16、

ホテルに戻り、荷物から武器を取って立ち上がる。並ぶベリーの荷物に目をやり、小さく首を振った。

あのバランという男は、ベリーを一番だと言った。
ならばベリーは、自分よりあの男といた方がいい。
きっと愛されて、大切にされる。

あの男の、一番大切な人なんだから……

俺なんかに付いてきても、何にもいいことなんてあるはずがない。
自分の為に、クローンが犠牲になるのだってもう見たくないんだ。
それに……守れるかどうか、今の俺にはわからない。
身体の調子が、ベストとは言えないから。


顔を上げた時、何か白いモノが視界に入り、暗い部屋の中で振り向く。
そこには鏡の中に、自分の姿が映っていた。
窓からの明かりに浮き上がる白い顔、死人のような白い髪。

なんてみじめな姿だろう……
生きている、その力強さなんてみじんも感じられない。
まるで幽霊のようだ。

髪が否定するかのように、かすかな光を写しほのかに輝く。
しかし、その時彼にはその姿に、ふと旧カインで戦争から帰った時の姿が重なっていた。
ちっともあの頃から変わっていないように思う。少しは見えも良くなっただろうけど。
あの頃は鏡を見るのが一番イヤだった。
痩せて骨に張り付いたような皮はツヤを失い、髪はほとんどがすっかり抜け落ちて見る影もなかった。
誰もが目を背け、ようやく再会できた兄弟さえも自分が本当にレディアスであると認識出来るまで、顔を歪めて見ていた。
その顔が目に焼き付いて、しばらくはどうしても本物の兄弟だと信じられず、結果的にそれで大きなミゾを作ってしまったような気がする。
やせ細った身体は鉛のように重く、やっとありつけた夢にまで見た普通の食べ物も、砂か石のようでのどを通らなかった。
でもそれが、まさか病気のためだとは。
この時代に目覚めて、病名を告げられ兄弟と会うこともなく、まずは病気の克服から始まった。

ずっと、そうやって1人で戦ってきたんだ。
今更何を甘えている。


でも…………


「ベリー、君がうらやましい……」


鏡の中の自分に、手を伸ばしてつぶやいた。

俺も、きっと誰かに、いつの日か……心から愛されたい。

いつの日か……せめて生きているうちに……
自分を本当に大切に思ってくれる暖かな手で、偽りのない手で、抱きしめて欲しい。


ベルトに刺したナイフを確認して、ホルターの銃の残弾を見る。
サブのマガジンは一本。
銃はなるべく使わない。
一つ息を吐き、パンッと両手で頬を挟むように叩く。
そして窓を開けると、暗闇に広がる森へ向けて迷うことなく飛び出した。



森の中、動物たちの遠吠えが遠くにひびく。
気配を捜し、木々の間を駆け抜ける。
見上げれば木の合間から見える空から、星が消えて行く。
風が吹き、大きく雲が動き出す。
空気が湿っている、雨が近い。
沢山の人の気配はすでに感じ取っている。動物的なカンが相乗して、この広い森で大勢の人間を捜すことなど彼には容易なことだ。
近くに1人、感じ取ってまわりを警戒して進む。

左だ。

足を止め、物音一つ立てることなくその気配に近づいて行く。
男が1人、銃を手に道を見張っている。

ザアッ!

大きく風が吹いて、男が振り返った。
シンと静まりかえった森の中、暗視ゴーグルには何も生き物の姿は見えない。
「ふう……」
一息吐いたとき、ドスンと背から身体中に激しい衝撃を受けて、男が身震いしながら身をよじった。

「ぐっ……う……」

一体何が自分の身に起きたのか、衝撃でゴーグルが大きくずれる。

か、身体が……!

まるで、身体中の神経がショートを起こしているように痙攣が起きて、手足がガクガクと震えた。
闇の中、意識を失う瞬間、目前に小柄な人間の姿がかすかに見える。

ビクビクと身体を回転させ、男の身体が大きくかしいだ。
気を集中して、気の塊を男にぶつけたフェザーが、倒れる男に手を添えそっと横たえる。
「ふ……」目を閉じ、胸に手をあて息を整えた。
男の脈をとり呼吸を確かめる。
タダの人間には幾分強すぎたようだ。次からもう少しセーブしよう。その方が自分にも都合がいい。
今ひとつ慣れないな、と手の平を見る。
滅多にしないワザは、体力的に余裕のある時だけだ。以前教官のボクサーに、もっと気を使いこなす訓練をした方がいいと言われたことがある。自己流は危険だと。
だから、気を放つ技は大きな武器になるがあまり使わない。
使いすぎると激しく消耗するからだ。
しかし、相手を傷つけず意識を失わせるのは、簡単そうで難しい。


『フェザーは殺すとか考えちゃ駄目。どんな人間でも、殺したら駄目だよ』


ベリーの言葉が頭の中でひびく。
それは、たとえ困難でも最優先にさせなければならない、ベリーの命令。
いや、願いなのか……

すべてを命令ととってしまうのは悪いクセだ。

男からコートを剥ぎ、着込んでフードをかぶった。
男臭い臭いが、コートに染み込んでいる。
一息吐いて振り向くフェザーが、闇の向こうに目をこらす。そしてまた、彼はコートをひるがえし目標に向けて走り出した。

17、

「う……ん……」
ギュッと毛布を掴み、ベッドの中で大きく首を振る。
夢の中、醜悪な表情の太った見覚えのある男が、ステッキを振り上げた。

『この!役立たずのセックスドールが!』

た……助けて!お許しを!

