桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

カインの贖罪  夢の慟哭

>>登場人物
>>その1
>>その2
>>その3
>>その4
>>その5
>>その6
>>その7
>>その8
>>その9
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「その5」

「何が許さんだ、クソジジイ。」
ダッドが拳を握りしめ、ギリギリ歯をかみしめる。
ボンッとベッドを殴り、放り出した電話をとる。気が重く、一つため息をついた。
そして次のダイヤルを押して、局長へと連絡を入れる。やや、返ってくる反応を警戒して、心の準備をしていた。
『どうか?』
「失敗しました、申し訳ありません。」
『ほう。沈着冷静が売りの君のことだ、余計なことは言わなかったろうな』
「言いました。それで許さん、と。」

『バカものっ!』

キーンとほお骨から鼻骨まで振動が来た。
なるほど、これがあの局長の怒鳴り声かと納得する。一応電話は壊れなかったようだ。
『もういい、お前はお前の仕事に徹しろ』
「了解。」
ピッと切られて、ため息をつく。
結局事態を悪化させる可能性を増やしたようなものだろうか?
あの父が、そこまで自分を思っているようには思えないが、何かに利用しようとは考えていたかも知れない。
それにしては離婚した妻は、上官の娘ではあったが普通の女だった。初めて写真を見せられた時も別れる時も、自分の意思を尊重してくれたように思う。

コンコン

ノックの音がして、部屋にロイドが帰ってきた。
落ち着いてベッドを直し、フッと微笑んで髪を整える。
「よ、電話終わったか?またお母さん?」
「ああ、いや、父だよ。久しぶりなのでね、多少長話になってすまなかった。」
「長話・・ねえ。」
時計を見るまでもなく、3分もたってない。
「あんたの家族は、ちょいと変わってるね。」
「そうかね?」
ダッドが椅子に腰掛け、カバンを開ける。
中にある装備を点検して、時計を見た。
「大統領、あと6時間後か。今、サスキアも夜中だな。」
「そうだな、こっちが12時だから向こうは3時か。・・親父さんはどこにいるんだ?」
「さあね、すぐにばれるような所にいないことは確かだ。」
「ふうん」
ロイドが深入りせず生返事を返す。
彼は謎だらけ。親がどんな人物か探ってみるのも面白そうだが、今はその時ではない。
「さて、そろそろ出向くか?」
「ああ、キサが来てるかな?行こう。」
2人がコートを羽織り、バックを持って部屋を出る。
部屋には何も残さない。
前払いで一泊部屋は取ったが、イザという時はそのままトンズラ。何も痕跡を残さないのが、彼ら調査部の常識だ。
1階の駐車場へ向かうと、キサの小型バンが一瞬パッとライトをフラッシュさせる。
ブオンとふかし、2人の前に近づいてきた。
「おっそーい!」
「遅いかねえ、って言うよりお前が早いんだよ!」
バンッと横のドアを開けて、ダッドと乗り込む。
それと同時に車はグンと走り出した。
小さなバンの中の後ろの空間には、作り置きの棚に固定されてはいるがパソコンがあふれ、逐一何かの情報を自動的に落としている。
ロイドが呆れて首を振った。
「なんだよこりゃあ、お前の病気ひどくなってんじゃねえの?」
「やあねえ、病気なんてさ。情報マニアって言ってよ。」
「こんなもん、一体いつ見てるんだ?」
確かに、膨大な量のあらゆる情報をパソコンに落としていると言っても、後で見るには相当時間がかかるだろう。
しかしキサは、ふうんと息を付いてしばらく考え込んでいる。
信号で止まり、くるりと振り返ってニヤリと笑った。
「あたしさ、脳にマイクロチップ埋め込んでるのよ。」
「はあ?なんだよ、それ。」
「それだけ!それ以上は極秘。」
怪訝な顔のロイドをよそに、ダッドが顔を上げる。
彼女の顔を見てニヤリと笑い、なるほどと身を乗り出した。
「あの、一時話題になっていたのは君か、なるほどあの局長がスカウトしないわけがない。」
「なんだよ、それ。お前そんな有名人?」
「なーんだ、ダッドさん覚えてるんだ。」
ぺろりと舌を出し、信号が変わって車を発進させる。
訳がわからずキョロキョロ見回すロイドに、ダッドが話を聞かせた。
「君も聞いたことがあるはずだ。脳腫瘍の少女に、取り除いた脳の一部の替わりにマイクロチップを埋め込んだと言う報道。
あの時は行き過ぎた医療じゃないかと相当論議を呼んだね。」
「あ、ああ!あったな、逸脱した医療行為か新しい治療法か。でも、確かあれは人間としての尊厳をどうとかって随分・・」
「アハハハ!バッカみたい。一生植物状態か、一か八かでチップを植え付けるかって言われたら、どちらに決めるか分かり切ったことじゃん。」
「だろうね。解説者達の論議は、当人の置かれた状況に親身になっていない。一人歩きだ。」
ふうんと、ロイドの顔がしんみりと彼女の後ろ姿を見つめる。
「お前もタダの変な女じゃなかったんだなあ。苦労したんだ・・・」
しかし、そんな彼の気持ちを吹き飛ばすように、キサはプウッと笑い飛ばした。
「あら、苦労何かしてないわよお!アハハハ、ばっかみたい。便利になってラクしてるっての。外部から脳の情報チップにアクセスできる機能活用してさ、おかげでパソコンから常時情報取り込み放題よ。
面白いわよお。今度の大統領に関する話し。
若い頃からあの凶王ランドルフに入れ込んで、彼のようになるのが目標だって言ってたらしいから、まああいつを暗殺したい奴はわんさかいるわよね。
その一方では、あの頃の強豪だった13コロニー懐かしむ声も多くてさ、支持する人も多いし・・ヴァインがどういう反応するかよね。
ヴァインはほら、人間至上主義で、クローンをまた再生産して下僕として有効に使うべきだとか最近触れ回ってるみたいだし、何だか昔のレダリアみたいな事言ってるじゃない?
あの大統領と手を組めばさあ、そりゃすっかり昔のレダリアみたいじゃん。例の教祖が大統領と会うんじゃないかってさ、みんな騒いでるわけよ。」
「教祖って、死んだとか噂じゃねえか?」
「さあ、ヴァインは一切否定してるわよ。まあ、何にしても彼らが肯定するのは見た事無いけどね。」
一気にしゃべるキサは、面白くてたまらないようだ。
しかし、その言葉が世論を反映しているようで不気味でもある。
「ヴァインと、あの大統領が組むか・・・」
ダッドがヒゲがうっすら触る顎をザりッと撫でた。
考えられることではあるが・・
今、カインを事実上掌握しているのは連邦軍だ。
よってそれを黙って見ている軍ではない。
・・だからといって暗殺というのも尚早ではないか?父は何を考えている・・?
まして今のカインに、それほどの価値があるように思えないが。
「ダッド、仕事が済んだらすぐにカインへ降りなくていいのか?」
一応予定ではルーナの夜明けを待って、朝一番の定期船で帰るつもりだ。
どんなに一秒でも早く帰りたくても、理由をなんとする?極秘で動く自分たちが、軍の船を動かすわけには行くまい。
チャーター機など、動かす力も金もない。
「仕方ないさ、時間のロスはどうしようもない。彼の兄弟達を信じるよ。」
「辛いな。」
ロイドがバンと力づけるようにダッドの肩を叩く。
運転席で、キサが大きくため息をついた。
「男同士で好き嫌いって、何か複雑う。
そんなにいい人なの?グランドさんと取り合ってる人って。」
クスッとダッドが笑った。
まあ、異性にしか興味がない人間には、同性に恋愛感情のある人間の気持ちなど、少しもわからないだろう。
「まあね、可愛いのさ、君と良い勝負だよ。
ネコのように気ままで、一人を怖がる寂しがり屋だ。」
隣でロイドがクッと笑う。
「あれが可愛いねえ、俺は時々怖いけどな。」
「なあにい?可愛くて怖い?何か更に不思議だわ。まるでさあ、ほら、パンダベアね。可愛いのに猛獣でしょ?」
ブウッとロイドとダッドが吹き出した。
げらげら笑って、どう考えても今は3D画像でしか見られないパンダだが、それと重ならない。
「ベアねえ。まあ、お前も一度は管理局に来ればいいさ。」
「あら、それもいいわあ。サスキアに買い物に行ってみたいもん。」
「けっ、女みたいなこと言いやがって。」
へっとロイドが馬鹿にする。
と、いきなりキサがハンドルを切った。
ギキキキキキッ!
「うわああっ!」
ボスッとロイドがダッドの膝に倒れ込む。
「ふんっ!口が悪いと罰が当たるのよ!」
ウーッと唸ってロイドが起きあがると、苦い顔でダッドが笑った。
「彼なら、膝枕も嬉しいんだがね。」
「悪かったな、可愛くねえゴツイ男でよ。」
フッと笑い、ポケットから革の手袋を取り出してキュッとつける。
「現場に到着〜」
キサがおどけて言いながら、ニヤリと親指を立てた。

