このまま流されるのは嫌だ。
もう一度レディとの関係を修復したい。

その思いが強い。

突然、レディが立ち上がった。
「どうした?」
「何か、ないか見てくる。」
「何かって?」
「何か。」
そう言い残し、サッと部屋をあとにする。
「おいっ!一人で行くなよ。」
慌てて追うグランドに、不安そうにユント達も立ち上がった。
「俺たちは、どうしましょう?」
「えー・・っと、ここにいてくれ。ちょっとあいつと話すこともあるし。」
「あ・・はい、わかりました。」
グランドが、ダアッとレディのあとを追った。
かなり崩れたので、足下が悪く時々つまずいて倒れそうになる。
やがて奥から小さな火の玉のような物がヒュッと飛んできて、グランドが思わず立ち止まり呆然と立ちつくした。
「あ、あ、れって、まさか、また幽霊かよ。」
ゾッとする。
レディには、二人のクローンが守護にいるらしいと以前、研究所のドクターマリアから聞いた。
グランドも、実際に見たことがある。
それは、彼と心を通わせ、そして事故によって彼に撃たれて死んだ、あのシュガーというグレイのクローンの幽霊だ。
なぜそんな今の時代に非科学的な幽霊なんて奴が、あいつの周りをうろうろしているのか知れないが、それはあいつの持つ力が関係しているのかもしれないらしい。
生命エネルギーを操るなんて事が、何にどんな影響を及ぼすかは未知数だ。
だから最近は、サスキアに帰れば半日は研究所でメンタルトレーニングと称して、実は研究対象になっている。
それが嫌だとは言えない。
人権は与えられても、実際は自分たちは軍に飼われているのだと、兄弟で一番感じているのはレディだろう。
そんな彼だからこそ、ペアの自分はもっとも近しい所にいて、支えにならなければならないのに・・

ぼんやりと、発光体の明かりが崩れ落ちた廊下の突き当たりで輝いている。
その前には、じっとレディがたたずみ、そしてうなだれていた。
「おい、一人で行くなって言ったろ。」
返事はない。
隣に立ち、躊躇しながら肩に手を回す。
グランドの心の中は、今、沢山のことが渦巻いて、何から口に出せばいいのかわからない。

グレイとのこと、別れたってはっきり言った方がいいのだろうか?

この閉ざされた世界の、今が話せるいいチャンスだと思う。
心をはっきりしないと、心を口にしないと、レディに気持ちは伝わらない。

そう思うのに。

「グランド、みんな、俺のこと、どう思ってる?」
消え入りそうな声で、突然レディが口を開いた。
「何で、周りが気になるんだ?」
「わかんない。ただ・・」
「なんだ?」
「・・・ただ、俺は、沢山の命、踏みつけて、そうして、生きてるから。」
ゴクッと、グランドが息を飲んだ。
レディの一言で、サッと心が整理された気がした。
「そうか、そうだよな。」
お前は、生きること自体から問題なんだ。
好きとか嫌いとかの前に。
ケツの軽い俺は、それを長い間忘れていた気がする。
「レディアス、ここが、この場所がお前にとってどういう場所か、教えてくれるか?」
「・・・・・・」
レディの息づかいだけが響き、言葉が出ない。
座り込んで膝を抱くと、小さく身体を丸める。
それがひときわ、彼を小さく、消えてしまいそうにもろい物に見せた。
グランドが並んで座り、肩を引き寄せじっと待つ。
昔は、いつまでも待てた気がするのに、最近は、この待つことをすっかり忘れていた気がする。
暗く静かなこの時間が、グランドにすべてのことを思い出させた。
レディの息づかいが、いったんは早く、そして次第にゆっくりと、整ってくる。
「・・・もう、終戦の、終わりの頃。」
グランドの背に冷たい物が走る。
レディアスは、グランドに初めて、戦時中を語り始めた。





その昔、二百年近い昔の移民星カインは、それぞれの思想と宗教からレダリアとマルクス、2つの国が興されそれぞれに栄えていた。
しかしやがて片方の独裁政権が長く続き、戦争が始まったのだ。
しかもレダリアが命をかえりみないクローンを導入したことで、凄惨な状況を作り出してしまった。
5年続いたその戦争も、終わりが見えないことから連邦が介入し、それを後ろ盾にマルクスも早期終戦を狙って核を使い始めた。
よってレダリアは核に追われ、敗退の一途をたどり始める。核に対して打つ手のないクローン達も役に立たないことから、前線では彼らの処遇は悪化していった。

