カインの贖罪  ルーナの光の下で

グランドとレディアスは、アリア山中の遺跡破壊に派遣される。
その調査中クローン2人と遭遇するが、クローンはなんと子供だった。
2人に生まれる葛藤と心のすれ違い。
私にとって、かなり初期の小説です。
2人の性格は、今よりもドライになっています。


「その1」

 グランドが、雲一つ無い空を仰いで溜息をつく。

ヒョオオ・・・ヒュウウウウ・・

冷たい風が肌を打ち、前を歩くレディアスの三つ編みにした銀髪が、風に揺れてパシンと本人の腕に当たった。

「ち、」

舌打ちしてもぞもぞと、髪の先を細い腰にあるジーパンのベルトに挟んでいる。クスッと笑ってグランドが、彼の横に並んで歩き出した。

「髪、いい加減切れよ。命取りだぜ。」
「いいんだよ、願掛けてんだから。ほっとけ。」

そう言うグランドの赤毛も最近はかなり伸びて、風が吹くたび燃えるようにたなびき顔にバサッとかか
る。

「お前も邪魔そうだな、剃ってやろうか?」

レディアスが腰のナイフに手を掛け、極まじめな顔で言う。
美しい顔の氷のようなアイスブルーの瞳でギロッと見られると、冗談には聞こえない。トドメにそこで、毎日手入れを欠かさないナイフの刃がキラリと輝いた。

「いや・・・・俺も願掛けてんだ。」

苦笑いを浮かべながら、思わずグランドが両手で髪を押さえる。
中肉中背の彼は、それでもレディアスよりは背が高い物の顔は童顔だ。
仕事の上でも長くペアを組んでいるが、彼らは6人いる兄弟の2人だった。


 ここ移民星カインは、200年ほど以前に長い大戦を経験した星だ。
大戦の最後を核の応酬が続き、星が荒廃したために150年ほど星を空けて自然の回復を待ち、その後再度移民が始まった。
人口の爆発的な伸びにより移民を急いだ連邦だったが、やはりカインでは重大な問題が起きてしまった。
各地に潜む、戦時中の「地下基地問題」だ。
戦争は5年だったが、それぞれに後ろ盾が強大だったため、大変大きな傷跡を残している。
基地は時に大きな問題を起こし負傷者、しいては死亡者まで出す騒ぎを起こしてしまった。

その大きな原因は、「クローン」。

戦時中、兵器として大量生産され投入されたクローン達が至る所に眠っているのだ。
そしてこのクローンが起こした最悪の事件、「ミリカ村全滅事件」は、村人が全て殺されるという、大惨事だった。
もちろん、移民してきた人々の恐怖は計り知れない。
各地で対策を求める運動が起き、連邦は慌てるように地下基地を(聞こえがいいように)遺跡と呼称し、「連邦遺跡管理局」を発足した。
彼らはその、時には壊し屋とも呼ばれる遺跡特別管理官なのだ。


 宿を出て、日が高い中を歩いているのに体が温まらない。
冬が近いからだろう、日に日に気温が低くなる。
派遣地の気温を確認してくるのは当たり前のことだが、今回は読みが甘かった。遺跡が小規模らしいと言う気のゆるみもあり、肝心の防寒コートを忘れて軽装で来てしまったのだ。

ここは山間の小さな町で、辛うじて電気は通っているが、暖房は暖炉や薪ストーブ。
宿の部屋にはあまり暖かくないオイルヒーターしかなく、夜も寒ければベッドに潜り込まなくてはならない。
年間を通して温暖な、本部のある首都サスキアからすれば、地方はまだ電気さえ来てないところがあり、厳しい自然の中で開拓する人々の苦労は続いていた。

「なあ、コート買わないか?俺はいいけど、お前寒いだろ?」
「いい、もう仕事も終わるだろ?
今日、地主と町長に報告に行って、装備をそろえたら明日は朝から壊しに行くだけじゃねえか。コートなんて、帰れば有るんだから贅沢するな。」

もう日が短いから、動ける時間は少ない。
上着一枚じゃ、日が沈むととてもじゃないが動けない。
服や身の回りの事は、派遣地の気温を調べて総てグランドが準備するのだが、本部のあるサスキアが異常気象とかでしばし熱かったので、思いっ切りコートなんて忘れてきた。
お互い様だからかあまりレディアスは文句を言わないが、痩せている彼にとっては、寒いのが一番堪える。

 今回はアリアというこの北の麓町から、30分程をかけて歩いた山中に2週間前、小規模な地滑りが起きて発見された遺跡の破壊だ。
山の急な傾斜地へ入る手前なので、森に薪や木の実を取りに入る町の住民も多く、どちらかと言えば発見が早かったらしい。

しかし、発見が早いのに何故通報まで2週間?と思われるかも知れない。
それは、地権者と町の思惑が大きく絡む。
このように猟師が多く訪れ、それで栄えている町は、遺跡の発見で客離れを起こし、町の存続にも関わってしまう。
悪くすると、自分たちで勝手に埋めてしまうところだってあるのだ。
埋めて終わりなら、彼らの仕事はどんなに楽だろう。
しかし、ここではクローンのカプセルが確認されている。
それは多大な危険を伴うのだ。

 二人はアリアに3日前に到着し、まずは情報収集から当たった。
規模が小さいがすでに2週間を経過していたので、仮にクローンが再生していたとすれば周辺の聞き込みも必要だ。
土砂で崩れたところも、レーダーを使って地下施設の大きさと空いている空間はないかをきちんと把握する。
必要があれば、すっかり埋もれた所さえ地中深く特殊爆弾を使用する事もあるのだ。

そして最終的にはグランドが、地形のデータと遺跡の位置と規模を本部に送り、それを検討した上でゴーサインを貰うのだが、今回これにかなり時間がかかった。
何しろ地滑りが拡大してしまうのが一番恐ろしい。元々地滑りの原因は、遺跡の老朽化で天井が落ちて、そこへ土砂が流れ込んだ為と思われるが、遺跡の規模が小規模なので大丈夫だろうと言うことだった。

後は、作業する自分たちが生き埋めにならないように気をつけろ、と局長には口うるさく言われたが、そんなに心配ならもう2,3人回してくれても良さそうなものだが、そんなに甘くない。


 まず二人が最初に寄った山の持ち主には、調査の報告と、破壊による山への影響、おおよその規模を話す。
どっかり座ってグランドの報告を聞く、ちょっと偏屈で欲深そうなジジイの地主は、あんな所に軍事基地なんて迷惑だと二人に散々不満を語ったあげく、ようやく「さっさとやっとくれ」と返事をくれた。

まったく、と二人もうんざりする。

元々危険な仕事だ。遺跡を破壊しに来て、協力的な人間ばかりならもっと楽に済むだろう。
山の中のそこは、今の季節、サラムやフリッカのような果物や木の実が取れて、町の子供達も良く出入りするところだ。
今は危険だからと、立入禁止にはして貰っているが、好奇心旺盛な子供を時々見かける。
立入禁止を徹底しなければ、作業にも入れない。

と言うわけで、町長にも報告に行く。

こういう小さな町では、町長などの首長の力は強い。連絡網もしっかりしているので、町長に言ったが早いのだ。
訪ねていくと、ロマンスグレーのきちんとした町長が出迎えてくれた。
3日前の調査前にも会いに来たが、不在だったのでこれが初対面だ。

レディアスが簡潔に報告をして、明日から破壊活動に入ることを伝え、許可を出すまで絶対に入らないよう徹底して欲しいと協力を申し出た。
町長は快く頷いてくれる。グランドがホッと息をもらした。
トラブルもなく、スムーズに終わるに越したことはない。

地主の所で無言だったレディアスは、あの爺さんに相当機嫌を悪くしたようだったが、町長相手にそれを引きずることもなかった。

「クローンは確かに確認したが、確認できたのは蘇生前の物だった。今のところは活動しているクローンの発見はない。明日、土砂が流れ込んでいると考えられる一番奥の部屋も壁を破壊して確認する。」

「分かった、すぐに町の者には伝えよう。
よろしく頼むよ。手が入るのなら言ってくれ、協力は惜しまない。」

「いや、素人が手を出すのは危険だ。
気持ちだけで十分だ。ただ山には入らないように徹底してくれればそれでいい。」

きっぱりとしたレディアスの言い方に、町長の顔が緩み、どっかと椅子に反り返った。

「若いのに、気丈なことだ。この仕事は長いのかね?」
「さあ、俺達に時間の長短は無意味だ。全力を尽くして仕事をする、それで十分だろう。」

ムッとしてぶっきらぼうなレディアスを、グランドが慌てて横からドンと小突く。
「どうもすみません、こいつ無愛想で。」

しかし町長は、別に気にしていない様子だ。

「いやいや、以前人からね、他の村で君たち壊し屋が十分な調査、報告もせずに突然壊して帰ったと聞いていたから、とんでもない奴が来たら追いだしてやろうかと思っていたんだ。此処まで丁寧にやってくれるとは、嬉しかったよ。」