*****************************

かすかに日が昇り、うっすらと朝日がカーテンの隙間から差し込んで部屋を照らす。
まだ低い気温に、ブルッと身体が震える。
居間でゴロゴロと横になったシャドウ達4人の中、いつも寝坊するセピアがパチンと目を覚ましてむっくり起きあがった。
ごそごそと、起き出してグランド達の部屋に行く。
ドアを開けるとヒンヤリした空気はじっとそこに漂い、ベッドはきれいに布団がたたまれて主の帰りを待っていた。
セピアがボスッとレディアスのベッドに飛び込む。
枕と彼愛用の毛布を抱きしめ、くんくん匂いをかいだ。
ほんのりシャンプーの香りと、彼の薄い体臭が懐かしい。
目を閉じてじっと抱きしめていると、ドアにぼさぼさ頭のブルーが立っていた。
「何してんの?お前。」
「レディの匂い覚えてんの。」
「犬かよ、アホ。」
「いいもん、アホでも。
レディだけだもん、セピアを女の子扱いしてくれたの。」
「いつー?俺見たことねえぞ。う〜さむ。」
ハッとため息付きながら入ってくる。
「ずうっとずっと前。子供の頃。今だって、あたいには優しいんだもん。」
「まあな、お前の金遣いの荒さに目くじらたてねえの、あいつだけだな。まあ、あいつにとって、金なんて有ってもなくても全然気にも留めねえし。」
ボリボリ、頭を掻いて大きなあくびをする。
余り熟睡できなかったし、昨夜ヘリを念動力で引っ張ったせいか、いまだ頭が痛い。
じっとベッドに寝っ転がったまま動かないセピアの元に行くと、ドカッと横に座った。
「ガキん時、レディって優しかったよな。」
「うん。よくさあ、夜中にお布団直してくれるの。あたいそれが大好きでね、わざと跳ね飛ばしてたんだ。」
「へっ、わざとじゃねえだろうが、お前のバヤイ。雑魚寝してるとゴロゴロ転がって、俺たち伸してたろ。」
「へへ、あの頃が一番楽しかったよね。」
起きあがり、窓から空を見る。
朝焼けの空は、暗い雲が点在して風に流れ、どんよりとした空気を帯びている。今日は確か午後から雨の予報だ。そろそろ、家を出る準備をしなければならない時間だ。
「なあ・・セピアよ。」
「あによ。」
「・・言うまいと思ってたけどよ。」
怪訝な顔でセピアが振り向く。
じっと見つめ合っていると、いつからいるのかドアにはシャドウ達も立っていた。
「お前がヘリで泣いたとき、レディアスはほんのちょっと元に戻ったんだ。」
「元に?」
「昔の、レディアス。
お前が泣くのはイヤだって、心で叫んでた。」
「ほんと?」
ブルーが、無言でうなずく。
見る間にポロポロとセピアの目から涙があふれ、彼女はブルーに抱きついた。
「昔か・・昔が良かったって、俺たちは簡単に言えねえのが辛いよなあ。
俺はいつもみんなの心を知らず覗いちまうけど、あいつの心じゃ昔の記憶がひどくぼやけてしまってる。嫌な記憶と一緒に、楽しかった思い出もみんなゴミみたいにフタしてるんだ。
俺たち、一体いつになったら心が安まるんだろうなあ・・」
ふと気が付くと、グレイとシャドウがドアの所に立っている。
「もう!人間なんか、大嫌いだ!」
わんわん泣くセピアの頭を、部屋に入ってきたグレイがそっと撫でた。
「僕も・・僕もこんな気持ち、本当に久しぶりだよ。思い出したくもなかったけど。」
グレイが悲しい顔で目を閉じる。
彼も身体をもてあそばれ、女性の部分で性的な虐待を受けている。
旧カインは、レディアスのみでなく彼らにも暗い影を落としていた。
「グランドも、戻ってくるよね。」
鼻をすすりながら、セピアがブルーを見上げる。
「グランドは、局長が任せろと言ったんだ。局長だけは・・俺、信じたい。」
「局長だって、軍の人間じゃないか。あたいはもう、誰信じていいのかわかんない。
ブルー、シャドウ、グレイ、あたいは決めたんだ。」
ハッとブルーが顔を上げる。
そして顔色を変えて首を振った。
「駄目だ。お前が無茶すりゃレディアスが悲しむって少しは考えろよ!」
「だってっ!」
息巻いて、セピアがブルーにつかみかかる。
「待て!セピア、ぐるじい!」
「おいおい、ブルー殺す気かよ。」
ギュウッとブルーの襟首掴むセピアに、シャドウがこれこれと引きはがす。
じたじた駄々を踏むセピアをなだめながら、フッと息をついた。
「で?お前の浅知恵は?」

