桜がちる夜に

HOME | ライトオンダーク 4

更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

4、黒髪の美女は要注意

ダイヤを持って逃げるバラスを追って、田舎町まで来た3人。
しかしそこにバラスの姿はなく、気の抜けたダークは女装して男をせっせと誘惑する。
ところがその男の正体は、2人を狙う殺し屋だった。

 上を見れば青く、何処までも広がる青い空、下を見れば何処までも広がる田園風景。
清々しい風が吹き、心が洗われゆったりと落ち着く。
近くにある小さな湖は緑に覆われ、都会の喧噪からは見事に離れてのんびりと休暇を楽しむ人々が散歩を楽しんでいた。
「で?ここの何処にバラスがいるって?」
ホテルのソファーに腰掛けた長い黒髪の青年が、ドンッとテーブルに足を投げ出す。
横から小さな少年がドカッとその足を蹴った。
「ふぎゃっ!」ドスンッ
青年ダークが蹴られた反動でソファーから落ち、ヨロヨロ椅子に這い上がる。
「何すんだよう、兄ちゃん」
「お前、行儀が悪い」
小さな少年ライトがプイッと顔を背けた。
チェッと舌打ちつつ、ドスンと椅子に座りダークは長い足を組んでプラプラとさせる。
ライトは部屋をうろうろして考えていた。
「バラスの情報、待つしかないな」
「現れるのを?」
「情報をだ。今まで追ってきて、まともに出会えたのは数えるほどしかない」
「こんな田舎で?住み込みなんて、そうないと思うぜ。今は畑も忙しくなさそうだし、リゾートって言っても店もろくに無いジャン。情報たって、畑仕事のジさまやバさまに聞くの?」
ブツブツ呟くダークに、ツカツカ歩み寄るとライトがドカッと蹴りを入れる。
「いてっ!また蹴った!」
「聞いてれば文句バッカだな。やる気がねえ」
「やる気が失せたもん」
「お前は本当に飽きやすい馬鹿だ」
またライトが蹴りを入れる。
「いてっ!もう、腹立つ。兄貴だからって威張るなっ、チビ!」
ピッ、ピピピピッとライトの額に青筋が立つ。
ドキッとダークが身を引いて小さくなった。
「あ、ごめん兄ちゃん。もう言いません」
「遅いっ!」
バキッと蹴りを入れられ、うつ伏せに倒れたダークをギュウッと寝技に持ち込む。
「ギャアアア!ごめんなさい、ごめんなさい!もう言いません、兄ちゃん許してえっ」
思い切りエビぞりに締め上げられ、ダークがバンバン床を叩いた。
ドンドンドン
「お客さん、下のお客さんから、うるさいって苦情が出てるんですよ。静かに願います」
「「はーい、すいませーん」」
2人がぶりっこして返事を返す。何しろ、このホテルには2人とも女の格好でやってきたのだ。
2人は家で代々守っていた「ランティスの黒ダイヤ」という盗まれた呪いの宝石を追っている。盗まれたときに守っていた母親を殺され、守ることが出来なかった家の2人も呪いを受けてしまったのだ。双子なのにライトは小さくダークは成人並み、しかもライトは壊れた物を直しダークは壊しまくる。「直しのライトと壊しのダーク」という異名さえ持っていた。
犯人を捕まえ、宝石を戻して呪いを解く。そのため、こうして数年を宝石を持つバラスという男を追って旅をしていた。
「ヤッホー、お買い物から帰りましたー」
旅の同行者の少女、ピアが元気にドアをノックする。ライトが鍵を開けてピアを入れたとき、ダークはまだ床に伸びていた。
「あれ?またプロレス?はい、リスト通りね」
「まあね、ん?歯磨き粉が違う」
「えー、だってこれじゃん」
「いや、このミントじゃなくてフルーツ味」
「どっちでもいいじゃん!お子ちゃまだね」
ウッとライトがつかえる。嫌いな物は嫌いだが、小さいだけに子供扱いされるのはもっと嫌だ。しぶしぶ袋に戻した。
「ねえ、あんまり店も品物無いよ。食べに出ないとやっぱ無理だよ」
「今日はさ、変装も休みたかったんだよ。女の子に変わるのも、かなり疲れるの」