グランドがドキリとして姿勢を正す。
彼には仲間内で思い当たる乱暴者がいた。
あちゃ、それ、まさかセピア?
あいつらまだそんな事やっているのか?
局長が嘆いていたよなあ。
焦るグランドをよそに、誉められてもレディアスは、嬉しそうな素振りも見せない。

「結果を見て、もう一度考えてくれ。
まだ誉めるのは早い。グランド、帰るぞ。」

立ち上がった相棒をグランドが慌てて追いかけると、廊下で上品そうな婆さんが、急ぎ足で帰るレディアスの前に出てきた。

「何だ、婆さん。」
「ちょっと、レディアス、失礼だよ。」

白髪を綺麗に結い上げた老婦人は、きょとんとした顔をすると、ほっほっほと笑っている。
後ろから町長が、「お母さん?」と声をかけた。

「私も長く生きているけどね、あなたほど痩せた子は初めて見たわ。ほら、死んだお爺さんのだけど、これを貸してあげるわ。
いつ見てもそんな薄着で寒そうよ。
持って来ていないんでしょう?遠慮は入らないわ。ほら、あなたにも。」

彼らにコートを差し出してくれる。爺さんのだから地味だけど、これはありがたい。
黙って見ているレディアスを押しのけると、グランドは喜んで受け取った。

「さんきゅ!婆さん、助かるぜ。
ほら、借りようよ。ああ、助かったなあ。」

グランドが一枚を羽織り、もう一枚をボスッと相棒に掛ける。
しかし、ガブガブで大きい!見事に借り物だ。

「あら、やだ。お爺さん大きい人だったから。
まあ、どうしましょう。」

「ああ、お母さん、私のを持って来ましょう。」

町長が慌てて奥へ行きかけた時、レディアスがぼそっと言った。
「いや、これでいい。婆さん借りるぜ。」

「ええ?レディアス、小さい方借りようよ。」

キョロキョロ戸惑うグランドを置いて、レディアスはさっさと先を行く。グランドは仕方なく老婦人達に頭を下げると、相棒の後を追った。

「全く、お前は年取った女に弱いなあ。」
後ろから呟きかけても無視して先を行く。

可愛い奴・・

グランドはあの老婦人に、昔自分達が世話になった女性の顔を思い重ねてクスッと笑った。


 町長の家を出ると、夕焼けが広がり山肌を赤く照らしている。二人並んで歩くグランドの赤毛も、夕日に照らされ燃え出しそうに赤く輝いている。

「ああ、もう日が傾いてきた。
一日がほんと早いよなあ。何かここにいると早く年取っちまいそうだぜ。
装備は大丈夫か?」

グランドが問いかけると、レディアスが溜息をついてニコチンガムをくわえる。
彼は今、禁煙中なのだがこれで止められるかはかなり怪しい。

「ああ、飯の前に銃のエネルギー買いに行く。
此処に来る途中、銃を使ったのは予定外だったんだ。それに、お前の銃のマガジンが空同然なんて知らなかったからな。」

ちら、と軽蔑の眼差し。
グランドが小さくなった。
「どうも、すいません。」

自分の銃の残弾数チェックも忘れていたなんて、プロ意識皆無の失格だ。
輸送機から降りてこの町へ来る途中、たった一晩野宿したのだが夜盗に襲われ、グランドの銃を使ったレディアスにむちゃくちゃ怒られてしまった。
グランドは銃が不得手なので、いつもロッドばかりなのだ。

「いいもん、俺、銃は下手くそだもん。」
「そうだな、クソだな。」

グッとグランドが堪える。
いじめっ子!男もどき!覚えてろよ!

彼はジタジタしながら、心の中でそう呟くのが精一杯の反抗だった。

 銃砲店に着くと、レディアスが店主の爺さんにエネルギーを頼んでキョロキョロ見回す。
ハンドガン好きの彼だが、山間の町だけあってここには狩猟用のライフルばかりだ。
フッと溜息をもらすと、彼は腰の巨大な銃に手をついた。

「待たせたね、えーと、これでええかね?」

グランドが歩み寄り、自分の銃に合わせてみる。モタモタしたその手さばきにレディアスがイライラしていると、店主が嬉しそうな声を上げた。

「おや?お客さん、腰のはヘブンズ・アークじゃないのかい?いやあ、珍しいの。
まさか使っているのかい?
女性なのに大したもんじゃねえ。儂も初めて見たよ、良ければ見せていただけないかのう?」

「しいっ!こいつに女性は余計だぜ、爺さん。」
グランドが口元に手を当てこっそり忠告する。

レディアスが店主をギロッと睨みつけた。
「爺さん、俺は男だ。まあいい許してやるよ。
見せてもいいが、変な事やったら殺すぞ。」

珍しく寛容に腰から銃を取ると、店主の爺さんに渡している。

「うおっ!重い!あんた見ていると軽そうに扱うから不思議だったが、やっぱり重いわい。」

爺さんはまじまじと彼の顔を眺めていたが、銃を重そうに手にすると、目をきらきら輝かせて舐めるように見た。

「お客さん、これ、一度撃って見せて貰えんかの?ほら、このエネルギー、サービスして半額でええぞ。裏に試し撃ちの庭が有るんじゃ。のう、年寄りの冥土の土産じゃ。」

うーん、半額は美味しいなあ。

レディアスがグランドの顔を見る。家計を預かるグランドは、迷わずうんと頷いた。
気が変わらない内に、先に金を払ってエネルギーを受け取ると、裏に回って撃って見せた。
相変わらずレディアスは、構える姿がすらりと美しい。

レディアスの愛銃ヘブンズアーク10は、大きい、重い、反動が強いとあまりいい事もなくて実用向きとは言えない。滅多にお目にかからない、マニア向けの銃だ。
ところがレディアスはこの、銀色の銃身を鈍く輝かせ、ずっしり重い銃がお気に入りで、女のような細い腕で軽々と扱う。

ドーンッドンッドンッ!バシッバシッバキッ!

この銃をここまでかるーく連発するレディアスも凄いが、銃声も凄い。
ドンッという重い音が、胸にジーンとする。
沢山小さな穴が開いていた標的は、アークの3発で総て粉々に砕けて、爺さんは初めて見たその威力に、口をぽかんと開けている。

「こりゃあ・・また・・」

レディアスは、さっさと銃を直すと「帰るぞ」と店を後にした。

 宿の隣にある食堂で食事を済ませ、部屋に戻り明日の打ち合わせをする。
情報収集は主にグランドの役目だ。
彼の特殊能力は手を添えるだけでコンピューターや電子機器とアクセスし、何の機器もなく友人と話すように遙か軌道上にある彼専属の衛星ポチとコンタクトできる。
ところが、なのに彼自身は全くの機械音痴なのだ。

「どうだ?遺跡に変化は?」

レディアスが、またニコチンガムを噛んでナイフの手入れを始める。彼はイライラすると、装備の手入れを始める。

「ン、変わった事はないってさ。ポチ、アクセス、管理局から来た情報送って。」

グランドはバックから携帯情報端末のディスクリーダーを取り出し、手の平に載せた。すると10センチ四方のその液晶に、上空から撮ったこの辺の衛星写真が映し出され、それに重ねて管理局からのメッセージが出てくる。

「まあね、ポチは偵察衛星じゃないからさ、赤外線探査とか出来ればいいんだけど。
でも動く者もないし、変な奴見たって情報もなかったし、蘇生したクローンはいないみたいだ。」

「まだわからないぜ。あの壁の向こうを見てない。」

確かに、確認していない部屋がある以上は楽観できない。レディアスは慎重派だ。

「ポチに検索して貰ったけど、旧レダリアの資料にもここの基地の図面とかは残ってないってさ。」

「当たり前だ馬鹿。残ってたらもっと早く壊してるさ。しかし、ここらはレダリア軍の前線に近いからな、予備のクローンもあれじゃ少ない気がする。」

「そうなのか?・・それよりレディアス!
さっきから何個噛んでんだよ!お前ガム噛みすぎだろ!やっぱ、俺が預かる!」

グランドが、彼にバッと手を出す。レディアスはムッとしてそれをパシッと払い、プイとそっぽ向いた。

「るせえんだよ、お前がうるさいから俺は禁煙してんだろ!勝手させろよ、このくらい。」
「お前なあ、それじゃ禁煙にならないだろ。
ガム始めて5日だろ、3日前数えたときは一日27個!そんでもって今日は何個噛んだ?」

「しらねえ、一々数えてねえ。」
このー・・グランドが目を尖らせる。

一週間で一日10個以内にしようって約束だったのに!この分じゃ永遠に無理だ!
言って聞くようなタマじゃない。ナヨナヨして女性のようなのは見かけだけなのだ。

「ふふ・・うふふふ・・」
グランドが、何を思ったかニヤッと笑う。

レディアスはナイフを灯りに照らし、馬鹿にしたようにグランドをちらっと見ると、それをゆっくり鞘に戻した。
 装備の点検を二人それぞれ行い、いつもの手順でレポートに添える資料を確認して、明日の手順を話し合う。
こういう一度地滑りを起こしたようなところでは、爆弾の数も問題になる。町自体に被害が及ばないように、管理局からの資料とポチの計算を元に決めていく。自然を甘く見ると思わぬ事になるのだ。

