桜がちる夜に

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更新日 2018-05-20 | 作成日 2018-05-20

5、彼女はマシュマロ美人

バラスの情報を求めて、彼の奥さんフレアの元へ。
しかしたどり着いてみると、彼女の経営する酒場は風前の灯火。
奥さんは中で借金取りの嫌がらせに耐えながらバラスを待っていた、ちょっと可哀想な身の上でした。

コトトン、コトトン、コトトン
田舎から町が近づく毎に、乗客の出入りも多くなり電車の中が込んでくる。
小さな少年のライトと二十歳ほどの青年ダークが並んで座り、少女ピアが向かいに座ってその横にはダークがスラリと長い足を乗せてぐーぐー寝ている。顔には帽子を乗せ、不快な顔でまわりが睨んでいても知らん顔。
「あの、こちらに座らせてもらえんかな?」
杖をついた爺様が、揺れる車内によろめきながら覗き込む。
「ダーク、起きなさいよ」とピアが言って起きる奴じゃない。
ダークが椅子に乗せている足を、ライトが横からドカッとけ落とした。
「いてえ…ん、ぐうう」
反動で帽子がポロンと落ちる、がやっぱり目を覚まさない。
「どうぞ、おじさん。鬱陶しいでしょうけど」
「いやいや、失礼するよ」
ライトが邪魔そうなダークの長い足をたたんで自分に引き寄せ、よっこいせと爺様が座る。
寝てばかりで、でかいくせにガキだから本当に困るというものだ。
彼らは15才の双子。家から盗まれた「ランティスの黒ダイヤ」の呪いにより、成長もまばらで不思議な力を持っている。
兄のライトは宝石の組成や容積を自在に操る力を応用して壊れた物を直すウィザード、そして弟のダークは何でも破壊する。その為に「直しのライトと壊しのダーク」という異名まで持っていた。
18才のピアは、そんな双子に縁あって同行している。どこか放って置けない危うさに、最後まで付き合いたいと思っているのだ。
「どこまで行くんだい?」
爺様がピアに問いかける。答えようとしたとき、ライトが口に指を当てた。
「秘密だよ、爺さん」
「ほう、行く当てがないわけじゃないようだの。小さな子がいるからと思ったが、家出じゃなかったか」
「違うね、俺はこう見えてこいつの兄貴なんだ。残念でした」
ブスッとライトが窓を向く。爺様はホッホッホッと笑って帽子を取り、白い髪を撫でつけてまた被った。
「悪かったな、わしの勘違いじゃ。長旅のようなんで、もしやと思ってな。許しておくれ」
「別に、長旅には違いないからね。爺さんこそ何処行くの?」
「わしはランクルじゃ。娘に会いに行くんだよ。どうにも悪ガキでな」
パチンとウインクして、おしゃまな爺さんだ。
クスッと笑っていると、ピアがにっこり身を乗り出した。
「実はね、あたし達もランクル行くの。お爺ちゃん一緒のとこだね」
「んぁ?ランクル?」
ぬそっとダークが身を起こす。すっかり寝ぼけて、電車が動くたびにグラグラ上体が揺れて目覚めていない。
「着いたの?もう降りるの?」
ぼんやりした弟に、ハアッとライトが溜息を漏らす。
「てめーはずっと乗ってろ」
「兄ちゃん、置いてっちゃ、やだ…よ」
座ったまま、またぐーぐー眠ってしまった。
「あーあ、ダークは食うか寝るかだね」
ピアも呆れてダークの寝顔にポンと帽子を乗せた。
「さてと」
駅で降りて、ぐるりと見回す。
「真っ直ぐ行く?ホテル先に探す?」
ピアが重そうに、バッグを抱えて息をつく。
大きなバッグはピアが持ち、ライトは小さなバッグをたすきに掛けて、ダークは何も持ってない。
ピアが不満そうに、ダークに突っかかった。
「ねえ!ちょっと、一番ガタイがデカイくせに、こんなに可憐な少女に荷物を持たせて何とも思わないの?」
ダークがサングラスを上げ、キョロキョロ辺りをうかがう。
「なによ」
「いや、可憐な少女って何処?」
「ムカツクッ、大食いの役たたずっ!」
ピアの悪態に、じろりとダークが睨み付ける。
ピアもグッとこらえて彼にバックを指さした。
「持ってよ!片方だけでも」
「やだね、この綺麗な指に、タコでも出来たらどうすんの」