「クローンと一緒だった俺は・・俺たちは、その頃もう食う物や水が無かった。雨が降らないし草も枯れて、とにかく土地が荒れて生き物を見ることもなくなった。
水や食料は人間にもらえるだけが命綱で、ここに来た頃には俺たちの部隊も、クローンは飢えと寒さで死んでしまって、半数以下の十数人しかいなかった。
食い物も、水も、人間が最優先で、俺たちには気が向いたら人間がくれる。
それを枯れ草や虫食って、朝露夜露をなめ取りながら、必死でひたすら待つんだ。
クローン達と穴掘ったりしてさ、水が一番苦労したよ。
たまに貰った綺麗な水を、大事に大事に飲んだっけ。
でも、人間達も補給が減って、最後はクローンの配合飼料まで食うようになって、こっちにはほとんど回ってこなかった。
もうクローンも俺も、みんな骨と皮でさ、さっさと移動する人間の車を、やっと追いかけてた。
置いて行かれたら、それは死を意味する。
あの頃は、とても夜が怖かった。
攻撃は銃撃や戦闘から爆撃に移っていたからさ、ほとんど直接戦うことはなくなっていたのに、おかげでクロ−ン達の存在価値が下がって、最悪の状態さ。
人間達は、役にも立たなくなった俺たちが邪魔で仕方なかったんだ。だから、突然夜に移動を始める。
疲れてうっかり眠り込むと、そのまま置いて行かれてしまう。
夜、銃を乱射されることもあった。
もう、こんなに苦しいなら撃ち殺されてもいいって、そう思うんだ。
でも、何でだろう、死にたくなかった。
よほど殺し合いが良かったかもしれない。
敵の持ち物奪えたからね。
生きるための、生き延びるための戦いは、クローンや俺にとって酷い惨敗続きさ。
怖くて眠ることも出来なくなって、みんな寄り添って自然に死ぬのを待っていた。」
グランドが、ジャケットの内側からウォーターパックを一つ取り出した。
貴重な水だが、一口飲む。レディに渡すと、彼も一口飲んだ。
グランドは彼の話が怖くてたまらなかったが、じっと無言で聞いていた。
すべてが実際にあったことで、レディがそれを体験したのだと思うと、恐ろしくてたまらない。
でもグランドは、それを聞かなければならなかった。
「ここは、この辺でも一番大きな基地らしくて、人間やクローンが多くいた。
ここは、クローンや物資の配送中継点だったんだ。
だから物資も残ってて、ここには俺たちよりは多少ましなクローンが沢山生き残っていたよ。
でも、それでも2日に一度、バケツに一杯飼料と水をくれるだけで、少しは良かったけど辛いのに変わりはなかった。
いや、悪くなっていったかな?
どんどんここらの部隊が集まって、もらえるエサの量は変わらないのに、クローンの数が増えてたんだ。
前線は全く補給が無くなって、みんな物資に困ってここに集まっていた。
人間しか中には入れないからね、この辺り、クローンがわらわらいたよ。
みんな骨皮で、飲まず食わずの移動に疲れ果ててさ。
それがある日、人間が騒ぎ出したんだ。
ここに、核が落ちるらしいって。
でも、ここは岩盤が厚い。
中にいれば大丈夫だからって、一応すぐ逃げられるように人間は、俺たちに命令してすべての物資をトラックに積ませた。
クローン達も逃げ場がないので、みんな中に入りたがって、ようやく入れてもらえたんだ。
もう、戦争の終わりは見えていた。
その場が生き延びられれば、いつかは人間のように普通に生きられる。みんなそう願っていたと思うよ。
クローン達は、話すことを許されなかったけど、無関心そうで、でも互いが生き残った貴重な仲間だった。
それが・・・・」
ふと、顔を上げた。
途切れた言葉を飲み込み、苦しい胸をかきむしる。
両手で顔を覆い、そして片手を伸ばして、何もない空間を探った。
まるで誰かを探すような。
グランドがたまらずその手をしっかりと握り引き寄せた。
「それが・・・
人間達が、出て行ってしまったんだ。
お前達はここを守れと、厳しく命令して。
命令されれば、クローンは刃向かえない。
一般のクローンは、軍の人間がマスターだった。命令は絶対だ。