「まあ、ここは雑木林が鬱そうとしていて地盤もしっかりしているようだからな。」

「うん、最悪の場合でも、ポチによれば町に被害は及ばないって。この位置関係は不幸中の幸いだな。
ポチ、この計算結果は資料に残しといて。」

グランドが、ブツブツ独り言を始める。
傍目では異常だが、ポチと頭の中で会話しているのだ。その他諸々、やることは沢山ある。
壊して終わりと言うほど楽な仕事ではない。
あくまでこれは、軍の仕事の一つなのだ。
終わった後は、上層部にきちんとレポートをまとめて報告しなければならない。
ポカをやって、生きていられたら始末書。悪くすれば軍法会議にかけられる。

現実は厳しい。

二人で話し合い、明日は夜明け前から作業に取りかかることにしてシャワーを浴びると、早々にベッドに入った。



 夜も更け、電気を消すとしんしんと寒さがつのり、着ている布団もなかなか暖まってくれない。自分のいびきで目が覚めたグランドは、体を震わせて布団を身体に巻き付けた。

今夜は一段と寒いなあ・・寝ないと、明日起きれねえのに・・

グランドがぼやいて、レディアスのベッドを眺める。
彼は星の瞬く窓を向いて、猫のように丸くなっている。
寒いのが苦手な奴だからと、クスッと笑って目を閉じた。

「う・・うう・・あ、あ、・・」

レディアスの背中から、小さな悲鳴のような声が漏れてきた。
ハッとグランドが目を開けて様子を窺う。
彼の肩が、小刻みに震える。

やっぱり・・・夢だ。

また、悪い夢にうなされている。
グランドはふと起き出すと、自分の布団を持ち出し、彼に掛けて横に潜り込んだ。

「ん・・な・・んだ・・よ?」

「何じゃねえよ。寒いからさ、二人でくっついてると暖かいかなあって思ってよ。何だお前、全然暖まってねえな。
ほら、狭いんだから、そっち寄れよ。」

「馬鹿、何言ってんだよ自分のところに・・」
「もう!寒いだろ!冷気入れんなよ。寝ろ!」

起き出すレディアスを、ガッと腕で押し倒す。
そして背中をくっつけ、狭いシングルベッドに男二人横になった。

「あー、やっぱ暖かいや。狭いけど。」
「こんなの、人が見たら変態だよ。」
「いいじゃん、兄弟だもーん・・・」
「全然似てねえ。誰も信じないよ。」
「勝手に・・言わせとけ・・・・・」

グランドの返事が小さく消える。
レディアスが耳を澄ませると、やがて彼のいびきが聞こえ始めた。

「ン、ガー・・・グー・・」

背中越しのいびきに、レディアスがクスッと笑う。

「ほんと、暖かいや。お前は、本当に暖かいな・・グランド・・」

レディアスが、ゴソゴソと寝るときにも護身用に隠し持つナイフを確かめ、フッと息をつく。枕の下には、小さなハンドガン。
それを確認して、ようやく目を閉じた。

「なあ、グランド・・俺は・・何が、怖いんだろう・・なあ・・」

彼にとっては、一本のナイフがお守りで、そして一挺の銃が安定剤。それでようやく安心して眠れる。
どんなにここは安全だと自分に言い聞かせても、これが最低限の寝具の一つだ。
そしていつも眠りは浅く、夢を見ている最中でも回りに耳を立てている。

寂しい。
夜が一番寂しい。

隣りにグランドがいても、夢の中では一人だ。

「ううん・・」

グランドが、寝返りを打ってレディアスの胸にドサッと手を回し、そしてまたうるさいいびきを彼の耳元にかき始めた。
どんな所でも熟睡して、多少のことでは目を覚まさない。そんなグランドが羨ましくて憎々しいことがある。

「へへ・・えへへへ・・」

一体何の夢を見ているのやら、胸にあるグランドの手が胸をまさぐってくる。

「この・・」
レディアスはその手の甲をギュッとつねり、そのままポーンと後ろに放った。



 ドカッ!「起きろ!」

朝になり、いつものようにレディアスがグランドの顔を踏みつける。ご苦労なことにどんなにベッドが高くても、ピョンと椅子に飛び乗り、ドカッと思い切り踏んでくれる。
グランドはいつか鼻が折れるだろうと心配しながら、そっと鼻を撫でて渋々起きあがった。

「てめえはあ、他に起こし方を知らねえのか?
げえ、やっぱ暗い内は寒いなあ。」

本当に寒い。相棒は、すでに顔を洗ってコートを着て、朝のガムを噛んでいた。

「早く起きろよ、食堂開いてる。飯食って山に行くぞ。」

もぞもぞ起きあがって、顔を洗うと凄く水が冷たい。背筋までゾクゾクする。

「ううー、水がつめてえー!目が覚めた。」
「寒いの嫌だなー、早くサスキアに戻りてえ。」

後ろでレディアスが椅子に座って膝を抱え、身体を揺らして呟いている。

「レディアス、少しは眠れた?」
「ん、寝た。」

答えは決まっている。本当かどうかはわからないが、グランドは彼の頭をポンとたたき、コートを着込んだ。
 冷たい風の中、食事に向かうと澄んだ空にはまだ星が瞬いている。吐き出した息も白く、本格的な冬はすぐそこだ。
グランドが時計を見て、感心の息をもらした。

「ほんと、お前って良く思った時間に目が覚めるよなあ。」
「お前が寝過ぎなんだよ、少しは緊張しろよ。」
「ちぇっ、あれ?お前、髪といてるの?昨日せっかく編んでやったのによう。」
「んー、ああ、コートの中に解いたままにしていると、背中が暖かいんだ。コートの中だから邪魔にもならないし、いいのさ。」
「へえ、ウール100%だもんなあ、あはは。」
「るせえ、くだらない事言ってんじゃねえよ。
ところでお前さ、昨日俺がシャワー入ってる間にガム取ったろ、返せよ。」
「べー、ちゃんと今日の分ポケットに入れてるだろ!15個も有れば十分、食い過ぎなの!そんなもんより飯食え!骨皮のクセに。」
「ケッ、覚えてろ。」

不機嫌そうに、つんとしてそう言い捨てる。
勝った!
グランドは密かにグッと手を握りしめ、ニヤリと笑った。

 食事を終え、ホテルに帰ってフル装備していると、また相棒が髪を編んでいる。

「お前、何してんの?編んだり解いたりよう。」
「ああ、俺、現場に着いたらコートは脱ぐから。これ、汚しちゃまずいだろ?」
「馬鹿、この寒いのに、脱いだら動けないぞ。
汚した時は弁償すればいいじゃねえか。
お前、変なところで律儀だよなあ。」
「いいんだ、婆さんにとっては大切な爺さんの形見だ。思い出を貸してくれた気持ちは大事にしたい。」
「婆さんの気持ちを大事にしたいなら着てろよ。寒いのに弱いくせによ。」

全く、馬鹿みたいに律儀な奴と、グランドがヒョイと肩を上げ首を振る。
しかしレディアスは、わかっているけどね、とでも言っているように、フッと笑ってフル装備した上からコートを着ると部屋を出た。


 空がうっすらと明るくなってきた。夜明けは近い。レディアスは、現場に着くとやっぱりコートを脱いで近くの木に掛けてしまった。
まあ、確かに彼には、がばがばだから動きにくそうだ。
白い息を吐いて、息を整える。
地滑りしたために現れた、遺跡の崩れた天井から進入すると、銃を構えて入っていった。中は暗闇なので、壁に発光体をポツポツ張り付けてゆく。
暗闇での作業が、一番緊張する。

 中では、5つ部屋を確認している。
手前2つは、大した部屋じゃない。
しかしその奥、電子ロックの扉の奥は、司令室か通信室らしい部屋、何かの作りかけの武器のある部屋、そしてクローンが眠る部屋だ。

クローンは5体、その内3体はカプセルが壊れて白骨で、後の2体は正常に眠っている。

地上での調査からこの壁の向こうにもう一部屋あることがわかっているが、通路が潰れてそれ以上行けなかった。
そこが何の部屋かが問題なのだ。
グランドがもう一度通信室らしい所のコンピューターに手を置き、コンタクトを試みる。
やっぱり、うんともすんとも返事がない。

「駄目、やっぱり死んでるよ。」
「じゃ、やっぱりやるか。仕方ねえ。」

今日は、一番奥の部屋の壁に小型の爆弾を仕掛けて穴を開けて確認する。
これが最終確認、今までこの老朽化した施設の強度を考えると手が出せなかった。
人が一人通れるくらいに開けば十分だ。

「開いたとたん、ドドッと土砂が流れ込んだりして・・」

怖々冗談言いながら、グランドが爆弾を仕掛ける。

ドンッ!ドンッ!

