7、

そうして2人は、その夜オーナーの持つ宿に世話になる事になった。
食堂のオーナーが経営するという、その馬屋に隣接する宿は、表通りから一歩裏手にある所で静かだ。
佇まいは思ったより上品で、薄暗いロビーは小振りのシャンデリアが下がりワインカラーの絨毯が敷かれ、ピシリとスーツを着たホテルマンの控えるデスクは、木目の美しい木にチークのニスがピカピカと反射している。
日中なので出入りの客の姿も少ないのかシンとしていた。
話しが行っているようで、宿帳には記入せずメイドの案内でそのまま通される。
部屋数は結構あるようで、外の間口が狭いわりに奥に広い。
2階へと上がり、案内された部屋は確かに目立たない角部屋で、入ってみるとずいぶん部屋のしつらえが、外地でよく見る簡素な物とは違う。
ベッドも上等の方で、部屋はやや広くフローリングの床には大きなラグが敷いてある。
しかもさすがに温泉が売りの町らしく、部屋に小さなシャワールームがあるのにくわえて、部屋の裏手から回った所に温泉浴場があるらしい。
荷物を運び入れ、ボーイが頭を下げて出ていくと、メイドにベリーが声を潜めた。
「あの、ここって高級ホテルなの?」
ベリーもフェザーも高級ホテルは知らないが、外地で普通の安いホテルなら知っている。
メイドはよく見かけるが、ボーイが荷物を運んでくれて、こんなにいい部屋というのも初めてだ。
「はい、当方は旅での疲れをゆったりと癒やしていただくという基本精神に則り、お客様重視のこの街でも最高ランクにありますホテルでございます。
私はメイドのマリナと申します。どうぞご用がございましたら、何でもお申し付け下さいませ。」
メイドは涼やかに微笑み、椅子を勧めて腰掛けさせると、カインでも珍しいグリーンティーを入れてくれる。
ベリーはガックリと肩を落とし、溜息をついてフェザーの顔を見た。
「……なんてことだろう、こんな上等と知らずに気楽に受けちゃって。これって失敗?ねえフェザー。」
フェザーは気にも留めない様子で、上着を脱いで椅子にかけ、窓を開けてさんに腰掛け外を眺めている。
外は裏山が正面にきて、建物の影に緑が美しく、鳥達も忙しく飛び交っている。うっすらと湯気が見えるのは、風呂が近いせいだろう。
穏やかな風が吹き、彼の銀色の髪がゆらゆらと揺れて明かりに透けて見える。
ベリーが一口お茶を飲んで、横に立ちつくすメイドを見上げた。
彼女は、フェザーに取り憑かれたように見入って動かない。
クスッとベリーが笑い、チップのコインを彼女の手にツンツンと突っついて差し出した。
「え?あっ!ああ、失礼しました。」
「みんなね、彼に見とれるんだ。わかるけど、それが悩み。目立ちすぎてね。」
「ああ……わかりますわ。お客様方、本当にお綺麗ですもの。」
メイドがチップを受け取り、部屋の説明を済ませ一礼をして部屋を出て行く。
ベリーがフェザーのカップを持ち、彼の側へと歩み寄りカップを差し出す。
「ねえ、フェザー。何が見えるの?」
「山」
カップを受け取り、ボソッと漏らす言葉に横から覗き込み、なるほどとうなずいた。
「ほんと、山だね。」
プッと吹き出し、湯気の方に身を乗り出す。温泉って、どんな物だろう。
ただのお湯かな。
それで何故ツルツルになるのか不思議。
「ねえ、温泉ってのに入りに行こうよ。」
ベリーが、彼の腕をグイと引っ張る。
しかし彼は浮かない顔で、少し考えている。
ベリーは相変わらず新しいことには二の足を踏んで好奇心の薄い彼の額をはじき、クスクス笑った。
「まーた何か考えてる。フェザーってば、なるようになるさって考えればラクだよ。もっともっと、楽しいことが待ってるよ。」
そう言う物だろうか?時々ベリーの気楽さがうらやましい。
「そっかな?」