ドカッ!いきなり足に、ライトが蹴りを入れる。ダークが嫌そうにライトを見た。
「持ってやれ、お前の荷物がほとんどだろ」
「ちぇっ」
ダークがヒョイとバックをぶら下げ、先を行くライトを追って歩き出す。
ピアがクスッと笑って後を追った。
「お兄ちゃんに弱いわねえ、弟」
「おめーには強いがな」
「あたしは負けないわよっ」
ズンズンとピアがダークを追い抜く。それをすぐダークが抜いて、2人はムキになって競争し始め、とうとうライトまで追い抜いた。
「あっ、こら待てよ2人とも」
歩幅の小さなライトが2人を追いかけて走り出す。
ダダダダダッと何故か町中を走る3人は、またあの電車で会った爺様とばったり出会ってしまった。
「おや、随分お急ぎだのう」
「よ、よう、爺さん」
ハアハア息を切らせて、ダークが手を上げる。
「時間がないのかね?」
「いや、ハアハア、運動。電車でナマってね。爺さんは?娘さんいたの?」
ライトがにっこりごまかす。爺様はそうかねと頷きながら、ポケットから古い手紙を取りだした。
「この住所を調べてるんだが、よくわからん。この住所になってから来るのは初めてなんでな」
項垂れる爺さんから、ピアが手紙を受け取って見る。そこには、住所に女の名前フレア・バラスとあった。
「ラ、ライトッ、これ」
双子が覗き込むと顔を見合わせ、そして爺様の顔を見た。
「爺さんの娘、フレアって言うんだ」
「おお、器量のいい娘じゃった」
懐かしそうな爺様に、ダークとライトが顔を合わせる。そしてライトが頷いた。
「爺さん、俺達も娘さんに会いに行くんだ。一緒に探そうよ」
「娘は、何をしているのかのう」
「酒場で働いてると思うんだ。ルーラーって名前の酒場だよ」
パッと、明るい顔で爺様が顔を上げる。諦めていただけに、嬉しいのだろう。
「見つかればいいが」
「見つけようよ。その為に来たんならさ」
ダークが微笑んで、力付けるように爺様の手を引く。ピアも反対側にまわり、爺様の腕に手を回した。
「さ、お爺ちゃん行きましょ」
「おやおや、嬉しいのう。両手に花じゃ。ホッホッホ」
「おい爺さん、俺は花じゃねえからな」
「おや?こんなに綺麗な花は、わしは初めて見たぞ」
「ケッ、男に綺麗なんて言うなよな」
女装もしていない時言われて気恥ずかしいのか、ポリポリ鼻をかいて通行人を見つけると、ピョンと捕まえて店の所在を聞いた。
「あんた達、あの店に用?」
通行人のおばさんが、怪訝な顔でみんなの顔を見回す。
「ええ、何か?」
ライトが首を傾げた。
「隠し子に、親父さんかしら?」
「親父さんはピンポンだけど、隠し子はブーだよ」
「ふうんまあ、いいわ」
そう言って、道順を教えてくれる。
その道順にそっていくと、裏通りの寂れた小さな歓楽街へと入って行く。
キョロキョロ先を進むと、言われたその店は異彩を放って目立っていた。
異彩、と言っていい物か。
ドアや壁中に、色々な張り紙。それには全て、「金返せ」「泥棒野郎」「逃げたら殺す」等々、なかなか洒落た装飾を成している。
看板らしいところの紙を剥がすと、確かにそこには「ルーラー」という名前があった。
「はああん、これって借金取り?」
ピアが物珍しそうに首を傾げる。
爺様ががっかりして肩を落とした。
「図々しいならいるけど、気が小さいなら逃げてるな」
ダークがそう言ってドアをコンコンと叩いた。
「ごめん下さい、フレアさん」
何度呼びかけても返事はなく、シーンと静まりかえってドアは開く気配がない。
「まあ、当たり前かな。警戒して開く分けないよ、これだけやられてたら」
ライトが肩をヒョイとあげる。
爺様が前に出て、ドアに向かった。
「こりゃっ、フレア!わしじゃ開けンか!」
一声怒鳴り、じっと様子をうかがっていると、カチャンとドアが鳴った。チャリッとチェーンの音が微かに漏れ聞こえる。
やがてそうっと数センチ開き、隙間から小さな鏡が覗いた。
「なに?これ」
ピアが怪訝な顔でダークの後ろに隠れると、その鏡は皆の顔を映しだしているのか小さく動く。
「パパ!」
ガチャッ、ガチャガチャ、バタンッ!