「・・あたいが、大統領やったるのよ!」

「アホ!」「馬鹿!」「この大馬鹿野郎!」
ボカボカボカッ!!「きゃん!」

「うう、痛いわさ。」
「アホなこと言うからだ、馬鹿。ほんと馬鹿だな、おめーは。」
シャドウ達が大きくため息をつく。
短絡的な考えのセピアは、本当に何をしでかすかヒヤヒヤ物だ。
「るさいわねえ、じゃあどうすればいいんよっ!」
「だからあ、俺が探して教えるって言ったろ。」
ゴシゴシ涙を拭いて息巻くセピアに、ブルーが手ぐしで頭を掻きながら眉をひそめて言った。
自信はないが、それしかない。
大勢の中から一人を捜すのは、砂場で一粒の砂を探すのに等しい。よほど強い意識が突出していないと、見つけるのは無理だ。
なのにレディアスは、心をすっかり閉ざしている。
ブルーには、彼を見つける自信はゼロに等しかった。
「何か、あいつの周りにアリアも付きそうって言ってたみたいだし・・なんとかなるさ。」
だんだん時間が近づくと、ブルーの声もトーンが落ちてくる。
怪訝な顔でセピアが、頬をブウッと膨らませてブルーの頬をギュッとつねる。
「い、てててて。」
「ブルー、全然自信がないみたいなんだもん。あたい、安心できないよ!」
とうとう言われてしまった。はっきりと。
「・・そりゃあ、悪かったな!」
ブルーが大きく息をつき、バンと両手を打って寝転がる。
すねてころころ転がり、うつぶせてボスボスとマットを殴った。
「じゃあよお、どうすりゃいいんだよお!
だって、レディは心が真っ黒でさあ、わかんないんだよお。」
ため息付いて、シャドウとグレイも向かいのグランドのベッドに座る。
「さて、どうしたもんかね。」
シャドウが無精ヒゲをじょりじょり撫でた。
「レディの力って、どのくらい離れててもいいの?」
「さあ」
グレイの言葉に皆が顔を合わせると、ブルーが口を開いた。
「そういやずっと前一緒に仕事したとき、ずいぶん離れた所にいる奴を気が付いたからさ、気でわかるのかって聞いたら半分カンで半分気配だって言ってた。気を合わせるには、あまり離れると有効距離を外れるのかも。」
「そっか、つまり少佐達は確実にしたいだろうから、かなり近づけられる所になるね。」
「だったら限られてくるジャン。」
「ああ、そりゃこっちも好都合だな。」
きゃっとセピアが顔を上げる。
「見つける可能性大幅アップって感じ?!」
4人はすでに課せられた仕事を忘れ、遅刻するのも構わず話を続けた。


*****************************






プルルルル・・・
プルルルル・・・

長い長いコールのあとで、不機嫌な老婦人の声が静かに返答する。
相変わらずだと苦笑いしながら、管理局の局長室で朝焼けを見つめ局長は口を開いた。

「母さん?私だよ。」

ただ声を聞いておきたいと、このたった1人の肉親に電話をかけた。
いつもならあり得ない行動に、我ながら笑いをこぼして母の文句をつぶやく声を聞く。
「すまないね、気の利かない娘でさ。」
『まったくだ。年寄りを早起きさせて、心臓麻痺で殺す気かい?』
「あはは、悪かったよ。じゃあ、殺さないうちに切るさ。」
『なんて事!用もないのにかけてきたって?』
「ああ、母さんの心臓がタフか確かめておきたくてね。じゃあ・・」
『お待ち、ちょうどいいさ。あの6人兄弟に、非番の時にはちゃんと草取りに来いと言っといておくれ。ボーボーと節操無しの草が生えてたまらないよっ』
局長の母親と、兄弟は面識がある。
母親と半分同居の局長が怖いわけではないが、ブルーが世話になり(「100ダラスコインを持って」参照)いくらか恩を感じるし、何より怖いばあさんだが情があるので惹かれるのだ。
しかし非番に呼び出されての草むしりは、朝から晩までヒーヒー言いながらこき使われる。
それでもぶつくさ言いながら、兄弟は揃って庭の手入れに通っていた。
「わかった、言っておくよ。じゃあね。」
『ああ……あのレディって子は元気かい?』
「どうして?……元気だよ。」
『元気ならいいさ、随分顔を見ないからね。
無口だが、優しくてきれいな子だ、目の保養になる。長生きのクスリだよ。』
フッと笑う声が電話の向こうに聞こえる。
「また行くように言うよ。じゃあ……」
『ああ、気をつけるんだよ。』
電話を切って、スッと大きく息を吐く。

『気をつけるんだよ』

母の声が、耳に残っている。
「そうか、そんなこと言われたのは初めてかな?」
今まで、励ますような、背中をせっつくような言葉しか聞いたことがなかった気がする。
「年か。」
フッと笑い、そして目を閉じ顔を上げた。
ギュッと手を握り、目を開ける。
心が澄んで、覚悟が決まった。
コンコン
ノックに続き、一般管理官のブライスが顔を出す。
「局長、準備できてます。」
「わかった。」
「今日、雲が多くていい天気ですよ。こっちには好都合。」
ギュッと指を立てる。
軍の衛星からの監視も、雲が多くては役に立たない。それはグランドのpot-1も同じだ。
「ここと研究所には、監視の目は変わらずある。気を抜くな。」
「了解。」
サッと上着を取り部屋を出る。
振り返りもしない彼女の部屋は、すでに一切が片づけられてひっそりとしていた。


カタン、カタン
早朝研究所の居住区の廊下を、ベリーがサンドの座る車椅子を押して玄関へと向かう。
デリート管理局長の要請で、サンドとソルトはレディアスを探す為に車で街へ出るのだ。
街へは初めて出る2人にすれば、それは違う意味で不安が大きく気が重い。
やや気分が悪そうなサンドにベリーは中庭の見える場所まで来て立ち止まると、ポケットからチョコレートを取り出しハイッと差し出した。
「いらん、そんな泥のような物食いたくない。」
「そう、昨日ボランティアの人間に貰ったんだけど。じゃあ何か飲み物持ってこようか?ああ、ソルトは博士に呼ばれたから、先に車へ行ってると思うけど。」
「うるさい、ほっといてくれ。」
つっけんどんなサンドに別段腹を立てる事もなく、ベリーが「そう」と言って微笑む。
そしてずり落ちそうな彼の膝掛けをなおしながら、まだ時間があるねとサンドの足下に座り込んだ。
「僕さ、サンドがうらやましいよ。」
「はあ?お前馬鹿か?」
フンッと忌々しそうに息を吐く。
口の悪さはまったく変わらない。
「うん、僕は馬鹿だし汎用でも最低ランクだからね、何の役にも立たない。ここでみんなが普通に生活できるように、日常の手伝いをするだけさ。
君に言わせると、腑抜けたクローンって言葉がぴったりだな。
でも、サンドは凄いね、ソルトも。2人とも特製だもんね。博士達もシャドウ達も、力を貸して欲しいって頼みに来るほどだもん。
凄いよ、博士達に頼りにされるなんて。」
「くだらん、冗談じゃあないさ。」
鼻で笑って、サンドがプイと顔を背ける。
しかし機嫌の悪そうな様子に、まさか返事が返ってくるとは思わなかったので、ベリーは目を丸くして笑った。
「うふふ!ほんと、そうなんだろうね。
でも・・やっぱり、羨ましいんだ・・・
僕なんて、ただの使い捨てだもん。
コールドスリープに入ってたのも、偶然実験の途中だっただけで・・眠りに入った時すでに、僕の命なんて終わっていたはずだった。
目覚めのない眠り・・なんて聞こえは良いけどさ、結局、ただ、実験で殺されるのを待ってただけさ。
だから、怖かったけど仕方ないからね。人間の言うことは絶対だし、諦めて眠りについたんだよ。
でも、何故か目が覚めて、それも今の世界でしょ。訳がわからないうちに主様だった人は僕を悪い事に使い始めちゃったから、捕まって処分されると思った。今度こそ、殺されるって。でも、処分されずにまだ生き延びている。」
「お前の力は?何か特殊能力を持っているのか?」
サンドの問いに、くすっと笑う。それがやけに寂しい。
「ふふ、言っただろ?汎用の最低だって。僕は不良品に近いFクラス。ちょっと人間より力があるだけ。でもね、ここではだから便利だって使って貰ってるんだ。
前の主様には、俺はハズレだった。お前は不良品だってずっと叩かれてた。
汎用なんて、そんなものなのに。戦争でも盾ぐらいでさ、何の役にも立たないのに・・・・期待されても困っちゃうよ。」
どこか寂しく言うベリーの横顔に、サンドが心を覗き込む。
ここへ来て彼が、こう落ち込むのを見るのは初めてだ。
静かであまり感情を出さないクローンの多い中、ベリーは明るく懸命に雑務をこなす。
心を閉ざしていたサンドが、ソルト以外では真っ先に心を開いたのも彼が最初だった。
うつろに中庭を見る彼は、周りのクローン達が人間に頼りにされ、そして博士達に重要な役割をもたらされるのを見て、自分の存在価値を見失っている。
生活の上での雑用は、無ければ困るのにその重要性をあまり感じない。
それは空気のようなものだ。
ベリーはだからこそ、少しでも人間のためになりたいと願う気持ちが他より強いのは端から見ても良くわかる。
身体の自由を失い、クローンとしては生きる価値を半場失ったと思うサンドにも、十分に理解できる感情だった。
フッと、諦めるようにベリーが息を吐きポンと立ち上がる。
「ごめんごめん、何か、人間みたいに悩んじゃった。行こうか。」
服を払い、サンドにニッコリ笑いかけた。
ベリーの薄い金の髪が、日の光に明るく輝く。
心と裏腹のその明るさに、サンドがふと目を閉じた。