心が壊れかけて、耐えきれず追いかけたクローンは、その場で射殺された。
みんな、愕然と取り残されたんだ。
でも・・・逃げた奴ら死んだと思う。
その日、間もなく核が落ちてきたから。
もの凄い爆発で、山が崩れるかと思った。
そして、核を知ってるクローンが、外には出られないとみんなに教えたよ。
核のあとは、空気吸っても死ぬって。
どのくらいかわかんなかったけど。
それで、みんなが基地内に残された物資を探した。
水は井戸があったけど、でも、食い物は人間が全部持って行ってしまって、飼料が一袋。
分け合って、ほんの少しずつ食べた。
でも、それもなくなって、途方に暮れた頃に来たんだ。
連邦の、回収車が。」
「そうか・・・・よかったな。」
グランドは、つい、口に出た。
明るい物が見えたから。
でも、その先に何があるかを忘れていた。
「その車の人間は、もう戦争は終わったと、ここに人間はいないかと聞いた。でも、クローンの多さに戸惑ったようで、迫るクローンに恐怖を感じたのか、そのまま帰ることが出来ないようだった。
それで、10人連れて行くから決めろと言った。
回収車が、みんなにはどう見えたんだろうな。
俺には、夢のような、神々しい物に見えたよ。
あれに乗れば助かる。
あれに乗れば戦争のない、すべての苦しみが終わった世界を生きられる。
連邦はレダリアとは違う、きっと俺たちを保護して救ってくれると信じていたから。
だから、若い者から乗せようとクローン達は落ち着いて決めた。
みんな、クローンは寿命が短いって知ってる。
だから、少しでも未来がある者を助けようと。
でもその時、一番ガキだったけど俺は選ばれなかった。
俺はクローンじゃないし、見た目人間に近い。みんなの嫌われ者でさ、でも車に乗りたくて仕方がなかった。
ここに残るのは死だけ。
あれに乗れば、なんか・・・グランド達の所へ、戻れるような。そんな幻覚が見えて。
だから、もう駄目だと思ったよ。
そしたらさ・・・
そしたら、譲ってくれたんだ。一人のクローンが。」
今も思い出す。
そのクローンの、背中を押してくれたときの顔を。
頬が削げて酷い顔だったけど、パサパサの金色の髪をした女性のクローンだった。
無表情な中に、燃えるような赤い瞳が意志の強さを見せて、残れば死しかないというのに決して迷いなどと言う言葉は見えなかった。
「無言で、乗り込む手前で俺を車に押し込んで、そして、手を振った。
助かる自分たちは、ホッとして、そして死ぬのわかってて残る奴らに悪くて。
ドアを閉める人間を押しのけて、みんな手を振って返したんだ。
その時、無表情なあいつらが、初めて笑ったんだよ。
生き残った俺たちが、苦しまないように。
笑って送ってくれた。生きろって。
自分たちの分まで、生きてくれって。
でも・・・・
でも、行き先は・・・・・ああ、ああ、ごめんよ。
やっぱり、やっぱり死んだんだ。みんな、みんな死んでしまった。
・・・・・まさか、目的地が焼却施設なんて。
ひどい、ひどいよ、人間は。どこまでも。
でも、みんな焼き殺されたのに、俺だけが、こうして生きてる。
みんな、みんな死んだのに。俺だけが・・」
震える両手で顔を覆い、レディがその顔を伏せる。
グランドはしかし、言葉を失っていた。
なんと言えばいいんだろう。何を言っても浅はかに感じる。
月並みな言葉は、口に出すのも気が引けた。
気が、狂いそうだ。
誰が異常なのか。連邦は本当に正しいのか。
レディは更に、このあと焼却場で修羅場にあっている。
今までの、自分の言葉はなんて軽かったんだろう。
生き残ることが良かったと、単に言い続けた自分はバカだ。
これだけの重しを背負って生きてきて、幸せに笑っていられるほど人間は誰しも強くない。
グランドは、頭が真っ白になりながら、それでいて自然に身体が動いた。
泣くことも忘れたレディの身体を、ギュッと抱きしめ、そして、ひたすら抱いていた。
涙が、あとからあとからこぼれ落ちる。