確かに、美女に変わったダークはしっかりシナを作って歩いているし、可愛い女の子のライトはいつもぶりぶりっ子の内股だ。
「夕食は食べに出るから、昼まではこのパンでもかじっとくさ」
バラバラッとテーブルにパンを山積みする。
「食い物!パンの匂いだ」
いきなりダークが飛び起きて、ガッと両手に掴んだ。
「ダークッ、手を洗ってから」
ライトの言葉に、チェッと舌打ちながら流しに向かう。結局、万年欠食児童のダークは腹が減っていたのだ。
「さっき素敵なおじさまに会ったのよ、このリゾートで真っ黒なコート。相当浮いてたわあ」
「素敵…ああ、俺ステーキ食いてえ」
ダークは何でも食い物に聞こえるらしい。
「バラスじゃないよね」
ライトはさすがお兄ちゃんだ。
「違うわよお、ブラウンの髪をオールバックにして、スラッとしてたんだから」
「じゃあ違うか。バラスはブクブクだもん」
モクモク食べていたダークが、食べ終わると不意に立ち上がった。
「俺、シャワー浴びてくる」
「飯食って1時間は風呂入るな」
スカッとライトが足をさらい、ドタッとダークがまた倒れる。
「兄ちゃん、俺もう死にそう」
「お前がダレてるからカツ入れてんの。で?何処に行くって?」
ギクッとダークが知らないフリ。
「まだ締め足りないみたいだね」
「いやもう十分です。ちょっと男と会う約束」
「男と会って何するの?こんな田舎で」
「色事に、田舎は関係ねえのよ」
チッチッチッとダークが指を振る。
「いやらしいの」
いやーな顔でピアが見下し、溜息をついた。
「色事禁止」ピシャリとライトが告げる。
「えー、なんでー。だって、あのおっさん結構いい物持ってたぜー」
「休暇に来た金持ち騙して、バラスの情報が入るならいいけどね。お前のはただのサギ」
「だってー」
「だってもクソもねえの。俺、散歩行くからピア、ダークを見ててよ」
「あら、変装は?」
「ガキなんて結構いるだろ?」
「ああ、そうね」
今は季節がいいだけに、客の数も多い。部屋から出るところを見られぬように、サッとライトが出て階段を下りてゆく。
ここはエレベータがない。
まあ、古い建物だけに不便ではあるが、いい味のあるホテルだ。
ライトがキュッと深く被っていた野球帽を、湖の畔まで来て誰もいなくなるとポンと取って大きく深呼吸する。
「ああ、いい気持ち。確かに、ここはダークじゃなくとものんびりしちゃうな」
クスッと笑って歩き出す。やがてボート小屋にさしかかると、入り口にブラウンの髪をオールバックに撫でつけた男が立っていた。
ああ、ピアが言っていたのはこいつかと、ちらっと横目で見る。
男は、かなり良い仕立てのズボンにシャツ、ベストと赤いスカーフを首元に飾り洒落た格好をしてスマートだ。日差しにキラリと輝く高級そうな時計を見ながら、誰かを待っている風でもある。
「まさか、あいつがダークの相手かな?」
呟きながら、まさかと首を振りながら通り過ぎる。しかし、何処かで見たような気もする顔だ。まあ、ありふれた顔か、あの手は良くテレビでも見る。
「あっ、サルビアさん!」
男の嬉しそうな声が後ろでした。
ン?サルビアって、ダークの女の時の名前。
「ごめんなさい!お待ちになりまして?」
息を切らせながら裏声で話す、弟の声がしっかり辺りに響き渡り、ライトは思わず倒れそうになった。
「ま、まさかあの野郎」
こそこそ隠れて様子をうかがう。
「サルビアさん、ボートはいかがですか?」
「あら、いやだ怖いわ。私昼食を食べてきたばかりで、もどしたらどうしましょう」
恥ずかしそうにクネクネしながら言うブルーのワンピース姿のダークに、ライトが呆れる。
「そりゃ、パンを8つも9つも食えばもどすだろうよ」
いや、あいつはもどしても根性で飲み込む馬鹿だ。口に入れたら出すものかって奴だから、いずれは食った物で死ぬかもしれない。
「じゃあ、その辺を散歩しましょう。ここはとても良いリゾートですよ」
「ええ、私もこんな田舎が大好きですの」
うそつけっっ!