「お前には、感謝している。」

「え?」
ベリーが信じられない顔で、彼の顔を見る。
ずっと彼の世話をソルトと共にしてきても、感謝されるのは初めての事だ。
まして感謝などと言う言葉を聞くのも、彼にとって初めてだった。

「あ・・」

胸が熱く、顔がほてり涙がこみ上げてくる。
ふと顔を上げたサンドはベリーの涙に驚いた様子で、気まずい顔でプイと背けた。
「くだらん事を聞かせるな。お前のやってる、人間とクローンの間のクッション役は、他の誰にもできん事だろう。何を悩むと言うんだ、バカバカしい。行くぞ。」
「・・・はい!サンド、ありがとう。」
ゴシゴシ涙を拭いて、軽い足取りで車椅子を押す。
「ふん、人間のような奴だ。軟弱だな。」
「うん、軟弱なクローンだよ、ほんとに。
うふふ、でも嬉しい!」
クスッとサンドの顔がゆるみ、口元に笑みがこぼれる。
「軟弱だが頼れる奴だよ。」ぽつんと小さくつぶやいた。
「え?なあに?サンド聞こえないよ。」
「ベリー!ドクターマリアがお待ちだよ!」
ロビーから受付のルークが駆けてくる。
「あ、ルークごめんよ!」
ベリーは手を振り、にこやかに彼にこたえた。



********************************



研究所の受付に、その日早朝、厳つい軍からの使者が3人尋ねてきた。
銃を携帯する彼らは、まるで威嚇するように受付のまだ幼いクローン達2人を蔑むように見下ろしている。
「あの、お茶をどうぞ。」
ルークが博士を呼びに言った間、レインが彼らをソファーへ案内して震える手でそうっとお茶を差し出す。
「ふん。」
軍人達は椅子に座ろうともせず、玄関先で探るような視線を走らせながら、レインをキッと睨み付けた。
「ずいぶんと可愛い物だな、クローンという奴は。」
「ありがとう……ございます。」
小さくなって壁によるレインをいちべつして、上官らしい男が鼻で笑った。
「誉めてはおらんよ、人間もどきが。まるで少女のような姿で誤魔化しおって。」
「レインは誤魔化してません。だって少女だもん。」
プウッと頬を膨らませるレインに、なにぃと睨みをきかせる。
フンと鼻息粗く、レインが負けじと胸を張り軍人に歩み寄った。
「レインは、レインは、人間に負けないもん!」
クローンとはいえ少女相手に、手荒なことをする気も起こらず、上官の頬がひくひくする。
そこにいきなりプウッと吹き出す声が響いて、カイエが姿を現した。
「ああ、これは失礼。私が研究所所長です。
クローンは可愛いでしょう?」
サッと敬礼する2人の前で、上官の男がフンとアゴを上げる。
「くだらんな、私が来た理由はわかっていると思うが。」
「さあ、研究所に大統領が見えるとは聞いていませんが。」
「もちろんだ。君達クローン研究者と、大統領の接触は許可されていない。
よって、君達が大統領と接触しようという行動も軍規違反になる。」
「何でそんなこと考えるのか、上層部もヒマだね。
軍曹、私達はこの子達の平安と幸せを祈っている。その為なら行動を起こすがね、自分の為なんてその次の次かな?彼と組むなんて、自分のことしか考えないマッドサイエンティストのやることだ。」
カイエの強い言葉に、軍曹がアゴを撫でてフッと息を吐く。
「ふむ……まあ、意思の確認はできたと報告しよう。今日はすべてが何事もなく終わらなければならない。ご理解いただこう。」
「ええ、わかってますよ。どうもお疲れ様でした。」
隠れるように背中へ回り、ギュッとカイエの上着をつかんでいた受付係のクローンの2人が、3人を見送りながらホッと胸をなで下ろす。
「人間って、みんな博士達みたいなら良いのに。」
困ったような顔のルークの頭をポンと撫で、カイエがクスッと笑う。
「受付は、だから勉強になるのさ。アリア達も、最初は同じ事を言っていたよ。」
「でも、また主様だった人に出会うのが怖いんだよ、命令されたらどうなるかわからない。カイエ、僕は、僕はそんなに強くないんだ。」
「みんな強くないよルーク。誰1人、強い人なんていないんだ。弱いから虚勢を張るんだよ。可哀想な人間だ。」
「偉そうな人間って、じゃあ可哀想なの?」
可哀想という言葉に、ルークがクスッと笑う。
「ああ、そうだね。みんな可哀想だから、助け合って生きるんだよ。」
「カイエ、何をぐずぐずしている。時間がないぞ。」
廊下の影から、作業服姿の女性が現れた。
いつもとはまったく違う姿に、クローンの2人も身を乗り出して目を丸くする。
「僕、局長様だけは弱そうに見えないなあ。」
「フフ、まったく同感だ。」
ルークの囁く声に微笑んで、カイエが作業服姿のデリートに手を挙げうなずいた。