後ろで銃声が響いて振り向くと、眠っていたクローンの頭が吹き飛んでいた。
ブンブン首を振り、安らかなれと呟く。
グランドは全く血生臭い事に向いてない。
目をそらしても、部屋中には血の匂いが満ちてきた。

レディアスは、眠っているクローンの処分には容赦しない。
グランドには時に非情に見えるけど、レディアスは必ず一発で殺す。それが精一杯の心遣いだと言うことは分かっていた。

夢を見ている内に死んだ方がいい。
何も知らない内に・・

「仕掛けた、開けるよ。」

穴が開いたとたんに何が出るか分からない。
グランドももセイバーロッドを腰から取り出し、握りしめると緊張した。

「開くぞ!」

ボンッ!バラバラバラ・・

天井を見ても・・大丈夫のようだ。

人一人通るにはまだ小さい。と思ったら、レディアスはさっと穴に向けて進むと覗き込む。
半分土砂が流れ込んでいる部屋には、地上から明かりが穏やかにこぼれ、天井に開いた隙間を示している。

見回すとカプセルが3つ。1つは土砂で潰れている。そして残り2つは・・開いていた。

まさか!蘇生している?

しかし此処の地滑りは2週間以上も前だ。飲まず食わずでそんなに生きているわけがない。餓死したか?

「此処に居ろ。」
レディアスが銃を構えながら、するりとその小さな穴から入って行った。

「猫みたいな奴・・」
呆れるグランドをよそに、レディアスは部屋を見回し、カプセルを見ている。

「どうした?まさか、いないのか?」

何とか入れないかと足で穴を広げていたグランドに、手を振ると出てきた。

「駄目だ、逃げられたらしい。崩れた天井を掘り出して逃げたか。
奥は完全に土砂で潰れている。お前、前に此処を見に来た時、子供を見たと言っていたな。どのくらいの子だ?どんな服を着ていた?」

「えーっと、10歳くらいで・・そう言えば、いつも同じ服来てた。どうして?」

「奥のカプセルで死んでいるクローン、子供なんだ。」
「俺も見てくる。」

「やめとけ、飯がまずくなるぞ。それより此処を出よう。話が変わってきた。
何度も土砂が流れ込んでいるようだから、この部屋は危険だ。
確かに手前の2本は蘇生が終了している。
それ以上の情報はない。」

「イレイズ弾で破壊する?此処にはもう住んでいる形跡はないし・・どうしたの?」

レディアスが、耳を澄ませるように緊張している。
グランドはロッドを握ると、相棒の見る方向に視線を走らせた。
部屋の入口から、7,8才くらいの子供がそうっと覗いている。
クローン独特の赤い瞳が発光体の明かりに輝き、ほくそ笑むようにニヤリと笑った。

ゾーッ!グランドの背に冷汗が走る。

ドンッ!

レディアスが威嚇して撃つとパッと逃げ、二人が後を追った。

「その2」

「あっ!この子!」

グランドには見覚えのある服の子供が一人、前を走っている。そのスピードはクローンのそれだ。

「グランド!もう一人はどこだ!ポチで外をよく見ろ!」

ドンドンッ!

子供は相棒の撃つ弾を驚異的な早さで避け、そしてやおら立ち止まってこちらを向いた。

「ガアアアッ!」
獣のような叫びを上げて勢い良く両手で宙を打つ。

ガガガガッ!ドーンッ!ガラガラガラ!

その手から何か巨大な力が現れ、周りの床や壁を砂糖菓子のように突き崩し、それが二人に向かって来る。

「グランド!」「ひょおお!」

二人とも逃げ場がない、辛うじて横の部屋に飛び込むと、ドアや壁が脆く崩れ落ちた。
天井がミシミシと悲鳴を上げ、バラバラと崩れ出す。生き埋めの恐怖が、大きく首をもたげた。

「何だ?!サイコキネシスか!」

「ああーははーああ!」

子供が、たどたどしく無邪気に笑い、こちらに近づいてくる。
部屋の壁際から様子を窺いながら、レディアスがバッと銃を出して撃った。

ドンッ!バシッ!

やはり思った通り弾が子供の前で弾かれる、これでは手が出ない。

「ちっ!銃がきかねえ!クローンとしても改良されたかなり後期の奴だ。成人するのも待てずに配置されたんだな。
言葉を話せないのを見ると、この地滑りで蘇生プログラムに多少の障害が出たか。獣みたいな奴だ。」

「可哀想に。レディアス、殺さないで捕獲しよう。」

レディアスは何も答えない。無言で銃を下ろし息を整えると、左手を壁際から子供に向けて差し出した。

「おい、どうするよ。」
「黙ってろ、お前はもう一人を捜せ。」

呟くように言い、左手に気を送って子供の気と同調する。
彼は、こうして他人の気と合わせて相手の身体に影響を与え、意表をつくのだ。

「うっ!ううっ!」

子供が、身体をこわばらせて驚いている。
隙を見てレディアスは、何の躊躇もなく銃を子供に向けた。

「レディアス!駄目だ!」
グランドが驚き、慌ててその手を叩き上げる。

ドンドン!

構わず撃った弾は天井に当たり、子供に天井の破片がバラバラと落ちてきた。

「ヒイイー!」

子供が驚き、外に向けて駆け出して行く。
それを追う相棒の手を、グランドはしがみつくように掴んだ。

「待てよ!相手は子供だぞ!手加減しろよ!殺しちゃ駄目だ!可哀想じゃないか!」

しかし、相棒は目も合わせずに、冷たくバシッと手を振りきる。
何故だ、何故分かってくれない?
グランドが何とか諭そうともう一度腕を掴む。

「なあ!子供ならやり直しも・・」
「離せ!貴様の戯れ言を聞いている暇はない!追うぞ!」

手を振りきり、そう言って走り出す。

「レディアス!頼むよ!」

グランドが泣き出しそうな声で叫ぶ。
しかしその間にも子供は地上に出て行き、それと同時に、非情にもまた地滑りが起きた。

メキメキッ!ザザザッ!「わあっ!」

土砂が流れ込み、天井が土砂の重みで潰される。
生き埋めの恐怖で思わずグランドが立ちすくむと、レディアスはその手を掴み引きずるように地表を目指して降ってくる土砂をかき分けた。

 不気味な地響きが消えて、地面の動きが止まる。
地上へ出たクローンの子供は、遺跡の入り口付近が埋まったのを確認すると、もう一人木陰から現れた子供と手をたたいて笑いあった。
言葉にならない言葉を発し、麓の町を指して頷き合う。
たとえクローンの証、瞳が赤くとも人間に紛れて逃げるのは訳がない。二人仲良く手に手を取ると、楽しげに駆けだした。

ドンッ!

「ぎ・・!」

突然辺りに重い銃声が響き渡る。
子供の一人の頭が半分吹き飛び、ドッと勢い良くつんのめった。

「あ・・あ・・」

もう一人は一瞬凍り付いて、倒れるその子の手を振りきって駆け出す。

ドン!
「ヒイッ!!」

銃弾を浴びて、胸から血をぶちまけながらその子供はとうとう倒れると、這うように身体を起こしてちらりと振り返る。
信じられない視線の先からは、やがて土中から這い上がるようにレディアスが、泥だらけで顔色一つ変えずに現れた。

「うぐ、が・・・ヒュウー、ヒュウー、ヒー」

バッタリと仰向けで倒れた子供は苦しそうに、口から血を吐き出しながら息をヒューヒューと笛を吹いている。
ヘブンズ・アークで撃ち抜いた右胸はぽっかりと穴が開き、子供はクローンの強い生命力が災いして、口を大きくパクパクさせて胸を掻きむしり、もがき苦しんでいた。

「何て・・何て酷い事するんだ!」

顔の泥を払うのも忘れ、グランドが子供に駆け寄る。泣きそうな顔で振り向き、レディアスを懸命に責めた。

「お前、わざと急所はずしたな!こんなに苦しんで!どうして撃ったんだよ!可哀想に!」
「お前が殺すなって言ったろ?だから殺さなかったんだ。」

パシッ!グランドがたまらずレディアスに駆け寄り、頬を叩く。
その目にはうっすらと涙さえ浮かんで見える。

「馬鹿野郎!この、大馬鹿野郎!お前に任せておけねえ、もう絶交だ!」

レディアスがパンパンと泥を払い、またガムを口に放り込む。
そしてくるりと向きを変え、すたすた山を下りだした。

「おい!どうすんだよ!まだ仕事の途中だろ?!
おい、この馬鹿!冷血魔人!」
「絶交なんだろ?だったら俺は降りる。お前一人であとは十分だ。じゃあな。」

じゃあなってそんなあ!

足下の子供はようやく意識も薄く、死にかけている。グランドは、仕方なく銃を取り出し子供の額に向けると自分の目を片手で覆った。

「ごめんな。」

パンッパンッパンッ!

