桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

カインの贖罪  夢の慟哭

>>登場人物
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>>その3
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>>その8
>>その9
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掌編掲載しています。

「その9」

レディアスが目覚めたとき、それはどこか知らない家の中だった。
古いその家は森にあるのか、窓からは緑が見える。ベッドの他に家具はサイドテーブルだけで、狭く軋んだ音を出すベッドは高さも低く、薄い布団はしかし上等の布団だ。
そのアンバランスに不思議に思いながらめまいのする頭を押さえ、だるい身体をゆっくりと起こす。

ここは、どこ?

身体の中が、警戒音は出していない。
ひどく心が落ち着いている。
気が付くと腕には点滴が刺してあり、テーブルの上にはサンドイッチと水筒が置いてあった。
ずっと食べなかったけど腹は減らなかったのに、なぜか食べたくて仕方がない。
ゆっくりベッドから起きてみる。
「あ、服・・」
喪服は脱がされ、下着姿だ。
身体がブルッと震え、布団を身体に巻いてよろめきながら立ち上がった。

ガチャン、
「あ、気が付いて・・危ない!」

いきなりドアが開き、ベリーが顔を出してパッと飛びついてきた。
「え?」
「ほら!点滴引っ張ってるよ!もう!」
「あ、ああ、ごめん。」
声がかすれて、のどがカラカラだ。
口の中が乾燥して舌が荒れている。
「パン、食べる?スープもあるよ。ほら、ベッドに座って。あ、顔も拭こうね。」
ベリーはいつもと変わらず、パタパタ良く動く。
タオルを濡らして持ってくると、ゴシゴシレディの顔を拭いて傍らの袋から服を取り出した。
「寒い?上だけでも服を先に着ようね。研究所にあった服だけど、レディが着替えに置いてた物だから。」
「うん。」
ベリーは手慣れた様子で、てきぱきと着せてくれる。そしてようやく食事を口にしていると、マリアが現れた。
「なんだやっと気がついたのか。どうだい?気分は。ここは軍も誰も知らないところだから、安心していい。お前あれからずっと眠っていたんだよ。」
軍が知らない?
頭がぼんやりして良く思い出せない。自分は軍に追われているのだろうか?
「ね、おいしい?僕が作ってきたんだよ。」
ベリーが傍らで、食べるレディを覗き込む。
「うん。」
確かに美味しい。こんなに食べ物って美味しかったっけ?でも、どうしてここにベリーがいるんだろう。
「あれ?ベリーの目が・・」
赤いはずのベリーの目が、ブラウンになっている。
「似合わないかな?僕も鏡見て慣れないんだ。」
「いや、似合うと・・思うよ。」
確かクローンの瞳の色を変えるのは法に障るはずだけどと、ぼんやり考える。
「研究所は?」
ベリーに聞いたつもりだったが、マリアが返答した。
「所長が呼び出し食ってるけどね、まあ、私達は大佐に手を貸したわけじゃないし、デリートも消えたから事情聴取ってとこさ。」
レディ救出に関与はしたが、手を貸したことはバレていない。
事実上はまったく無関係を装っている。それはひいてはクローンを守るためだ。
「大佐に?」
「ああ、今回の大統領暗殺計画の黒幕は大佐だよ。お前の力を利用して、自然死に見せたかったらしいね。外交問題もあるし、気持ちはわかるがやり方が最悪だよ。」
何となく、ぼんやり理解できる。大佐の命令ならば、あれだけ大きいことも極秘で動かせるだろう。それだけの力を持っている人だ。
「局長・・は?」
「さあね、単独行動を取ると言ってそれっきりだ。今回の暗殺計画、派手にやりすぎてマスコミに疑惑が浮上している。軍はもみ消しに躍起だよ。
管理局は大佐との繋がりが深いからね、デリートもいないし管理局も捜査が入って、中の人間は一旦軍に連行されたんだ。
まあ心配はないさ、今のところみんな解放されて、自宅待機で軍の監視下に置かれている。
デリートには出頭命令が出て、お前には身柄確保の命令だ。特にお前は、今回の問題に大きく関与している可能性が高いと。」
「身柄・・?」
顔を上げた彼に、マリアがため息をついて声を潜める。
「表向きは。本当は口封じだよ。
馬鹿馬鹿しいけど、その命令に裏で手を引いているのは大佐らしい。大佐の部下が躍起になってお前を捜している。軍に捕らえられても、命の保証が出来ない。だからここに潜んでるのさ。」
「そう」
ふと考え、別に気にならない様子でレディはまたサンドイッチをほおばる。
「お前は神経が図太いのか細いのか、さっぱりわからない奴だよ。」
マリアが呆れてヒョイと肩を上げ、そして時間を見た。
「さて、予定では今日のつもりなんだけど。起きたなら説明できるな。
レディ、お前にはサスキアからしばらく離れて貰う。」
「離れる?出て行けってこと?」
「まさか、もちろんまた戻って貰わなきゃ困る。デリートと話し合った結果だ。ほとぼりが冷めるまで・・って言い方は好きじゃないんだけどね、お前の身の安全が保証できる状態になるまでってことだよ。」
「ふうん、時間をおけば、そうなるんだ。」
ウッと、少しマリアが詰まる。
デリートには考えがあるらしいが、それが何かは知らない。
「ま、デリートを信用するしかないね。お前も信用できるかい?」
問われて顔を上げ、クスリと笑う。
「ふふ、局長の命令ならそうするさ。」
ぱくりとサンドイッチをほおばり、お茶をゴクゴクと飲み干す。
マリアが目を細め、そして顔を覗き込んだ。
「グランドと、話しはしたのかい?」
「いや、どうして?」
グランドとのすれ違いで、ひどく傷ついていた様子だったが・・あれからどうなったのだろうか。話しをせずに和解できるほど、レディは人間関係に長けていない。
「いつもなら、お前はまずグランドを気にかけるだろう?」
「だって、助け出されたんだろ?」
「まあね・・・・まさか、自立の兆しってわけじゃないだろうに。何かあったのかい?」
「自立?フフ、俺って今にも倒れそうだった?」
「ああ、フラフラのよれよれに見えたね、ここのところ。」
クスクス笑い、そしてベリーが入れてくれたお茶を一口飲み、ほっと一息つく。窓から緑を見つめながら、あの女性を思い出そうとしてもなかなか思い出せなかった。
「夢を、見たんだ。」
「夢?」
「ああ、1人・・大事な人が、こんな俺を許してくれたんだ。」
「誰だい?」
「・・・さあ、あの人に名前があったんだろうか?」
名前なんて、戦場ではなかった。
クローン達は適当に番号で呼ばれ、クローンではない自分も扱いは同じだった。最後には、なんの価値もないただの消耗品だったのだ。
「大きな重しが一つ、取れたのかな・・・?」
「そうか・・」
ここへ来た時車から降ろそうとして、レディの目から涙がこぼれていたのを思い出す。
マリアはそれをはじめて見て、驚きながらも一体何の涙か見当も付かなかった。
ちょうど点滴も終わり、マリアが針を抜く。
「それじゃ、俺出て行くよ。」
お茶を飲み干し、ベッドから立ち上がってGパンを履いた。
まだ気分がすぐれず、ベリーによろめく。
「ほら、危ないよ。まだ座って。」
「でも、急いだ方がいいんだろ?」
レディをベッドに座らせ、ベリーがマリアから車のキーを受け取る。
マリアがベッドサイドからバックを取りだし、そしてテーブルの上で開けながら顔を上げた。
「レディ、グランドに話さなくてもいいのかい?あの子は救助に行ったダッドと一緒にルーナで足止めを食っているんだけどね、電話だけでも出来ないことはないよ。」
言われてグランドの顔が、ぼんやりと浮かぶ。
だがなぜかその表情はあいまいで、以前のように明るく微笑む顔は浮かばない。