「そう、そう、じゃあ、僕は先に洗濯に行くから、帰るまでに決心つけといて。さ、とにかく服を脱いで。ほら、このガウンとズボンに替えてよ。
あ、フェザー聞いてなかっただろうけど、この部屋着姿でお風呂に行って構いませんって。
結構いい部屋着だし、ほんとラクだよね。ここって。」
「ふうん。」
草色のガウンとズボンは、しっかりした作りで着てみるとゆったり。
2人とも男性でも小さい方なので、ちょっとゆったりしすぎているが、肌触りが良く着心地はいい。
服を着替え、そして他の洗濯物と一緒に抱えてベリーが張り切って部屋を出る。
昨日、川で洗濯はしたけど、ベリーは洗濯大好きだから機会さえあればしないでいられない。
「えっと、洗濯場はどこだろう。お風呂でいいのかな?」
ルンルン廊下を進んで先ほどのメイドに洗濯場を尋ねると、まあっと洗濯物を奪い取られた。
「お洗濯でしたら、私どもが仰せつかります。当方にはサスキアから取り寄せました洗濯器械がございますので、下着からコートまで清潔に仕上げて差し上げます。」
「いや、これは僕が洗いたいんだ。悪いけど。」
「いいえお客様方には特に、オーナーより十分なご静養をしていただくようにと仰せつかっております。どうぞ身の回りのことはご心配なく。」
「でも、僕がこれは……ああ、僕が洗濯したいのにー」
さっさと持って消える彼女に、がっかりとベリーが肩を落とした。
ボウッとしてるなんて、自分にはよほど毒のような気がする。細々動いてないと、なんだかちっとも人の役に立ってないような気がしてたまらないのに。
せめて何か、一つだけでも仕事しないとゆっくりなんて出来ないよ。
部屋に戻り、溜息を一つ。
「ベリー、もう済んだの?」
問いかけながら椅子に腰掛け壁を眺めているフェザーに、パンと手を叩いた。
「そっか、洗い物がここにいた!」
元気な声に、彼がのんびりと顔を上げる。
「さっ!お風呂に行くよ。よっく見たらフェザーも僕も、凄く汚れてるから丁度いいじゃない。」
何が丁度いいのかわからないが、フェザーの腕をグイと引き、そしてタオルを手に部屋をあとにする。
「ベリー、昨日川で拭いたから綺麗だよ。」
「ダメダメ、川で水浴びしたのだってもう5日くらい前だよ。こんな機会ないんだから、ちゃんと石けんで洗わなきゃ。」
強引に連れられ、風呂場を覗く。
半露天でまわりを木に囲まれ、大きな石造りの浴槽からは湯気が立ち上り人の影が1人湯気の向こうに見えた。
「わ、僕こう言うの初めてだよ。ほら、服脱いで。」
「はあ……」
入って行き、棚に脱いだ服を置いてグイグイと迷惑そうな顔のフェザーを引っ張って行く。
「さあ、洗うぞー。僕張り切っちゃう。ほら座って。」
「張り切らなくてもいいよ……」
聞いていないのか、ベリーは生き生きとした目で溜息をつくフェザーにバシャンと頭から湯をかけた。
「わっベリー、自分で洗うから……」
「ダメッ!僕がすみずみまで洗うの!あっ、イイの見つけた。」
備え付けのシャンプーを見つけ、フェザーの頭を泡だらけにして洗い始める。
「あれ?フェザーってほんと日に焼けないんだね。」
シャカシャカ髪を洗いながら、彼の身体を見て自分の身体と見比べた。
ベリーの身体は日中の強い日差しに負けて、上着をしっかり着ていたのにうっすらと日に焼けている。
なのにフェザーは、ベリーより白いのにさっぱり焼けていない。うらやましいと言うより不思議だ。確かに外地に出たあと研究所に来ても、一緒に行ったグランドは真っ黒に日焼けしていてもフェザー……レディは全く焼けていなかった。
「なんでだろ。」
不思議につぶやくべりーに、フェザーが小さくつぶやく。
「そういう風に作られているんだろうさ。……どうせ作られた人形なんだ。」
言い捨てる彼に、ハッと悲しい顔でベリーが手を止めた。
「僕だって……僕だって、複製品でしかないじゃない。」
「ベリー。」