********************************




研究所の裏口は、通常は滅多に開かない。ほとんど使われないので所員の生体認証で開閉できるようになっている。
しかしだからといって警備が手薄だという訳もなく、研究所の周囲はカメラが無数にあり、それはすべて研究所内のガードラインでチェックされ、記録される。
つまり、軍管轄下のこの施設では、不穏な動きはすべて軍の目に触れるという訳だ。
以前サンドがクローンを引き連れ、ここを急襲したこともあって、更に厳しくなった。
「オッケーだ!画像は切り替えた。」
「ほんの数分だが、警備を怠るな。」
「わかってる。」
裏口から塀の周辺を、管理官達数人が軽装備で警備について合図を送る。
道は先で通行止めにしてあり、その上周辺にも警戒して目を配っていた。
それも今、研究所の動きを外部に知られないために、カメラを録画映像と切り替えているためだ。
何があってもおかしくないピリピリとした状況の中、実際管理局が動いても研究所が動くとは、軍も思わなかっただろう。
監視の目をくぐって駆けつけた管理官を引き連れてきたのは、もちろんデリートだった。

 裏口につけた白いバンの前で、博士達が合図を送りグッと指を立てた。
「どうかね?守備は。」
カイエと共に裏口を出てきたデリートが、管理官のリーダーに立つブライスに塀の外をアゴで指した。
「変わりはありません。軍の車は引き返す様子もないようです。どうでしたか?」
「ああ、カイエがうまく払ったよ。今日は軍も忙しい。四方に気を配るヒマは無かろう。牽制だよ。」
フッと笑って顔を上げる。
デリートは珍しくツナギ姿にサングラスをつけ、キュッとキャップをかぶっている。
変装だろうがどうも似合わない姿に、ブライスが吹き出しそうになってギュッと自分の身体をつねった。
「すいません、遅くなりました。」
背後から、ベリーに車椅子を押されてサンドが現れた。
「サンドをお連れしました。」
ベリーが頭を下げ、様子をうかがうとバンの中からソルトが降りて彼に駆け寄ってくる。
「ありがとう、ベリー。あとは僕がやるよ。」
「あ、じゃあ・・・あの、アリア達やショートは?」
アリアとレモンは、まだ自分の身体に帰ってきていない。補佐役のショートは、いまだ彼らに力を貸している。
精神的なものに距離は関係がないとは理論的なものだが、同行するマリアにカイエは彼ら3人を連れて行くことを推奨した。
「車の中だよ。3人ともがんばってるけど、限界も近いんだ。命がけで力を解放してる。」
「そう・・」
手を合わせ、心配そうに車を覗き込もうとするベリーを、準備している管理官の1人が邪魔そうに押して車に入って行く。
「あ、ごめんなさい。」
忙しそうな様子に、仕方なくベリーは遠巻きに離れ、そっと見送ることにした。
「あれに乗るのか?面倒だな。」
「車椅子は入らないからね。」
不機嫌なサンドを抱き上げようとするソルトに、カイエが手を差し出した。
「ソルト、サンド。」
戸惑いながら握手する2人に、カイエがニッコリ微笑む。
「君達に賭けるよ。よろしくたのむ。」
そしてキッと顔を引き締める彼に、サンドがフンと顔をそらした。
「さあな、俺たちは危なくなったら手を引く。あいつに命を賭ける義務はないからな。」
「サンドったら。」
握手して乗り込むと、準備ができたことを車の助手席からマリアが手を挙げる。
デリートが手を挙げて答え、カイエにスッと敬礼した。
「では行ってくるよ。後を頼む。」
「了解したよ、無事を祈ってる。」
バンの中には、デリートとマリア、そしてサンド、ソルトが椅子に座り、アリアとレモンにショートはマットを敷いた荷台に休ませている。それぞれ点滴を維持したまま、ソルトが彼らの安全に目を配っていた。
「局長、目的地は決めてあるんですか?」
窓からブライスが、ささやくように尋ねる。
「ルートは聞いている。どうせ通行規制で容易に動けないからね、ポイントを決めて待ち伏せるさ。」
「そのポイントに見当が付いてるとか?」
「フ、女のカンだよ。」
「へ?」
「後は任せたぞ。」
呆気にとられるブライスに指を立て、デリートの運転するバンが走り去って行く。
ブライスはヒョイと肩を上げ、ハッと息を吐いた。
「女のカンね、ま、あのババアも女だったよな、確かに。」
くるりときびすを返し、仲間に合図する。
「引き上げろ、画像をもどす。」
「了解。」
「ブライス君、君達は?」
カイエが中に入りながら尋ねると、ブライスがヒョイと肩を上げる。
仲間はすでに、銃をバックに納めて引き上げる準備を始めていた。
「我々は引き上げです。これは局長の個人的なはかりごと、我々は関与せず。」
「それでいいのかい?」
「それは、ご想像にお任せします。
局長の進退に関わる事態になろうと、これ以上はこの作戦に関わるなとの命令です。
我々も今日は忙しいのですよ。」
ニヤリと意味ありげに笑い、仲間と車で去って行く。切り替えた防犯カメラの記録に、彼らの姿は残っていない。
「局長様は、ご自分の地位も危うくなるのでしょうか?」
心配したベリーが、遠巻きに尋ねた。
「さあね、それでも構わないと思うから動くんだろうさ。彼女はバカじゃないよ。
さてベリー、君にも話しがあるんだ。所長室までおいで。」
「え?あ、はい。」
ベリーが不思議な顔でカイエのあとをついて行く。
「私にも、何かできることがあるのでしょうか?」
不安そうな言葉に、フフッと笑ってカイエが振り向いた。
「君はここには必要な人だ。私はみんなに恨みを買うかもしれないね。」
「必要な・・人?」
それはどういう事だろうか?
口を開きかけて、そしてつぐんだ。
胸の十字架を握り、皆の無事をそっと祈る。

無力な僕が、本当に必要とされているんだろうか?