歩き出した2人を、そろそろとライトが追う。
ダークは男の腕に手を回し、しなだれかかるようにして歩いている。
「何か、ムショーに腹立つなー」
ライトがイライラしながら木の陰に隠れて呟いた。
ピルルルル
「あ、これは失礼」
男が腰のポケットから電話を取りだした。
「ああ、俺だ。わかっている、例の写真は受け取った。もう一人がわからないが、恐らく同行しているだろう。わかった」
ピッと切って、ダークの肩に手を回す。
「お仕事?」
「ええ、余裕のない方の依頼なので、よく電話がかかるのですよ。無粋な電話は切ってしまいましょう」
そう言って、電源を切るとポケットにしまい込む。そしていきなり、ダークの身体を引き寄せギュッと抱きしめた。
アッとライトが飛び出しそうになる。
「あ、あ、あ!こら、離れろ!」
アワアワと、見ていて何故か赤くなった。
「サルビアさん、僕は、あなたのことが」
「い、いやだ、まだ早いわ」
「ああ、僕はもう我慢できないんです」
目を見開いたダークの唇に、男の顔が迫ってゆく。手はすでに、スカートの裾をまくり上げて足をなで始めていた。
「なんて気の早い野郎だ、このー」
ライトが身を乗り出し、ギュッと拳を握る。
しかしググググッと顔が近づくたびに、ダークの顔がススススッと引いてゆく。
「サルビアさん、僕は、僕は」
業を煮やして男がギュッと腕に力を入れる。
あーもう駄目、ダークがギュッと目をつぶった。
「うえええええーん!ママー、ママー!」
思いあまっていきなりライトが泣きながら飛び出した。チッと男が手を離し、ダークがパッと飛び退く。
「ママー、何処にいるのー?」
「ま、まあ坊やどうしたの?」
ダークはスカートの裾を直しながら、泣きわめくライトに逃げるように飛びついていく。
「ママー、ママがいないのー」
「困ったわね、誰もいないようなのに」
振り向くと、男はすっかり気をそがれてヒョイと肩をあげる。
ダークはライトの手を引いて立ち上がり、男に別れを告げてホテルへ向かった。
「また!お会いできるのを楽しみにしていますから」
「ええ、じゃ失礼します」
ホテルへ向かいながら、ダークがホッと胸をなで下ろす。男とキスなんて、冗談じゃない。
ライトが繋いだ手を、ギリギリと力を込めて握ってきた。
「いででで、痛いよ兄貴」
まったく、ここへ来てダークはライトに痛い目にばかり遭わされている。ずっと女の格好で外を出歩いていると、何人もの男に声を掛けられ、そのたびにライトが睨み付け、気合いを入れると蹴ってくる。
「何で邪魔したわけ?」
ムウッと黙っているライトに、ダークがクスクスと笑った。
「兄貴ってば妬けるんだ。俺、弟だぜ?」
妹に妬けるなら話は分かるが。
「ふん、困ってたくせに」
「まあ、少しね」
「ピアは何してるんだ」
「ああピアね。忘れてた」
ホテルの部屋に戻ると、トイレのドアを押さえていたソファーが斜めになって、無理矢理ドアをこじ開けた様子が見て取れる。部屋の奥へ入ると、ベッドにグッタリとピアが横たわっていた。
「だーーーくうーー」
「よ、力持ち女」
茶化すダークに、ピアは思い切り枕を投げた。
ホテルのレストランで兄弟とも女装して夕食を取りながら、ダークがちらりとまわりを見て声を潜める。
ライトはその言葉に、思わず耳を疑った。
「もう一度言ってくれる?」
「実は、あいつの財布からスッた札の間にね。あっでもちゃんと財布は返したんだぜ?お札の一部をね、抜き取ったの。いいじゃん、いっぱいあったし、足撫でられたお代」
プルプルとライトの手が震える。まったくこの弟は、手癖が悪くて頭が痛い。
「お前、部屋に帰ったらまたお仕置きだ」