そんなつもりじゃ……

フェザーが思わず顔を上げて目を開ける。
「あっ!つっ!クソ、しみた。」
「くすっ、ほらご覧よ変なこと言うから。」
泡が入った目を押さえる彼に、ベリーがプウッと吹き出す。その時背後で、湯をかけ老人が1人湯に入っていった。先ほど見た、先に入っていた1人だろう。気持ちよさそうに大きく息をつき、気軽に声をかけて来る。
「おや、兄ちゃんたち兄弟かい?」
ベリーが振り向き、ニッコリ微笑んだ。
えーと、どう返した物か。
一々説明するのも無理だし、説明しようがない。
と、言うわけで手っ取り早く。
「ええ、兄弟です。」
「ほほっ、こりゃまた極楽鳥みたいな兄さん達だ。この町は初めてかい?」
「ええ、今日着いたばっかりで。」
「あんた達いい所に泊まったよ、この町でホテル専用に温泉持ってるのはここだけなんだ。
他は共同浴場さね。」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ、温泉引くには金がかかるからな。ここのオーナーのバアさんは、サスキアで稼いで帰って温泉掘って、食堂開いて大当たりじゃ。」
「へえ……」
サスキア帰りか。通りでここの作りは洒落ている。それに軍の話しをしても、驚きもしなかった。懐の深い人のようだ。
「僕ら、運が良かったのかな?」
バシャン、バシャン、髪に湯をかけすすいでゴシゴシ拭く。次に手に石けんを泡立て、彼の背中を撫でるとフェザーが驚いて嫌そうに身をよじった。
「いい!いいよ、身体は自分で洗うから!」
「ダーメ、諦めなよ往生際が悪い。ほらこうして撫でると滑りが良くて気持ちいいじゃない?僕、手でコレしてあげるのが好きなんだ。」
しかしそう言われても、まさかタオルも使わず手で洗われると思っていなかったフェザーは気持ちが悪くて仕方ない。
「いやだ、いやだって!」
「いいじゃない、……あれ?鳥肌たってる。やだなあ。」
ヌルヌル、その感触がゾッとする。
だいたいフェザーは人と肌を合わせるのは恐くてたまらないのに、ベリーはちっともわかってない。
イヤだイヤだと四つん這いで逃げていると、悪のりしてベリーが後ろから抱きついてきた。
「つっかまえた!」
「ひっ!」
まるで悲鳴にも似た声を上げ、フェザーの身体が凍り付いた。
しかしその光景は、端から見ると楽しそうに見えるのだろうか。
フェザーは死にそうなのだが。
その様子に老人がホッホッと笑った。
「若いモンは元気でいいわい。」

ガラッ!

突然ドアが開き、男が2人入ってきた。
「おっ!」
「あれ?」
ベリーが顔を上げ、フェザーから離れて男にぺこりと軽く会釈する。
2人は町に入る前に会った、トラックの男達だ。妙に馴れ馴れしいが、よう!と手を挙げ軽く挨拶してさっさと服を脱ぎ湯を浴びている。
「こりゃ運がいいぜ!美人も一緒だ。ちくしょう、やっぱり男だったのか。こりゃ参ったぜ、はっはっは」
何故か、ちょっと残念そうにつぶやいて豪快に笑っていた。
赤毛の男は30才を越えてるだろうか。多弁でゴツイほど筋肉質。そしてヒゲに負けないほど胸毛がモジャモジャしている。対して黒髪の男は無口な様子で、背も高く体格もいいが赤毛の男よりうんと若い。
なんだか悪い人達じゃ無さそうだ。
ベリーもクスッと笑ってタオルを取り、恥ずかしそうに身体を隠した。
「だから、男だって言ったでしょう?」
「ああ残念だ。なんで再会が風呂場なんだ?これじゃあ脱がせる楽しみがねえ。」
男は身体も洗わずドボンと湯に入る。
「誰を脱がすつもり?あきれた人!」
あきれてヒョイと肩を上げ振り向くと、フェザーはこっそり自分で身体を洗っていた。
「あー!僕がやるって言ったのに!」
「俺の身体だ、俺が洗う。」
「もう!」
結局、ベリーの洗濯熱は不完全燃焼で終わり、諦めて自分の髪を洗い始めた。