ベリーはほんの少しの期待と、そして大きな不安を胸に彼の背を見つめた。







「さあて・・」
壁を向き、クイクイッとグランドが肩をほぐす。
頭には何にも手は浮かばない。
隔離室からの脱出は、はっきり結論が出せる。

無理だ。
中からは、まったく開けることは出来ない監獄だ。

じいっと壁を向くグランドに、カレンがそっと覗き込んだ。
「グランドさん、何か浮かびまして?」
「いんや、なあカレンちゃん。」
グランドが口元に指を立てながらしいっとつぶやく。そして彼女の耳元に囁いた。。
「さっき思い出したんだけど。むか〜しさ、この部屋にブルーと入れられたあと、兄弟で話したことがあったんだ。
どうすればこの部屋から逃げ出せるか。」
「ご兄弟で?ですか?」
「そう、で、結論が同じだったのはシャドウとレディアス。
ただ、カメラから隠れる。それだけ。」
そう言って指でシーツに天井の絵を描き、対角線にある2つのカメラを指す。
「隠れるだけですの?でも、それでどうして?」
「人間は、見えた物が見えなくなると不安になるんだとさ。それで必ず見て確認したくなる。この部屋は外から確認するのが困難だ。となると・・」
「ああ、ドアしかありませんわね。」
「そう、ほんの少しでも空けばこっちのもんだとよ。まあ、それが俺の場合上手くいくかは自信がないんだけど。」
ポリポリと鼻の頭をかいて、ニヤリと笑う。
「でも、カメラの死角はありませんわ。どうなさるのですか?カメラもカバーで保護してあるので簡単に壊せません。」
「うん、それが問題なんだけどね、レディアスにはたいしたこと無い問題でさ。野生児の工夫って奴。」
ニイッと笑い、そしてぐるりと見回す。
自分が着ているシャツもシーツも白だが、彼女のファッションに目をやる。
「カレンちゃん、できるだけ黒っぽい服着てない?」
「え?」
彼女は薄いブルーのワンピースを着ているのだが、アッと下腹部に手をやった。
「あの・・あの、パンツが黒いです。」
「パ、パ、パンツっすか?」
うっとグランドが鼻を押さえて目をそらす。
カレンは迷いながら、えいっと脱いで彼に渡した。
くるんと小さく巻いたパンツを広げ、その暖かさにカアッと顔が熱くなる。
なぜか、匂いをかぎたくなるのは男のサガだろうか?
「ま、仕方ないけど、何かもったいない気もするよなー。」
苦笑いで、ビイッと裂いてゴムの部分を取り去り、その黒い布とパックの栄養ドリンクを持ち、そうっと尋ねた。
「で、どっちかが抱えるんだけど、カレンちゃんどっちがいい?」
「もちろん決まってますわ。」
ニッコリ、微笑むカレンがグランドをヒョイと肩に担ぐ。
「うおっ!っと・・さすがカレンちゃん力持ち。」
「はい、これでもクローンですから。」
しっかりした足取りで、すたすた歩いてカメラの元に行くと、グランドが布にドリンクをかけて湿らせ、カメラカバーにぺたりと貼り付ける。
もう一方のカメラにも、同じように貼り付けた。
「まあ、布って水でくっついちゃうのですわね。さすがレディさんですわ。」
「さすがというか、単純というか。では、待ちますか。」
残ったパックを持って、一つゴクゴクと飲み干す。
息を潜め、無言で神に願いながらその時を待った。

監視カメラの映像をチェックしながら、男達は時間を見てふうとため息をついた。
3人が座り、互いに時計を確認する。
ここでの長い任務も、特に異常はない。
1人はカインへ昨日降りたので5人で守っているが、管理局の動きもつかめず緊張感に疲れもたまっていた。
ドアが開き、見回りに行った仲間が銃を下げて入ってきた。
「異常はない。ここの侵入者監視システムが使えるのはラッキーだな。死角がないから見回りもラクだ。」
銃を置き、上着を脱ぐと仲間がコーヒーを入れてくれた。
今夜は徹夜覚悟で、作戦終了までは交替で軽く仮眠をとっている。
「ようやく、カインは夜明けだな。」
「ああ、やっと今日だ。」
大きく伸びをして、身体をほぐす。
カメラでグランドを見ていた1人が、怪訝な声を上げた。
「・・・ン?何をしているんだ?」
「どうした?」
5人でテレビを覗き込む。
テレビの向こうでは、グランドがカレンに抱えられてカメラを覗き込んでいる。
「壊すのか?馬鹿な奴だ。壊せやしないよ。」
「違うぞ。」
カメラに、突然黒い布が迫る。
ガタンと皆が立ち上がった。
カメラは暗く、ブラックアウトする。
やがてもう一方も、グランドの手で部屋の中は見えなくなった。
「逃げる気か?」
「馬鹿な、あの部屋から逃げることはできない。」
「しかし、それじゃなんのために隠すんだ?」
「とにかく確認へ行ってくる。」
2人が銃を持ち、部屋を出て行った。
残った3人が顔を見合わせ考える。
「大丈夫だ、とにかく座ろう。」
一息ついて、心を落ち着けストンと座った。
しかし時間が過ぎるごとに不安感が増す。
「やっぱり俺も見てくる。」
2人を残し、また1人が慌てて出て行く。
「くそ、冗談じゃないぞ。」
残った2人が、せわしくカメラを切り替え周辺をチェックした。
しかし、侵入者を知らせるアラームも無く画面はいつもと同じ光景を映している。
「どうする?」
「なんか・・・気味が悪いな。」
1人が大きくため息をつき、しんと静まった部屋に不安感を覚えて内から鍵をかけようとドアに手を伸ばした。

バンッ!!「ぐっ!」

いきなりドアが内に開き、男の顔を直撃した。
大きくよろめき手をついた先に、バシュッと弾が撃ち込まれる。
「うっ!」
「手を頭に、床に座れ!」
低い声が響き、痛い鼻を押さえながら息を飲んでドアを振り向く。
「動くな!管理局だ!」
サッとダッドが腰を落とし、ロイドと共に部屋に突入してきた。
「くそっ!」
もう一人が慌てて銃を構えた。
パンパンパンッ!
ロイドが数発撃ち、それが腕をかする。
「うっ!」
ひるんだ隙にバッとロイドが飛びかかった。
「動くなと言ったろ!」
「ち!」
揉み合う横で、もう一人の男が腰の銃に手を伸ばす。
バシュッ!「く!」
その手をダッドがすかさず撃ち抜き、懐に入ると銃を持つ手で下からアゴを殴った。
ドターン!
倒れた男の腕を取って後ろに回し、ダッドが腰に装備していた手錠で拘束する。
ダッドもようやく男を伏せて腕を後ろに回し、手錠で拘束した。
「く、くそっ!一体どこから侵入した!」
あっと言う間の出来事で、男が口端からツバを吐きながらギリッと歯を食いしばった。
「あら、私がいるんだもん。カメラなんて役に立たないわよお。」
プッと吹き出す女の声が、ドアの外から聞こえる。
やがてそうっと顔を覗かせたキサが、おおっと感嘆の声を上げた。
「さすが精鋭、あっと言う間じゃん。」
「だろ?」
キサがうっとりしながらぼやくと、ロイドが指を立てる。
「ハンッ、あんたじゃないわよ。」
「なにい?可愛くない奴だな!」
「あーら、私は十分可愛いわよーん。」
ダッドが立ち上がり、口を尖らせるロイドの肩を叩いた。
「後を頼む。私は目標に向かう。」
「了解。」
ヒョイと肩を上げて、ロイドが苦笑い。
ダッドはまた銃を片手に部屋を飛び出すと、前もって見せられたここの見取り図を思い出しながら、記憶を頼りに監視ルームへと走っていった。

シンとした中を、カレンがそうっとグランドの顔を覗う。
シッと指を立て、グランドがドアの両脇に座ろうと指を指す。
カレンがうなずきドアの蝶番側へ、グランドが開閉する側の壁に隠れるように立った。
ガチャンッと小さい音がして、食事を差し出す窓が開いた。
「おいっ!いるのか?返事をしろ!無駄なことはよせ!」
男の強気な、それでいてどこか不安感を臭わせる声が響く。
「どうだ?」「いや・・」
こっそりと話すささやき声が聞こえた。
外からの灯りが人で遮られ、影が右往左往している。
ガチャンと、銃の金属音が響く。
窓が一旦閉められ、シンとまた部屋が静まりかえった。

どうするか、開くか、それとも逃げ道はないと引いていくか。

グランドとカレンの胸が、ドキドキと高鳴った。

ガコン!