顔を上げても、レディアスの姿はもう無い。
グランドは半べそかきながら子供の遺体を引きずって遺跡に戻ると、天井が崩れ落ちた別の場所から再度中へ侵入し、ポチの指示を受けて必要最小限のポイントに携帯の強化爆弾イレイズ弾を仕掛けた。

「これで・・重要拠点は破壊できる、後は遠隔操作で・・あんな奴、あんな奴!いなくても一人で出来らあ!」

浮かんだ涙をごしごし拭いて、ズズッと鼻水を吸い上げる。
そう言えば、あの壊れていたもう一つのカプセル、どうなってたんだろう。
レポートにも出さなきゃ行けないし、一応確認に行くか。

”飯がまずくなるぞ”

彼奴がそう言うくらいだから、酷いのかな?
彼奴は昔から死体なんて見慣れてるけど、俺は最初ひっくり返ってたからなあ・・
見るなって言われると、余計に見たくなる。
沸いてくる好奇心を抑えきれず、怖い物見たさで奥の穴まで行き、壁の穴から怖々グランドが覗いてみる。
手前のカプセルが邪魔をして、奥のカプセルは見えない。頭をつっこむと、生臭い臭いに嫌な予感がふと頭をもたげた。
よいしょっと開けた穴から何とか入り込み、そうっとそうっとカプセルへと近づいて行く。
土砂で潰れて部屋の半分は埋まり、コールドスリープのカプセルは手前二つは綺麗に蓋が開き、奥の一つはガラスの蓋が割れている。
そっとその中を覗くと・・

「げえっ!・・うっぷ!」

それを見てグランドは、猛烈に吐き気がこみ上げて来た。

こんな・・こんな・・
だあっと駆け戻って、地上に出ると同時に朝食が胃を拒絶して、ゲボゲボ口から飛び出す。

「うえっ!えっ!ううっ・・く、くそう!」

ペッと上がってくる胃液を吐いて、先程の地獄の光景を何とか忘れようとガリガリ赤毛を掻きむしった。

「あい・・つ・・どうして・・どうして黙ってたんだよう!」

思い出しても鳥肌が立つ。
蓋が割れたカプセルの中の子供は、あの2人に食い荒らされていたのだ。
顔を上げると目前に、レディアスが忘れたのだろう借りたコートが木にぶら下がっている。
震える手でそれを取り、グランドは急いで現場を十分に離れると迷わずイレイズ弾の起爆スイッチを押した。

ドオオオンン・・ゴオオオオ

地響きと共に、遺跡が崩れ落ちてすっかり土の中に埋もれていく。
心配していた地滑りは、斜面がなだらかだったのが幸いしてあれ以上起きないようだ。

「ううう・・レディアス・・レディアスう!!」

どんなに叫んでも、彼奴は姿を現さない。
どんな気持ちであの遺体を見た事だろう。
きっと、許せなかったんだ。
ものすごく怒っていたんだ。
あれを見なければ、彼奴は子供の捕獲に賛成しただろう。あんな残酷なことはしなかっただろう。

「ううう・・おおおおおっっ!!」
グランドは、あまりの衝撃にコートを抱きしめて、暫くその場に泣き伏していた。



 ヒュウウウ・・

風が冷たく鳴り響き、空を見ると雲が立ちこめ、山から風が下りて今にも雪が降りそうだ。
ぶるっとレディアスの細い身体が震え、思わず堅くする。
がちがちがち、歯も寒い寒いと鳴り出した。

「あークソ!寒い!!面白くない!
全く泣きべその、大馬鹿野郎!」

ガムを噛み噛み山を下り、日が沈む毎に血が上った頭まで冷えてくる。
土を被って濡れた服は何とか生乾きで、冷たい風にさらされるとまともに冷えてきた。

 喧嘩の後、本当に山を降りてしまおうかとも思ったが、中途半端が嫌いな性分が災いして、やっぱり現場に戻ってしまった。
グランドはあれに余程ショックを受けたのか、爆破処理の後ズルズル鼻水垂らして泣きながらの作業では、全然仕事がはかどらない。
仕方なく姿を現し、弱々しく話しかけるグランドを無視して、結局事後処理はほとんどレディアスが行った。
テキパキ作業しても、山の中で地滑りの跡に手間取り、終わってみるとすでに日も傾いている。呆れるほどに日が短い。
仕事を終え、グランドを置き去りにさっさと山を下ったレディアスは、そこでコートを忘れたことを思い出した。

そう言えば、俺のコートはグランドが抱きしめていたっけ。
全く、はた迷惑な奴。

「・・だから、見るなと言ったのに・・馬鹿。」

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったグランドの情けない顔が浮かぶ。
あいつは、あまりにも優しすぎるんだ・・
胸の中で呟くと、昨夜寄り添って眠った時の暖かさが、懐かしくさえ感じた。
全く、早くホテルに帰って熱い湯でも浴びて、布団に丸くなろう。

「ううう・・寒い!」

ブツブツつぶやき、自分の身体をしっかり抱きしめ周りを見回す。
「俺って・・根性無くなったかなあ・・」

昔はボロ布1枚で生き延びることが出来たのに、今じゃこんな立派なシャツ着て寒い寒いなんて甘ったれた事言うようになっちまった。
レディアスが空を仰いで大きな溜息をつく。
町の通りに入り歩いていると、家々の窓に明かりが灯って家族の話し声が漏れてくる。
それから目をそらすように宿を探し、体中の泥を払い落として小走りに駆けだした。

 トントントン、軽やかな足取りでホテルの玄関先にあるたった3段の階段を上がっていると、中から出てくる猟師風の男とぶつかった。

「ごめんよ。」
言い捨てて男は、レディアスに視線を奪われながら隣の食堂へ入ってゆく。

ワハハハハ・・・
思わず目で追うと、宿の隣にある食堂からは、豪快な男達の笑い声が溢れていた。

「何だか・・・」
そう言えば、腹が減っている。
昼は携帯食を食おうと思っていたのに、すっかり忘れていたっけ。

明るい灯りが暖かそうに見えて、レディアスは一杯飲んで暖まろうかと食堂に向かった。


 キイ・・ドアを開けると、男達が一斉にレディアスを向いて話を止めた。

この寒空に、やや泥で汚れたジーンズの上下には、襟元からヨレヨレのシャツに、真っ白なうなじがちらりと覗いている。
腰には異様に大きく見える銃がホルスターにぶら下がり、色々な武器らしい物が装備された黒いベストがGジャンの下に見え隠れする。
すっかりほどけて乱れた銀髪が、肩に腰に濡れたように煌めきながら張り付き、泥汚れさえ美しい物に変えるほど艶めかしい。
白く整った顔に、氷の様なアイスブルーの瞳。

腰にぶら下げている銃がなければ、山から下りてきた雪の精かと皆目を疑った。
しかし本人は自分の姿には一向に興味はなく、全く自覚がないからやっかいだ。
きょとんとしてカウンターに腰掛けると、時間の止まったように動かないマスターに、寒そうに腕を組んで注文した。

「暖かいのない?酒でもスープでも、身体が温まるの。
それと他に食べるの、お勧めある?それも頼むよ。」

「あ、ああ、ある、あるあるある、何でも、何でも出すよ。」

マスターが焦って何度も何度も頷く。
「今夜はまた、お客さん特に・・」
「え?」

とろんと呟くマスターに、怪訝な顔で首を傾げる。
マスターも、そこで思わず考えた。
この人は、男だろうか、女だろうか?
失礼に当たるなら、心の中で止めておこう。

「これでも飲んでな、空きっ腹にアルコールは体に悪いから。」

にっこり笑って薄くウイスキーをお湯割りにして出し、厨房へ注文を伝えるために奥へ消えた。
「おい」
はっと我を取り戻した男達の中、3人の男が頷き合うと、レディアスを囲むようにして近づいてきた。

「よう、寒そうだな。どうだい?俺達が暖めてやろうか?なあ、姉ちゃん。
さっき、ホテルの入り口で会っただろ?な?」

見ると、先程宿の入り口でぶつかった奴だ。
馴れ馴れしく、ベタベタと身体を触ってくる。

「うるせえな。」

レディアスは大きく溜息をつき、身をよじってそれから逃れようとした。
しかし物ともせず追いかけて、服の上からまるで品定めをするようなしつこさだ。
男達は彼の白いうなじや薄い肩に妖艶な色香を感じて、思わず息を荒くした。

「なあ、いいだろ?ホテルの一番いい部屋取るからよ。」

このー!触るな、エロ熊!

パシッパシッ!無言で払いのける。
しかし、それでも諦めない。しつこい!