自分は、もうグランドを諦めたのかもしれないな・・・

目を閉じ、そして唇をかんで顔を上げマリアに首を振った。
「もういいんだ。あいつにはもう何も求めちゃいけないし、グランドに俺は頼りすぎていたと思う。」
「グランドは・・・」
マリアが言いかけて口をつぐむ。
2人の過ちは清算したとグレイは言っていたが、グランドから話しは聞いていない。不確実なことを言って、余計な期待を持たせるのはまた悲惨な結果を生んでしまう可能性もある。
恋愛感情は単純そうで複雑だ。
それは当事者同士で解決するのが一番いい。
「でも・・ダッドには。」
レディが思い詰めたように、突然切り出す。
グランドを諦め、そして浮かぶのはダッドの言葉。
ずるいと思いながらも、今は一緒に暮らそうと言った彼の、暖かな抱擁が懐かしく思い出された。
「・・ダッドに・・伝えて貰えるかな?」
「何を?」
マリアが眉をひそめた。
レディが少し不安そうに、それでいて何か心に決めたような顔をする。

彼は、待ってくれるだろうか。
信じて・・みよう。
彼は、一緒に暮らそうって言ってくれた。
俺が欲しいんだって言ってくれた。
きっと、俺を待っていてくれる。
彼を、信じよう。

ギュッと、力強く包容力のある大きな体で抱きしめられた、あの暖かさが懐かしい。
彼のキスは情熱的で怖かったけど、グランドとは違って身をゆだねられる安心感があった。
同じような境遇が、きっと彼を近くに感じさせているのかも知れない。
彼となら、お互いを支え合える。
彼なら、きっと信じ合える。
もう、寂しさなんか、きっと消える気がするんだ。
「俺、またきっと会いに・・・」
彼にだけは、伝えておかなくてはならない。
きっと帰ってくると。
「レディ、彼には伝えられない。」
突然マリアの口調が厳しくなった。
ドキリとレディが顔を上げる。
「どうして?彼は信用できる。」
「ダメなんだよ、私は彼を信用できかねる。」
「で、でも・・・頼っても、いいって。いいって言ってくれたんだ。彼は・・人間だけど。
俺は人間と違うし変な力も持ってる。ダメなのはわかってるんだ、でも彼は誰より俺を理解してくれて・・・」