「ごめんな・・」

今までわかってあげられなくて、本当に・・

それでも、いまだクローンを殺める仕事を続けなければならないレディは、すべては過去のことだとはとても言えないだろう。
そしてこれほどの悲惨な話さえ、彼の心に巣くう暗闇の一部に過ぎない。
地の果てまで、誰もいない所まで逃げてしまおう。
そう、口から出そうになって飲み込みながら、グランドはレディと、じっとその場に座り込んで暗闇を見つめていた。





サスキアでは、グランドの連絡を受けて局長が出向していたシャドウを部屋に呼んでいた。
4人は、警護のために訓練などの下準備に追われている。
4人全員に言うと、また大騒ぎするだろうとシャドウだけを呼んだのだ。
しかし局長から話を聞いたシャドウは、なぜかひどく落ち着いていた。
「・・と、今のところ連絡待ちよ。」
「なるほど、生きてるんならいい。」
「まあ、生きて救出されるならば、の話だがね。」
「されるさ。レディがいるからな、黙ってグランドを殺しはしないだろうよ。」
「あらまあ、レディだって出来ないことはあるでしょうよ。ずいぶん信頼しているんだな。」
はっ!っとシャドウが肩をヒョイと上げる。
そしてドスンと応接用のソファーにかけた。
「仕方ねえ、そうでも思わないと、飛行機使ってもここから6時間もかかる場所だ。
信じるしかねえよ。
グランドが生きていたら、レディを生かそうと全力を尽くす。
互いに生き残る術を探すだろう。
別に生き埋めになったわけじゃねえ。
一応俺とグレイが行こうかと考えているけど、許可くれねえだろ?」
「必要ないな、近くにいたダッド達を送った。結果を待ちたまえ。
2人ともポチという通信方法を持っている。
ちゃんと定時通信は確認しているよ。」
そうは言っても、グランドはいいとしてレディのイヤリング型の通信機は、まだテスト段階だ。
小型化したものの感度が悪く頻繁に切れる。
「あの通信機は、実用品とは言えないと思うがね。あれで安心はできねえな。」
「君達は一般人ではない。落石事故とは違うんだ。今の任務を遂行したまえ。」
「ちぇっ、やっぱりね。よりによって、あのクソ野郎に任せるしかないのか・・」
バッと立ち上がってドアへ向かう。
シャドウ自身も確かに仕事が詰まっている。
明日は軍の人間と13コロニーへ行かなくてはならない。
「局長、俺がいない間、グレイ達には黙っててくれ。きっと、現場に行くと騒ぎ出すから・・・判断は、任せるよ。」
「わかった。皆にも伝えておこう。」
命がけも多々ある現場、こういう事も覚悟はしている。
たった6人の家族だ。
他に誰もいない。
はやる気持ちを抑え、ドアを出るとシャドウが目を閉じてじっと頭を伏せる。
秘密と言っても、心が波立っているとブルーはテレパスの力で読んでしまうだろう。
「それも、想定内だよな、いつもの。」
ちらりとドアを見る。