チェーンを外して開いたドアから、でっぷりした中年の女性がボサボサの頭で現れた。
「フレア」
「パパーッ」ドーンとフレアが巨体で爺様に飛び込んでゆく。
ダーク達は、あんぐりその場に立ちつくした。
「まさか、この人がバラスの女?」
ちょっと、考えていた女と大きく違う。
親子は抱き合って再会を喜び、爺様はフレアの髪をくしゃくしゃ撫でながら、ふっくらしたほっぺたにキスをした。
「元気で良かった。相変わらずマシュマロのようじゃ」
「懐かしいわ、マシュマロフレアって呼ばれてたもんね。さ、入ってちょうだい。借金取りが来ないうちに」
そそくさと中に入ると、急いでドアに鍵が掛けられる。ホッと息をつき席を勧めると、彼女はカウンターへ回ってコップに氷を入れた。
「電気は止められていないようだな」
「ええ、でももうすぐね。水も電気も止められると思うわ」
「何故じゃ、一体いくら借金がある」
「女1人は駄目ね、保証人になっていた人の借金かぶっちゃった」
フレアは、力無く微笑み首を横に振って水を差し出す。
「そんな事になっていてまだ待つのか?一体いつまで出ていった男を待つつもりじゃ」
「パパ、あの男なんて言わないで。彼にはマイケルフィードって格好いい名前があるのよ」
「何が格好いい物か!今じゃすっかり面変わりして、家にも寄りつかず金も入れない。何をしているのかわかったもんじゃない」
カチャンとフレアの手が震える。
「会ったの?パパ」
爺様が、懐から指輪を取り出しテーブルに置いた。
「これを、返して欲しいと。いらんそうだ」
「うそっ」
「借金は弁護士を雇って何とかしよう。畑を売ってもいい、だから帰って一からやり直すんじゃ」
「ああ…」
しくしくと、カウンターの向こうでフレアが泣いている。
一部始終を聞いた子供達は、テーブル席の隅っこで居心地悪そうにポソポソ話していた。「やっぱあれの影響だろうな」
「ダイヤか、絶対廟から出しちゃいけないって母さんは言っていたもんな」
双子がぼそぼそ話す。ピアが横から割って入った。
「でもさ、死んじゃうことはないよね」
「バーカ、ろくな死に方しないんだよ。なのにああ言う呪いの宝石って言うのは、とても人を引きつける力が強いんだ」
ダークが甘いと首を振る。
「ふうん、よくバラスって人死なないね」
「死なないけど、人生すっかり変わってるよ」
ライトがそう言ってふとフレアを見ると、彼女がしっかりこちらに聞き耳を立てている。
思わずぺこりとお辞儀して、にっこり微笑みかけた。
「おお、そうだ実はこの子達に案内して貰ってな」
爺様が、慌てて事の次第を話して紹介してくれる。彼女はカウンターから出てくると、まじまじとライトの顔を見た。
「どこかで見たわ、あんた。小さいけど、見た目の年じゃない、そう言って最後に会ったとき見せてくれた子供の写真にそっくりよ。彼が言ってた、変な力を持つ黒髪の双子に追われてるって、もしかしてあんた達?」
「もしかして、俺達」
ニイッと二人して笑う。するといきなり、彼女は手近の椅子を持ち上げ、ダークに襲いかかった。