そして、愛してると言ってくれた。真剣に。

しかしマリアが大きく首を振って手で遮る。
その顔は苦々しく、ひどく言いにくそうだった。
「ダメだ。彼の父親がまずい。本意がわからない。」
「え?」
親?やっぱり親がいたんだ・・
でもきっと・・・
「言いにくいがね。彼の親は、父親は。」
清々しい気持ちが、突然暗く重く感じられる。
マリアの顔を食い入るように見つめるレディの手を、ベリーが握りしめた。

「彼の父親は大佐本人なんだ。お前を利用しようとして、そして今は殺すように命令しているクラーナル大佐だ。」


「えっ?」

ガンッと頭のシンが音を立てた。
彼はそんなこと一言も言わなかったし、1人だと言ったじゃないか。
「うそ・・だろ?」
「言いたくなかったけどね、彼に連絡でも取られたらまずいからな。致し方ない。
何を言われたか知らんがね、彼は大佐の一人息子だ。お前も知っているだろう、大佐は軍で最もお前達を人として認めていない。」
せっかく気持ちがいい方向に切り替わっているのに、また突き落とすようなことは言いたくない。しかし、これは知っておかなくてはならないことだ。
「でもダッドは・・じゃ、なんであんな事・・一緒に暮らそうって。俺のこと、好きって、言ったのかな?」
ダッドの言葉が、頭の中でグルグル巡る。
あんなに優しくささやいて、暖かく抱きしめ、熱いキスを交わしたのは何だったんだろう。
「さあな、大佐の指示でお前にわざと近づいたのか・・・デリートは信用していたようだが、彼と父親との繋がりを考えれば裏があるようで信用できない。」
「大佐の、指示?じゃ、じゃあ、俺のこと、どう思って・・」
「本当はなにも思っていないかもしれないってことさ。あとあと上手く利用しようとして、お前を手なずけておこうと思ったのか・・さて。今回は事が事だけに、息子を使う事は考えなかったんだろうが。
全部芝居じゃなかったのかってね、私にはそう思えるのさ、キツイけどね。」
サッと血が下がり、目の前が暗くなった。
ストンと、足下にポッカリ穴が開いたような気がして気分が悪い。
胸の重い痛みに、ナイフでも刺さってやしないかと胸を見る。
知らず手が震えて、両手をしっかりと握りしめた。

なんだろう、マリアは何を言ってるんだろう。
利用しようとして?手なずけてたって?
まさか、ダッドがそんなことするわけ・・・
お、俺は信じて、彼を信じて・・

「お前の事は大佐は知ってるからな。まさか自分の息子を送り出すとはね。タイミングが良すぎるよ。」

俺、俺、だまされて?いた?
ダッド?ダッド、信じていいって・・・
彼は、裏切らないって、言ったのに。
一緒に暮らそうって言ったのに。
ウソ?じゃ、じゃあ、どうして愛してるなんて、言うんだろう。愛してもいないのに、好きでもないのにあんなに優しく・・・
1人なんて、同じ匂いがするなんて、スラムから這い上がった話しもみんな、みんなウソだったんだ。
大佐の、息子・・・?

前髪を掴み、うなだれて唇を震える指でなぞる。
キスなんて自分にはとても大切な、神聖なことと思えるのに、他の人にはなんて軽いのか。
やっぱりキスだけでは人は惹きつけられないんだ。
自分はそれだけで、心まで温かくなれるのに、どうして口づけした人は存在がこうも遠いのだろう。
しっかり掴んで離さないつもりなのに、いつも気がつけば1人置いて行かれる。
結局誰も、本気で自分を好きになってくれる人はいないのかな?
だますなんて、ダッドが旧カインの人間と同じだなんて思いたくない。
でも、確かに彼の言葉はあまりにも都合が良すぎて戸惑ったっけ。
身体じゃない、俺が好きなんだ・・って。
やっぱり、やっぱりそんなこと有るはず無い。
そんな都合のいいこと。
俺、俺、馬鹿だ。
こんな俺、好きになってくれるなんて、あるはず無いのに。
また浮かれて・・夢見て・・馬鹿だ。
夢なんて、ありもしない夢でしかないのに。

「レディ、でもね、彼はグランド救出のためにルーナへ行った。そして救出してくれたんだ。それは真実だよ。」
マリアが彼のショックを受けた様子に、ため息をついて付け加える。それはフォローのつもりだったのだが、しかしあまりその効果はなさなかった。
レディがふと手を止め、ギュッと両手で自分を抱きしめる。