8、

「ああ、気持ちよかった。」
風呂から上がり、休憩用のロビーでファンに吹かれ涼む。
薄暗く狭いフロアーだが、木のベンチと小さなテーブルがあり、水差しとコップが置いてある。大きく開け放した窓からは中庭に出られるようになっていて、緑あふれた庭木は手入れが良く行き届いて整然として美しい。
日も傾いて、さやさやと木々を揺らしだいぶ涼しい風が吹き込んでくる。
他の宿泊客も、ちらほら風呂へやってきた。
だいたい家族か恋人同士の様子だ。
なるほど、ここは観光地らしい。
皆旅行で浮かれているのか楽しそうで、ジロジロ見られることもなく視線を気にする必要も無さそうだ。
ベリーは何となく気のゆるみもあって、とすんとベンチに座り、水を飲みはじめた。フェザーは風に誘われるように、庭に出て辺りを見回している。
「フェザーって、ホント緑が好きだよね。」
つぶやいた声は、届かないのか彼は何かに気が付いた様子で奥へと消える。いきなりベリーは不安になって、思わず声を上げ立ち上がった。
「ダメだよ!フェザーったら!」
追いかけようとした時、先ほどの2人も風呂を出てきた。
「おっ、また美人と会った。俺たち待ってた?」
「冗談。それにその美人って呼び方やめていただけない?」
「じゃあ、お名前は?」
「えっ、……えと、僕ちょっと今……兄弟捜してるから!」
名前を聞かれてドキッとする。
答えて良い物か迷いながら、逃げるように庭へとかけだした。
「あっ!おい!」



フェザーが、庭の小道をそうっと奥へと進む。
他人の家で足音を忍ばせる様は、まるで作戦行動時のようだ。
奥に長いこのホテルは、並ぶ客室の奥に風呂があり、その奥を庭が広がり山へと続く。
フェザーはしかし、その時何かの気配を感じ取り、誘われるように先へと進んだ。
その何かには、覚えがある。
しかし、何故ここにいるのかわからない。

ガタガタ、ガタガタ

激しく暴れているだろうその音に、フェザーは確信を持って草陰から覗き込んだ。
「ウー、ウー、ウーー」
うなり声を上げるその姿。
金色の毛皮を逆立て、檻の向こうにいる小さな身体。
そのあちらこちらは、治療してクスリを塗った為に塗れたように光っている。
間違いなく、朝に別れて森へ帰ったはずの、あのティーダの子供だ。
後ろ足は、だいぶいいのか地につけている。

なんで、ここに?

声もなくフェザーが近づくと、ティーダの子が気が付き顔を上げ、うなり声をぴたりと止めた。
そして見つめ合い、クンクン匂いをかいでくる。フェザーだとわかるとシッポを左右にゆっくりと揺らし、すり寄るように格子に頭をすりつけ、のどをゴロゴロ鳴らした。

俺のこと、わかるのか……

フェザーが檻越しに怖々と毛皮に触れる。
柔らかな、温かい身体。
その感触に思わず顔が緩み、優しくティーダの子を見つめた。

また、会えたな……
俺、会いたかったのかな。

自分に好意を示す様子が少し嬉しくて、久しぶりに心が温かくなる。
少なくとも動物は、レディアスであるときの過去など全く関係なく好きになってくれるだろう。素直で澄んだ瞳に、吸い込まれるようにフェザーもこのティーダが気に入っていた。
「お前、なんでここにいるんだ?」
手を離すと、なぜか頭を下げひれ伏す。
それは、紛れもなく忠誠の誓いだ。
つまり、フェザーをボスと認めている。
しかしフェザーには、それの意味はわからなかった。