「俺達、他の男よりうんと上手いぜ?な。」

むっかあ!何が上手いやら、頭来た!
「あのな、俺は姉ちゃんじゃねえ!
そんなにエッチしたけりゃ、てめえ達でケツにでも突っ込んでろ!」

「へっ?!」
男達が、呆然と立ちすくんでいる。
やっと分かったか、もう一度姉ちゃんなんて言ったら殺すぞ。

「・・・お、俺、男でも・・・いい。」
男の中の一番背の低い一人が、ぽつんと呟く。

ザザッ!レディアスも合わせ、他の2人も怪訝な顔でそいつから遠ざかった。

「ま、まあいい。あんた、確かに綺麗だ。
此奴の気持ちもわからんじゃあないが、やっぱり俺達は女がいい。残念だったぜ。」

「ふん。」
言いながら、レディアスはほんの少しほっとして、冷めない内に薄いウイスキーを口に運んだ。
ああ、美味しい、生き返る。
沸かしただけの水が少量の蒸留酒と共に身体に命を吹き込んで、心をホッと落ち着かせる。
フッと一息ついたレディアスに、むさ苦しい髭面で大きなコートを着た男臭い男が馴れ馴れしく隣りに座った。

「なあ、あんた凄い銃持ってるな。
これで猟をするのかい?これならクマでもやれそうだ。
金儲けに一つ乗らねえかい?
いい話がある、楽してたんまり儲かるんだ。」

馬鹿馬鹿しい、楽して儲かりゃ壊し屋なんてやってねえよ。

「へへ、あんたも知ってるだろ?
レダリアのクローン。俺達、あれを一人手に入れたんだ。
ほら、何でも軍から遺跡を見に来てるらしいじゃないか。
だからあいつ等に見つからないように、こいつの家に匿ってるんだよ。」

ピクン、レディアスの美しく整った銀色の眉が動いた。

彼らはどうやら、レディアス自身が壊し屋の一人だとは気付いてないらしい。
実際、家々の聞き込み役はグランド担当だ。
戸数が多いときは手伝うが、彼がやると何故かトラブルの多い聞き込みは、一番苦手な仕事なので彼自身は日が暮れるまで現場に残ったり、宿に缶詰することが多い。
町中をうろつくのも、ここでは早朝と夕方、ホテルの隣のこの食堂に食事に来ただけだ。
こんな小さな街で噂が走るのは速いだろうが、猟や畑に出る男達は実際レディアスの姿を見ていないので、まさかこんな女のような優男が軍の人間とは思わないのだろう。
面が割れてないのをいい事に、レディアスは身体を乗り出し、嘘のように愛想良く男達に微笑みを返した。

「へえ、いい話のようじゃないか。
で、どうやって手に入れたんだい?」

男達は一瞬見とれて真っ赤な顔ではっとすると、猟師の男がクローンのことを話し始めた。

「以前狩りに出た時に、ほら、地滑り起こしたろう?あそこは最初地面によ、ぽっかり穴が開いたんだ。で、何だろうって覗いたらよ、何かこう四本ばかり、ガラス張りの大きな棒が見える。
そん時は怖くて逃げ帰ったんだが、その後地滑り起きたってえ聞いて、心配になってな。3日ほどしてもう一度見に行ったら、そいつが驚きよ!
赤い目えしたガキが、崩れた土ん中から這い出して来やがった。
怖かったんだが、相手は子供だ。
それに何だかぐったりしててな、放っても置けずに、此奴の家に預かって貰ってるんだ。」

指を指されて人の良さそうな男が、にいっと笑っている。
しまった、あの潰れたカプセルの向こうに、もう一本カプセルがあったんだ。
腹の中では舌打ちながら、レディアスは目を輝かせて更に身を乗り出した。

「へえ、それはラッキーじゃないか。
そのクローン、どんな力を持っているんだい?」

男達は、赤い顔して自慢げだ。
猟師の男はレディアスににじり寄ると、今にも舐めんばかりに酒臭い口をくっつけて囁いた。

「凄いんだぜ?まだこんなガキなのによ、ものすごい怪力だ。だからな、彼奴を利用してこの先の銀行に来る、現金輸送車を襲うんだ。」

「あれは隣村にも行くからな、結構な金積んでるぜ。ヒヒヒ・・」

何がヒヒヒだ、馬鹿野郎・・

レディスが、軽くめまいを覚える。
クローンを悪事に利用しようと考えるのは珍しくない。

あるマフィアでは、懸賞金かけてまでクローンを集めようとしたほどだ。
コールドスリープから目覚めても、レダリアのない今は主人を自分で新たに決めなくてはならない。力をどう使うかは主人次第、それだけに使いようによっては利用価値が大きのだ。
彼らの言う現金輸送車は、指紋を登録しないと運転できない。車を奪っても、逃げることが出来ないように出来ている。
後ろのドアも簡単に開かないし、開いてもものすごく重い何とかって合金のケースに金は入っているらしい。どんなに重くても、金は銀行にいるロボットが運ぶ。
人間には到底無理な運搬も、特殊能力が馬鹿力であるクローンがいれば話は変わる。
レディアスの兄弟であるセピア並なら輸送車のドアぐらい簡単にぶち破るし、車一台くらい軽々持ち上げる奴だ。どんなに重いケースだって軽い物だろう。
あとはケースの発信器を壊して持ち帰り、またクローンに鍵を壊させればいつでも現生とご対面だ。

「何でもクローンにやらせれば、俺達に足が着くことはない。こんな街とはさよならして、また新しい土地で酒と女に明け暮れて暮らすんだ。」

「そんなに上手く、行くものかねえ。」

「大丈夫、餌をやって手なづけてるんだ。
可愛いもんよ、犬みたいに何でも言うこと聞きやがる。」

そうか、一人だけ飢える前に助け出されていたのか。
それでも相手はクローンだ。危険は無限大なのに、家まで連れ帰るなんて無知は恐ろしい。
村が全滅した、ミリカ村事件を知らないことも無かろうに。

「俺にも会わせてくれる?ね?それから詳しい話を聞こうじゃないか。」
「それは・・」

迷いの出た猟師の無骨な手を、そうっと握る。

「ね、駄目?」

すがるような目で薄い唇をほのかに開き、ねだるように身体を擦り寄せてくる。

「あ・・・ああ・・ああ、もちろんいいとも。」
顔を真っ赤に燃え上がらせて、男は一瞬で陥落した。

「その3」

 クローンを預かっている人のいい男は、中心街から少し離れたところに住んでいる。
10分ほどの距離を歩く間、ランプを片手に猟師の男は、獲物との武勇伝に熱い。
やんやとはやし立てる陽気な酔っぱらい達をよそに、レディアスは寒くて震えていた。
薄い酒一杯だけで食事も取らずに出てきたので、骨身に増して空腹に堪える。
こんな事ならもっと酒を飲んでくれば良かったと、散々心の中で後悔していた。

ドサッ!

いきなり彼の肩に、男臭くてずっしりと重い大きなコートが掛けられた。
顔を上げると、猟師の男がセーター一枚のがっしりした身体を見せている。
ランプに照らされて、へへっと笑いながら彼はレディアスの肩に手を回してきた。

「あんた寒そうだ、着てなよ。
俺はこのくらいじゃあまだ、寒くねえからよ。」

男だと言ったのに、何だか女扱いされて気にくわない・・なんて今は言ってられない。
肩に回してきた手は気にくわないが、彼の体温が残るコートは臭いけど心地いい。
今は有り難く受け取っておこう。

「なんだよダレン、一人だけいい思いしやがって・・」
背の低い男が後ろでブツブツ呟く。

「まあまあ」

人のいい男が彼の肩を叩き、白い息を吐きながら歌を歌い始めた。
陽気な酔っぱらいだ。
そうやってぞろぞろと男達が連れ立っていくと、やがて小さな家の明かりが近づいてくる。
ようやく到着した家の庭の暗闇で、井戸から水を汲んでいた8才くらいの男の子が、「父ちゃん!」と飛びついてきた。

「駄目じゃないか、こんな暗くなって井戸に近づいちゃ危ないだろ?」
「うん、でもね、ビイが熱っぽいから冷やしてあげようって、母ちゃんが・・」

「ビイ?」

「ああ、ビイビイ泣くからビイだよ。
随分泣かなくなったがな。」

ふうんと3人について行くと家の中に入った。
狭い家は暖炉で快く暖まり、子供達が寝間着姿ではしゃいで、奥さんが怒っている。
部屋には、カーテンで仕切られた2人の子供の二段ベッドに、夫婦のベッド、それに台所にテーブルに椅子と一家の生活が凝縮していた。
2段ベッドの下の段には、同じ年頃の子供が額に濡らしたタオルを置いて、沢山布団を重ね着している。

その顔は・・間違いない、あのクローンの一人だ。

「わあ、父ちゃん、天使様を連れてきたの?
ね、天使様?ビイを治してください。」

先程の男の子がレディアスに手を合わせている。レディアスはその純粋な祈りが恐ろしいように、戸惑って数歩後ろに後ずさった。

馬鹿な事を・・状況如何では、撃ち殺しに来たんだ俺は。

「ねえ、あんた。明日ビイをお医者に連れて行ってもいいかい?熱が下がらないし、他の子にも病気がうつらないか心配だ。」
「そうさなあ、しかし、医者は隣町だ。それに金もかかるなあ。」
「俺が連れて行こう、俺が連れてきたんだ。」
「いや、俺もお前が引き取ってくれって言ったから、俺にも責任がある。金を半分だそう。」