そうだ、そうだった。
彼は俺ではなく、グランドの救出に行ったんだ。
それはそれで良いと、助かると思ったけど、でも・・・でも、ダッドは、来てくれなかった。
ダッドは俺を救いに、来てくれなかった。

しばしの静けさのあと、ホウッとため息を漏らす。
それは諦めと、また思いの切り捨てか。
彼は諦めることには慣れている。寂しいことだけど。
期待はなかなか思うような結果を得たことがない。期待するだけ無駄だと言うことを、2人を思うときにはすっかり忘れていた。
グランドには兄弟として、パートナーとして、長く付き合いそして感情の積み重ねから、過剰に期待しすぎたのかもしれない。
たった一つの口づけに、華やいだ気持ちは夢でしかなかった。
ダッドも同じだ。
誰かに頼りたくて、そこへちょうど彼が手を差し伸べてくれた。不安で仕方がないところに、甘い言葉でささやかれて、そして誰より気持ちを理解するような・・・ウソだと気づきもせずに。
また夢を見て。

自分の思いはいつも空回りで、まわりのどこが本当なのかわからない。
ダッドの言葉が、すべてウソだったなんて。
あれほど救われたのに。

手を握りしめ、そして首を振って振り切るようにパンッと両手で頬を叩き、気持ちを切り替えた。
フッと笑って顔を上げ、わかったと告げる。
「わかった、もういいよ、もうどうせ会えないだろうし。会わない。」
「そうか。しかし・・またずいぶんとあっさりあきらめる奴だ。」
物わかりが良すぎる彼に、マリアが怪訝な顔をする。しかし時間がない。
またバックを探りそして中を取り出し、そして銃やナイフの武器を並べた。
「お前がまた死にたくなるのが心配だけどね、これは必要だから渡すよ。ただし、お前はいずれまた戻らなければならない。人間は傷つけるな。」
「わかった、今までと変わらない立場は守る。」
「外地へはベリーが同行する。車は一応用意したが、外地に出たら燃料に困るかもしれんな。その時は馬でも買えばいい。」
ベリーが微笑み、レディにぺこりと頭を下げる。
「よろしくね。」
「ベリー?俺は、1人でいい。車なんていらない。」
「車が無くて、どうやって軍に知られずサスキアから出ると言うんだ。しかもお前は車の運転はヘタ。ならば誰かが同行せねばならん。人間でもいいが、こっちにも都合はある。ならばクローン、クローンで車の運転が出来るのはベリーだ。諦めるんだね。」
「僕、車は得意だよ。ほら、免許偽造して貰っちゃった。」
運転免許パスを見せ、指に引っかけたキーをくるりと回してみせる。
レディは不機嫌そうに、大きくため息をついて顔を背けた。
「ベリーを勝手に出したら問題だろ、もうクローンにだって迷惑かけたくない。」
「それは大丈夫。」
ニイッとマリアが意地悪く笑う。
「ベリーはお前さんの養子に出した。ま、非常に厳しい審査は軽く無視したがね。」
「よ、養子?!」
「そうらしいね、よろしくお父様。」
それは非常に無理があるのだが、各書類には博士達が立場を悪用してサインすれば十分だ。
身辺調査書類なんて適当に書いたのだろう。
「車は中古の安物だ、お前が心配するほどの物じゃない。炎天下の荒野を歩くわけにいかんだろう。お前の今の体調では、外地の村に着く前に干物になっちまうよ。
ベリーには目的地を教えている。そこには私の信用できる知人がいるんだ。とりあえずはそこに行ってくれ。」
レディアスが大きくため息をつく。
その様子に、ベリーが心配そうに聞いた。
「レディ、僕と一緒じゃイヤなの?」
「違うよ、俺にとっては人間よりクローンの方がいい。ベリーはもちろん安心できるし。」
「ならいいじゃない。僕もレディ好きだよ。」
ベリーが膝をつき、レディアスの手を握る。
「僕が、ずっと手を握っててあげる。レディが不安にならないように。」
「甘やかすなよ、ベリー。」
呆れてマリアがヒョイと肩を上げる。
そして銃をレディに渡した。
「口径は小さいが、身を守るくらいはお前ならこれで十分だろ?ナイフはごく一般の普通の物。耐久性はガクンと落ちる。今まで使っていた物と同じように考えていたら、ケガをするから頭に入れておけ。
それと、お前の力は封印しろ、使用を禁じる。お前の力は、お前が考える以上にまわりに恐怖を与える。」
「わかった。俺の銃とナイフは・・もう戻らないだろうな。」
「さあ、今のところは必要もないだろ?相手はクローンじゃない。盗賊や動物だ。人間は殺すなよ、威嚇までだ。弾はこれだけ。」
「うん。」
立ち上がってレディが銃を受け取り、マガジンを引き抜く。