「わあっ、ちょっと待て!」
「あんた達のせいで彼は帰ってこないのよ!」
「そりゃ誤解だよ、俺達ただのガキじゃん」
「ガキでもタダのガキじゃないんでしょ」
「そりゃそうだけどさ、やましい事してるのはあっちだぜ」
ハシッとダークがその椅子を受け、グイグイと2人で引っ張り合い、睨み合いとなる。
「この、ガキ!」
切れたフレアは、ダークに引っ張られた瞬間いきなり力を抜き、そのままドーンとダークに巨体共のしかかった。
「ぎゃああっ」
大食漢でもひょろひょろのダークが、床に押し潰されて手も足も出ない。
「ふぬ、ふぬ、参ったか」
フレアはこれでもかと巨体を揺すって、グイグイダークを床に押しつけた。
「ダ、ダークッ」
「おばさんっ、ダークが死んじゃうよ」
ライトとピアが、フレアの身体を懸命に引っ張るがびくともしない。
「フレアや、お止め。子供に罪はない」
「ふーんっ、仕方ない」
フレアが起きあがり、すっかり気を失ったダークをつまんで、近くのソファーにポイと横にする。ライトが慌ててダークの頬をペチペチ叩くが気が付かない。ピアと2人、怯えたように振り向くと、小さな椅子にはみ出すように座るフレアに、言葉も出なかった。
恐るべし、ボディアタック。
破壊魔王、惨敗。
「フレアよ、しかしここもこの状態ではもう無理だろう。どうするつもりじゃ」
「パパ…」
フレアが肩を落として店内を見回す。
そしてまた、ライトと目が合った。
「わかってるのよ、原因はあのダイヤでしょ」
「あれは俺の家から盗まれた物なんだ。だから返して欲しくてずっと追っているんだよ」
ライトも、さすがに母親が殺されたことは言えなかった。彼女はもっと悲しむに違いない。彼女自身も、すでに被害者なのだ。
「そう。」
フレアが寂しそうな目をして項垂れ、首を振る。そして隣の父親の手を握った。
「パパ、帰るわ。ここを引き払って。でもお願い、3日ちょうだい。最後に1日だけ店を開けたいの」
「この状態で、店を?」
「ええ、掃除して1日だけ。誰も来なくていいの。それで満足できるわ」
ライトが後ろから歩み寄る。そしてぺこりと頭を下げた。
「フレアさんお願い、バラスの、旦那さんの居場所を知っていたら教えてよ。俺達も旅を終わらせたい。ダイヤを元に戻したいんだ」
フレアがポンとライトの頭を撫でて、フフッと笑う。そしてくるりとカウンターに向かい水を一口飲んだ。
「全て終わって、それからで良ければ」
「本当に?」
「私が知っていることは大した事ではないかも知れないわ。それで良ければね」
それでも、今はそれがひとすじの光明だ。
今までそうして、些細なことを頼りにずっと追ってきたのだ。
「わかった、それでいいよ。俺達も手伝う」
「そうね、掃除くらいなら」
ピアが飛び出し、チッチッチッと指を振った。
「駄目駄目、おばさんこいつ等は骨まで使い切らなきゃ」
チェッとライトが舌打ち、後ろでぼんやりとダークが目を覚まして起き出す。
ピアとフレアが顔を会わせてニヤッと笑い、ヨシッと指を立てた。
「じゃあ、骨まで使い切ってあげますか」
「じゃ、まずは掃除よ!」