結局、自由なんかありゃしない。

シャドウはフッと一息吐き、腹立たしい気持ちを飲み込んで歩き出した。

「戻る?」
言葉を言い出せないグランドに、ようやくレディが告げた。
「もう、大丈夫なのか?」
「うん。」
立ち上がって、発光体を拾い引き返す。
「水、この先にあったんだ。地下水が止まってなければ、そこに水道があるんだけど・・」
引き返し、一つの部屋に入ると、そこにも5体の骨が倒れている。
指さす水道の蛇口には、手首から先の骨が絡み付いていた。
「最後は、水だけだったんだろうな。」
レディが絡み付いた手を握って骨ごと蛇口を回す。
しかし、数滴出ただけで水は出ない。
「やっぱ、駄目か。今ので水脈も壊れたな。」
「こりゃあ、マジでやばいな。」
諦め、帰りかけてふとレディが足を止める。
「どうした?」
「・・・・いや、何か外で音が聞こえた気がした。」
「外?」
グランドがポチで見る。
レディの「気がした」というのは、半分はカンだ。
だいたいここから外の音が聞こえるはずもないし、どのくらい崩れたのかも確認したいが、どうも天気が悪いのか雲がかかってきて見えない。
しかし唯一、ポチがヘリを雲間から近くで数機確認したと告げる。
それがどこの物かはわからないところが、ちょっと惜しい。
「このまま死んだらどうしよ。」
グランドがため息混じりに、ちょっと弱音を吐いてみる。
「さあ、死んだらもう終わりってだけだろうさ。」
あっさり返事が返ってきた。
「おめーに言ったが間違いか。」
フッと苦笑いしながら、バンとレディの背を叩く。
廊下へ出て歩き出すと、ユント達のいる部屋がやけに明るく明かりが漏れてくる。
「あれ?どうしたんだろう?」
小走りで走り出すグランドに、ハッとレディがその手を掴もうとして掴み損ねた。
「グランド!」
「え?なんだ・・?」
部屋の前で、グランドが振り向く。

バシュッ!!「ぐっ!」

ドッとグランドが胸にショックを受けて後ろによろめいた。
かすむ目で見ると、ユントが震える手でショックブラストを握りしめている。

「・・な・・んで・・」

ドサリとグランドが倒れ、コフィーがバッと部屋を飛び出してレディを狙う。
しかし、すでにレディはユントへ向かって走り出していた。

「ユント、下がれ!」
バシュッ!バシュッ!バシュッ!

コフィーが走るレディを追いかけるように撃つが、レディの足が速く当たらない。
ユントもグランドに向けていた銃口を慌ててレディに向けた。
バシュッ!
撃った瞬間、レディの姿が視界から消える。
「あっ!」
ヒュッ!
風を切る音が聞こえ、頭上から蹴りがユントを襲った。

バシッ!ゴキッ!「う・・ギャッ!」

ユントの手首が蹴られ、小さく骨の折れる音が響く。
「この!」バシュッ!
コフィーが下がりながら、レディに向けて撃つ。
しかしレディは難なくそれを空中で身体を翻してかわし、トンッと床に一歩ついてコフィーへ蹴りを繰り出した。
「くっ!」
サッと頭を引くと、ブオッと風を呼んでレディの足が鼻先をかすめる。
一歩引いて体制を戻し、ブラストを2発撃つ。
しかし、レディはそれもヒョイとかわし、身体をくるりと回転させるとコフィーの懐に入り込む。
「ひっ」
思わず息を飲み、銃を振り上げた瞬間、ドッとみぞおちに衝撃が来た。
「ぐえっ!」
グッと胃の中が逆流し、吐き戻しながらぐらりと倒れる。
「コ、コフィー!」
折れた腕の痛みに耐えながら、ユントが慣れない左手に銃を持ち直す。
レディはスッと身体を引いて、一度後転すると瞬時に踏みだし、ドカッとユントの顔面に掌底を入れた。
「グッ!」
カシャーン!
反動で手からブラスト銃が落ち、ユントが折れた歯を吐き出して頬を押さえ、よろめきながら思わず腰の銃を取る。
「この!この!」
パンッ!パンパンパン!チューンッ!キーン!
しかし撃ちまくる弾は片手で身軽に後転するレディにかすりもせず、ヒュッと投げられた石が銃に当たって天井を向いた。
「うおっ!」
その瞬間を逃さず懐に踏み入れられると、遮る手を掴まれ、くるりと後ろに回りこまれた。
ガレキに覆われたこの狭い空間を物ともせず、信じられないほどにあまりにも一瞬ですべてが終わり、ユントが呆然と羽交い締められる。
「ひっ!」
気が付くと、きらめくナイフの刃がグッと首に突きつけられていた。
「誰に、命令された?」
静かな、冷たいささやきがユントの耳にかかる。

なんて・・なんて奴!歯が立たない!殺される!