腰にホルダーベルトを付け、銃とナイフを差してベリーが差し出すパープルグレーの薄いコートを着込んだ。
「このコート、マキシからだよ。外地用のコートらしいからね、軍の物ほどじゃないが軽くていいものだ。フードをかぶれば人目も避けられるだろう。」
「あいつのだろうな、派手だ。」
髪をコートから出し、ボタンを留めかけてその三つ編みをじっと見る。
「なあ、ハサミある?」
「え?ああ、あるよ。はい。」
ベリーから受け取り、三つ編みにキスをする。
「レディ!何を」
ベリーが止めるのをよそに、胸元でザクザクと髪を切ってしまった。
「これ、ダッドに渡してくれよ。こんな髪でも昔、売ってくれって言われたことがあるんだ。だから売ればほんの少しでもお金になると思う。
世話になったからさ、俺には礼なんてこのくらいしかできないから。・・いらないって言うなら捨ててくれ。」
そう言って、三つ編みに束ねた長い銀髪をマリアに差しだした。
彼の髪は肩が隠れるほどで、動くごとにサラサラと揺れる。ベリーがため息をついて、彼の髪を優しく撫でた。
「あーあ、せっかく綺麗だったのに。」
「いいんだ、またいちから願をかけて伸ばすよ。」
軽くなった髪に、心も少し軽くなった気がする。
マリアがため息をついて、首を振った。
「まあいいさ、お前は何でも似合うよ。
そうして並ぶとベリーとそっくりだ。兄弟と言ってもおかしくないだろうさ。
お前も好きな偽名を作って名乗るんだね。本名は出すんじゃないぞ。」
「名?名前か・・」
「才能がないなら付けてやろうか?」
クスッとマリアが笑う。
「デッドエンド」
「え?」
「行き止まりのデッドエンドでいい。」
ガクンとマリアとベリーの肩が落ちた。
なんて名前だろう。希望もクソもない。
「ベリー、この根性の曲がった奴を、お前1人に託していいのか私は心配だよ。」
ベリーはため息をついて、レディの肩を叩く。
「僕にはレディの背中に時々羽根が見えるよ。だから、フェザーにしようよ。」
「そりゃいい、ちょうどベリーの偽名はベリー・ウィンド、いい風だ。お前は風切り羽根で、フェザー・ウィンドってところか。」
「風切り羽根?って、なに?」
「僕知ってるから教えてあげる。」
レディにニッコリ、息子になったベリーが笑う。レディも首をかしげ、こっくりうなずいた。
「よし、名前は決まったな。
連絡だが、通信機一つと受信機をそれぞれ渡しておく。だが通信機が故障したときは、一般通信でいいからこの番号にかけるように。通信は短く、かける前に要点をまとめて。
軍には捕まらないよう、様子がおかしいと感じたら逃げろ。デリートから連絡が入ったら、この受信機にこちらから連絡する。この赤い宝石が光ったら連絡を入れるように。」
マリアがベリーとレディに、受信機だというネックレスを差し出す。ネックレスの先には、赤い宝石に似せたランプがついた小さなプレートがついていた。
「受信機は追跡されにくい。軍の監視下にあるこちらからは、受信機のみに発信する。
必ず戻れるから心配するな。それと・・」
言うべきか、やっぱり言っておこう。
「お前もベリーも、見た目ちょいと綺麗な女に見える。男には気をつけろ。」
ムッとした顔がはっきり見て取れる。
ベリーがプッと吹き出して、レディの背中を叩いた。
「俺は男だ、馬鹿野郎。」
「だよね、僕も男だもん。」






午後、どんよりとした雲の下サスキアをあとにして、道無き荒野を走る。
やがていい風が吹き、サスキアが見えなくなる頃には次第に雲が切れて来た。
博士達が用意してくれた車は、外地を走りやすいオフロードだ。
カインでは燃料が貴重になっているので、特に車の多いサスキアなど都市圏では、ほとんどの車がハイブリッドか水素エンジンなどの、ガソリンを極力使わない車が一般的になっている。
外地は生活水準がガクンと下がるので、いまだ馬車が多い。
彼らが乗る車は、外地で良く乗られている安物のディーゼルではあるが、この時代のディーゼルは非常に燃費はいい。
座席の後ろには、燃料と野宿に必要な物品に食料に水と沢山積んでいる。
外地に出ることがほとんど無い博士達が、手分けして買い集め、そしてレディアスをベリーに託したのだ。

ハンドルを握るベリーが、ふと手を目にやった。
今、自分のこの目はクローンの証しであるレッドではない。法を犯して博士が特殊な浸潤性の良いフィルムカラーコンタクトを使い、人為的に瞳の色を変えたのだ。
研究所の所長カイエは、ベリーにこう言って頼んできた。