グサッと肉にフォークを突き刺しギロッと睨む。ダークがヒーッと縮み上がった。
「で?何があったの?お札の間」
ピアが身を乗り出して聞いてくる。
ダークが 折り畳まれた紙をライトに差し出した。覗き込むピアの前で、ライトが受け取って開いてみる。
「あ、これライトじゃない?」
ピアが言うまでもなく、それはモノクロに映し出された、あのドーラが経営するカジノの防犯カメラに写ったのであろう、ライトの姿だった。
「どうしてあいつ。待てよ、あの電話でなんて言った?」
ライトに言われて、ダークがうーんと考える。
「確か、もう一人がわからないけど、恐らく同行しているだろうって」
「で、この写真を持っていることは…」
「え?なに?なに?」
ピアにはピンと来ない。しかし、ドーラが行方不明の今、バラスも資金源を失い相当焦っているのは確かだ。と、なると、考えられることは一つ。
「俺達消して、黒ダイヤを自分の物にしたあげく一所に落ち着くか」
ライトが、一層声をひそめて言う。ダークが確信を持って頷いた。
「つまり、バラスに雇われた殺し屋か」
「こ、殺し屋?とうとう出た!」
ピアが絶句してバタッとテーブルに突っ伏す。
覚悟はしていたが、やはりこの兄弟についてきたのは間違いだったかも。
「あたし、帰ろうかな」
「まあ遅いな。きっと俺達の顔は割れてるよ」
ダークは人ごとのように言って、淑女らしからぬ食欲を全開にして皿を次々に空けてゆく。
「まあ、こんなに食う女はいないわね」
ダークの前に重ねられた皿を数えながら、ピアは大きな溜息をついた。
ツインの部屋で、男2人女1人。
普通男が椅子に寝るが、彼らのお荷物は女のピア。小さなソファーに横になって、眠れないけど当たり前だと思う。
「ねえ!殺し屋に狙われてるんでしょ!」
「うーん、うるさいなあ。じたばたしてもどうしようもないよ、なるようになるさ」
ライトがそう言って布団を被る。ダークはすでに夢の中。
「信じられない神経だわ」
やっぱり子供ねと、首を振って横になる。
しかしそう言うピアも、いつの間にか寝息を立てていた。
窓を少し開けていると、シンとした中に時々虫の音や鳥の声が聞こえて、田舎の気配が心地よい。
「ダーク、俺、思い出した」
小さな声で、ライトが呟く。
「何を?」
眠っていたはずの弟が、はっきりした声を潜めて返す。
「あいつ、母さんを殺した奴に似てる」
「似てるんじゃなくて本人だろ?」
「髪の色が違う。もっと、怖い顔だった」
「兄貴ははっきり見たからな」
「ダークは寝てたね」
シンと、二人の間に暗闇が落ちる。
やがてクスンクスンと、ダークの方からすすり泣きが聞こえはじめた。
「泣くなよ、泣き虫」
「だって、兄ちゃんがいじめるもん」
母親が殺されたとき、のんびり寝ていたことが許せない。物音に目が覚めても、怖くてベッドに隠れていた。
「どうせ、意気地なしなんだ」
ダークが暗い声で自分を責める。
「今は違うよ、あの時はガキだった」
「許せないよ。母さんは守ってくれたのに」
「許していいんだよ、俺達は生きているだけで母さんに恩返しできる」
雲が晴れたのか、窓から月明かりが漏れてライトがにっこり笑うのが見えた。
ダークが布団で涙を拭いて、ヘヘッと笑う。
その時、ドアでカチャンと物音がした。
サッとベッドを降りて、隠れながらピアの口を塞ぎベッドの影に引きずり込む。
「銃、持ってるかな?」
「どうするの?」
サッとドアから照度を落とした明かりが漏れて、人の影が浮かびパタンとドアを閉める。
カツ、カツ、カツ
黒い人影がベッドの脇に立つと、スッと銃をベッドに向けた。
パシュパシュパシュッ!