「はっ!」
ベリーが目を開け、飛び起きる。
身体中に鳥肌が立っていた。
あれは、ベリーの主だった男。盗賊団の頭だった男だ。今は確かコロニー刑務所にいると聞く。
今は、カインにいないんだ。大丈夫。
「おい、大丈夫か?」
無精ひげの男バランが、心配そうに覗き込む。
ベリーは反射的に今の状況を思い出し、ベッドから飛び出した。
「ここは?!フェザーは?!」
「ここはデュークの部屋、あいつなら1人で行ったよ。」
「なんで?!どうして1人で?」
「今ポリスを近隣の村からかき集めて、村の男達も集まってきてる所だ。村を見張ってたと思われる奴も1人取り押さえた。大丈夫。」
「大丈夫じゃないんだ!」
取り乱した様子で、ベリーが部屋を飛び出す。
慌ててその腕を掴み、バランが引き寄せた。
「待てよ!あんたは危ない所に行かなくていい。俺たちに任せろ。」
「バカッ!あなた達は何も知らないんだ。離して!彼を止めなきゃ! ……あっ!」
逃がすまいとでもするように、バランがギュッと彼の身体を抱きしめた。
「なにを……僕は……私は……」
震える唇に、そっと唇を重ねる。
それはいかつい男からは考えられないような、やさしい口づけ。
「あんたを守りたいんだ。守らせてくれ。」
「バラン、私は……」

クローンなんだ………………

ベリーが悲しい瞳で彼を見つめる。
「ごめんなさい」
グッとバランの胸を押し返す。
「ダメなのか?俺じゃダメなのか?」
「ごめんなさい!」
逃げるように階段に向かう彼の前に、1階から上がってきたオーナーが現れた。
彼の手を離さないバランの姿に視線を送る。
ため息を一つはいて、ゆっくり首を振った。
「一目惚れかい?バラン。離してあげな。どんなわけがあるのか知らないけれどね、その子が心配しているのは、もしかしたらあの子じゃ無くて相手の方じゃないのかい?」
「はあ?あの……フェザー……だったけ?じゃなくて?」
怪訝な顔で思わずバランの手がゆるんだ。
ベリーが飛び出し、オーナーの脇をすり抜ける。
「ありがとう、感謝します!彼は1人にしちゃいけないんです。」
「きっと帰っておいで。」
「はい」
「ベリー!」
「バラン、ありがとう」
ベリーの華奢な身体が、一気に階段を飛び降りる。
バランは廊下でそれを見送り、肩を落としてオーナーの顔を見た。
「何で、行かせちまったんだよバアさん。」
「あの二人……普通じゃないってね、私の中の何かがつぶやくのさ。
先に行ったあの子。あんな清々しいほどに鋭い殺気なんて、感じたのは2度目だよ。」
ゾッとするような、思い出しても寒々しい。
「2度目?」
バランが怪訝な顔で聞いた。
「ああ、1度目は……昔、旅先で鉢合わせちまったあの時。
無表情で人を殺しまくっていた、あの……狂ったクローンさ。」
「へっ、クローンなんて怒るぜ!あんな物と一緒にされてよ。」
バランが部屋に戻り銃を取る。
「お前はお前に出来ることをやれか。」
フェザーの言葉を思い出し、思わずつぶやいた。
「バアさんは家から出るなよ!」
「なるようになるさね。生きてるうちにやれることをやるだけさ。」
ため息混じりにオーナーがつぶやく。
バランは部屋を出てオーナーに叫び、キッと顔を締まらせ階段を下りて行った。



ベリーが、家を出てホテルに飛び込む。
慌てて荷物の中から銃を取り、ふと、彼が愛用しているショールを取った。
思わず、その柔らかな肌触りに思いを馳せ、頬を寄せる。
旅に出て防寒の為に初めて買った、この一枚の布。女のようだと言いながら、首に巻くと暖かいと喜んでいた顔が思い出される。
あの時、旅に出て初めて笑い顔を見て嬉しかった。

僕は嬉しかったんだよ、レディアス。

ショールを腰に巻き、コートを取って開け放たれた窓から暗闇の森へ身を乗り出す。しかし、自分にはどこをどう行けば彼の元へ行けるのかわからない。
森は山へと続き、昼間の情景を思い起こすと果てしなく広く感じる。
「どうしよう。」
最善の方法を考え指をかむ。