「私はね、レディを託せるのはベリーが最も適任だと思うのだよ。辛いことや大変なこともあるかも知れない。それでも、この大役を受けてくれるかい?」

ベリーはその時、自分の存在価値を得た大きな喜びに、思わず涙があふれて博士を慌てさせた。
「無理にとは言わないよ。君は自由だ、断ってもいいんだよ。」
「いいえ、いいえ、喜んでそのお仕事、受けさせていただきます。僕の力の限り、レディをサポートさせてください。」

すでに美しい夕暮れが空に広がり、雲合いから星が瞬き始めた。
見上げるとルーナが大きく輝いて、あたりを優しく照らす。
「今夜は徹夜で走るよ。レディは寝てて。」
「うん。」
「気分が悪いときは言ってね。ドクターが、また熱が出るかも知れないって言ってらしたから。」
「・・ん」
うつろな返事にベリーがちらと月明かりに照らされたレディを見る。ハッとして、そして車を止めた。
「レディ・・・」
彼の肩を引き寄せ抱きしめる。
レディアスは、声も上げず涙を流してルーナを見ていた。
静かに1人涙を流す彼に、切なく胸がうたれてそうせずにいられない。
「レディ、マリアは心配性なんだよ。ダッドさんの言葉を聞いた訳じゃない。そうでしょう?」
レディアスは無言でベリーの胸の温かさに目を閉じる。
その目からは、ただ涙がポロポロと流れて止まらなかった。

わからない・・・
人の心なんて、なにも・・・

「レディ、愛していたんだね。ダッドさんを。グランドさんと同じに。」
愛?
愛・・・愛することは出来るのに、愛されることは難しい。
愛というのは、こんなに苦しい物なのか。
どんなに思いを切り捨て、あきらめても、胸の中に2人の仕草や言葉、全部が残っている。
優しく微笑むその顔も、全てが偽りだったのだろうか。
1人フラフラと、優しい言葉を探して2人の間で一体何をしていたんだろう。
これならいっそ、何も知らずだまされていた時の方が幸せだったのかも知れない。
グレイのことも、見て見ぬふりで背を向けていれば、それで良かったんだ。
幸せそうなグランドの背中を、見ているだけで十分だった。
彼の隣を歩きたいと、欲を出さなければ・・
ずっと涙なんて忘れていたのに、どうして流れ出るんだろう。心が痛くて寒くて寂しくてたまらない。
人を信じろと言う言葉は、その言葉さえ信じていいのかわからなくなってしまった。
心がねじれていくようで、どうしていいのかわからない。

グレイがいないとホッとする自分が嫌いだ。
彼を憎んでしまいそうで、恐ろしい。
わき出る醜い感情に、自分が怖くて死んでしまいたくなる。

ああ・・でも・・・
でもわかってるんだ。
わかってるんだよ、ベリー。

それでも生きている限り、生きなきゃならない。
簡単に死んじゃいけない。
生きるのは苦しい。
死んだらそれも終わりだと、ラクになりたいと思うけど、自分の命はみんなに生かされている。
あのクローンの女性は、生きていて良かったと言ってくれた。
自分の分も、生きてくれと言ったんだ。
どんな苦しい思いをして、死んだか知れないのに・・
だから、生きるよ。
ベリー、だから、だから大丈夫。

今日はルーナが明るすぎる。
だから、朝になれば大丈夫なんだ。

ああ・・・
ああ・・・もう、人を2度と愛さない。

レディが旅立って3日後、サスキアの宇宙港に、ルーナから軍のシャトルが到着した。
サスキアの宇宙港には、一般の宇宙港に隣接して背中合わせに軍の港もある。
ただし軍の施設は金網に仕切られ、一般は入ってくることもない。
ただどちらも宇宙港は飛行場も兼ねているので、一般の港は本数は少ないと言ってもかなり離発着が激しく、にぎわっていた。

タラップを降りる制服姿の軍人達に連行されるように、1人のボサボサ赤毛頭のジーンズにシャツを着た若者とスーツ姿の2人の男が姿を現す。
3人は手錠こそ無い物の、前後を軍服姿に挟まれひどく窮屈そうに見える。
ふてくされた様子の赤毛の男がタラップの途中でふと立ち止まり、辺りを見回す。
「おい、さっさと降りろ。」
「うるせえな、押すなよ。」
ドンと小突かれ、ムッとして睨み付けた。
赤毛のボサボサは、ようやく帰ってきたグランド。そしてスーツ姿はダッドとロイドだ。
ルーナを出るとき一番トラブルを懸念してカレンと3人はバラバラで行動していたのだが、警戒の強化された中で個人認証に引っかかり、結局宇宙港で足止めを受けて連行されてしまった。
まあ、それはそれでルーナを出るには必ず個人認証をチェックされるので、分かり切ったことだ。それに相手は一般兵士で少佐の部下に捕まったわけではないので、身の安全は保証されるだろう。
だからこそ、軍籍をチェックされるだけの軍の船で帰りたかったのだが、事情が事情なので仕方がない。
ただグランドが非常にショックを受けたのは、また別の事柄を知ったからだ。
もちろん彼ら兄弟は仕事以外で個人的にカインから出たことはない。
それは軍に認められていないのは知っている。
だが、宇宙港で個人認証を網膜で確認をとったとき、なんとパネルにはいつもの市民番号ではなく、エマージェンシーで「特殊扱いにてカイン外渡航禁止、拘束して軍へ通報願います」と出たのだ。
つまり政府で保証された彼らの人権は、カインに限られたものだった。