ドオッと冷や汗が流れ、折れた手首と、骨が折れたのだろう頬の痛みがずんと全身を駆けめぐり、フッと気が遠くなってゆく。
上官に、まずはレディを撃てと言われていたのが、今ようやくわかった。
もう、遅いだろうが・・
レディの手の中で、ガクンとユントの身体から力が抜け、ズルズルと落ちてゆく。
「チッ」
レディが気を失ったユントの身体をポンと離し、グランドに駆け寄った。
重い彼の身体を抱き上げると、ブラストを一発受けただけで気を失っている。
揺すっても、起きる気配がない。
「グランド・・駄目か・・」
天井を見上げ目を閉じる。
何かが始まると、胸騒ぎがする。
彼の危険を察知するレーダーが、ここはまずいと訴えた。
だが、どこが安全かなんてわからない。
イヤリングをはずし、右のスピーカーを耳に当て、左のマイクに声をかけた。
「ポチ、ポチ!」
シンと、全く通信の気配さえない。
アンテナの役割を果たす、ポケットのカードを取り出してみる。
見た目どうもなっていないが、恐らくこれが壊れているのだろう。
いつも修理はこのアンテナの基盤だ。
元々イヤリングなんて、女みたいで気乗りしなかったから清々するが、この状態は困る。
「ちぇっ」
ポイしようとして、仕方なくポケットに戻した。
これは試作品だから、壊れても持ち帰るように言われている。
何年たっても慣れずに使いこなせないディスクリーダーを別のポケットから取り出し、フッと一息吐いて通信のパネルボタンを押した。
『画像は?』と聞いてくる。
ノーを押す。
『周波数は?』と聞いてくる。
うっとここで行き詰まる。
確か、アドレスを押すのだ。
アドレスボタンを押すと、Aからずらっと出てくる。
そして上に、検索が出てきた。
「どうすれば、優先アドレスが出るんだっけ?」
それがわからない。
アドレスは、電話番号と共になぜか軍関係から個人まで、触らなくとも勝手にダウンロードされるらしいのでずらりと入っている。
「あ、あ、やっぱり駄目。」
以前操作を間違って、どこかの軍の緊急通信につないでしまい、無言で話せなかったら逆探知されて、もの凄く怒られた。
あれから通信はグランド任せだ。
だいたい家の電話だって、知らない奴と面と向かって話せないのに、話せるわけがない。

・・それでも、今はこれしか通信手段がない。

一大決心で押しまくって本部を探し、通信ボタンを押した。
「よし、これできっと・・」

『交信不能。電波が届きません』

がっくり



何だか、身体中から力が抜けた。
諦めてポケットにしまい込み、キョロキョロ見回す。
外からの進入を計るなら、岩盤の弱い所を爆破してくるだろうか。
いや、こいつらが軍の本物なら、軍は地下に進入するための「ドリルジェットマウス」を持っている。
あれは、小型の掘削機だ。
「ガードガム」という、一時的に壁が崩れないようにシールドする物質を噴射しながら進むので、人命救助にも役だってはいる。
いる・・が、この状況はとても「救助」ではなく「捕獲」と思える。
どうするべきか・・

ゴオオオオオ・・・

微かに音が響き、それがだんだん大きくなってくる。
逃げ場のない状況にクスッと笑って、レディはグランドからジャケットを脱がせた。
自分も上着を脱ぎ、彼の装備からナイフと銃と爆弾など武器になる物すべて自分のインナージャケットに移す。
そしてグランドを左肩に背負い、ジャケット2枚を使って彼の身体を肩口と腰で固定した。
ジャケットでグランドの身体ごと身体に巻き付けギュッと袖を縛りながら、こう言うとき痩せてて良かったとは思うが、いかんせん彼の身体は自分より重い。
スピードが落ちるのは目に見えている。
しかも、敵は人間、殺してはならないのだ。
この場所で、こんな場面とは因果な物だ。
その時、突然、スウッと光が一つ、目の前を走っていく。
思わず目で追い、目を丸くしているとフッと消えた。
少し考え、そして目を細める。

「悪かったな、騒がせて。」

それは、死んだクローン達の魂のような気がした。
出て行けという意味かな?
ずんと重くなった身体で、ヨッと立ち上がる。
トンッとジャンプしてみた。
グランドは苦しいだろうが、左手を添えれば縛り付けたのでずれることは無さそうだ。
邪魔なグランドの頭をグイッと押して、左胸にある装備を下のポケットにおろす。
ブラストを持つか、自分のアークを持つか。
ふっと考えてアークを持った。

ゴゴゴゴゴゴオオオオオオ!