「なんだ、あんたそいつ知ってるのか?」

背後からかけられた声に、ビクンと手を引きフェザーが振り向く。ベリーを先頭に、男2人がゾロゾロ付いてきていた。
「うぉっと、あんたのそのつらは、どうも心臓に悪いぜ。」
赤毛の男が、一歩下がって首にかけていたタオルで顔を押さえた。
どうも彼は、何故かフェザーの容姿が苦手のようだ。風呂でもべりーにやたら話しかけていたが、フェザーを避けていた。
「フェザー、この子朝の?」
「あ……ああ、そのようだ。」
知っている様子に、赤毛の男の横から黒髪の男が前に出る。そして檻の前に座り込んだ。
「なんだ、お前こいつらを追っていたのか。」
「追っていた?」
「ああ、この町に向かって足を引きながら歩いていたんだ。ケガをしているようだったので、保護したんだがな。
まあ、主が見つかったんなら安心して引き渡すさ。」
「保護?あなたが?」
不思議そうなべりーに、赤毛がニヤリと指を立てた。
「ああ、こいつ獣医でよ、時々こうしてトラックに乗って、開業資金を集めてるのさ。
母ちゃんはこんないいホテル持ってるんだから、出して貰えばいいのに変わってるよなこいつ。」
「えっ!オーナーはお母さんなの?」
「そうだよ、でなきゃなんで俺たちがこんないいホテルに泊まるかっての。なあ……」
ベリーの背中をポンと叩き、そしてウームと考える。
「えと、やっぱ名前教えてくれない?どうも話しにくくていけねえや。」
結局、これが一番言いたいのだろう。
ベリーは良くフェザーの名を呼ぶが、フェザーは全くベリーの名を呼ばない。
しかし、ベリーは彼を無視してフェザーの隣に並んだ。
「ね、仲間が増えていいかもね。きっとフェザーのいいパートナーになるよ。」
ベリーの問いに無言で、フェザーはプイッときびすを返し男達の横を通り過ぎて行く。
「あ、フェザーったら!」
慌てて追いかけようとするベリーの腕を、赤毛の男が掴んだ。
「こうして知り合ったのも縁だ。夕食、一緒にどうだい?彼も一緒に。」
「えっ、で、でも……」
「おごるよ。あとで部屋に誘いに行くから。」
「ダメだよ、来ないで。彼が緊張する。」
変わった答えに、男が怪訝な顔をする。わかったと手を離し、そしてニヤリと笑った。
「じゃあ、店で待ってるよ。一番奥の左端の席。」
「行けるかどうか、わかんないよ。」
「来るさ、来るまで待ってる。泊まり込んでもな。」
「強引な人だね、嫌われるよ。」
「ははっ、そうして俺に惚れ込んでいくのさ。どんな美人もな。」
「僕は男だってば!もう、知らない!」
走り去るベリーの背中を見送り、赤毛の男が振り返る。黒髪の相棒が、呆れた様子で溜息をついた。
「男口説いてどうするんだよ。」
「バーカ、あんな美人に男も女もあるかよ。お前だってあの魔物のような美人が気になってしょうがねえだろ?ずっと目で追ってるくせしてよ。」
「ふん、綺麗なものに惹かれて何が悪い。お前こそしつこくして……何がおごるだ。」
「まあまあ、いいから着替えてメシ食いに行こうぜ。」
「お前、うちでメシ食って払った事ねえんじゃなかったっけ。」
「そうだな、おごるってのは気持ちの問題さ。」
「調子のいい奴。」
「そうしてお前も俺に惚れ込んだんだろ?」
「なあ……」
「ん?」
「殴っていいか?」
黒髪の男が、拳にハアッと息を吹きかけ睨みをきかせている。
赤毛の男はヒョイと肩を上げ、ヤレヤレと首を振った。

9、

暗い廊下を縦に並び、2人無言で歩く。
フェザーはひどく、何かを悩んでいる。
あの子を受け入れるのが、そんなに考えることなのだろうか。仲間が増えるならきっと嬉しいはずだと思ったのに、何が心配なんだろう。自分1人ではまかなえない彼の寂しい心を、あの子ならもっと暖かくできると思うのに。
楽しそうな男女が前から歩いて来て横を通り過ぎる。
何となくそれに目を奪われ、ベリーは複雑な気持ちでフェザーの背中を見ていた。

なんて寂しそうな背中。
こんなに綺麗なのに、どうして彼は満たされないんだろう。
何故人間も、あのグランドさえ彼を傷つけるようなことをするのか。
こんなに彼は、純粋で一途に思っているのに。
一緒に暮らしていると、それが許せない気持ちでいっぱいになる時がある。

フェザー……

思わず彼の腕に手を回し、腕を絡めて手をつなぐ。
彼の手が驚いたようにビクンと震え、そして表情もなくうつむいた。
「ね、どうしたの?」
「……わからない。」
「ねえ、あの子を連れて行く?僕は歓迎するよ。一緒に連れて行こうよ。」
「わからないんだ!」
強い声に驚いて、ベリーが足を止める。
フェザーはサッと手をすり抜けて、1人で先を行ってしまった。
一体何を混乱しているのか、べりーには見当も付かない。確かに野生動物は、連れて歩く動物にはむかないだろう。
追われている自分たちには、気が回らず目が行かないかもしれない。
でもその時はあの子も自分で離れていくだろうし、エサだって回せない時は自分で取って食うだろうから別段困らないと思われる。
増してフェザーがそこまで深く考えるとは思えない。そんなことなら、すぐに自分にどうしたらいいか聞いてくるだろう。