男達がヒソヒソ話し合い、人のいい家の主人がビイの額に手を当てる。

「こりゃあ熱が高いな。今日は大丈夫かと思ったんだが、これじゃ無理じゃねえか?」
「うーん、ここまで来て残念だがなあ。無理させて、失敗するよりなあ。」
「そうだな、あれは週一回は来る。また次の機会にでもいいんじゃないか?」

何だかみんな、ほっとして聞こえる。
結局本当は悪い奴らじゃないんだろう。
誰かが言い出し、同意しあった物の、引っ込みが付かなくなったのだろう。
ビイを覗き込むと、あの2人とは表情から違う。ふうふう言いながら、あどけない顔でちらりとレディアスを見上げてにっこり笑った。

「大丈夫だよ、医者に見せなくてもいい。」
「え?あんた分かるのか?」
「ああ、コールドスリープから目覚めてすぐは、それまで会ったことのない空気に触れる。クローンによっては、免疫が付くまでこうして時々熱を繰り返す奴もいるんだ。
クローンは順応性に優れている。すぐに環境に慣れる、しばらくの辛抱だ。」

ビイの頭を撫でると、小さな手でレディアスの手を握り返してくる。

「ビイ、お腹空いた。」

ぽつりと呟いて、その手を大事そうに両手で包み込む。レディアスはそれが遠い昔、グランドの手を大事そうに、骨のような手で握っていた自分の姿に重なって、はっとした。

「おお!腹が減ったか!何だ、飯が食えるなら大丈夫だ!ほうら、暖炉に夕食のスープがまだ残ってる。よしよし、持ってこような。」

主人が明るい顔で暖炉からスープを注いでくると、手慣れた様子でふうふう息を吹きかけ冷ましてから子供の口へ運んでいる。

「ほーら、美味いか?そうか、良かったなあ。」

レディアスは、これがクローンを利用して悪い事しようとしてる奴らか、と笑い転げそうになった。

「あんたには悪いが、ビイの体の調子が悪そうだ。こりゃあ明後日の計画は中止だな。」

猟師の男がさも残念そうに呟く。
レディアスは、とうとう我慢できずに笑い出した。

「くっくっく、あはははは・・
ああおかしい!あんた達、最初からこの子を悪い事に使う気なんて、更々ないだろ?
こんなに可愛がっていて、金儲けもないもんだ。ばっかばかしい。」

奥さんが、それを聞いてギッと旦那を睨み付ける。
「あんた!ビイを何に使う気だい?!
あんた達も!力が強いから、こりゃ将来は助かるぞ!何て言って置いて!悪い事って何だい?!」

奥さんの剣幕に、男達が慌てふためく。
「い、いや、その・・」

レディアスは、相変わらず笑いが止まらない。
男達ははっとすると、話題をレディアスの方に向けた。

「あ、あんた一体誰だい?この街に、狩りに来たんじゃないのかい?まさか・・町の女達の噂になってる軍の奴らって・・まさか、あんたが軍人?」

軍人なんて、相場はゴツイ男に決まってる。先入観に囚われていた男達がボウッと見守る中、レディアスは上着のポケットから身分証明証を取り出し、男達に向けた。

「悪いな、俺は特別管理官。遺跡管理局から来た。
何をするかは知ってるだろ?」

管理官って、あの、クローンを殺して回る・・壊し屋?」
「あんた!なんて人連れてきたんだい!」

驚いている奥さんも、この二、三日はビイが熱を出していたので、畑と家の往復で町の話を聞いていない。
情報不足に後悔しながら、夫婦はビイをさっと庇うように立つと、他の男達も銃を向けた。
しかし、その銃を突きつけられたレディアスは、思っていたとおりの行動に、またぷうっと吹き出して笑いが止まらない。
男達は焦って、思わず怒鳴りつけた。

「な、何がおかしい!この子を・・ビイを殺しに来たな?!やらせるもんか、この子は、俺が育てるんだ!俺の子だ!」

これで、現金輸送車を襲わせよう何て、誰が考え出したんだか。

「分かった。管理局にはそのように報告しよう。ただし、一度サスキアのクローン研究所にこの子は行く必要がある。
クローンとしての力はお前達が考えているよりシビアなんだ。それに世間の目は冷たい。
決して一人の人間として見てくれない。
しかも、クローンは無理に成長を早めてある。
その分細胞の老化が早い。短命でいつまで生きるかもわからない。
守ってやる覚悟が必要だ、それでも・・?」

人のいいこの家の主人の顔が、キュッと締まる。
彼はレディアスの顔を真っ直ぐ見据えて、本心の決意を語った。

「それなら尚更さね。
泣いていたこの子は、ただの子供だったよ。
ミリカ村の全滅話は有名だ。町の衆が不安になるなら色々考えねばなるまい。
でも、俺は他の子供と同じように育ててやりたい。
こんな子供まで戦争にかり出そうとした、レダリアの馬鹿な軍人共・・俺も母ちゃんもレダリアの末裔だ。
こんな、命を弄ぶような事した、詫びを俺達が返したい。」

主人がビイを抱き上げ、奥さんの顔を見る。
奥さんは、自分の子供達の頭を撫でながら、わかったよとまじめな顔で大きく頷いた。
苦労は目に見えているのに、さすが開拓を生き抜くカインの人間は強い。

「お父ちゃん、ビイ、元気よ。」

腕の中のクローンが、穏やかな赤い瞳で主人の顔を小さな両手で包み、頬にキスをする。
その愛らしい笑顔に、レディアスは戸惑って視線を落とした。
環境の違いが、ここまで人格を変えるのか?
この幸運な子供を見ていると、胸の奥の何か冷たい塊がズシンと重い。

あの、先にこの手にかけたクローンの子供は、ただ不運だっただけなのだろうか?
目覚めても逃げ場のない暗闇で、飢えのために死体を喰らい、何も弁解さえ許されずに俺に撃たれて死んだ・・
幸運と不運・・こんな大切なことが、ごくごく薄い紙一重で決められてしまう。
そして不運の道を歩き始めた者には、不幸しか待っていないのだろうか?

あの、あの子供達は俺だった・・
あの不運な子は、俺自身の姿だったんだ。

暗く落ち込んでゆく彼の足を、誰かが叩いた。
ハッと見ると4,5才の女の子だ。
粗末な手作りのウサギの縫いぐるみを抱いて、にっこり笑いかけている。

「ビイ、元気になるね。ね?」
「あ・・ああ、そうだな。」

彼は弱々しい笑顔を浮かべ、そっと、壊れ物のように彼女の頭を撫でた。

「じゃあ、これからどうすればいいんだ?
何か手続きするのか?金がいるのか?」

背の低い男が、心配そうにレディアスに話しかけてくる。
「こんな田舎だ、みんな貧しいんだ。」

「ああ、それは・・心配はいらない。
今のところ、クローンと暮らす人間は少ないからな、決まった期日に一番近い管理局の支部から、その部署の者が派遣されて来るんだ。」

「部署?あんたが付き合ってくれるんじゃないのか?」

男達は少々残念そうだ。
レディアスは苦笑いで首を振り、これからのことや、2,3日のうちに管理局から人が来るだろう事、後は子供を刺激しないようにと、実際のクローンの危険性なども、親身に、時間を忘れてわかりやすく説明した。



 「遅くなっちまった。送らないでもいいかい?俺達、この近所でなあ。」

見送りに出た男達が、心配そうに聞いてくる。
宿までは暗い畑道が続き、家も点々としかなく寂しい道のりだ。女ならばもちろん男が送り届けるだろう。
昨夜まで同じホテルに泊まっていたらしい猟師の男は、すでにホテルを引き払ったらしく、ここに泊まるらしい。
良く、世話になるんだと言った。

「俺は一人で十分だ。大の男にどうしてそんなこと心配する?」

レディアスが怪訝な顔で腰に手をやる。
男達は戸惑いがちに呟いた。

「い、いや、あんた・・・綺麗だから・・」

女扱いされて、レディアスは言葉も出ない。
「じゃあな。」

機嫌を損ねてさっさと歩き出すと、何を思ったか猟師の男が追いかけてくる。
振り返ると、男はレディアスの正面に回り、サッと右手を出した。

「なあ、ガラでもねえが、握手、いいかな?」

暗い夜道で、空に輝くルーナの明かりに照らされ、男の顔がはにかんで笑っている。

「俺、あんた初めて見たとき、綺麗な人形みたいだって見とれたよ。
でも、悪かった。
あんた、人形何かじゃあない。あんた、立派な思いやりのある男だ。悪かった。
・・聞いていいかな?あんた、名前は?俺はダレンて言うんだ。」

今更名前なんか聞いてどうしようって・・

「・・・レディアス。」

「そうか、そうか、綺麗な名だ!ぴったりだよ!レディアスさんか!」

手を出そうとしないレディアスの手を、グッと引き寄せ無理矢理握手する。
そしてその無骨な手で、壊れそうに細いレディアスの肩をバンバンと叩き、じゃあと家に戻っていった。