銃声に、ピアがビクンと体を震わせる。
ピアの歯がカチカチ鳴って、抱きしめていたダークがギュッと強く抱くとパッと離れた。
男が空のベッドに気が付き、バッと布団をめくった。
壁側に隠れていたダークがダアッと飛びだし、向けられた銃にバッと手を振り上げる。
パシュッ!バンッ!「な、なに?!」
反射的に撃たれた弾を避けながら、ダークが銃を破壊し男の手の中で銃身が弾け飛ぶ。驚いてひるんだ男の膝に、ダークは思い切り後ろから蹴りを入れると、男はガクッとひっくり返った。
「それっ!踏んじゃえっ!」
バッとライトがすかさず布団をかぶせ、上から2人でドカドカ踏みつぶす。
「うおお!この野郎!」
布団の中では、踏んでくる足を振りほどき男が何とか起きあがろうともがいている。
ピョンと2人が突然布団を降りて、男が頭に血を上らせながら布団をバサッとはね飛ばすと、頭の上から大きなソファーが迫ってきた。
「このっ、おわわ」
「せーの!」
3人がかりでソファーを思いっ切り持ち上げ、男に向けてドスンと落とす。そしてそのソファーにポーンと飛び乗った。
「ギャーッ!」
断末魔の叫びを上げて、シーンと男の動きが止まる。
「死んじゃったかな?」
ピアが恐る恐るソファーから降りて覗き込む。
ドンドンドン
「お客さん、静かに願いますよ」
ホテルマンの声にパッと顔を上げたダークがライトに頷き、悲鳴じみた声を上げてドアへ飛びついた。
「助けて!助けてください!」
「ど、どうしました?」
「この人が急に・・」
電気をつけ、アッと驚きホテルマンが部屋を飛び出してゆく。
「大変だ!ポリスを!誰か来てくれ!」
ザワザワと、近隣の部屋の客まで起きだしてきた。ホテルマンが戻り、客をライト達の部屋から押し戻す。
騒ぎの中、ライトは壊された銃を気付かれないよう元に戻し、ピアは上手い具合に泣いて気を引いてくれていた。
「きっと、人違いじゃないかと思うんです」
「僕たち、子供ばかりだし」
ピアとライトがホテルマンを部屋から追い出し、必死に訴えている。わんわん泣きながらライトが廊下で気を引く内に、ダークは中で男の元に跪き、そっと話しかけた。
男は気が付くと、事態に諦めたのかソファーの下で笑い出す。
「ガキにやられたのか?この俺が」
「いい気味だ、この殺し屋野郎」
チラとダークがドアを気にしながら、男の髪を鷲掴む。するとスポッと髪が引き抜けた。
「あっ」「あれ?」
ダークがブランと下げる髪はカツラ。男はきれいに頭頂部が禿げていた。
「何だ、カツラだったの?」
「クソ、戻せ!クソガキ、男を騙しやがって。通りであの時、股間に何か当たって変だと思ったんだ。俺は本気だったんだぞ!」
プッと思い出してダークが吹き出す。
「何かとは何だよ、これは俺の大事なオチンチンなの」
ダークの顔に、チッと男が目をそらす。
「ランティスのガキか」
「そうだよ、あんた母さんを殺したんだ」
「憎いか?」
「憎いよ、当たり前さ」
遠くから、どんどんサイレンが近づいてくる。フッと笑って男がダークに言った。
「ランクルって街の、スレた歓楽街にいきな。ルーラーって店に、フレアって言うバラスの女がいる」
「なんで教えるのさ」
「俺も、初めて愛して、大事だと思える女が出来たのさ。夢だったけどね」
クスッと笑って、ダークが男の顔にカツラをポンと載せ、チュッと唇を合わせる。
「ごめんな」
母親のかたきに自分は甘いと思いながら、ダークは立ち上がりドアを出た。
バタバタと、ドアの向こうにはポリスの足音が聞こえる。
「潮時か。美しい女には、棘があるな確かに。いや、男か」
窓から、美しく輝く月が見える。
男はソファーの下で、数限りない犯罪に染めた手を、洗い流すときだと心に決めて、暖かな唇の感触にいつまでも浸っていた。
翌日、ヨークの警察署は大変な騒ぎになっていた。
「逃げられましたっ!」
「誰にっ?容疑者か?」
「いえ、被害者です!」
「あの、子供達か!」
聞き取った、住所氏名は全くの嘘。
くわしくは明日と泣き叫ぶライトとピアを連れてダークは一端ホテルへ帰り、そのままドロン。
ドロンは彼らの十八番なのだ。
「すると、宿賃は?」
「それが、倍置いてあったそうで」
「なら、犯罪にもならないじゃないか」
「はあ」
殺し屋にライト達の事を聞いても、知らぬ存ぜぬぬらりくらり。
「あなたがたも、黒髪の美女には注意なさい」
そう言って、おかしくてたまらない様子でゲラゲラと笑っていた。