一体何を悩んでいるの?
僕にはあなたの心の中が見えないんだ。

部屋に戻り、フェザーがまた窓を開けてさんに腰掛ける。
日が落ちて、夕日に赤く染まり始めた空を眺め、冷たい風に身体を抱きしめた。
「フェザー、もう窓を閉めないと風邪を引くよ。」
部屋の電気を付けて、かたわらに来たベリーが、彼の不安そうな様子に手を重ねた。
「どうしたの?何が恐いの?」
「わからない。」
「あの子が嫌いなの?」
「違う。」
「何が不安?」
「…………不安……なのかな。」
「だってフェザー、あの子を捕まえてきた時だって、すっごい不安だったじゃない。」
フェザーが頭を巡らせうつむく。
そして珍しいことに指をかんだ。
「……違う、あの時とは違うんだ。」
「じゃあ、フェザーの心の中を聞かせてよ。フェザー、心は口に出さないと伝わらないよ。僕も昔は主の言うことしか聞けないクローンだったけど、今は違う。そうでしょう?」
「う……ん……」

どうしよう。

どうすればこの心の中の言いようのない不安が言い表せるのか。
フェザー自身、自分でも驚くほどのその不安感の正体がわからない。
相手はたかが動物一匹であるのに。

またあの、柔らかで暖かい毛皮をさわりたいと、何度も思い返していただろう?

手を広げ、その感触を思い出すようにじっとそれを見る。
逃げている状態ではあるけど、連れて行けないわけじゃない。
状況次第で置いていっても、十分1匹で生きてゆける。あいつは野生なんだから。
いついなくなっても…………

突然、ズキンと胸が、重く痛んだ。

なぜ?

考えていた言葉を、何度もトレースして繰り返す。

いなくなっても
いつ、いなくなっても……

その言葉に、心臓が何かに掴まれた感じでつぶれそうに苦しくなった。
全てを失って、心に空いた穴を埋める物を捜して……
それが、もしあのティーダになったら?
また……
またそれを失ったら?

いやだ……
いやだ、いやだ!もう傷つくのは。
もう何もいらない!
こんな、こんな思いをするなら、もう大切なものなんていらない!

心の中のうつくしいものなんて、必要ない!

フェザーが顔を上げ、心配そうに覗き込むベリーの顔を見る。
口を開こうとして、そしてハッとなった。
優しいベリー。
いつも自分を包み込んで気遣ってくれる。
彼は……彼はどうなんだろう。
「ベリー……」
口を開き、一息息を飲む。
「なあに?」
ベリーは腰を落とし、かたわらに膝をついてフェザーの手を包み込んだ。
「ベリーは、俺の養子になったんだよね。」
「ああ、それなら心配いらないよ。仮のことだから、この旅が終わったら元に戻すってドクターも仰ってたし、僕も研究所に戻るから。
フェザーは僕のことは考えなくていいんだ。」
「う……ん、わかってる。」
研究所に、戻る……ずっと一緒にいるわけじゃない……
「こうしてフェザーの身の回りの事するのが仕事だし、ドクター達にもちゃんと頼まれてる。僕のことはなんにも心配いらないんだよ。」
「うん」

そうか……
そうだよね、ベリーは仕事なんだ。
別に俺のことを好きとか、大事に思って来てくれているわけじゃない。
俺、何を期待してるんだろう。
なんだか、ずっと変だ。

目を閉じ、息を整えベリーの手を離す。
そして窓を閉め、彼を置いてベッドに寝ころび大きく伸びをした。
「ああ、気持ちいいな。ベリー、大丈夫だよ。俺は1人で大丈夫だから。ティーダなんていらない。」
「いらない?連れて行かないの?」
「ベリーがいれば、それでいい。」
ベリーが立ち上がり、怪訝な顔でフェザーを見る。
「ふうん……」
コロンと横になり背を向ける彼に、ベリーは何か考えながら少しの時間そっとしておいた。

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