「元気でな!もっと飯食って太れよ!」

男の姿は、すぐに暗闇に溶けて見えなくなる。
レディアスは町へと続く畑道をまた歩き出し、男が握手していった手をじっと眺めた。

「綺麗じゃない。こんな汚れた手の俺が・・」

思いやりなんて、あれはそうじゃない。
あれは、殺した子供への償いなんだ。
俺はこんなに卑怯な男なんだよ、ダレン。
ギュッと手を握り、首を振って前髪を掴む。
冷たい風が、ようやく暖炉で温まっていた体から熱を奪う。
ダレンのコートは、本当に暖かかった。
辺りはシンと静まり、もう誰もいない。

寂しい・・
暗闇は・・一人は寂しい・・
・・誰か、俺を早く撃ち殺してくれ・・・

たった一人暗闇に飲まれたような気がして思わず身体を抱きしめ、立ち止まって星空を仰ぐ。すると、小さく足音が遠くから彼の耳をくすぐった。

ザッザッザッザッザッザッザッザッザ・・

見ると黒い人影が、ポツポツと明かりの灯る町中の方角から畑道を駆けてくる。
その聞き慣れた足音に立ちつくしたまま聞き入っていると、やがてグランドがルーナの明かりの下に現れた。
ホテルから、ずっと走ってきたのだろう。彼にはポチと言うもう一つの目がある。相棒がどこにいるか、探すのは訳がない。

「この・・バカッ!やっと見つけた!」

息を切らせて彼の目前で立ち止まり、苦しそうに膝に手を付き肩で呼吸を始めた。
「はあっはあっはあっ!お前!はあっはあっ!
いつまで待たせんだよ!はあっはあっはあっ」

「待たせる?誰を?」

グランドは次第に呼吸が落ち着いて、ようやく身体を起こしてボウッと突っ立っている相棒の腕を掴み歩き出す。

「お前、食堂で注文したまま消えたろ!
昼も食ってないのに、酒で腹がふくれるか!
飯だ!飯!食って飲んで、それから食って、ンでまた飲んでから食って、そしてシャワー浴びて寝るぞ!俺は腹がへって死にそうなんだ。」

グイグイ引く手が、レディアスの腕に痛いほど食い込む。その痛みがグランドの存在を感じさせて、引かれるままに身を預けた。

「なあ、グランド。」
「なに?!」
「俺って、運が悪い、最悪不幸な奴かなあ。」
「なにい!お前のどこが不幸だって!」
「だって、さあ。」

レディアスが、薄い笑いを浮かべて空を仰ぐ。
苦しい時も、悲しい時も、ホッとした時も、絶望した時も、この空だけは変わらない。

「だって・・」
「俺はな!お前ほど運のいい男を見た事無いぞ!お前は最高に運がいい、幸せ者だ!うん。」
「へえ、そうだったの?」

そう言われても、覚えがない。

「当たり前だ!お前はこの、俺様と暮らしてるんだぞ。こんなにラッキーは無いさ!
いいか?掃除、洗濯、料理、そして仕事!
こんなに役に立ってお買い得な俺を、お前これ以上無いくらいこき使って、これでラッキー以外になんだってんだ。」

腹立たしそうに、口を尖らせて言う。
そして横目でちらっと見て、相棒の寂しそうな顔に眉を寄せた。

「ふうん・・ふふふ・・そうかなあ・・」

レディアスはまるで人ごとのように呟いて、空を仰いだまま声も上げず寂しそうに笑い出す。
グランドが俯き、ふと立ち止まった。

「お前、あの子達のこと気にしてるのか?
俺、悪かったよ、訳も聞かず。」

レディアスは、空を見上げたまま返事をしない。彼の細い腕を掴んだ手だけが、二人を結ぶ頼りない絆のように思われて、グランドがじっと見つめる。それを振り切ってしまわれないかと、少しドキドキした。

「・・・悪いんだよ・・」
「え?何が?」

フフフッと、笑いながらレディアスが目を閉じる。そしてそのまま俯いた。

「あいつはさ、運が悪かったのさ。だからさ、同じ運が悪い俺が殺して、丁度良かったのさ。」
「バカッ!」

突然グランドが怒鳴って、掴んだ腕を引き寄せる。驚いて目を見開いたレディアスは、唇を噛みしめるグランドの、暗闇に浮かぶ顔から目をそらした。

「駄目だよ!違うんだ!そう思ったら、死んでしまったあの子達があまりにも可哀想じゃないか!
殺してしまったレディアスが可哀想じゃないか!
違うよ、運が悪いんじゃない!あの子達は、お前だってそうだったろう?懸命に懸命に、一生懸命に生きたんだよ。一生懸命に生きて、そして死んだんだ。
それに不運とか、幸運とかは無いんだよ。
ちょっとしか生きれなかったとしても、長生きできたとしても、命の重さは同じだろ?
みんな一生懸命に生きて、精一杯生きて、でもそれでいいんだよ。
運なんて、生き死にとは一切関係ない。
一生懸命生きた、それでいいんだよ。」

そらした目をそっと移すと、またグランドは泣いている。腕を掴む手が震え、真剣に向かい合えるグランドがレディアスには羨ましい。
こんなに熱く語ってくれる人間は、彼にはグランドだけだ。
生きるオーラを輝かせながら、その明かりでレディアスを照らしてくれる。

一生懸命に・・か・・

レディアスは心で呟き、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔になったグランドに美しく微笑みかけた。
グランドが、素直ににっこり笑って頷く。
そして気恥ずかしそうにへへっと笑い、袖口でごしごし涙を拭くと、掴んだ手を離して自分のコートを脱ぎ始めた。

「ほら、これ着ろよ。寒い寒いって思ってるからそんな馬鹿なこと考えるんだぜ。
馬鹿だなあ、本当にお前は馬鹿なんだから。」

バサッとレディアスにかけ、また今度は子供の時のように手を繋いでまた歩き出す。
レディアスは目を丸くして、笑いながら繋いだ手をぶらぶら横に振った。

「ふふっ、恥ずかしくないのかよ、いい年してお手手繋ぐか?」

プッと吹き出しながらも、振り切ろうとしない。暖かなぬくもりの残るコートに包まれて温かい手を繋いでいると、グランドの優しさに包まれている様な気持ちになる。
「レディアスはね、いいんだよ。いい年する前がそんな事しなかったから。今取り戻すの。」

「・・・そんな物・・馬鹿だな・・」

二人の頭上に、二人を包み込むように天上のルーナが輝く。
今、自由な今・・
それがグランドに負担になっていないかがレディアスは不安で仕方がない。しかし、それはグランドも一緒だ。
自分の優しさが、レディアスにとってお仕着せにならないか、自己満足で終わらないか。
ようやく町の通りに入り、遠くに食堂の明かりが二人を誘う。
グランドがにっこり笑って、横にいる兄弟の顔を覗き込んだ。

「レディアス、運、不運とか、幸、不幸とか、人生をはっきり区別する必要はないよ。
今、幸せなら、程々幸せでいてくれるなら、十分運があるだろう?人生に、物差しなんかいらない。その境を、うまい事ぼやかして、ずるく生きていいんだよ。
ほら!木の枝だって、枝分かれしてもちゃんと先には同じ葉が茂るじゃないか。」

「ね?」

レディアスは返答に窮したのか、じっと彼の顔を見て戸惑っている。
グランドは笑いながら、急に走り出した。

「バーカ!返事は”わかった”でいいんだよ!
さあ、眠れないくらい飯食うぞ!
そんで、あの家で何があったかは、じっくり聞かせて貰うからな!」

手を引かれて嫌々走りながら、ああ、とレディアスは思い出した。
あの場合、グランドにも声を掛けるべきだったのだろう。それに何かあった時の為に、手元にあの子を連れて来るべきなのかも知れない。
何だか今は、気分が良くて考えたくない。

ああ、煙草吸いたいなあ・・

・・・また、食事しながらひともめあるかもしれない・・それも、いいか!

気怠く空を仰ぐと、ブルッと体が震える。

「は・・くしゅっ!」

レディアスが小さくクシャミして、ぐすっと鼻をすすった。
不意にグランドが立ち止まり、振り返ると手を離して笑い出す。

「ははっ、あはははは!お前相変わらずクシャミ可愛いの!くしゅっだって!かあわいー!」

ムッと笑われた本人が、ヒュッとパンチを繰り出す。
ぺちん!「いてえっ!」
「バーカ!鈍ケツ、ガキジジイ!」

まともに頬に当たり、グランドは痛そうに撫でながら、逃げ出す相棒を追いかけた。

「やりやがったな!俺がジジイならお前もだろ!同じ年で何言いやがる!バーカ!」

いい年した男二人、笑いながら夜道を走り出す。
道向こうの食堂の明かりに近づくたび、道には二人のはしゃぎ合う影が長く長くはっきりしてくる。
やがて息を切らし食堂に入るときには、二人は気の合う仕事仲間のように、軽い足取りで楽しく語り合っていた。