「キュオオオオ……」

その時独特の高いティーダの声が、彼の耳に飛び込んだ。
「そうだ!あの子なら!」
ホテル内を走り抜け、中庭の裏へと急ぐ。
「キュオオオ……」
何か騒ぎを感づいて落ち着かないのか、ティーダは檻の中で立ち上がって声を上げていた。
「お願い!お願いだよ!彼の所へ導いて!わかる?ティーダ!」
「ウウ……」
警戒したか、扉を開けようとするべリーに牙をむいてうなり声を上げる。
「ティーダ……どうしよう。僕の言うことがわからない?」
それでも、この子に頼るしか術がない。
この子は臭いを追って、自分たちを追ってきたのだ。
「お願い、お願い僕の天使。どうか彼の元に連れて行って。」

ガチャンッ!キイィ……

願いを込めながらそっと扉を開く。
ティーダはフンフン臭いをかぎながら、ベリーが腰に巻いているフェザーのショールに近づいてきた。
「あ、ああ、そうだ。この匂いだよ!そう、追って!彼を!」
不意にティーダと視線があった。
森を指さす彼の言葉がわかるはずもないのに、ティーダがうなずいて走り出す。
「行って!僕を連れて行って!」
ベリーはその姿を追い、闇に沈む森の方向へと駆け出した。

18、

ポツリポツリと雨が降り出した。
盗賊の一行は、森をかなり入った場所でキャンプをはっている。
テントはやや大きめの物が3つと小さい物が1つ。そして馬車が2台と馬が10頭ほどとサイドカー1台。
大所帯だ。
数人を見張りと斥候に出し、情報収集をしてから一気に襲い、そのまま撤収するという念の入れようで、今まで追っ手からも逃げおおせていた。
テントの軒先にはそれぞれランプがぶら下げられ、おだやかにテント周辺の開けた場所を照らしている。
7人が囲むたき火に雨が入って、シュンシュンと悲しげな音を立てた。
「チッ、雨か。」
襲撃の時間が迫り、装備を手にした男が舌打ちする。
3人が雨を嫌い、近くのテントへと入っていった。
「雨だと足場が悪くなるな。」
「ああ、滑るソードより銃の方が扱いやすいぜ。」
「女は水を吸ったドレスが重くて、ジタバタしやがるから捕まえやすいだろうさ。」
下品な笑いを浮かべ、4人が雨を避けようとテントへ向かう。
黒い影が男達の後方から静かに迫り、音もなく2人が次々と倒れていった。
気付かなかった2人が、テントの中を見て呆然とする。
中にいた女もあわせ9人、何があったのか倒れている。
「お、おい、一体……」
後ろの1人が倒れている仲間の肩を掴んだ時、風を切る音と共に衝撃を受けて意識を失った。
ドサリと倒れる音に、前にいた男が驚いて振り向く。
「貴様……!」
突然入り口に現れた見知らぬ人間に、慌てて銃を取る。
その人間は男なのか女なのか小柄で、見覚えのある仲間のコートを着てフードをかぶり、顔がはっきりと見えない。
しかしその人間はゆらりとかしいだ瞬間、フワリとその視界を踊った。
「な……!」
凍り付いた男の目前に、飛ぶように黒いコートが迫る。
そしてかまえる間も与えず懐に踏み込み、かつて感じたことのないほど重い衝撃をともなった突きを腹に浴びせた。
「がはっ!」
その突きは背骨まで破壊しそうな衝撃で、あっと言う間に男は気を失って倒れて行く。
全員を倒しながらコートの人物はしかし、相当我が身も消耗したのか、膝に手をつきうなだれた。

何だろう……気が、乱れる。
たったこれだけの敵に、これほど疲れるなんて……

下を向いたフードから、さらりと髪がこぼれた。
白髪に近い銀髪が、ランプの灯りに穏やかに輝く。
鬱陶しいフードをはずし、髪をかき上げる。
フードの中から現れた、フェザーの白く美しい顔に一筋の汗が流れた。
テーブルの上の水差しの臭いをかぎ、ひとなめして中を確かめる。
水だ。
ゴクゴクとそのまま飲み、そっとテーブルにもどした。
一息吐いて、額にうっすらと浮かぶ汗を拭く。

汗なんて……こんなに寒いのに。
身体がだるい。
重い。

顔を上げてフェザーが、髪を押し込みフードをかぶりなおす。
気付かないうちに、疲れがこれほどまでに蓄積している。
あの最悪の状態から旅に出て、これまでろくに休むことなく旅を続けてきたのだ。
オーナーの言葉が、ふと思い起こされた。

割れそうなグラスは、俺の方だったのか……

殺さず傷つけず、相手を倒すのは難しい。
相手はしかも、武器を持つ盗賊。それも1人ではない。
一撃で、これまで倒してきた。
半端に気を失わせるのは、自分の身を危うくする。

俺が倒さねば、あの街は……

目を閉じて息を飲み、大きく息を吐く。
呼吸を整え、彼はそっと雨の中テントを出ていった。

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