金属音に、ハッと2人の目が見開かれる。
ニッとカレンに指を立て、グランドが構える。
重い音を響かせ、扉のロックが解除された。
ギイッと軋ませながらゆっくりと開くドアに、視線を移しながらタイミングを計る。
急く気持ちを抑え、じっとその時を待った。
サッと外の明かりが漏れて、部屋に一筋のラインが灯る。
そこからブラストの銃口が覗き、人影が見えたとき、グランドが瞬時に反応した。
引き金の指が動く刹那、銃口を避けながら銃を掴みグッと引き込む。
「うおっ!」
思わず引くその銃の主の肩に手を伸ばし、ジャケットを掴むとグンと下に引き倒した。
「うわっ!」
グランドも兄弟の端くれ、力は人間よりも遙かに強い。
男はドアの隙間に倒れ、仲間も急いでドアを閉める事が出来ない。
「しまった!」
仲間が叫んでブラストをグランドに向けたとき、とっさに横たわる男を踏みつけ、バッとドアから飛び出す。
「げえっ!」
外の男達が、慌ててブラストを撃ったがもう遅い。
「ちいっ!」
バシュバシュバシュ!
「・・・っと」ヒョイと何とか避けて、腰を落としながら回し蹴りでバッと一人の足をすくった。
「くおっ!」しかし男は、よろけながら何とか体制を持ち直す。
「しぶといんだよっ!」
グランドが勢いを付けて一回転し、男の顎に拳でアッパーを入れた。
「このっ!」
息つく暇もなく、そこへもう一人がブラストを振り上げて殴りかかってくる。
その手を掴み、ひねって投げ飛ばそうとするが、相手が上手かグルッと手首をひねってはずされた。
「ちっ」
バシュ!「おっと」
辛うじてブラストを避け、グランドが懐に踏み込みみぞおちを狙う。
しかし相手はくるりと身体をひねり、蹴りを入れてくる。
ドカッと背中から思い切り食らって、グランドがつんのめった。
「ぐ!がっ・・くそっ、なんの!」
ガッと床に手を突き、ポンと一回転して体制を整えもう一度踏み込む。
男の顔がニヤリとほくそ笑み、スッと身体を翻して避けながら、肘を振り下ろした。

「えいっ!」

そこに、突然後ろからカレンが男の脇腹に蹴りを入れた。
「ぐっ!」
ゴキッと鈍い音が響き、男の顔が苦痛にゆがむ。隙を逃さず、グランドがその手からブラストをたたき落とし、とっさに拾い上げて男に向けて撃つ。
男はブラストの衝撃に小さく悲鳴を上げ、ようやく気を失った。
「では、参りましょうか?」
カレンがニッコリ微笑む。
見ると、ドアの隙間にいた男もぐったり伸びている。
「あれ、カレンちゃんがやったの?」
「ハイ、悪いですが、事情をきっとわかっていただけると思います。」
申し訳なさそうに、ぺこりとお辞儀している。
まあ、だましだまされ、プラスマイナスゼロか。
「あと、何人いる?」
「聞いてませんので、わかりません。」
いいながら、ノーパンが気になるのかワンピースのすそを整える。
「了解。ポチ、ポチ!ちぇっ、システム落ちてるな?起きろ!」
ここの構造が、よくわからない。
何しろ、ここにいたのは遙か昔のことだ。
しかもあの頃はほとんど自由はなく、自由に部屋から出ることも許されなかった。
グランドは外が見られないかと窓を探した。

バシュッ!「あっ!」

突然銃声が響き、カレンの身体がビクンと跳ね上がって力が抜けたように膝を突く。
「なに?!」
振り返ると、グランドがアッパーで倒した男がサッとカレンの身体を抱き留めながら、ブラストから銃に持ち替えグランドに向けている。
「部屋に戻れ!戻らないと女を殺す。脅しじゃない!」
グッと銃口をカレンの頭に押し当て、顎が痛いのかグランドに目で指示をした。
クローンのカレンは1発で気を失うことはない。ただ脱力感に眉をひそめ、グランドに首を振る。
グランドは彼女に心配入らないとうなずき、手を挙げてヒョイと肩を上げた。
「殺すとまずいんじゃないの?彼女は少佐の娘だ。」
しかし男は厳しい顔で、立ち上がると1歩グランドから引いた。
「大事の前だ、少佐にはわかっていただけるだろう。」
少佐には娘でも、この男にはただのクローンだ。その存在価値は人間にも劣るだろう。
グランドが唇をかんで視線を踊らせる。
「早くしろっ!」
叫びを上げたときだった。

バシュッ!

銃声が聞こえ、男の肩をかすった。
「うっ」
ハッと男に隙が出来、グランドが身を伏せて蹴りを入れ足をすくう。
「くっ!」
パンパンパン!
カレンを放り、男が倒れながら銃を撃つ。
グランドが身をそらして避けながら、もう一つ蹴りを入れると、逆に軸足を蹴られてひっくり返った。
「いってえ!くそっ」
尻餅付いて痛い腰をさすっていると、男がガバッと覆い被さってくる。
銃を振り上げ、殴りかかるその手をグッと掴み、揉み合う内にグランドが上に回って馬乗りになった。
手首を叩いて銃をたたき落とし、懸命にボカボカと殴る。
バタバタ暴れる男の足が次第に静かになり、グランドが身体を起こしハアハア息をついた。
「この・・しぶとい・・奴だったぜ。はあ、はあ・・」
確かめる為、グッとその襟首を掴みガクガク揺する。
「よし、今度は気がつかねえな。」
はあっと一息ついて、ようやく額の汗をぬぐった。