そうしている内、振動と共に大きな音が基地内に響き渡る。
反響してどこからの音か掴みにくい状況で、レディは隣の部屋の中をちらりと見た。
「ここかな?」
さて、と銃を確かめ発光体の最後の4つ、すべてばらまく。
持っている爆弾は小型で破壊力の大きいイレイズ弾と、壁などを破壊するための普通の小型爆弾。
どちらも安全に携帯でき、起爆装置さえ作動させなければ爆破しない、非常に安定した爆弾だ。
起爆装置は、遠隔でスイッチ一つ。
確認してグランドの身体に手を添え、ちらりとユント達を見た。
「運次第さ、悪いな。」
ちっとも気の毒そうなニュアンスもなく吐き捨て、プイッと部屋を覗う。
まだまだ、掘り進むには時間がある。
部屋の机に座り、目を閉じて音の変化を探る。
この素早さと大がかりな作業は、計画的な物だ。
コフィーやユントは、確かに軍の人間だ。
また何を考えているのか、軍に振り回される前に管理局と連絡なりとも付けたい。

嫌な、予感がする・・・

しかし、爆破したのはまた違う者だろう。
自分たちたった2人を確保するには、手間がかかりすぎる。
あれは、クローンを運び去った証拠を消すためと、あわよくば自分たちまで殺すための・・

フリードか・・?

発光体の明かりに照らされ、そっと目を開ける。
この基地内にあふれていたクローンの、息づかいが聞こえた気がした。
人工生命体と言うだけで、普通に生きたいと願うことが許されなかったあの時代。
今も、あまり変わりはない。
カプセルに眠っていたら、それはすべて処分対象だ。
いっそ目覚めていた方が、生き残れる確率は高い。
しかも、うまく研究所に保護されれば、静かに暮らすことが出来る。
目覚めたときに運命が左右されるのは、昔も今も変わらない。
クローンである限り、マスターは絶対の存在。
自分はその刷り込みがなかっただけに、かえって戦時中とても辛かった。
目つき一つで気に入らないと殴られる。
まだ身体が小さいだけに、殴られると吹っ飛んでいた。
グランドを背負っていると、大きくて重い荷物を小さな身体に背負わされ、辛くて泣きそうだったことがいくつも思い出された。
ここは、自分にはあまりにも重い場所だ。
忘れていたことが、次々浮かんできて苦しい。

フッと、一つため息ついた。

もし、自分一人なら、死んでもいいと思っただろう。
グランドの存在が、生きるための1本の糸だ。
もう、彼の1番でなくても・・・

もういい。
こだわるのはやめよう。

目を閉じ、ギュッと胸のネックレスを握る。
ダッドが、辛いときは逃げればいいと言った。
お前は自由じゃないかと。
本当に自分が、逃げてもいいのかわからない。
でも、居場所がどうしようもなくなったら、あの家を出るしかないだろう。
どうしても、グレイとグランドのそばに自分がいると、ひどく2人が自分に気を使っているのを感じる。
2人がいるときは、ずっと部屋に閉じこもっていた方が楽だ。
自分が邪魔になっているようで、まっすぐ帰らずギリギリまで公園にいるけど、それも少し胸が痛くなってきた。
しかし、家を出ても行く場所はない。
相談というのは、頼ることだと思う。
本当に人間に頼っていいのか、まだよくわからない。
でも・・その時はダッドに聞いてみようかと思う。
彼は、自分に近い。
闇の臭いがする。

ダッドは答えてくれるだろうか・・

俺が、どこに行けばいいのか。
そしてまた、言ってくれるだろうか、俺は自由なんだと。

ダッドに、会いたい・・

ブルブルッと頭を振って、パンと頬を叩いた。
「ま、どっちにしても連れて帰らなきゃな。
全く、重くて邪魔でかなわない。
この、役立たず野郎。」
まだ気を失ったままで苦しそうに息をつくグランドの吐息が、胸に響く。
グレイの心配する顔が、すぐに浮かんだ。
「グレイ、絶対守るよ。」
胸に手を当て立ち上がる。
うつむき、目を閉じた。

グレイ、みんな、ちゃんと守るよ。
みんなの大切な、この馬鹿グランドを。


たとえ・・・死んでも。

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