・・馬鹿みたいだ。
自分だってクローンと何ら変わらない。
レディアスの杞憂を鬱陶しく思いながら、自分だって人間達には見下された存在なんだ。

結局カレンがクローンであることもばれてしまい、ルーナの軍には相当の取り調べを受けた。
カレンは少佐の娘と言うこともあり早々に別行動になったが、他の3人とも口を一切開かなかった上にデリートが行方不明だったため、今度は身元引き受けでも手続きに手間取り、とうとうここまで滞在が引き延ばされてしまったのだ。
タラップを降りると、そこに待っていたのは何故かクローン研究所の所長カイエとマリアだった。
見回しても、管理局の人間はいない。
「どういう事?」
怪訝な顔でグランドが尋ねる横で、ダッドとロイドは軍の幹部らしい男と敬礼をかわす。
その幹部の男は、驚くべき事を口にした。
「管理局本部は一時閉鎖されている。役職にある者は取り調べを受け、のち軍の監視下に置かれた状態だ。君達も同行願おうか。」
その監視下が、はたして拘束された状態か、それとも自宅軟禁か。今は尋ねる術もない。
ここまで騒ぎが大きくなっていることに、3人は怪訝な顔を見合わせた。
「承知しました。」
ダッドとロイドは幹部に敬礼し、そして同行していく。
「お前はこっちだよ。」
マリアがグイとグランドの腕を引き、それに驚いて慌ててダッドを振り返った。
「ちょ!マリア!おい!ダッド!」
グランドの声に、ダッドがため息混じりに振り返る。
「マジで行くのかよ!」
「行くしかあるまい。今は事情が把握できない。」
「でも!」
「何とかなるさ。」
そう言いながら、ダッドがカイエの顔を見る。
「私のネコは無事だろうか、見てきて頂けないか?」
「ええ、大丈夫。きっと無事ですよ。」
カイエが微笑み返し、ダッドは微かにうなずいて返した。
「ダッド・マッカー特別管理官!」
兵士がムスッとした声で怒鳴る。ダッドは手を挙げ、そして幹部のあとを歩き出した。
「何がネコだよ、こんな時に!所長、マリア!なあ、マジで閉鎖?!管理局が?!」
グランドが振り向き、カイエの顔を見る。
「所長!カレンもいないんだ。どうなってるんだよ、なんだってんだ!」
「落ち着きなさい。カレンは先に母親に保護されたよ。心配ない、行こう。」
「局長は?局長が来てるんだと思ってた。」
混乱した様子で、グランドが髪をかき上げる。
カイエは辛そうに、グランドの背に手を回しそして歩き出した。
「みんな研究所で待ってるよ。事情は研究所で話すから、とにかくおいで。疲れただろう。」
「レディアスは?」
「彼にはいろんな影響が出てる。でも大丈夫だ。」
軍の施設では、言いたいことも言えない。
3人は車に乗り込み、走り出すとようやく口を開いた。
「で?レディは?何で研究所が来るんだ?管理局は?局長は?」
「その前に、言うことがあるだろう。」
「マリア、落ち着いて。」
運転する機嫌の悪いマリアに、グランドの隣に座るカイエがなだめる。
カイエは要点をまとめ、今回の事件とレディアスの置かれた状況とベリーを同行させて逃がしたことを話した。
「なんで、逃がしたって・・どこに?」
「それは言えないよ。たとえ君でもね。」
「俺も行く!追いかける。」
身を乗り出すグランドに、マリアが首を振って言った。
「無理だな、お前は研究所に軟禁だよ。しばらく外に出ることは許されない。
軍で管理するって言うのを、やっと研究所に変えたんだ。これが聞けないなら、もう私達にも限界がある。お前達は、今非常に微妙な立場に置かれているんだ。自覚しろ。」
「立場って・・・それもこれも軍の奴らが勝手にやったんじゃないか。」
グランドが、大きなため息をついて頭を抱える。
一体これからどうなるのか、デリートも消えた今は見通しさえつかない。
やっとレディアスと会えると思ったのに、なんて事だろう。
「局長も、大佐も軍を首になるのかな。」
実際その2人が彼らの大きな後ろ盾だ。
「さあね、今のところは2人とも失脚までは行ってないんだけど。
大佐は知らない、記憶に無いの一点張りだし、デリートはどこに行ったのやら、事件に関係あるのか無いのかってね。
でも実際暗殺を実行したわけじゃないし、疑惑の範囲だからうやむやを狙ってるんだろうな。
レディアスは、軍ではいまだ行方不明と認識されている。表向き身柄確保の命令が出ているが、ただし捕まったらアウトだ。裏で大佐の手がどこまで回っているか予測がつかない。
口封じに暗殺しろと、大佐から直属の部下に命令が出ているんだよ。」
「今度はあいつを殺せ?!何考えてんだよ、大佐は!」
ドカッとグランドがシートを叩く。カイエがため息をつき、暫し考えて口を開いた。
「大佐のお考えの見当は付くのだがね。あの方はお前達に人権を与えるのを最後まで反対されていた方だ。それが息子と恋仲となっては・・ね。」
「恋?誰と、誰が?」
「レディと、ダッド。」
「誰が誰の息子だって?」
「ダッドは大佐の息子だよ。」
「なっ!」
愕然としたグランドの背中をザッと冷たい物が走り、そして次に腹がカッと熱くなってムカムカと怒りがこみ上げてきた。
カイエが落ち着けとばかりに、ポンポンと肩を叩く。
グランドがどうした物か、何に何をぶつけた物か混乱してバリバリ頭をかいた。
たまらず窓を開け、身体を乗り出す。
車はとうに研究所のある森に入り、緑の中を走っている。