「まあ、随分のんびりした脱出劇だな。手際が悪すぎる。」

嫌みな聞き覚えのある声が、背後から大きく聞こえた。
「てめえ、何でここにいやがる!」
バッと振り向くと、ダッドが自動小銃を手に壁にもたれている。
「ずいぶんな物言いだ。彼の足を引っ張るしか脳のない男が。」
ギッと見下されても、グランドはグッと詰まるばかりで言葉もない。
フンと顔をそらし、天井を向いた。
「ポチ!」
「無駄だよ。君に伝言がある。」
「なんだよっ!」
「君が使っている・・衛星かな?君が無茶な使い方をしないように、すべてパワーを強制的にダウンロックしてあるそうだ。あとは他の4人の麗しい兄弟愛を信じることだな。」
皮肉たっぷりの言葉に、ダンッと足踏みしてキッと顔を上げる。
「冗談!俺はあいつの所に行くんだ!」
「会って、またウソをついて、彼に希望を持たせるのかね?どこまでもクズだな、君は。」
「ウソじゃない、あれは・・・」
ギュッと拳を握りしめ、口惜しく唇をかんだ。
性の暴走を自分で鎮められるほど自分は大人じゃない。なかった。
「とにかく出よう。こっちだ。」
先を引き返し始めるダッドの大きな背中に、グランドが顔を背ける。
彼ならば、こんなヘマはしなかっただろうか。
レディアスの足を引っ張ることもないだろうか。
なんて頼りがいのある、ガッシリした包容力のある大きな背中だろう。
「グランドさん・・・」
グランドの手を借りて立ち上がったカレンが、彼の手を握り力づけるように優しく微笑む。
追ってこないグランドに、ダッドが足を止めて振り返った。
呆れた仕草で肩を上げ、フンッと息を吐く。
「来ないのは自由だがね、君がここで死ぬと私は非常に困るのだよ。」
「なんでさ、俺が死んだらレディを容易に手に入れられる。そう思ってるんだろ。俺はあんたの気持ちがわからねえ。なんでルーナに来たんだ。」
フッと笑い、ダッドがまた歩き出す。
グランドは、ようやくカレンの手を引き追って歩き出した。
「悔やまれる死ほど、残された者の心を傷つける物はない。死ぬ奴はそこで終わりだが、生き残る奴はずっとそれを抱えて生きて行かなきゃならないんだ。君がここで死んだら彼が苦しむ。」
「はっ!結局あいつのためだと言うんだろ?
でも、少なくとも俺の命が消える確率はあいつよりも低い。あんたはあいつが心配じゃないのか?」
ダッドの足が、突然止まる。
ゆっくりと振り向き、そして冷たく見据えた。
「私は、やはり君にだけはと言う思いが、今また改めてわき上がるよ。
人の気持ちのわからない奴が、人を幸せにできるのかね?どんな気持ちで私がここにいるのかわからない君が、彼の心をわかってやれるはずがない。」
プレッシャーが、グランドを押さえつける。
ギュッとカレンの手を握りしめ、低く声を落として返した。
「決めつけるなよ。あんたはいつだって俺たちに否定的だ。だがな、レディを優しく包み込むだけがあいつの幸せじゃないはずだ。そんな事していたら、ますますあいつは人間との間に壁をつくっちまう。」
「じゃあ厳しく接するのかね?君のように突き放して。」
「突き放したんじゃない!」
「言わずに置こうと思っていたがね、君は私が何も知らないと思っているらしいな。
君は兄弟だと言いながら、あの美しい彼とも付き合っていただろう?」
ギクッと冷や汗がでた。
「あいつが言ったのか?」
「言うと思うかね?彼が。」
十中八九、言わないだろう。
「あれは違う、あんたの思いこみだ。俺たちは・・ぐっ!」
突然、ダッドがグランドを殴った。
「グランドさん!」
大きく後ろによろめく彼を、カレンがしびれる手で必死に引く。
「なにを・・!いきなり!」
顔を上げて息を飲む。
ダッドの顔は、今まで見たこともない怒りの表情をしている。
グランドは痛みに顔を歪めながら、ゾッとする背に冷たさを感じ、ごくりとツバを飲み込んだ。
「いつだって君は自分を正当化する。彼の思い違いだと、私の思いこみだと決めつける。
ああ、そうかもしれない。でも君は、心から謝ったことがあるのか?そうして自分の行いを悔いて、二度と繰り返すまいと誓うことがあるのか?誓ったことを堅く守り、自制することができるのか?!」
グサリとショックが、グランドの胸を突き刺した。
まともに言われてうろたえながら、ギュッと唇をかみしめ、グランドが彼をにらみ据える。
「で……きるさ……」
言葉がかすれて消える。
言い返しながら、今まで繰り返したことが頭に浮かび自分のふがいなさに腹が立った。
知らず涙が浮かび、ひとすじ頬を流れる。
「あんただって……あんただって、いつかレディを抱きたくなればわかる。」
どうにもできない心の中を、小さく吐き捨てた。

ああ、俺はなんて醜いんだろう。
俺はなんて薄汚い人間だ。

何にも捕らわれなかった、小さい頃が浮かぶ。
純真で、真っ白だったあの頃。
突然消えて、ようやく再会できたレディアスからは輝くほどの美しさは消え、見る影もなく憔悴しボロボロで、そしてあまりにも運命に翻弄されて心のバランスを失っていた。
それと付き合うには、グランドにも大きな負担だったのだ。それでも、これほど好きだと自覚する前はやってこれた。

「いいや」

ダッドの答えにグランドが彼を見る。
しかしグランドは彼の見たこともない沈んだその顔に、ハッと息を飲んだ。
「あんた・・なぜだ?」
ダッドが、暗い顔をじっとこちらに向ける。
それは、まるで昔を語るときのレディの顔を、思い浮かべさせるような顔だった。
「言っただろう、俺は闇を生きたと。
俺は・・俺は殺し屋としての訓練で、闇抜けに失敗した娼館の女や子供を何人も殺した。
俺に何ができる?ずっと俺は死ぬほどの思いをしていたあいつらを、あの薄汚い部屋で見張っていたんだ。
まだ小さかった俺に、あいつらは銃を持たせ見張りをやらせた。
わかるか?お前にわかるか?!それを思い出す苦しみが!
今の俺にとって、人を愛することが大切にすることがどれほどの物か!情のないセックスなど、欲望のはけ口でしかない!それをずっと見てきた俺はそれを嫌悪する!」
ストンと、グランドの足下の何かが崩れた気がした。
「行くぞ。」
また歩き出すダッドの背を見つめながら、グランドが呆然と立ちすくむ。
涙が流れて、悔しさと口惜しさが胸からあふれそうだ。

ああ、俺はとても敵わない。

唇をかみ、目を閉じる。
カレンが力づけるように、ギュッと手を握ってきた。

『手、つないだら・・駄目、かな?』

ふと、レディの顔が浮かんで、顔色をうかがいながら怖ず怖ずと手を差し出す様子が浮かんだ。

またかよ・・

最近は必ずそううんざりと心に浮かび、その手から目をそらしていたっけ。
以前は自分から手を出したこともあったけど、男同士でいい年して手をつなぐなんて、ただの甘えじゃないかと、恥ずかしい方が先に立った。
こんな事一つ、どうしてあいつはこだわる?
手なんかつながなくても、目の前にいるじゃないか。
それに・・触れてしまえば、一線を越えてしまいそうで・・自制が効かなくなりそうで怖かった。

手・・・

今、カレンがギュッと握りしめ、その軟らかさと暖かさ、そして力強さが自分は1人じゃないのだとグランドを力づけてくれる。
心が揺らぐとき、触れ合うことでとても彼女を近く感じる。

心強く、そして暖かな・・信頼と一体感。

アッと胸が詰まり、思わず彼女の手を両手で包み込んだ。
「そうか・・そうなんだ。1人じゃないんだ。触れなきゃ、わからない事だってあるんだ。どうして俺は、何度も同じ間違いをおかすんだろう。」
カレンがきょとんと、彼の顔を覗き込む。
「グランドさん、参りましょう。」
「ああ」
カレンに促され、ようやく歩き出した。
「カレン」
「え?はい。」
「ありがとう」
カレンが不思議な顔で、そしてニッコリ微笑み「はい」とうなずく。
ダッドが仲間と通信機で連絡を取り合い、切迫した様子で振り返った。
「急げ!誰かが仲間を呼んだらしい。逃げ場を失う。」
グランドが、乾きかけた涙をグイッと拭いてうなずく。
「わかった。」
握ってくれるカレンの手をギュッと握り返し、先を急いで走り出した。


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