「パパはグラスを磨いて、それから金貸しに電話するわ」
「おいおい、わしまで使うつもりかい?」
「もち!」フレアが生き返ったように元気良く立ち上がった。
閉店記念日は明日夜5時開店。
金貸しが貼った紙を剥がしてきれいに拭き上げ、店内を掃除する。
酒はあるだけ並べてつまみを買い出しに行くと、久しぶりに看板を出しそこに張り紙を出した。
「ルーラー明日、閉店記念パーティ5時開店」ペタペタ貼るライトに、フレアが心配そうに声を掛ける。棚の少ない酒に、目を落とした。
「たったあれだけの酒に、女の子もいなくてパーティーなんて恥ずかしいわ。ルーラーの意地も終りね」
張り紙の下に現れた、シックで落ち着いた雰囲気の高級酒場。それがルーラーだった。
夫婦で一緒に切り盛りして、その頃が一番いい時代だったと目に浮かぶ。
ポンッとピアがフレアの背を叩く。
「最後の日こそ、ルーラーの意地を見せましょうよ。ママの他に女の子はほら、2人。マスターはそこ」
「この子達が?女の子にマスター?」
ホッホッホッホッとこの高笑いするフレアが息を飲むのも翌日、それこそ双子の真骨頂とも言える変装の技だったのだ。
付け髭付けて、きちんとシャツにベスト、蝶ネクタイをつけたライトが久しぶりにグラスを磨きながらカウンターの向こうに立つ。
そしてカウンターに座るのは、鮮やかなドレス姿のダーク。ただし気怠い様子は芝居ではなく、掃除で疲れてグッタリしていた。
「うう、腰がいてえ。あのおばんに乗っかられた時、どうかなったかな?」
「いやーン、あたしは何でこんな格好なの?」
ピアがスカートを短く切った超ミニスカートに、フリルの付いた白いエプロンと超いやらしい。
パンツ丸見えに、動くたびにクネクネ。
「まったくこう言う事とはね、恐れ入ったわ」
「でしょ?」ピアがパチンとウインク。
「さあ、今日は最後の日。気を引き締めるよ」
フレアも今日はきれいに髪を結い上げ、ドレスを着て貫禄のあるママさんだ。
爺様も、奥のテーブルについて今日は付き合うつもり。
そして…
誰も来ないのではと思われた客も、最後という張り紙を見てボツボツと訪れ、フレアの人柄をかいま見せて次第に忙しくなっていった。
「お酒足りるかしら?」
心配そうなフレアに、ライトが指を立てる。
「大丈夫、俺はカクテルも作れるから色々回すよ」
「まあ、本当に見た目じゃないわね。まるで魔法使いみたい」
客の相手をしていたダークが、笑いながら言った。
「兄貴はウィザードだからね」
けらけら笑うダークは、どうも酒が入っているのか怪しい。隣の席では、おじさん達にピアが囲まれ困った様子でお酌している。
「ピアちゃん可愛いなあ、今日が最後とは惜しいねえ」
「あたしは最後でホッとしてますう」
「またまたあ」
それぞれ上手く相手をして、いい時間が過ぎてゆく。
フレアがホッとしながら馴染み客に酌をした。
「残念だな、やっと落ち着いたようなのに閉店なんて」
「これが最後と思えばさっぱりしているのよ」
「また店を開くときは、教えてくれな」
「ええ、ありがとう」
バターンッ!