「わあああああああああああああああ!!!!」

突然の叫び声に驚いた鳥が飛び立ち、そしてその声が森を反響する。
カイエが呆れて彼のベルトを後ろから引っ張り、グランドはドスンとシートに尻餅をついて座った。
「まあ、落ち着いて。」
「くっそう!あの野郎だましてやがったな!一言も言わないで、姓まで変えてやがった。まさか、目的があってレディに近づいたのか?俺を離そうとしたのか?」
やはり、誰しもそう思う。
「さあね、それは彼に直接聞くしかないだろう。とにかく今は、レディはサスキアを離れたんだ。」
「ネコなんか気にして、あいつレディのことなんて何とも思ってないだろ!くそったれ!」
マリアが大きなため息をつく。呆れてヒョイと肩を上げた。
「お前もホントにピンと来ない奴だよ。にぶい奴がよくまあ生き残ったもんだ。レディに礼を言うんだね。」
「誰が?何言ってンだよ。」
「ネコってのはレディのことだろうさ。ド素人が聞いてもわかりそうなことだ。お前たち管理官が、ろくに家にいないのにネコなんか飼えるわけ無いだろう。」

「うっ・・・・」

グランドがグッと詰まってフーフー激しい息を落ち着かせ、窓を閉めてカイエにつぶやいた。
「で?・・・で、なんで疑惑が持ち上がったんだ?」
とにかくそれは、大きな疑問だ。
確かに大きな事を大佐はしていたが、軍内部で済ませれば、もみ消すことなど大佐にはなんでもなかったろう。
「訴えられたのさ。大佐が裁判の被告なんて、由々しき事態だ。」
「訴えられたって?誰に?」
ちょうど車が研究所について、マリアのパスで中に入って行く。
武装した軍の兵士が物々しく警備する中を、車が進んでいった。
ジロリと1人の兵士ににらまれ、カイエがこれ以上ないほどにニッコリと愛想良く微笑み返す。マリアは車を止め、そしてグランドを振り返った。
「訴えたのは、死んだ少佐の部下、レックス・ボーンウィッシュの恋人だよ。」



車を降りて、兵の脇をすり抜け中へ入って行く。
マリアに連れられて居住区に行くと、シャドウたち兄弟が待っていた。
レディアスは、もちろんいない。
最初にグレイが抱きつき、そして皆がグランドを抱いてギュッと力づけてくれる。
何も言葉が浮かばない。
あふれ出す涙にうなだれて前髪を握り、そしてポケットからカシスルビーの壊れたネックレスを取り出した。
「グランド、これをダッドに渡すよう頼まれているんだけど・・どうしよっか。」
怖ず怖ずと、セピアが白い箱を差し出す。
受け取り、そして蓋を開け愕然と目を見開いた。
それはレディアスが願をかけ、危険も顧みず伸ばし続けた銀色の髪。
震える手でグランドがそれを掴み、そして痛いほど胸に押しつけ抱いた。
その願掛けがなんだったのか、グランドはこっそりブルーから聞いて知っている。
それを切ってしまった。
それは願いの成就ではない。
それとはほど遠い、兄弟との決別の意味なのか。

あいつは、夢さえも失ったのか?
レディアス、そうさせたのは俺なのか?!

グランドは大きな不安と、そして彼を失ってしまうような言いようのない恐怖に、ルビーと髪を抱いて声を上げ泣いた。


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