「よおよおフレア、とうとうケツまくって逃げる気かよ」
「借金も払わずに、パーチイとはいい気なもんだ」
ガラの悪そうな男2人が、乱暴に飛び込んできた。シンと店内が静まり、サッと皆の顔色が変わる。
「あんた達、借金のことは」
フレアが悲しい顔で立ち上がり、2人を何とか店外に出そうとするのを、ライトがサッと手を出し止める。
「ダークに任せてよ」
「え?でも」
振り向くと、ダークがよろりと立ち上がる。
「あはーははん、お呼びがかかりましたー」
ハイッと手を上げ、笑いながら男達に向かってフラフラと歩き出す。赤い顔で目が座って、どうも頼りない。
「ダーク、やりすぎるなよ」
「ハーイ!」
そしてよろめきながら男の元へ行くと、ドンと抱きつくようにすり寄っていった。
「な、なんだこの女」
「やだお兄さん、悪趣味な香水。ぷんぷん臭うわあ。さあ、何を壊して欲しい?」
「壊す?」
「え?何だ?銃が。あっ!高級時計があっ!」
バラバラと、懐の銃や時計、眼鏡にナイフが砂のように崩れていく。
「なんだこりゃあ、何しやが…わあっ」
続いてパサパサとネクタイが崩れ落ち、慌ててダークを突き放した男は、スーツにシャツ、ズボンまでボロクズになって、その内ストンとズボンが落ち、裸同然になっていった。
「ひ、ひいいい!!」
「兄貴っ」
後ろにいた男が、慌てて銃をダークに向ける。
スッと、ダークが手を伸ばした。
「アハハハ!みんな灰になっちまえ!」
「この野郎!」
銃の感触が変わった気がしながら、クイッと男が引き金を引く。すると、銃はグシャッと砂の塊を握りつぶしたようになり、サラサラと床に落ちた。
「まさか!お前が壊しのライト?わあああ!」
「助けてくれえ!」
2人が慌てて店を逃げ出す。
「やだねえ、壊しのダークだよ!」
客からパチパチと拍手がわき起こり、ダークがぺこりと頭を下げる。
「ハーイ、ダークの手品でしたー」
ホッと息をつく店内で、ピアがライトに不思議そうに耳打ちした。
「ねえねえ、ダークが砂みたいに壊すのって初めて見たわねえ」
「あいつね、普段はおおざっぱだけど、酔うと繊細になるんだよ。未成年のクセに、あとでお仕置きしてやる」
ギュッギュッと、ライトのグラスを拭く手に力が入る。それも知らずダークは気持ちよさそうに、フラフラと元いた席に戻って、また楽しそうに飲みだした。
最後の客が帰り、パタンとドアを閉める。
電気を消して、洗い物が終わったライトがキュッと蛇口をひねった。
「さあ、終わったわね」
ソファーには、酔いつぶれてダークがぐーぐー寝ている。
「もう!ダークったら、アル中になるんだから!」
ピアが奥から毛布を借りて、そっとダークに掛けた。
「もう慢性かもね」
フウッと一息つきながら、ライトがカウンター席に座り残っていたジュースを飲む。
「ああ、久しぶりで疲れた」
グッタリ肘をつくライトの隣りに、フレアが来て座った。
「いい夜だったわ、ありがとう。あなた達のおかげよ」
「まあね」
フフッと笑うライトに、フレアが薬指にした自分の指輪をはずして渡す。
「これを、彼に渡して。私は彼の指輪を持って、ずっと里で待っていますと」
「フレアさん、俺達は」
「わかっているわ。彼は悪いことをしたんですもの。警察に掴まるわね、きっと」
「ごめんなさい」
フレアがゆっくりと首を振り、そして涙を浮かべながら言った。
「彼は、シュリンカーという街へ行ったわ」
ビクッとライトの体が震える。そっとダークを見ると、寝ている様子にホッとした。
「知っているの?」
コクンとライトが頷く。そして顔を上げ、にっこり笑った。
「わかりました。きっと彼に渡します。この指輪にはあなたの思いがこもっている。だからきっと彼にも想いが伝わると思います」
「彼の義眼、あれは人を助けてケガしたのよ。そんな優しい人だったのに。私の気持ち、伝わればいいわね。」
微笑むフレアが、ライトの頬にキスをする。
出発は明日。
でも、ダークはどうするのか。シュリンカーは、双子の故郷。家と父親が待っている。
父親は、はたしてダークを受け入れるだろうか。家を守るために子供を捨てた、父親の気持ちが分からない。
手の中のフレアの大きな指輪には、暖かな彼女の思いが指先から伝わってくる。
ギュッと握りしめ、ダークのネックレスのトップに指輪をぶら下げる。
「母さん」
ライトの目に、母親が優しくうなずいている姿が浮かぶ。ポンと肩を叩かれ振り向くと、ピアがニッと笑ってうなずいていた。